反戦映画の傑作『人間の條件』6部作、一挙上映!

映画コラム

■「キネマニア共和国」

今年は戦後70周年ということで、松竹でも終戦秘話をダイナミックかつ平和への祈りをこめて描いた戦争大作『日本のいちばん長い日』がまもなく公開されます。

その一方、積極的平和主義を掲げる安倍内閣による安保法案が衆議院を通過し、それに反対する国民の怒りの声で、今、日本全国が大きく揺れ動いています。

そんな中、かつて松竹が放った戦後反戦映画の超大作『人間の條件』全6部作が、8月1日から7日までの1週間、丸の内ピカデリー2で一挙上映されます。

というわけで、
《キネマニア共和国~レインボー通りの映画街vol.3》
では、この作品を大きく取り上げてみたいと思います。
まずは、こちらからどうぞ。

主演:仲代達矢さんのコメント

『人間の條件』では、戦争反対を唱えるヒューマニストであった梶という人間が、結果としては戦争に参加して死んでいくことになります。被害者が加害者になっていく、戦争に対する批判を持ちながら、加害者になっていくという一つの典型を描いている。当時の軍隊とはどういうものだったか、戦争とはいかなる悲惨なものであるか、戦争の中で、人間がどう変わっていくのか、という姿をリアルに、実に克明に描いた作品です。
いま、集団的自衛権などと言って、色々と戦争の方向へ向いていくんじゃないかというきな臭い時、『人間の條件』を改めて見て頂くということは、非常にタイムリーなことだと思うんです。若い人にも是非見て頂きたいと思います。

1300万部を超えるベストセラー反戦小説の映画化

これは『人間の條件』に主演された仲代達矢さんからの、本作リバイバルに寄せたメッセージであり、この作品についての知識をお持ちのかたならば、もうこれ以上語ることもないでしょう。

ただし、まだこの作品を一度も見ていない若い世代などに対して、ある程度の説明も必要かなとは思います。

『人間の條件』は、五味川純平による1300万部を突破したベストセラー反戦長編大河小説を原作に、当時新進気鋭だった小林正樹監督が映画化したものです。
全6部作ではありますが、実質は2部ずつを3回に分けて劇場公開しました。

第一部『純愛篇』&第二部『激怒篇』(1959年/3時間30分) 「人間の條件 第一部」(c)1959 松竹株式会社

第三部『望郷篇』&第四部『戦雲篇』
(1959年/3時間5分)

●人間の條件・第三部_0002

「人間の條件 第三部」(c)1959 松竹株式会社

第五部『死の脱出篇』&第六部『曠野の彷徨篇』
(1961年/3時間10分・完結篇と呼ばれることもあります)

●人間の條件・第六部_0001

「人間の條件 第六部」(c)1961 松竹株式会社

毎日芸術賞、毎日映画コンクール監督賞(第五部・第六部)、ヴェネツィア国際映画祭サン・ジョルジュ賞(第一部・第二部)などを受賞するなど、国の内外で絶賛された名作でもあります。

ストーリーの冒頭部を簡単に紹介しますと……。

昭和18年(1943年)、舞台は戦火の緊張がみなぎる満州。南満州鉄鋼会社で労務管理の仕事に従事する梶(仲代達矢)は戦争を忌み嫌う理想主義者で、召集を免除してもらう代わりに、妻・美千子(新珠三千代)とともに、北満の老虎嶺鉱山に赴任します。
しかし、そこで過酷な労働にあえぐ現地の人々をみかねた梶は、彼らの待遇改善を訴え、私腹を肥やす現場監督と衝突しながらも、目標の生産増強を達成することができました。
ところが、そこに軍から“特殊工人”と呼ばれる中国人捕虜600人が送り込まれ、電気の流れる鉄条網の中での労働を強いられます。梶は彼らを人間らしく扱おうと努めますが、そのことで逆に軍部に睨まれてしまい……。

このあと、梶がどのような道をたどっていくのかはご覧になってのお楽しみですが、当時の軍国主義に対して確固たる反戦の意思をもって常に対峙して行く梶は、戦時中の日本人が「本当はこうありたかった」という理想的な人物として、原作が発表された当時から熱い支持を得続けてきました。
これは満州戦線に従軍したキャリアを持つ原作者・五味川純平の想いそのものでもあったと思われます。かの地で過酷な戦争体験をした五味川氏の「もう戦争はいやだ」という単純かつ明快なメッセージは、梶という男に託され、二度とこのようなことがないようにという、そんな平和への祈りを真摯に受け止めて映画化したのが小林正樹監督でした。

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–{反骨の巨匠・小林正樹監督}–

反骨の巨匠・小林正樹監督

小林正樹監督は1916年2月14日生まれ。木下惠介監督に師事し、中篇『息子の青春』で監督デビュー。社会や体制、権力に対して常に疑問を投げかけつつ、厳しい視線で数々の名作を手がけてきた反骨精神あふれる巨匠で、本作以前にも、無実の罪で捕らえられたBC級戦犯を描いた『壁あつき部屋』は、53年に完成したにもかかわらず、アメリカへの配慮から56年まで公開が見送られました。そのほかにもプロ野球界の裏側を描いた『あなた買います』(56)や、米軍基地問題を背景に据えた『黒い河』(57)、本作以降も封建社会を批判した『切腹』(62)や『上意討ち 拝領妻始末』(67)、4時間半にわたるドキュメンタリー『東京裁判』(83)、そして連合赤軍に加入した息子を持つ家族が崩壊していくさまを描いた『食卓のない家』(85)を遺作に、1996年10月4日に80歳でこの世を去りました。
来年は小林監督の生誕100周年にあたり、さらに再評価が促進されそうな気配です。

小林監督は『人間の條件』全六部を通して、軍国主義や植民地支配、およびそれに伴う人種差別に対する徹底した批判と、過去の戦争を反省の十字架として背中にしょい続けていく覚悟を観客ひとりひとりに投げかけています。それはいかなる理由があろうとも、人と人が争うことは愚の骨頂であるという、実に明確なメッセージを、仲代達矢という当時の新進俳優に体現させていきました。

仲代達矢もまた本作で俳優として大きくブレイクし、以後、小林作品になくてはならない存在となり、同時に黒澤明や岡本喜八、五社英雄などそうそうたる監督の作品で名演を披露し続けていくのでした。

それぞれ予定に合わせたスケジュールでのご鑑賞を!

全六部合わせて9時間半を超える上映時間は、当時ギネスブックに載ったほどで、またこの作品の一挙上映を通して映画館のオールナイト興行が始まったという説もあります。
今回の一挙上映は、1日で一挙に鑑賞する手もあれば、お忙しいかたのために3日間に分けて鑑賞しやすいように上映スケジュールも組まれています(詳細は丸の内ピカデリー2 tel:03-3201-2881、または、http://www.smt-cinema.com/site/marunouchi/news/detail/s__2015.htmlまで)。

入場料金は各二部構成で1本とし、一般1500円、シニア1100円、大学生1200円、高校生以下1000円。
また初日はファーストデイとして1100円、水曜日(5日)はレディースディで女性のかたは1100円、さらには窓口で『人間の條件』一般券の半券を提示していただければ、一般料金より300円割引のサービスもあります(期間中、何回でもOK)。

戦後70年保たれてきた日本の平和が脅かされてきた今年、老若男女を問わず、ぜひとも本作を通して、戦争と平和について考えていただけたら幸いです。

なお、8月4日には同じ五味川純平原作、山本薩夫監督による『戦争と人間』3部作のブルーレイ・ソフトが、日活からリリースされます。こちらも上映時間9時間23分の大長編で、日本軍の大陸侵略と、その影で蠢く財閥の陰謀を一大スケールで描いたもの。『人間の條件』と併せて、ぜひご覧になってみてください。

最後に、小林正樹監督の、本作の演出にあたっての言葉で終わりたいと思います。

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–{小林正樹監督の演出の弁}–

小林正樹監督の演出の弁

『人間の條件』を映画化したいと思った最大の理由は、私も梶と同じように戦中派の人間だからです。青春を戦争の中で送り、自分の意思に反して戦争に協力するという形でしか、あの時代を生き延びる事が出来なかった不幸な経験を、梶という人間像の中でもう一度確かめてみたいと思うからです。
愛する者との生活を守るために、進んで侵略戦争に協力するということ、被害者でありながら加害者であるということとの矛盾に引き裂かれながら、その立場の二重性を一つのものにしようと梶は努力するわけですが、結局、自分が被害者にならなければ、加害者である事を止められないのだという事態を、身をもって実証しなければならなくなります。
梶の中で悲劇として現われざるを得なかったこの二重性は、殆どの日本人が戦争の中で多かれ少なかれ経験した筈ですが、戦後の今、若い世代の観客にそれがどれだけの重さで感じとって貰えるかという事に、この作品の成否がかかっていると言えます。
戦争という非人間的なものに向いあいながら、それを人間的なもので越えようとして戦った梶という人間に共感することの中から、「戦争はいやだ」という単なる勘定を越えた確固とした戦争否定の立場を汲み取っていただきたいと思います。
(『人間の條件』80年代リバイバル時のパンフレットより転載)

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(文:増當竜也)

戦後70年、今だから伝えたいことがある…「日本のいちばん長い日」、こちらの作品もぜひご覧ください!

第二弾ポスタービジュアル

©2015「日本のいちばん長い日」製作委員会

■「日本のいちばん長い日」

公開日:2015年8月8日
出演:役所広司 本木雅弘 松坂桃李 堤真一 山崎(たつざきになります)努
原作:半藤一利「日本のいちばん長い日 決定版」(文庫刊)
監督・脚本:原田眞人
制作:松竹
製作:「日本のいちばん長い日」製作委員会
配給:アスミック・エース、松竹

■作品紹介
日本映画界が誇る豪華キャスト総出演。昭和史の大家・半藤一利の傑作ノンフィクションを完全映画化。

戦後70年を迎える今、伝えたい。
日本の未来を信じた人々、
その知られざる運命の8月15日―。

太平洋戦争末期、戦況が困難を極める1945年7月。連合国は日本にポツダム宣言受諾を要求。
降伏か、本土決戦か―――。
連日連夜、閣議が開かれるが議論は紛糾、結論は出ない。
そうするうちに広島、長崎には原爆が投下され、事態はますます悪化する。
“一億玉砕論”が渦巻く中、決断に苦悩する阿南惟幾(あなみ これちか)陸軍大臣(役所広司)、国民を案ずる天皇陛下(本木雅弘)、
聖断を拝し閣議を動かしてゆく鈴木貫太郎首相(山崎(たつざきになります)努)、ただ閣議を見守るしかない迫水久常書記官(堤真一)。
一方、終戦に反対する畑中健二少佐(松坂桃李)ら青年将校たちはクーデターを計画する。
日本が破滅へと向かう中、平和への礎を築くために苦悩し、身を挺した人々の壮絶なドラマ。
原田眞人監督(「クライマーズ・ハイ」「わが母の記」)が挑む、歴史超大作。

■公式サイト
http://nihon-ichi.jp/