今年の夏の映画界は往年のヒット・シリーズ最新作や恒例アニメーション映画などで大いに賑わいそうですが、そんな中で小品ながらも注目していただきたいインディーズの日本映画があります。
6月27日より東京・渋谷のユーロスペースでレイトショー上映中の『みちていく』。これは現在大学院生の竹内里紗監督が、大学の卒業制作映画として手がけたもので、そのクオリティの高さから昨年のTAMA NEW WAVEでグランプリ&女優賞を、うえだ城下町映画祭では大賞を受賞。その勢いに乗せて今回、正式に劇場公開の運びとなったものです。
イライラや不安など思春期の満たされない心の隙間を埋める手段とは?
舞台となるのは、ある女子高の陸上部。どこか満たされない心の隙間を、恋人に体の一部を噛んでもらうことで埋めていくエースのみちる(飛田桃子)。生真面目であるがゆえに仲間たちから疎まれている部長の新田(山田由梨)。映画はふたりの少女それぞれが複雑な想いを抱えながら友情を育んでいく姿を繊細なタッチで綴っていきながら、思春期特有ともいえる理由のないイライラ感や、傷つけ傷つけられる心の痛みなどを、生々しくも臭みのない透明感をもって描出していきます。
制作形態としてはあくまでも自主映画=インディペンデント映画で、有名な俳優も出ていなければ、演出や撮影技術などもプロ顔負けと太鼓判を押すほどのものでもないにもかかわらず、映画としての味わいは濃厚で、日頃商業映画ばかり見慣れた目には新鮮、というよりも実に不可思議なものを見せられているような想いにとらわれます。主演のふたりの好演はもとより、彼女たちを疎ましく思っている周囲の少女たちの空虚な心までも、さりげなく魅せているあたりも妙味でしょう。
–{20代の女性監督ならではの同性同世代に注ぐ繊細な感性と眼差し}–
20代の女性監督ならではの同性同世代に注ぐ繊細な感性と眼差し
また、映画作りに性別など関係ないのは百も承知の上で、あえて言わせていただくと、こういった思春期を扱った作品で、特に身体を噛むといった設定があるにもかかわらず、とかく男性監督が描きがちなエロティシズムがこの作品には皆無といってもよく、すべてが少女たちの心の痛みへと純粋に集約されていくあたりは、やはり同性の監督の眼差しゆえかとも思われます。
『みちていく』というタイトルも、月の満ち欠けと彼女たちの心の動きをだぶらせたものですが、こういった要素も男性監督なら自然とエロティックに描きたがることでしょう。しかしこの映画は月が満ちていく軌跡をプラス、欠けていく軌跡をマイナスと、人生は永遠にその繰り返しであることのみを、ストレートに示唆していきます。
さらにはこういった少女たちを気負うことなく同世代的感覚で自然に捉えているあたりも、20代前半という監督の若さの賜物かもしれませんが、もともと映画はその草創期、20代から30代にかけての若いエネルギーによって切り開かれていったことは、映画史を紐解いていけば明らかな事実であり、特にデジタル技術が導入され、今やプロもアマチュアも同じ機材を使って映画を撮影している時代、今後も竹内監督のような逸材は続々と登場してくることでしょう。あとは彼女たちがいかにその独自の感性を磨きつつ、継続して映画と対峙していくか、映画ファンなら見守っていかない手はないでしょう。
この夏、刺激的に心を涼ませてくれる作品
現在、『みちていく』は上映後にゲストを迎えてのトークショーなども定期的に行っています。タイミングが合えば、監督やキャストに会えるかもしれません。また東京での上映は17日(金)までの予定ですが、9月には名古屋シネマテーク、その後も大坂シアターセブンなど、徐々に全国展開されていく予定とのこと。
この夏、『マッドマックス 怒りのデスロード』や『アベンジャーズ エイジ・オブ・ウルトロン』などド派手で熱い大作でエキサイトした後、こういったピュアな作品でひと息心を涼ませつつ、日本映画界の新星を応援してみてはいかがでしょうか。映画作りを目指す人、今作っている人たちにもなにがしかの刺激を与えてくれることでしょう。
ちなみに私は、現在のところ邦洋あわせて今年のベスト1は、この『みちていく』です。あと半年、これを越える作品が現れるかどうか、大いにドキドキしています。
(文:増當竜也)
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