2015年6月某日、松竹の映画宣伝部から一通のメールが届いた。
大川様
お世話になっております。
映画宣伝部の安永ともうします。自称・日本一インターネットで顔写真が使われているフリー素材モデルの大川さんにしかお願いできない案件があります。
詳しくご説明をしたいので、一度弊社までお越しいただけますでしょうか?
数日後、松竹の映画宣伝部にやってきた。
大川さんにしかお願いできない案件ということは、映画の出演依頼に違いない。最近はフリー素材だけではなく、アーティストのミュージックビデオ出演など、映像系の仕事が増えているし、フリー素材モデルが映画出演なんて、素晴らしいサクセスストーリーじゃないか。
大川「映画宣伝部のみなさん、フリー素材モデルの大川です!今度映画に出演する予定の大川ですよ!」
おかしい。
未来の映画スターの来社なのに迎えがいないし、歓迎ムードはゼロ。もしかして、突然クラッカーを鳴らして驚かせるパターンか?
様子を見てみるが、誰も未来の映画スターに気づかない。全員黙々と仕事をしている。
–{美人社員が登場…}–
しばらくすると、今回メールをくれた松竹を代表する美人社員の安永さんがやってきた。
まずは名刺交換。
昭和の時代ならいざ知らず、現代の映画スターはビジネスマナーも要求される。
安永「今日はありがとうございます。詳しい話は後ほどしますので、まずは弊社の試写室を案内します。大川さんの席を用意したので、こちらで少々お待ちください」
おかしい。
映画の出演依頼なのに、試写室の案内…。しかし、急かすと印象が悪い。しばらく席で待つことにした。
安永さんに案内され、松竹本社にある、試写室にやってきた。
試写室のロビーには、ポスターを入れる額縁や受付といった設備が整っている。関係者だけではなく、一般のお客さんを招待して試写会を行うこともあるらしい。
安永さんとポスターを入れてみた。
安永「はじめてなのにお上手ですね!」
大川「未来の映画スターたるもの、ポスターくらいお茶の子さいさいですよ。自分が出演した映画のポスターを自分で入れる、これが僕の夢ですからね」
安永「その夢叶うといいですね!」
大川「あ…、はい…」
試写室の受付。
安永さんに言われた「その夢叶うといいですね!」が気になる。
実際の試写会では、受付で上映作品のチラシとパンフレットを配布する。
「僕のフリー素材のチラシも配布してもらっていいですか?」と聞いたら、あっさり断られてしまった。
–{2人の距離が縮まっていく…}–
小規模な映画館と同程度の設備が整った試写室。大きなスクリーンがあり、100名前後の着席が可能となっている。
安永「ここで毎日試写会を行っています」
大川「へぇ〜、すごい!このスクリーンで自分が出演した作品を観たら感動しちゃいますね!」
安永「そうですね。特にはじめて映画に出演する方は、感慨深く作品を観ています。席に座って上映する前から泣いてしまう方もいますよ」
大川「僕も泣いちゃうかな〜。いや、きっと最後まで我慢するだろうな〜」
安永「大川さん、なにブツブツ言ってるんですか?」
なかなか映画の出演依頼を切り出さない安永さん。きっと、大事な話は最後にするタイプなのだろう。さすが松竹勤務、演出家タイプだ。
席に座りしばらく話をしていたら映画デートのようないい雰囲気になってきたので、軽いボディタッチを試みた。愛は積み重ねるものだからだ。
大川「僕の映画のヒロインは、安永さんにお願いしようかな。スクリーンの中でもプライベートでも恋人同士、最高じゃないですか」
安永「ちょ、ちょっと。やめてください」
おかしい。
未来の映画スターからのお誘いなのに、あっさりと拒否されてしまった。
いかんいかん。少し焦りすぎたのかもしれない。フリー素材モデルに映画の出演依頼は、相当レアなケースだ。開放的な気分になれば話しやすいかと思い、安永さんを屋上に誘ってみた。
大川「そろそろ例の話をしましょうか」
安永「はい…。でも、はじめての試みなので私もどう話せばいいのかわからなくて」
大川「安心してください。僕はどんな仕事でもやりますし、どんな役でも引き受けます」
安永「ありがとうございます。大川さんの気持ち、とても嬉しいです。言葉ではうまく説明できないかもしれないので、文章にしてもいいですか?」
大川「もちろんですよ」
結局、屋上でも映画の出演依頼を受けることはなかった。あまり急かすと印象が悪くなり、案件自体がなくなってしまうかもしれない。もう少しだけ待ってみることにしよう。
オフィスに戻り、上司と話す安永さん。表情から察するに、映画の出演依頼だけではなく、未来の映画スターに対して女性として別の感情を抱きはじめたのか?
さっきボディタッチを拒否されたのも、照れ隠しゆえの行動かもしれない。
短い時間ではあるが、2人の間に愛が積もってきたのかもしれない…。そんなことを考えていたら、自然とニヤけ顔になってしまった。
–{2人の行方は…そして、}–
映画の出演と恋の実現、どちらも手に入れようだなんてわがままだろうか?
そろそろ終業時間になってしまうため、給湯室にいる安永さんを問い詰めてみた。
安永「大川さん、真剣な顔してどうしたんですか?」
大川「もうこんな時間ですし、これからのこと、これからの2人のことをちゃんと話したいなと思いまして」
安永「ここではちょっと…。後で会議室に来てもらえますか?そこでメールでご連絡した件と、私の気持ちを伝えますから」
大川「わかりました。心の準備はできています」
指定された時間会議室に行くと、そこに安永さんの姿はなかった。代わりに、一通の手紙が置かれていた。
手紙には、こんな文字が書かれていた。
フ、フリー素材ちゃんへ…?
フリー素材ちゃん
この手紙を読んでいるということは、私はもうあなたのそばにはいないということですね。
私が最初のメールではっきりと用件をお伝えしなかったせいで、勘違いさせてしまいました。
今回お呼びしたのは、映画の出演依頼ではありません。2015年6月20日(土)から全国で上映される『愛を積むひと』の宣伝記事を書いてもらうためです。
フリー素材ちゃんが映画の出演依頼と勘違いしていることに気づき、話しづらくなってしまいました。
このような形でお伝えすることになってしまい、大変申し訳ありません。
あと、全然タイプじゃないです。
大川「フリー素材ちゃんへってなんだよ…。さっきまで大川さんって呼んでくれていたのに…」
映画『愛を積むひと』は6月20日より全国ロードショー
「日本で最も美しい村」北海道・美瑛を舞台に、夫婦とそこに集う人々を優しく映し出す感動作。
主人公の篤史を演じるのは日本を代表する俳優、佐藤浩市さん。篤史の妻・良子役には7年ぶりの映画出演となる樋口可南子さん。
次々と届く、亡き妻からの手紙。その手紙をきっかけに、人々の想いがつながっていくのですが…。とにかく涙なしでは観ることができません。
大切な人を誘って、劇場に足を運んでください。
映画『愛を積むひと』は2015年6月20日(土)より 全国ロードショー
もちろん、自称・日本一インターネットで顔写真が使われているフリー素材モデルの大川さんは出演していません。
(企画・構成・文:大川竜弥/写真:安藤きをく)
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