2015年5月16日に全国上映される大泉洋さん主演の映画『駆込み女と駆出し男』。
江戸時代後期の縁切寺である鎌倉・東慶寺を舞台とした様々な男女の事情の物語です。筆者は試写会を観てきましたが、
「ああ、この本に書いてあるような知識があったらもっともっと映画を楽しめるなあ」
と思った書籍がいくつかありましたので、それを紹介させていただきます。
いわゆる”ネタばれ”はあまり気にならず、江戸時代後期という時代背景や大泉洋さんのセリフ回しのすばらしさを更に受けられる、あるいは戸田恵梨香さんや満島ひかりさんの置かれた状況をより理解できる、というメリットを大きく感じられますので、ぜひお勧めいたします。
–{10年以上の時をかけて紡いだ遺作}–
『東慶寺花だより』(著・井上ひさし/文春文庫)
映画『駆込み女と駆出し男』の原作です。原作者・井上ひさしさんが10年以上の時をかけて紡いだ遺作です。女性から離婚を申し出ることが江戸時代にできた数少ない駆込み寺である鎌倉・東慶寺を舞台に、東慶寺に駆込む女性と、東慶寺門前に立つ御用宿・柏屋の居候・で離婚調停人の中村信次郎(大泉洋さんが演ずる役です)を描いた人情味溢れる小説です。
映画の中で、大泉洋さんは圧巻のセリフ回しを見せます。まさに『立て板に水』といった感じで、本作の魅力の一つとなっています。ただこのセリフ、原作を読んでおいて言葉の意味を知っておくだけでさらに楽しめるのではないかなと思いました。
例えば江戸時代に結核を意味した『労咳(ろうがい)』という言葉、あまりなじみのない現代で「ろうがい」と聞くと『老害』を思ってしまいませんか?
そういったことが映画鑑賞中に起こると脳内で補正しているうちにストーリーは進んでしまい…という悪循環になってしまいます。
短編集だった原作を1本の映画にしているのでストーリーが読めてしまう、ということは無いのではないかと思っています。ですので、大泉洋さん演ずる中村信次郎のセリフをあらかじめ目にすることが出来る本書を読まれることはぜひお勧めしたいです。
『お江戸離婚ものがたり』(著・川嶋すず/主婦の友インフォス情報社)
日本の縁切寺研究の第一人者・高木 侃さんを監修に迎え、柔らかい線が美しい漫画化・川嶋すずさんが縁切寺にまつわる7つの実話を漫画にしたものです。
『お江戸離婚ものがたり』と書いて『おえど みくだりはん ものがたり』と読みます。江戸時代の離縁状は3行半の文書で済み、『三行半』を『みくだりはん』と読んだのですね。
1つ1つのストーリーが要点を捉えて展開され、ストーリーに関係する縁切寺のルール(寺法)や当時の江戸文化、漫画のもとになった実話が解説されるようになっています。縁切寺やそれにまつわる人々の動きが分かるため、映画のシーンや人々が何を考えて動いているか、などの気持ちが理解できるようになるでしょう。
本書は映画のストーリーとは何も関係なく、縁切寺に駆込む男女に関する知識を得ることが出来ます。漫画仕立てなので読むことも難しくなく、庶民の暮らしと時代背景を知るにはとても適した資料と言えるでしょう。
–{随所に『らしさ』を感じる…}–
『東慶寺と駆込女』(著・井上禅定/夕隣新書)
東慶寺の住職を40年も勤められた方の書籍です。先の2書籍が原作や漫画などエンターテイメント色が強い作品でしたが、本書はもっと歴史に重点を置きつつも、著者の過去の書籍や講演内容をミックスさせて現代語で分かりやすく解説してくれている書籍です。
お寺の法律(寺法)や駆込み案件の記録にとどまらず、東慶寺にまつわる江戸時代の川柳や駆込み女の、寺内での生活、各種記録がまんべんなく集まっています。それらの内容が分かりやすく説明されているため、難しく考えることなく頭にすぅっと入ってくる感覚がありました。
東慶寺の門前には御用宿というものが実在し、その中の1つが柏屋といい、代々『源兵衛』という名前の人が当主だったということも書かれています。これは映画の設定にも生かされており、映画では樹木希林さんが好演しています。
とりわけ東慶寺に関する川柳の解説は面白いものでした。そもそも駆込み寺という存在は男女の人情・感情に絡むことです。そして川柳は人情をうまく歌い上げるものですから、駆込む女性や追いかける男性の気持ちが大変上手にあらわされているのですね。
著者がそれを平易に説明してくださっているため、当時の男女の気持ちが手に取るようにわかる気がしました。
ある程度歴史や江戸時代の知識がある方で、東慶寺や縁切り寺の実態を学びたい、という方には最適なのではないでしょうか。
駆込寺陰始末(著・隆慶一郎/光文社文庫)
人気漫画『花の慶次』の原作であり柴田錬三郎賞受賞作である『一夢庵風流記』の作者・隆慶一郎さんが鎌倉・東慶寺を舞台に描いた小説がありました。作者の死去もあって短編4作しかありませんが、隆慶一郎ワールドが堪能できる作品と言えるでしょう。
時代は徳川吉宗(時代劇・暴れん坊将軍のモデル)が将軍であった享保のころ。同じ江戸時代とはいえ映画の中の設定から100年くらい前です。東慶寺は鎌倉時代からの縁切り寺ですから、享保の時代も当然存在していまいた。
このころ入山して住持となった玉渕尼(ぎょくえんに)に降りかかる難問を門前の煎餅屋さんの居候・麿がかげひなたになって助けるストーリーです(この『煎餅屋さん』も『東慶寺と駆込女』に登場します)。
ストーリー上、駆込み寺に来る女性がそれまでに受けている迫害がきつく、女性視点で読むと若干辛いかもしれません。ただし隆慶一郎さんファンであれば随所に”らしさ”を感じることができるのではないでしょうか。
–{上手に紡ぎ合わせて…}–
まとめ 目的や知識量に応じて
とにかく大泉洋さんのセリフ回しを映画で堪能したいのであれば、『東慶寺花だより』を一読すべきと思います。現代人には慣れない江戸の文化風習のある言葉が出て来ますので、事前に目を通しておくことの効果は大きいでしょう。
東慶寺にまつわる知識を知りたい場合、ライトに学べるのが『お江戸離婚ものがたり』、ディープに学ぶなら『東慶寺と駆込女』です。この2冊は映画のストーリーには関係ありませんが、東慶寺や駆込み女の周辺知識を得ることが出来るでしょう。
以上の3冊は実際に映画を観る際に役立つこと間違いありません。
東慶寺を舞台にした小説という意味で『駆込寺陰始末』は隆慶一郎さんファンであれば必読です。
原作を読むという行為は”ネタばれ”と背中合わせです。今作は原作がそもそも短編で、これを上手に紡ぎ合わせた映画になっているため、ネタバレの危険はあまりないと思っています。
小説や知識を得られる本をまとめて読んでしまう方が、この映画は楽しめるのではないかなと思いました。漫画なら2時間、ほかの本でも1日あれば読めるでしょう。
(文・奥野大児)
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