2023年1月期にシーズン1、10月期にシーズン2が放送されたNHKドラマ10「大奥」が最終回を迎えた。
よしながふみの漫画を原作に、3代将軍・徳川家光の時代から幕末・大政奉還にいたるまで、若い男子のみが感染する奇病によって男女の立場が逆転した江戸パラレルワールドを描いた本作。
放送の度に話題を呼んだ「大奥」が私たちに教えてくれたことは何だったのか。シーズン2の名言と名場面を振り返りながら、考えていきたい。
【関連コラム】<名言・名場面>NHKドラマ「大奥」を振り返る(シーズン1))
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医療編
【あらすじ】
8代将軍・徳川吉宗(冨永愛)の死よりおよそ20年後。亡き吉宗から赤面疱瘡の撲滅を託された田沼意次(松下奈緒)の下に、本草学者の平賀源内(鈴木杏)や蘭方医の青沼(村雨辰剛)が集まってくる。徳川の血を継いでいくための場であった大奥は医学研究所としての役割を果たすようになるが、そこに吉宗の孫である松平定信(安達祐実)や一橋治済(仲間由紀恵)が立ちはだかるのだった。やがて、治済の息子である家斉(中村蒼)が家光以来の男の将軍として就任するが……。
1. 「ありがとうな、青沼」
青沼はもともと、長崎の出島で蘭方医の吉雄耕牛(飯田基祐)に師事していた。そんな中で大奥入りを決意したのは、「ありがとうって言われるのが何より好き」という源内の言葉に共感したからだ。
オランダ人と丸山遊女の間に生まれ、若き医師として優秀な腕を持ちながら周りの人と異なる見た目ゆえに差別の対象だった青沼。しかし、亡き兄の「たくさんありがとうと言われる人間になってほしい」という遺言通り、彼は大奥で多くの人に感謝されることとなる。
中でも心に残っているのが、家治(高田夏帆)の御台所・五十宮(趙民和)が青沼に贈った「ありがとう」だ。2人は子供に恵まれなかったが、夫婦仲は良好で家治と側室との間にできた子を実子として共に育ててきた五十宮。幸せなはずなのに、どこか埋められぬ虚しさを抱えていたところに青沼が現れ、大奥に学問所を作った。
みんなで「ああでもないこうでもない」と言いながら、赤面疱瘡を撲滅するための方法を探り合う日々。それが、将軍に種をつけ、あるいはその世話を焼くためだけに集められた男たちに生きがいを与えたことは間違いない。
五十宮は赤面が根絶された世を見届けずしてこの世を去ることになるが、青沼に感謝を述べた際の晴れやかな表情にこちらまで救われるようだった。
2. 「あまりにも理不尽ではないか!!」
五十宮の死後、赤面の“サボン”なる人痘(=ワクチン)接種法を編み出した青沼たち。大奥内で接種を受けた男たちが見事に回復を遂げると大名の子息たちもこぞって接種を受け始め、順調に事は進んでいた。
しかし、松平定信の甥が接種後に死亡したこと。さらには家治が長年何者かに毒を盛られていたことに気づけなかった意次の失脚など度重なる不運が重なり、青沼は死罪、人痘接種に関わった他の者たちも大奥を追われることとなる。源内もまた強姦の末に梅毒を移され、それが元で命を落とすのだった。
御右筆助だった黒木(玉置玲央)は源内を見舞った帰り、雨に打たれながら江戸城に向かってこう叫ぶ。
「女たちよ、江戸城にいる女たちよ。貴様らは母になったことがないのか、男子を生んだことがないのか。生んだならばその子を赤面で亡くしたことはないのか。そういう悲しい母と子を一人でも減らすために懸命に歩んできた者にこの仕打ちか。あまりにも理不尽ではないか!!」
玉置玲央の名演も相まって、大奥屈指の名シーンとなった黒木の慟哭。奇しくもそれは、コロナ禍で医療従事者が差別を受け、ワクチンに対するデマや陰謀論も広がる今の時勢に重なった。
3. 大奥の“怪物”一橋治済の男批判
悪役ではあるが、医療を語る上で大奥の“怪物”と呼ばれた一橋治済の存在は欠かせないだろう。直接手を下したわけではないにしろ、意次の失脚、青沼や源内の死も治済の暗躍によってもたらされたものであることは間違いない。
人痘接種を受けた家斉が11代将軍に将軍するも、実権を握っていたのは母である治済だった。その極悪非道な行いとは裏腹に表面上は穏やかな治済だが、家斉が政治に口を出すや否や顔色を変え、「男が……男が政を語るのではないわぁ!」「男など女の力がなければ、この世に生まれ出ることもできぬ出来損ないではないか」と痛烈な男批判を繰り広げる。それは、前述した黒木の問いに対するアンサーでもあった。
家斉が男であるという理由だけで治済にそんな言われようを受けなければならない状況は、「女は政治に向いていない」と根拠のない理由で女性が要職から遠ざけられる現代の写し鏡。一方で、この放送後にSNSで「男にできるのは乱暴と種付けだけ」という治済の言葉に同意する女性の声も挙がった。
男性だから、女性だからと、レッテルを貼られて偏見や差別に曝されない世界になってほしいと切に願う。
ちなみに、治済は自らが多くの人を死に至らしめた毒に倒れる。生涯、誰とも喜びや悲しみを分かち合うことができず、心が満たされることもなかった治済はある意味最も不運なキャラクターなのかもしれない。仲間由紀恵はそんな風に思いを巡らせたくなるような、原作ファンの期待を超える治済を演じてくれた。
–{幕末編}–
幕末編
【あらすじ】
家斉の時代に赤面疱瘡は撲滅され、再び男の世が訪れる。そんな中で、徳川家康に影武者として仕えた阿部正勝の子孫・阿部正弘(瀧内公美)は腰の重い兄に代わり家督を継いだ。正弘は女将軍として復活した家定(愛希れいか)や元陰間の瀧山(古川雄大)に支えられながら、西洋列強に対抗するための新たな仕組みづくりを目指す。一方、薩摩からやってきた正室の胤篤(福士蒼汰)と心を通わせていく家定。やがて時代は大政奉還、江戸城無血開城と大きく突き進んでいき、胤篤は瀧山とともに大奥の終焉を見届けることになる。
4. 「私はそなたが好きなのだ」
茂姫(蓮佛美沙子)やお志賀の方(佐津川愛美)ら、愛する子供を殺された母親の手で退治された治済。しかし、治済の忌まわしき血は徳川家慶(高嶋政伸)に受け継がれることとなる。
その被害に遭うのが、娘の家定。彼女は実の父である家慶の慰み者にされ、母親からは毒を盛られるという壮絶な人生を送っていた。
そこから救い出してくれたのが、正弘と瀧山だ。2人は家定にとって家臣であり、母と父のような存在でもあった。無償の愛を注ぎ、心から自分の幸せを願ってくれる存在に人は一歩踏み出す勇気をもらえる。家定が初めは警戒していた胤篤と心を通わせることができたのも、正弘と瀧山がいてくれたからに他ならない。
「私はそなたが好きなのだ」と口にした途端、家定の目からは自然と涙が溢れた。インタビューで、「しおれていた花が少しずつ開くイメージで家定を演じたい」と語っていた愛希れいか。まさしく愛し、愛される喜びによって輝きを増していく家定の変化を体現してくれた。
【インタビュー】「しおれている花が開くイメージ」『大奥2』愛希れいかが体現する徳川家定の“初恋”
5. 光を照らし合う家茂と和宮
家定亡き後、将軍の座についたのは紀州徳川家の家茂(志田彩良)だった。胤篤から伝えられた「日本を身分も男女の別もなく人を取り立てることで小さいけれど強い西洋列強に立ち向かう国にしたい」という家定の意思を継ぎ、彼女は国が抱える内憂外患に立ち向かっていく。
そこで、公武合体を見据えて朝廷から家定の正室として迎えられたのが、降嫁を拒否した孝明天皇の弟になりすます和宮(岸井ゆきの)だ。生まれつき左手がなく、母である観行院(平岩紙)から“家の光”と愛情を受けた弟とは対照的に、幼き頃から無き者として扱われてきた和宮。
そんな彼女が弟の身代わりを引き受けた理由でもある「母親を独り占めしたい」という願いは虚しく、観行院の心は常に京都にいる弟の元にあった。しかし、和宮の降嫁で、いつ戦争に巻き込まれるやもしれない人々の不安が一時でも緩和されたことに間違いはなく、家茂は彼女に心よりの感謝を述べる。
「その御方がそこにいらっしゃる。ただそれだけで図らずも救われる人間が山のようにいる。そのようなお方を世の光と呼ぶのだと私は思います」
家茂の言葉に和宮がどれほど救われたことだろう。日陰に追いやられ続けてきた和宮にとっても、家茂はまさに光であった。
周囲には隠されていたが、大奥初となる女性同士の“夫婦”となり、亀之助という養子を迎えて、別れの時まで互いを照らし合った2人。彼女たちの関係はきっと現代を生きる多くの人に希望を与えたことだろう。
「この上ない喜びも、出口の見えぬ悲しみも」男女逆転の大奥が教えてくれたこと
志半ばでこの世を去った家茂に代わり、胤篤と和宮は西郷隆盛(原田泰造)との交渉の末に旧幕府軍と新政府軍との間に勃発した戦に終止符を打つ。代わりに「日本は代々男が統治してきた」という歴史の改竄と江戸城の明け渡しを受け入れることになった。
大奥の終焉を見届けながら、胤篤は瀧山に「悲しみばかりであったか?そなたにとって、大奥は」と問いかける。それに対する瀧山の答えが「いえ。この上ない喜びも、出口の見えぬ悲しみも」というものだ。
大奥の始まりを象徴する家光(堀田真由)と有功(福士蒼汰)は互いを強く求め合うも、子供ができないという理由だけで引き裂かれた。それは大奥の性質上、仕方ないことなのかもしれない。だが、「人間はただ子孫を残すためだけに生きているのか?」と、それこそ右衛門佐(山本耕史)のように問い続けてきたのが本作である。
誰かと恋に落ちて愛し合い、志を共にする仲間と切磋琢磨しながら成長していく。やがて別れは訪れるが、そのかけがえのない時間は消えず、一緒に過ごした人の心に残り続け、果たせなかった願いも誰かが叶えてくれる。だから生きている限り、安心して「この上ない喜びも、出口の見えぬ悲しみも」味わい尽くしたい。
男女逆転の大奥を描いた超大作「大奥」は、私たちにそう思わせてくれた。
(文:苫とり子)
–{「大奥 Season2」作品情報}–
「大奥 Season2」作品情報
放送予定
2023年10月3日(火)スタート (NHK総合)毎週火曜 よる10時~10時45分
※最終回は15分拡大
出演
■医療編
平賀源内(鈴木杏) 黒木(玉置玲央) 青沼(村雨辰剛)伊兵衛(岡本圭人)
/徳川家斉(中村蒼) 御台・茂姫(蓮佛美沙子)
/松平定信(安達祐実)田沼意次(松下奈緒)一橋治済(仲間由紀恵)
■幕末編
瀧山(古川雄大) 徳川家定(愛希れいか) 阿部正弘(瀧内公美)
/和宮(岸井ゆきの) 徳川家茂(志田彩良) / 胤篤・天璋院(福士蒼汰)
原作
よしながふみ「大奥」
脚本
森下佳子
制作統括
長谷知記 藤並英樹
プロデューサー
舩田遼介 松田恭典 舟橋哲男
演出
大原拓 末永創 川野秀昭 木村隆文