『マイ・エレメント』の「3つ」の魅力:ピクサー史上最高の映像表現と、さらなる“夢”への物語

映画コラム

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『マイ・エレメント』が2023年8月4日より公開中。同作は北米のオープニング記録が理想的な成績にならなかったものの、韓国では4週連続で前週を上回った他、世界10か国以上で前週を上回る興行収入を記録するなど、好評の口コミが手伝っての巻き返しも話題となっている。

コロナ禍以降のピクサー作品は『ソウルフル・ワールド』『あの夏のルカ』『私ときどきレッサーパンダ』が相次いで劇場公開がされず、ディズニー&ピクサー制作の『バズ・ライトイヤー』は劇場上映が復活したものの興行成績が伸び悩むなど、作り手と受け手の双方にとって望ましい展開にはならない歯痒さがあった。

しかし、今回の『マイ・エレメント』は後述するピクサー史上最高とも言える映像表現と、現代にふさわしい価値観が現れた物語もあって、映画館で観る喜びを大いに感じられる内容になっていた。だからこそ、ぜひとも劇場へと駆けつけてほしいのだ。

また、ディズニー&ピクサー作品の信頼と実績の日本語吹き替え版のクオリティは今回も最高クラス。川口春奈、玉森裕太、MEGUMI、伊達みきおなど、本業声優の方とまったく遜色のない演技の上手さと役へのハマりっぷりなので、安心してご覧になって欲しい。さらなる魅力を記していこう。

前置き:短編『カールじいさんのデート』とのリンク

『マイ・エレメント』の前に、同時上映作品『カールじいさんのデート』について触れておきたい。ディズニー&ピクサー作品の短編映画は、本編である長編の内容と“リンク”することがあり、その意味でも映画館で続けて観て欲しいのだ。(最近では2021年公開の『ラーヤと龍の王国』での同時上映作品『あの頃をもう一度』も素晴らしかった)

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同作は2009年公開の『カールじいさんの空飛ぶ家』のその後を描いており、タイトルそのまんまのカールじいさんがデートに行く話……というよりも、最近の“デート事情”がまったくわからないため、犬のダグとコミカルな問答を繰り返す内容だ。

端的に言って、相手のことを理解する、はたまた友だちになるにはどうしたらいいか?を考えるキュートな短編なのだが、それこそが後述するように「誰かのために奮闘する“相互理解”の物語」である『マイ・エレメント』とリンクしている。『マイ・エレメント』が若者2人の物語に対し、『カールじいさんのデート』は老紳士の話というのも、「誰かを理解しようとする気持ちの尊さはどんな年齢でも変わらない」ことを示唆しているとも言えるだろう。

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1:圧倒的な世界観と2人の主人公のキュートさ

『マイ・エレメント』本編のあらすじはこうだ。父の店を継ぐ夢を持つ火の女の子エンバーは、店の水道管の破裂がきっかけで水の青年ウェイドと出会う。これまで「違うエレメントとは関わらない」ことが当たり前だったエンバーは、ウェイドと共にトラブルを解決していく中で、今までとは違う価値観に気づいていく。

まず、目につくのは舞台であるエレメント・シティの圧倒的なイマジネーションに溢れる世界観。火、水、土、風のエレメントたちが暮らすその場所は煌びやかで広大。「この世界に行ってみたい」と心から思える、まるで理想郷のようにさえ思える。

さらに、火と水を擬人化した上で“半透明”にもなっているキャラクターの作り込みがとんでもない。表情をコロコロと変え、一挙一動がキュートで、彼らの背後には広大なエレメントシティが見えて、2人の主人公が「世界を明るく照らす」ような美しさまでもがあった。もちろん土と風のキャラクターも個性的で愛らしいし、時には迫力のスペクタクルも展開する。進化と挑戦を続けるピクサーの映像表現が、またも史上最高を更新したという事実は、ものすごいという言葉でも足りない。

何より、火の女の子エンバーと、水の青年ウェイドがとても魅力的だ。エンバーはかんしゃく持ちである自分を改めようとする様がいじらしいし、勇気を持って行動することともあって心から応援したくなる。ウェイドは初めこそ『ジョジョの奇妙な冒険』のエシディシのようなクレイジーなまでの泣き虫ではあるが、その誠実さがしっかり伝わるようにもなっていく。そんな正反対な2人が、ちゃんとお似合いに思えてくるラブストーリーとしても楽しめるのだ。

–{『ズートピア』の発展系とも言える理由}–

2:『ズートピア』の発展系とも言える多様性の問題

だが、その理想郷のように思えたエレメントシティの中では、それぞれのエレメントが関われないことが“物理的”に示されている。たとえば、火の女の子のエンバーは、列車の中で土の乗客に触れてしまい、生えていた草があっという間に燃えてしまう。もちろん彼女は水にも弱く、両親にとって水の青年と付き合うなんて“御法度”でもあるのだ。

つまり、表向きは多様性にも存分に配慮したような世界であっても、それぞれの事情によって、他の者とは関わり合えないという価値観が“当たり前”になっているというわけだ。これらは現実の人種や移民の問題のメタファーとも言えるし、同様に多様性を世界観から打ち出した2016年のディズニー作品『ズートピア』の発展系とも言えるだろう。

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だが、その“当たり前”は、本当に当たり前なのだろうか?と、この『マイ・エレメント』の物語は投げかけている。その当たり前は“慣習”と言い換えてもいい。長く生きていればこそ、その慣習は覆せないと思い込まれているし、それは次の世代へと受け継がれていく。だが、もしも“本当に望んでいること”をないがしろにしてまで、その当たり前の(ではないかもしれない)慣習ばかりを盲目的に捉えてはいないかと、気づきを与えてくれるのだ。そちらはピクサーの近作『あの夏のルカ』にも通じているポイントだ。

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3:ピクサーらしい、さらなる“夢”への物語

そう考えれば、『マイ・エレメント』のメッセージはとても普遍的なもの。「違う世界の素晴らしさを知る」「自分の可能性に気づく」だ。常識外れにも思えたウェイドは自分自身の行動でもってエンバーにそのことを示してくれるし、エンバーもまたウェイドの見方を変える。お互いのことを理解し合う”相互理解”の物語として昇華されているし、それでいて説教くさくもない、コミカルで楽しくていじらしいラブストーリーとして成立させるピクサーの力を、改めて賞賛するしかない。

そして、ピクサー作品はこれまでも“夢”について、ほぼほぼ“辛辣”とも言ってもいいシビアさも含めて、真摯に向き合ってきたが、この『マイ・エレメント』でのエンバーのとある“気づき”は、より“自分自身”に当てはめて考えられる人がきっと多いと思う。それは、これから夢を見つけたり、どう生きればいいかわからない若者にとってのひとつの指針にもなり得るし、親御さんが観てこそ子どもの接し方について大いに学べることもあるはず。2013年公開の『モンスターズ・ユニバーシティ』はピクサーが描いてきた“夢”の集大成的な作品でもあったが、そこからさらなる拡張を遂げたと言っていい。

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ちなみに、ピーター・ソーン監督は韓国からアメリカへ移住した経験があり、ブロンクスに定住していた両親は食料品店を開いていたそうで、それは『マイ・エレメント』劇中のエンバーの境遇に反映されている。さらに、前述した世界観がのルーツが「子どもの頃に見ていた周期表の全てが小さなアパートのようだった」ことというのも面白い。そのように、極めて個人的な経験を反映した物語が、とても普遍的な物語に昇華されているのもピクサー作品の素晴らしさだ。ぜひ、現実で少し勇気が希望が持てるかもしれない「あなたの物語」としても楽しんでほしい。

(文:ヒナタカ)

–{『マイ・エレメント』作品情報}–

『マイ・エレメント』作品情報

【あらすじ】
火・水・土・風の4つのエレメントたちが暮らす街エレメント・シティには、違うエレメントとは関われないというルールがあった。火の女の子・エンバーは、家族のために火の街から出ることなく父の店を継ぐのを目標に頑張ってきた。そんなある日、真逆の特性を持つ水の青年ウェイドと出会い、エンバーは初めて世界の広さに触れていった。やがて自分の新たな可能性を考え始め、火の世界の外へ憧れを密かに抱くようになるが、そんなエンバーの前に街のルールが立ちはだかり……。 

【予告編】

【基本情報】
声の出演:リア・ルイス/ママドゥ・アティエ ほか

日本語吹き替え:川口春奈/玉森裕太/MEGUMI/伊達みきお(サンドウィッチマン)/楠見尚己/塩田朋子/山像かおり/大谷育江/高木 渉/間宮康弘/濱口綾乃 ほか

監督:ピーター・ソーン

配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン

ジャンル:アニメ

製作国:アメリカ