「安心安全な撮影現場を考えるのが、私の仕事です」│インティマシー・コーディネーター 浅田智穂の働き方とは?

映像業界の働き方

シリーズ「映像業界の働き方」では、映画、ドラマ、MV、CMなど、さまざまなメディアで活躍する人の“働き方”にフォーカスを当てます。

 第二回目に登場するのはインティマシー・コーディネーターとしてドラマ『エルピス—希望、あるいは災い—』『大奥』や是枝裕和監督の話題作『怪物』などに携わる浅田智穂さん。

最近、日本でも少しずつ認知を広げ、現場に導入されている「インティマシー・コーディネーター」とはインティマシー・シーンにおいて俳優の安全を守り、監督の演出意図を最大限に実現できるようにサポートするスタッフのこと。俳優がヌードになるシーン、またはヌードの有無に関わらず、疑似性行為や親密な身体的接触のあるシーンのケアを行う大切な仕事です。

まずは働き方の話を入り口に、映像業界全体の労働の問題まで、浅田さんにお聞きしました。

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“事前に同意を得ることの大切さ”

ーーまずは浅田さんご自身の普段の働き方についてお伺いします。1日にどれくらいお仕事をされていますか?

浅田智穂(以下、浅田):今はいくつかの現場を掛け持ちしています。小学3年生の子どもがいるので、 昼間に打ち合わせしてきたことをまとめる、改稿を確認する、原作を読むなどの作業は子どもが寝てから。撮影だと土日も関係ないですし、明確にどれくらいとはお答えしづらいですね。

ーーお子さんを現場に連れて行くのはやはり難しいのでしょうか。

浅田:私も映画業界の女性が働きやすくなるための改善を積極的にしていきたいなと思ってるのですが、なんせ私が立ち会うのはインティマシー・シーンなので……。ちょっとそこに座らせるというわけにもいかないんです。

ーープライベートと仕事との切り分けは難しそうですね。

浅田:それが今の課題です。プライベートのときも仕事の連絡がきていないかと気になってしまい、常に何かに追われてる感覚があります。ただ、私たち家族はキャンプが好きなので、キャンプに行った際はスマホを見ないように心がけています。

ーー通訳の仕事もされている浅田さんですが、インティマシー・コーディネーターと働き方の違いはありますか?

浅田:コロナ禍で通訳の仕事が全部飛んでしまった矢先に、インティマシー・コーディネーターのお話をいただきました。仕事がないタイミングでトレーニングを受けられたのは、ある意味ちょうどよかったですね。仕事の仕方での差でいうと、通訳ももちろんリサーチを中心とした予習は必要ですが、基本的な拘束時間は現場のみでした。ただものすごく頭を使う仕事なので、1日終わるとぐったりしてしまう大変さはありますが。一方でインティマシー・コーディネーターの仕事は、現場と同じくらい準備期間が大切で、総合的にかかる時間は倍以上。しかもインティマシー・シーンの数や関わるキャストの人数などで仕事量も変わってくるため、予測ができません。それにお仕事する上では監督の過去作も観た方がいいでしょうし、関わる俳優の皆さんの過去の作品もできるだけ観たいと思うと、リサーチすべきことはたくさんある。もともと映画が好きなのでもちろん苦ではないのですが、それも仕事だとすればオフの状態になれることが少ないですね。

ーーインティマシー・コーディネーターの仕事のどこにやりがいを感じますか?

浅田:私はエンターテインメントが好きで制作に関わっているので、 その環境を少しでもよくできていることが嬉しいんです。それに牛歩ではあっても確実に変化を感じているので、 その一助になれていることにとてもやりがいを感じます。いい作品にはいいお芝居が不可欠だと思いますが、いいお芝居が生まれるには環境づくりが大切ですから。

ーーインティマシー・コーディネーターという仕事への需要が増してきたことは、まさに業界の変化だと思います。

浅田:そうですね。取材などを読んでくださり、新規でご依頼いただくプロデューサーの方もたくさんいらっしゃいます。同時に、1度参加させてもらった組に再度お願いされることも嬉しいんですよね。それは私が入ることで起こる変化を感じていただけた証拠ですから。

ーー業界の人々の意識も変わってきたということですね。

浅田:インティマシー・コーディネーターが登場する以前も、もちろんきちんと配慮されてた組はたくさんあったはずです。ただ、組の全員同じ認識だったかというと、そうではなかったと思います。それによく監督と俳優がすごく仲がいい、信頼関係があるからインティマシー・シーンについても問題ないという話を聞きますが、そこにパワーバランスがあることは考慮されていない。それに気づかなかった人たちが、監督から言われたら演者はNOって言えないと気づいたとか、同意を得ることがいかに重要なことか気づかされたとお話していただいたときは嬉しかったです。

ーーこの仕事を始めた当初、どこに難しさを感じましたか?

浅田:私がアメリカの専用の機関IPA(Intimacy Professionals Association)で受けた養成トレーニングで学んだのは、あくまでアメリカで通用するルールです。それが日本でそのまま通用しないというのは分かってはいたんですけど、ではどこまで柔軟に対応すべきかは悩みました。もちろん、当然守るべき共通のルールはあります。ただ、そもそもルールがない日本に、ルールでがんじがらめのアメリカの規定を持ってきたところで、そのまま運用するのは難しい。しかもインティマシー・コーディネーターは日本にはいなかった職業ですから、最初はかなり現場で敵視されていたと思います。そんな中で、あれもダメですこれもダメですとだけ言っていたら、本当になにもできなくなってしまう。最低限なにを守れば安心で安全な現場にできるかを考え、日本の撮影現場で対応できるガイドライン(*1)をつくりました。

*1……浅田さんはインティマシー・コーディネーターとして現場に入る上で3つのガイドラインに同意するようにプロデューサーと監督にお願いしている。1つ目はインティマシー・シーンは必ず、俳優部の同意を事前にとること。強制強要はNG。2つ目は、性器の露出を避けるために必ず「前貼り」などを付けること。3つ目がシーンの撮影はクローズドセットで最少人数で行うこと。

ーーたとえば、実際にアメリカではどのようなガイドラインがあるのでしょう。

浅田:インティマシー・シーンにおける俳優の同意は、該当シーン撮影当日の入り時間の48時間前までに書面でもらわなくてはなりません。そして、同意を得ている内容を変更したい場合は、 もう一度書面にて俳優の同意を得なければいけません。もちろんそれも48時間前までです。撮影スケジュールに余裕がない日本では同様のプロセスを踏むことは難しい。そこで、私は「変更がある場合は必ず事前にお知らせください」とお伝えしています。そうすれば私も事前に俳優部に伝えられるので。今は“事前に同意を得ることの大切さ”を理解してもらうことが第1歩だと思っています。

–{知らないことは、専門家に助けてもらえば良い}–

知らないことは、専門家に助けてもらえば良い

ーー現在の日本の映像業界の働き方について、 浅田さんが一番気になっている問題は何ですか?

浅田:やはり長時間労働です。休みがないということが1番大きな問題だと思っています。睡眠時間が少なくなると、生産性の低下はもちろん、疲労やストレスが蓄積して身体を壊してしまい、気持ちにも余裕がなくなります。まだ俳優はそれなりに優遇されているかもしれませんが、スタッフはそうもいきません。現場が終わっても、それで仕事が終わりではない。本当に寝ていないのがわかるんですよね。それにプラスして低賃金という救いようのない状態になっている。そこにちゃんと余裕が生まれれば、ハラスメントなどの問題も減ってくるのではないかと思います。

ーー予算も時間も余裕がなさすぎるという日本のエンタメ業界の問題ですね。

浅田:休みなく働かされるとなると、若い人は入ってこないですし、辞めてしまう。それに、クリエイティビティが枯渇してしまうと思います。イマジネーションを膨らませる時間もないですから。

ーー変化を感じているというお話もありましたね。そのあたりの肌感も伺いたいです。

浅田:この数年いろいろな問題が表面化されたことで、それを変えようという声がしっかりと上がってきたように思います。私もa4c(「action4cinema / 日本版CNC設立を求める会」)の皆さんへ講義をさせていただいたり、問題をしっかりと意識している監督やスタッフは確実に増えてきていると感じます。 その方々と一緒にもっと働きやすい現場に変えていけたらいいなと思っています。

ーーインティマシー・コーディネーターという職業が認知されてきたことで、ほかにもいい影響が生まれているのではないかと思っています。たとえば、他の部分も変えていかなきゃいけないという意識が現場で芽生えたり。

浅田:その通りだと思います。インティマシー・シーンはいろんな確認事があるので、 綿密な話し合いを行います。するとやはり、シーンの理解度は上がる。そういった経験をされた方は、他のシーンでもきちんと話し合えたらいいねとおっしゃったり。もちろん時間がなかなかそれを許さない現状はまだあるわけですが、これだけ話し合うとこれだけ理解度が増してお芝居が変わるんだ、と実感されている方はたくさんいると思います。

ーー制作者が意図したいインティマシー・シーンの描写に対して、浅田さんが意見することもあるのでしょうか。

浅田:監督とプロデューサーが見せたい描写があって、それに俳優部が同意しているのであれば、そこをまず安心安全に撮るためにどうしたらいいのか考えるのが私の仕事です。ただ、そのシーンが社会的に間違ったメッセージを送る可能性がある場合に「大丈夫ですか」と確認することはあります。

ーーインティマシー・コーディネーターは現在日本で2人だそうですね。今後はもっと増えていくのでしょうか。

浅田:後続を育てることは急務だと思っています。そこで現在、アメリカのカリキュラムを使い、日本でもトレーニングできるように動いているところです。

ーー今後、映像業界にどのような変化を期待しますか?

浅田:エンターテインメントが与える社会的メッセージはとても大きいので、 それに関してもインティマシー・コーディネーターとしてできることをしていきたいです。今、 視聴者のリテラシーは本当に上がってきてると思うので、そこに応えていく、裏切らないようにしていくというのを、 つくり手は意識していかなくてはいけないと思います。これから新しいポジションはどんどん増えてくると思います。知らないことは専門家に聞いて、助けてもらえばいいんです。

ーー社会的メッセージという意味では、メディアのあり方も重要だなと思いました。エンタメにおいても性的なシーンを過剰にピックアップした見出しをつける媒体がまだまだ目立ちます。

浅田:別にインティマシー・シーンがメインなわけでもないのに、そこが切り取られてしまう。日本はそういうところにすごく固執してしまうので、そこを見どころだと思わせてしまうメディアもよくないですし、そう思わされてしまう視聴者がかわいそうだなと思います。

ーー一方で、インティマシー・コーディネーターが入っていると安心して作品を観られるという声も聞くようになりました。

浅田:俳優の皆さんが安全に撮影できていると思うと、ファンの皆さんも安心できますよね。それを思うと、インティマシー・シーンがあるのであればやはりそこにインティマシー・コーディネーターが当たり前にいる現場になるのが望ましいと思います。まだまだこれからですが、観客のニーズとしての声がもっと大きくなっていけば、業界も必然的に変わっていくと信じています。

Profile

浅田智穂
1998年、ノースカロライナ州立芸術大学卒業。 帰国後、東京ディズニーシー建設 / オープン準備時の通訳、2002 FIFA日韓W杯に於ける㈱電通内の社内通訳として従事。 2003年、東京国際映画祭にて審査員付き通訳として参加したことがきっかけとなり、 日本のエンターテイメント界と深くかかわるようになる。 2020年、Intimacy Professionals Association(IPA)にてインティマシー・コーディネーター養成プログラムを修了。 IPA公認のもと活動開始。Netflix作品『彼女』において、日本初のインティマシー・コーディネーターとして作品に参加。 以降も、複数のプロジェクトに携わっている。
(撮影=川村恵理/取材・文=綿貫大介)