スポ根アニメ映画の大傑作『雄獅少年/ライオン少年』を「真面目に生きるすべての普通の人たち」が観るべき理由

映画コラム
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いきなりだが、2023年5月26日から公開されている中国製アニメ映画『雄獅少年/ライオン少年』は、以下に当てはまる方に超大プッシュでおすすめしたい。


  • 『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』に次ぐ「親子で楽しめるアニメ映画」を観たい!
  • 『羅小黒戦記(ロシャオヘイセンキ) ぼくが選ぶ未来』に次ぐ「すごい中国アニメ映画」が観たい!
  • 『BLUE GIANT』に次ぐ「若者3人のかけがえのない青春物語」が観たい!
  • 『THE FIRST SLAM DUNK』に次ぐ「心から応援できて感動するスポーツ映画」を観たい!
  • 理由は後述するが、「真面目に生きるすべての普通の人たち」


お伝えしたいことは以上である。それぞれに当てはまる人が大満足できるであろう、観る人を選ばない大傑作であり、注目作が大渋滞を起こしている今の映画館の中でも、最優先で観るべき映画だと断言する。

予備知識は中国の有名な詩人・李白について軽く調べておくくらいで十分(知らなくてもOK)。とにかく今すぐ劇場情報を確認して、予約して、観てください。お願いします。それで終わりにしたいくらいなのだが、そういうわけにもいかないので、さらなる魅力を記していこう。

<『雄獅少年/ライオン少年』劇場情報>

「間違いない」理由は超豪華な日本語吹き替え版にもある

事実、この『雄獅少年/ライオン少年』は原作のないオリジナル作品ながら、中国で興行収入2.49億元(約50億円)、動員638万人という大ヒットを遂げている。中国国内の映画レビューサイトでは『羅小黒戦記』の8.0点を上回る8.3点を記録。2022年に超限定的に日本で字幕版が劇場公開された時も絶賛に次ぐ絶賛を浴びていた。もうそれほどまでに「間違いない作品」なのだ。

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さらに間違いないのは日本語吹き替えのクオリティ。絶賛された中国製アニメ映画の字幕版がごく小規模で先んじて公開され、後に超豪華な声優陣による吹き替え版が公開される流れは『羅小黒戦記』と同様。その時点で期待していたのだが、実際の本編を観れば吹き替え版のクオリティそのものに泣くレベルの素晴らしさだった。

普段は弱々しいが「ここぞ」という時の力強さを表現する花江夏樹、可憐ながら主人公を心から励ます立場の桜田ひより、飲んだくれだが心優しく頼れる印象を何倍にも増幅してくれる山寺宏一、気が強い妻を演じた甲斐田裕子、ひょうきんなところこそが魅力的な山口勝平、どんくさいようで愛おしい落合福嗣など、これ以上のないキャスティングおよび熱演がされた吹き替え版が、拡大公開されることはもう奇跡と言っても過言ではない。

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さらに、日本語吹き替え版主題歌はのんによる「この日々よ歌になれ」で、映画とのコラボMVも公開されている。本編ではもともとの中国語の主題歌をエンドロールで流した後、日本語吹き替え版のクレジットでのんの主題歌が流れるという、やはり『羅小黒戦記』と同様の誠実なアプローチがなされているので安心して余韻に浸ってほしい。

また、MVでのんが「両腕を拡げる」様が本編とシンクロしている他、「根性」を否定しているようで実は物語とリンクする勇気がもらえる歌詞にも注目だ。

これは獅子舞版『ベスト・キッド』だ!

本作の主人公は、広東省の村で祖父と暮らす18歳の少年チュン。ある日、獅子舞の見事な腕を披露した同じ名前の少女に出会ったチュンは、自身も獅子舞競技への出場を決意し、自身と同様に出稼ぎの親を持つ少年マオとワン公を誘う。3人は、かつて獅子舞の名手であった塩漬け魚売りの中年男性のチアンに教えを乞うのだが……。

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基本的なプロットは「負け犬たちがスポーツに挑み努力を重ねる」という、王道の「スポ根」もの。主人公たちが序盤に屈辱的な目に遭うのは『少林サッカー』のようでもあるし、飲んだくれの一見ダメな大人が師匠になるのは『ベスト・キッド』も連想させる。

ダメダメだけど愛おしい3人の若者たちが尊厳と人生のために邁進していく様は感情移入がしやすい。決して暗く重いだけでなく、クスクスと笑える場面もある。物語はわかりやすく、キャラクターも親しみやすくて、コメディシーンもある。万人向けの要素が早くも出揃っているのだ。

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さらに『ベスト・キッド』っぽさを感じたのは、「やる意味がわからなかった訓練が実戦で生かされる」ことにもある。それがどのような訓練で、どのような場面であるかは、秘密にしておこう。

–{泣きたくなるほどの地道な作業が実った獅子舞アクション}–

泣きたくなるほどの地道な作業が実った獅子舞アクション

本作のメインで扱われるのは、日本人にはあまりなじみがないであろう獅子舞競技。マイナーな題材とも言えるが、それでも獅子舞競技の面白さと魅力がストレートに伝わる、圧倒的なアニメの作り込みがされていることこそが、本作の最大の魅力だ。

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身体能力を駆使して疾走しジャンプをして、組み立てられた足場を攻略する様は、「パルクール」にも近い。カラフルに彩られた獅子舞それぞれを見ているだけでも楽しいし、さらに高難度のアスレチックをチームで攻略していくような面白さが組み合わさっているのだ。しかも、アクロバティックなアクションそれぞれに躍動感がある一方、物理的にあり得ない場面はほとんどない。「重力」も多分に感じるリアルにこだわった動きに注目してほしい。

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もちろん、その獅子舞アクションには尋常ではない作業の繰り返しが必要になる。ソン・ハイポン監督によると、プロジェクトが始まった時から、監督チーム、絵コンテチーム、アニメチームがそれぞれが獅子舞の訓練を受け、それから動作の基本的な法則をベースに絵コンテ作りを始め、そこに舞踊や武術の動作を組み合わせ、さらにカメラの動きを調整して視覚効果を生み出す……という過程が必要だったという。特に、獅子舞の頭に生えた毛の動きの演算には特に労力を使ったのだそうだ。

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さらに大変だったのはクライマックス。画面には130頭以上の獅子と1000人以上の観客がいて、さらに水上のアクションを作り出すために毛と水面をレンダリングするのは泣きたくなるような作業だったという。事実、1フレーム(※1秒は24フレーム)のレンダリングに最長で13時間、中には10回もやり直してやっとOKになったシーンもあったという。

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競技だけでなく、「屋上で両腕を拡げて街を見る」シーンも大変だったそうだ。集合住宅の外の廊下には洗濯物が干されていて、別の遠景のビルには霧が浮かんでいたりする、ディテールにこだわった光景は、10時間ほどかけてやっと1フレームが完成するペースだったのだとか。1秒1秒に気が遠くなるほどの作り手の努力が実っている、贅沢な映像だからこそ、劇場で見逃さないでほしいのだ。

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中国の貧困の問題を描き、そして世界中の人に通ずる物語になっている

本作は王道のスポ根ものであると同時に、中国の急速な経済発展の陰で、祖父母たちと共に故郷に残されている、出稼ぎ労働者の子どもが直面する「留守児童」問題を取り上げている。主人公のチュンの両親は、息子を大学に行かせるために広州に出稼ぎに行っており、この正月も帰省しない。そして、中盤にはさらなる問題がチュンに降りかかるのだ。

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おそらく、師匠のチアンと妻のアジェンに子どもがいないこと、そのアジュンが弟子となる3人の若者たちをどう思っていたかがわかるセリフにも、やはり貧困の問題が反映されていたのではないだろうか。

ソン・ハイポン監督によると、初期の構想は「家族から獅子舞をやるように言われた少年が、家族が病気になり獅子舞で自分を証明しようとする」という典型的なハリウッド風の物語だったそうだ。しかし、「実際の中国の家族ならどうだろう?」などと考え、中国人の常識的な感覚に合うようにエピソードやキャラの行動や心の動きなどを何度も調整していったのだという。

その結果として、中国社会の貧困の問題が反映されていながら、世界中のすべての人が勇気をもらえるであろう、「不屈の精神」「希望となる奇跡」を讃える物語としても見事に見事に昇華されていることにも感動がある。その具体的な意味がわかる、ソン・ハイポン監督の言葉を引用しておこう。

この映画を、真面目に生きるすべての普通の人たちに捧ぐ1杯の酒にしたいという思いで、制作に2年を費やしました。皆さんの心を温められたらと思います。獅子舞はチュンという人間を変えました。小さくて弱かった彼を、迷うことのない、より力強い人間に変えました。チュンは元の生活に戻っても、これまでと違う自分として生きていくでしょう。それがこの映画で伝えたかった力です。平凡な人ほど、そのエネルギーを爆発させた時の衝撃が大きいのです。

この言葉通り、劇中の獅子舞競技は、確かにチュンというひとりの普通の少年を変えた。もちろん、貧困や人生の問題は簡単に解決できるものではないかもしれない。だが、スポーツに限らず「たとえ一時でも強い人間になった」経験は、心の中に残り続ける。その普遍的な価値観を、誰もが楽しめるエンターテインメントとして突き詰めた上で提示したことに、この映画の素晴らしさがある。それは、真面目に生きてきた、でも理不尽で辛いことも経験し続けた世界中の人への、これ以上のないエールにもなっているのだ。

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もう一度言おう。注目作が大渋滞を起こしている今の映画館の中でも、最優先で観るべき映画だと断言するのは、『雄獅少年/ライオン少年』である。「真面目に生きるすべての普通の人たち」に届くことを、祈っている。

(文:ヒナタカ)

–{『雄獅少年/ライオン少年』作品情報}–

『雄獅少年/ライオン少年』作品情報

【あらすじ】
片田舎で出稼ぎをしている父母の帰りを待つ貧しい少年チュンは、ある日、華麗な獅子舞バトルで屈強な男を倒した、同じ名前の少女チュンから、獅子頭を譲り受けた。チュンは、ちょっぴり情けない仲間のマオやワン公と獅子舞バトル全国大会を目指すことを決意する。飲んだくれの元獅子舞選手チアンを口説き落として師匠に迎え、その妻アジェンの励ましを受け、特訓の日々を送る。しかし、大会目前でチュンの父が病に倒れてしまう。一家を支えるためにはチュンが出稼ぎに行くしかない。大都市での過酷な労働に夢を追う時間もないほど疲れ果てたチュンの前に、あの少女が再び現れ……。

【予告編】

【基本情報】
声の出演:花江夏樹/桜田ひより/山寺宏一/甲斐田裕子/山口勝平/落合福嗣 ほか

監督:孫海鵬

上映時間:104分

配給:ギャガ/泰閣映畫/面白映画/Open Culture Entertainment

映倫:G

ジャンル:アニメ

製作国:中国