シリーズ「映像業界の働き方」では、映画、ドラマ、MV、CMなど、さまざまなメディアで活躍する人の“働き方”にフォーカスを当てます。
第一回目に登場するのは映画『佐々木、イン、マイマイン』で映画業界に強烈な印象を与え、またKing Gnu『The hole』のMVで世に名前を知らしめた内山拓也 監督。
まずはご自身の働き方の話からスタート。後半では内山 監督も参加する〈action4cinema / 日本版CNC設立を求める会〉活動の話や、業界全体のより良い未来についての話にも触れていきます。
誰にでも話せる雰囲気にしたい
内山拓也監督
ーーまずは内山監督ご自身の普段の働き方についてお伺いします。1日にどれくらいお仕事をされていますか?
内山拓也(以下、内山):僕は限りなくシームレスに生きてるので、 明確に何時間、ということはないですね。朝起きてぼんやり考え始めて、 寝る瞬間まで、というざっくりしたくくりで生活しています。それでもご飯のタイミングでちゃんと一息つけるようにしています。
ーーそうなるとオンオフの切り替えは難しそうですね。プライベートと仕事は意識して分けてはいないのでしょうか。
内山:ちょっとずつ、だらだらしないと続かない性格なので、明確に集中して頭を切り替え作業することは撮影期間以外は少ないです。今でも、朝起きたら絶対にスポーツのハイライトを全部見ないと気が済まないですし、作業しながらも別のモニターにサッカーや格闘技、野球、ボクシングなどとにかくスポーツを映しているなんてこともざらにあります。
ーー今の働き方はご自身に合っていると思いますか?
内山:そうですね。ただ自分で決められる分、ちょっと仕事を詰め込みすぎてしまうこともありますが。
ーー監督業となると、他のスタッフをどうマネージメントするか、どう接するかを考えなければいけない立場でもあります。その上で、内山監督が現場で心がけていることはありますか?
内山:ほとんどの現場は、プロデューサーと監督の采配にかかっていると思います。ですが、そこで、監督もプロデューサーやスタッフにお願いや相談をする立場だということを、お互いに理解し合わなければいけません。独裁的な監督もいる(いた)かもしれませんが、そこにはらんでいる潜在的な権力構造には自覚的であるべきだと思います。勿論、作品をつくる上で意思決定をし、全体を引っ張っていくリーダーは必要ですが、権力の勾配は出来る限り小さくすることに努めなければいけません。僕の場合は、監督は調整係だと思っているので、ヒアリングをしながらなるべくみんなで話し合うようにしています。行動としての心がけでいえば、助手の方を含め、「なんでも言ってね」と喋りかけるようにしています。なるべく縦割りや横割りのような組織構成を取っ払いたいと思っていて、全員が誰にでも話せる雰囲気にしはしたいと思っています。
ーーそれに対して現場のスタッフの方々からの反響はありますか?
内山:日本の映画業界は時間と予算にかなり制約を受けているので、今すぐに革命的なことを起こすのはまだまだ難しいと感じています。コミュニケーションによって劇的な効果を出すには限界がありますが現場を初めたばかりの若手のスタッフから言葉をもらう機会が増えて、それでみんなで作品を創作していけるなら意味はあるのかなと思っています。仕事以外にもプライベートの悩みを相談されることもあります。その際は出来る限りのことはして、なるべく寄り添えたらと思っています。それは、自分が相談者側の人間だったので、その時に苦しかった気持ちがわかるから。
ーー苦しかった気持ちというのは、映像の仕事を始めた頃にご自身が現場で感じたことですか?
内山:言えないことも多いですが、ディテールをオブラートに包んでお話すると、暴力を振るわれるとか、罵声を浴びせられるとか。きっと僕に嫌なことをしてきた人も、以前自分が同じ目に遭ってきたのだと思います。僕はそれを断ち切りたいです。いちスタッフを人間として扱わないような対応はしてはいけないと思います。その人の有限な時間を使って参加してもらっているということはしっかり考えなくてはいけない。自主映画を撮り始めてからはそのことをかなり意識するようになりました。
ーー自分が苦しい思いをしながらも、あとに続く人にも同じような苦しみを与えてしまう。悪しき習慣はどの業界にも根深く存在するものだと思います。
内山:みんなが習慣を断ち切る方法を知らない、ということもあるのかもしれません。特に日本においては。何かを訴えても、それが変わる歴史があまりなかったから。運動や訴えを起こして勝ち取った、という成功体験が少ないんですよね。そのマインドセットが受け継がれているから、基本的には「しょうがない」と思ってしまう。でも、きっと何か少しでも新しい発見があれば、「これっておかしい」「こう変わらなければいけない」という気づきはあると思います。そのあたりはものづくりにおいて僕も一番考えていることなのですが、時間と多くの労力がかかることだなと思っています。
ーーデモやストライキが冷笑されたり、それらに参加している人をあまりよく思わない人が多いのもそこに原因があるのだと思います。当時は苦しさを誰かに共有していましたか?
内山:根本的な相談はほぼできていなかったです。当時は特に自分の中に閉じ込めてしまっていて、それで身体を壊したこともありました。
–{10年、20年、30年後の未来のため}–
10年、20年、30年後の未来のため
ーーでは、a4c(action4cinema/ 日本版CNC設立を求める会)の活動とともに内山さん自身の意志が明確になってきたということでしょうか。
内山:はい、明確に世の中に自分の立場を表明し始めたのは、a4cの立ち上げメンバーになってからです。でも、僕を知ってる周辺の人は、たぶん何もびっくりはしてないと思います。仲のいい俳優、スタッフには“行動する”とずっと言っていました。
ーー現在の映像業界の働き方について伺います。まずは長時間労働やハラスメントの問題など、いまの業界全体の状況をどのように感じてますか?
内山:だめなことが顕在化してることは、いいことだとは思います。しかし、発信のされ方は慎重に考えなくてはいけないです。ブームのように消費されてもよくないですし。特に映画業界に対しては「1回滅べばいい」「膿を全部出しきってからまたやった方がいい」という一定の声がありました。でも、全部壊してから立て直したら?という意見は僕は危ないと思っています。壊れたものを一からつくり直すには相当な体力が必要で、想いだけではできない。残念ながら映画業界に残された体力はそう多くはない。だからうまく並走しながら活動する意識で頑張るしかないと思っています。この業界は、コロナの時に必要ではないと言われていたんですよね(*1)。それを必要だと言うことが、どれぐらい大変だったか。 良くないことはみんなで変えなくてはいけないし、発信していかなければいけない。ただ、映画は、映画人は、映画を愛する人はここにいます、ということを忘れられないようにしていくことも大事なんですよね。
*1……コロナ禍の最中、他のエンターテイメントのイベント同様で映画館も営業自粛になり、世界的に映画の制作など中止になることが相次いだ。またミニシアターは苦境に立たされて閉館も相次ぎ、その状況を支えるためにもクラウドファンディングなども盛んに行われた。
ーーハラスメント等の問題を訴えるすべが“告発”という形でしか行えていない現状にも問題があるように思います。企業であればちゃんとまず相談窓口などがあり、話を聞いてくれますから。
内山:それは間違いなくあると思います。被害者への誹謗中傷、二次被害、三次被害につながらないための配慮も必要ですし。
ーー内山監督が映像業界の労働環境で問題意識を強く感じたきっかけは何だったのでしょう。
内山:クリエイティブ業界全般だと思うんですけど、最初は寝れない、食えない、お金がない。全体的に苦しい空気がずっと漂ってるっていうのは、18歳で上京してからずっと感じていました。ある程度希望を持って東京に出てきたのに。
ーーでは、a4cの活動には内山監督自身、救われる部分があるのでは?
内山:a4cの活動を通して改めて理解し、伝えていきたいことは、これが10年後、20年後、30年後の未来のための活動だということ。一人で問題を抱えている頃はただただ疲弊していましたが、是枝さんを始め、同じことを考えてたり、行動してる人がいるんだとわかったことは希望でした。
2022年6月14日に開催された「日本版CNCを求める会」の記者会見の様子。是枝裕和監督や深田晃司監督ら、映画監督有志7人が集まった
一人を守ることは、日本映画全体を守ること
ーー内山監督が特に取り組むべき課題だと思っていることはなんですか?
内山:さまざまな機能不全な問題を構造から変えていく必要があります。苦境に陥るしわ寄せが現場にきていて、スタッフの重労働・低賃金を招いている。映画業界全体がサステナビリティになっていく仕組みづくりは急務だと思います。それと同時に、教育が大事だと思っています。僕がそもそもなぜこういう活動をしてるかというと、 次の世代の人たちが入ってきたいと思える、憧れる業界にしたいという一心だからです。みんなが夢を持って参加できる場所にしたいと思っています。
ーーたしかに映画業界は若い担い手が減っているという話をよく聞きます。
内山:僕は比較的年齢が若いスタッフを集めることが多いですが、他の監督方から聞くと、スタッフの高齢化はかなりあると思います。若い人が入っても、次の現場には続かない。映画の仕事の魅力を伝えて人口を増やし、若い人と女性が働きやすくて、子育てをするキャストやスタッフをサポートする業界にしていきたいです。
ーー問題が浮かび上がり、それに対応すべく活動が始まった。そのことですでによい兆しは見え始めているのでしょうか。
内山:映適(*2)も始まりましたが、まだまだこれからというところです。a4cでは「日本版 CNC 、なぜ必要?」という説明動画を公開しました。それは世間的認知を広げる意味もありますが、まずは現場の人たちに見てほしいという気持ちでつくったものです。それでもまだ忙しいスタッフやキャストたちに内容までは届いていないと感じています。業界全体の問題であることはみんな何となくわかっていても、日々の仕事に追われて考える時間もない。これだと何も変わらないままで歯痒さが募りますが、誰もが他人事ではなく、全員が自分の問題として捉えていけるよう、この状況を改善していきたいと思っています。
*2……映画制作を志す人たちが安心して働ける環境を作るために、映画界が自主的に設立した第三者機関「日本映画制作適正化機構」のこと。2023年4月に発足。撮影時間や休憩時間のルール、安全やハラスメントに関する体制整備が行われている作品に対して審査し、認証した作品には「映適マーク」を与えていく。
ーーそうなると、先のお話にあったような密なコミュニケーションが意識改革をさせる上で一番の近道なのかもしれないですね。
内山:そう思います。アメリカのスタッフから話を聞くと、 「日本はなんでこんなにコミュニケーションを取らないんだ」と言われます。予算や時間だけでなく、日本の映画業界はたぶん、そこすらも足りていない。でもこれは意識と努力でできる部分ですからね。
ーー業界を変えていくことは、個人個人の問題をなくしていくこともそうですが、日本映画という文化を守るためにも必要なことなのかもしれないですね。
内山:一人を守るということは、作品を、ひいては日本映画全体を守り、成長させるということだと思います。産業と芸術文化のひとつである映画に興味を持つ人が増えて、みんなで良い方向に盛り上げていけたら嬉しいです。
Profile
内山拓也
1992年生まれ。文化服装学院入学後、学業と平行してスタイリスト活動を始め、その後、23歳で初監督作『ヴァニタス』を制作。初の映像作品にしてPFFアワード2016観客賞、香港国際映画祭出品、批評家連盟賞ノミネート。近年はMVや広告を様々手掛け、『佐々木、イン、マイマイン』で劇場長編映画デビュー。同作で新藤兼人賞など新人賞を総なめにした。
(撮影=持田薫/取材・文=綿貫大介)