最新作『首』へと通ずる、北野武/ビートたけしと西島秀俊ら俳優陣との縁

映画コラム

待望の、という形容詞が建て前ではない報せにテンションと期待の高まりを抑えられずにいられない。

そう、『アウトレイジ 最終章』(17年)以来6年ぶり、北野武監督の最新作『首』(今秋公開)が完成したのだ。誰もが知る戦国最大の謀反「本能寺の変」を今までにない視点と解釈から描き、人間の権力に対する欲深さや野望といった暗部を容赦なく映しながらも、悲喜こもごもを随所に織り交ぜて、ならではの一大歴史群像エンターテインメントへと昇華させている。

大半の作品同様、北野監督自らがプレイングマネージャーとして羽柴秀吉を演じるほか、明智光秀に西島秀俊、織田信長に加瀬亮、黒田官兵衛と羽柴秀長に浅野忠信と大森南朋といった“北野組”経験者たちがそろいぶみ。さらに、秀吉に憧れる農民の難波茂助役で中村獅童が満を持して北野組初“参戦”を果たし、めくるめく惨劇にして活劇でもある本作に奥行きをもたらす。スケール的にもバジェット的にも、まさしく「大作」と呼んで差し支えない『首』だが、本稿では西島を中心にキャスト陣と“キタノ・ワールド”の関わりを、ある種の予習的に紐解くこととしよう。
       

西島のキャリアに転機をもたらした『Dolls ドールズ』(02年)

3組の男女の“悲恋”をシビアな目線で見つめつつ、移ろう季節の風景とともに耽美的に映し出していく、北野流ラブストーリー(もっとも、監督は『もっとも暴力的な映画』だと、公開当時に語っている)。西島秀俊は、恋人の佐和子(菅野美穂)を裏切って令嬢と婚約したことで自殺未遂に追い込んでしまう主人公の1人・松本を、粛々と演じている。後遺症で幼児退行した佐和子を連れだし、あてのない逃避行を強行する松本だが、目を離すと何をしでかすか分からない佐和子と自身を赤い紐でつなぎとめる。放浪の末、微かな希望が見えたそのとき、2人を待っていたのは……。

セリフを最小限にとどめて映像で見せていく手法は、太夫=監督と人形=役者として浄瑠璃に見立てることもできる(本編の冒頭と最後に象徴的人形浄瑠璃の映像も引用されてはいるが──)。90年代末から映画に軸を移していた西島にとって、『2/デュオ』(97年)の諏訪敦彦と『ニンゲン合格』(99年)の黒沢清の存在は極めて大きいが、すでにベネチア国際映画祭で世界的評価を高めていた北野作品にメインで起用されたことが、キャリアにおいて大きな意味と転機をもたらしたことは語るまでもないだろう。

なお、『首』は西島にとって『Dolls ドールズ』以来、21年ぶりの北野監督作品となる。 

西島にとって念願だったビートたけしとの初共演作『劇場版 MOZU』(15年)

『Dolls ドールズ』では監督に専念したことから、西島が“ビートたけし”と共演を果たすまでに13年の月日を経なければならなかった。その記念碑的作品は、TBSとWOWOWが2シーズンに渡って合作した意欲作、『MOZU』(14年4〜11月)の劇場版。西島の演じる主人公・倉木が最後に対峙する大物フィクサー・ダルマこと吉田駒夫として、“ビートたけし”はその不敵な存在感をスクリーンに焼きつけた。クライマックスでビル屋上にダルマを追いつめた倉木が、周囲を炎に囲まれながら真意を問い詰めていくシークエンスは、まさしく圧巻。考えの読めない男にして食えない人物という意味では、ダルマと『首』の秀吉は重なる部分もあり、光秀に扮した西島と敵役同士で対峙するのが、実に興味深い。

ちなみに、大方の人間が親しみを込めて「たけしさん」と呼ぶのに対して、西島は敬意を込めてふだんから「北野さん」呼びをしていることは、ファンにはよく知られたところだ。    

たけしが振りまわし、西島が翻弄される「女が眠る時」(16年)

初共演まで13年がかかったものの、早くもその翌年に再び両者は相まみえる。香港出身でアメリカを拠点にハーヴェイ・カイテル主演の『スモーク』(95年)などを撮ったことで知られるウェイン・ワン監督が、スペイン人作家ハビエル・マリアスの小説を映画化。人の屈折した愛と狂気をあぶりだす一篇で、西島は売れない小説家に、たけしは謎めいた初老の男にそれぞれ扮して、またも対峙した。

職業作家として生きることを諦め、妻とリゾート地へやってきた清水健二(西島)の視界に入ってくる、父娘ほどの年齢差の男女、佐原(たけし)と美樹(忽那汐里)。興味をひかれた健二は、やがてホテル内で2人を見かけるたびにそっと後をつけ、のぞき見するようになっていく……。白日夢か現実か、境界線があやふやな5日間が終わるとき、彼らはどこへたどり着くのか──? 翻弄される西島、振りまわすたけしという図式は、『首』での光秀と秀吉の関係性に通ずる部分もありそうで、そこを踏まえて観るのも一興かと。  

『座頭市』(03年)、『アウトレイジ』シリーズ(10〜17年)、そして『首』へ

さかのぼること、ちょうど20年前。勝新太郎の当たり役だった『座頭市』を大胆にリメイクした作品で、たけし演じる市と互角に渡り合う浪人・服部源之助役に配されたのが浅野忠信だった。両者が居酒屋で居合わせ、柄に手をかけつつ一触即発で対峙するシーンの緊張感は、20年経った今観てもなお、ほとばしるものがある。『首』では策士・秀吉の懐刀・官兵衛として、浅野が静かなる存在感を発揮するであろうことは想像に難くない。

また、秀吉の弟・秀長役の大森南朋は、『アキレスと亀』(08年)で、たけし演じる主人公の画家に幾度といいかげんなアドバイスをする画商役で、爪痕を残している。さらに、『アウトレイジ 最終章』では済州島に身を潜めていた主人公・大友の用心棒仲間・市川として随所で大暴れ。最終盤での明るい振る舞いが、かえってもの悲しさを助長させる名演は必見と言っておこう。

同じく『アウトレイジ』シリーズの1作目と続く『〜ビヨンド』で、頭脳派としてのし上がっていく石原を演じたのが、加瀬亮だ。『SPEC』シリーズ(10〜13年)の瀬文もクセのあるキャラクターだったが、石原のアクの強さは加瀬のキャリアの中でも随一だろう。それだけに『〜ビヨンド』で窮地に陥ったときのうろたえっぷりが、観る者に妙なカタルシスを覚えさせる。その彼に“狂気に満ちた魔王”こと信長を配するのだから、さすが北野組と言わずにはいられない。

北野監督自身も「今、時代劇といえば大河ドラマなどで描かれていますが、きれいな出世物語ばかりで人間の汚い部分や業というものが描かれていない。この作品は『自分が撮ればこうなる』という発想から作り上げました。完成までだいぶ苦労しましたが、スタッフ・キャストのおかげで作ることができたと思っています」と完成報告会見で語ったように、手応え十分の様子。豪華な俳優陣はもちろん、撮影監督の柳島克己(※今作でも恐らくキャメラを担当するはず……)ら北野組の陣営が振り下ろす“一太刀”は、思っている以上に強烈で鮮烈な太刀筋になる──と、心の準備をしつつ公開を待つことにしよう。

(文:平田真人)

■『首』作品情報

2023 年 秋全国公開

原作

北野武「首」(KADOKAWA 刊)

監督・脚本

北野武

出演

ビートたけし
西島秀俊 加瀬亮 中村獅童
木村祐一 遠藤憲一 勝村政信 寺島進 桐谷健太
浅野忠信 大森南朋
六平直政 大竹まこと 津田寛治 荒川良々 寛一郎 副島淳
小林薫 岸部一徳

製作

KADOKAWA