<過去最高の津田健次郎>『長ぐつをはいたネコと9つの命』攻めた「生と死」の哲学とは?

映画コラム

お願いがある。2023年3月17日より上映中のアニメ映画『長ぐつをはいたネコと9つの命』を観てくれ

いきなりお願いせざるを得ないほど素晴らしい作品であり、老若男女どころか生きとし生けるものすべてにおすすめできる理由が山ほどあるのだが、まず最初にどうしても主張したいことがあるので聞いてくれ。それは「吹き替え版でヴィランを演じる津田健次郎が最高」だということだ。

ツダケンボイスの最強の賞金稼ぎのカッコ良さが鰻登りどころか青天井

本作の吹き替え版の津田健次郎の素晴らしさを知ってもらうのには、公式に公開されている本編映像を観てもらうのが手っ取り早い。

お分かりいただけただろうか。初めこそ物腰は柔らかそうでもあるが、同時に底知れぬ怖さや執拗さを見せる「最強の賞金稼ぎウルフ」に、津田健次郎の艶かしい声質と多層的な印象を感じさせる演技がドンハマりなのである。

しかも、その後にウルフは主人公を追い続け、暗闇で目を光らせ、そして圧倒的な戦闘力をも見せる。こ……怖いけど、か……カッコいい!カッコいいがうなぎ上りどころか青天井だよ……!「あっ好き大好き」のオンパレードだよ……!過去最高の津田健次郎ボイスのおかげもあって、間違いなく2023年の最高のヴィランが早くも決定したと断言する。

吹き替えそのものが最高!特に山本耕史の歌声に聴き入って!

さらに、吹き替えの出来そのものが素晴らしい。主人公のプス(長ぐつをはいたネコ)は『シュレック』シリーズで同キャラを担当していた竹中直人から山本耕史へとバトンタッチしているが、全く違和感がないどころか、渋めの声質が後述する「命知らずで無鉄砲なヒーロー」の印象にバッチリにハマっていて、ひどく塞ぎ込んだ時の演技にも感動があった。しかも山本耕史は美麗でパワフルな歌声も披露しているので聴き入ってほしい。

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さらには、土屋アンナによるクールな元婚約者、中川翔子によるくまの家族のリーダーになるほど気が強い女の子、小関裕太が演じる「不憫かわいい」キャラに至ってはその表現が上手すぎて感動するほど。木村昴成河も完璧だ。

ギャガ(共同)配給のアニメ映画の吹き替えは『KUBO/クボ 二本の弦の秘密』『バッド・ガイズ』など信頼と実績しかなかったが、この『長ぐつをはいたネコと9つの命』はその中でも最高峰、いや最高OF最高の神吹き替えだとも断言する。

さて、先走ってツダケン!最強の賞金稼ぎ!吹き替え!最高!と言ってしまったが、それ以外も『長ぐつをはいたネコと9つの命』は見所だらけ。アカデミー賞アニメーション映画賞ノミネートも納得の出来栄えだ。大きなネタバレにならない範囲で、たっぷりと記していこう。

『スパイダーバース』を思わせる超絶アクション!

もともとの「長靴をはいた猫」はシャルル・ペローによる童話であり、1969年には宮崎駿も原画スタッフとして参加した日本のアニメ映画版も公開されていた。そして、『シュレック』シリーズにも登場した同キャラは、ニヒルでカッコいいがちょっとナルシストなところも含め人気を得ており、今回はそのスピンオフ作品と言っていい。

だが、この『長ぐつをはいたネコと9つの命』は、前作に当たる2011年の『長ぐつをはいたネコ』の他、関連作品を全く観たことがなくても、全く問題なく楽しめる。その理由の筆頭は、シンプルに「アクションがとにかくすごい!」こと。こちらも本編映像が公開されているが、できれば劇場で最初に目撃していただきたい。

ダイナミックな「空間」を生かした3D表現に加えて、良い意味で漫画的な派手なエフェクトもたっぷりというのは、あの2019年公開の『スパイダーマン:スパイダーバース』を彷彿とさせる。というより、明らかにそのフォロワーなのだが、それが巨大な敵とのバトルと違和感なく融合しており、独自性もしっかり出しているのが素晴らしい。

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その独自性のひとつは、あえてコマ数を落としての「カクカクした」動きにもある。これがむしろ日本のアニメっぽいアクションのケレン味を作り出しており、カッコよく見えるというのも面白い。シンプルに「アニメとして革新的かつ面白い」ことがこの『長ぐつをはいたネコと9つの命』の最大の魅力だ。

–{「限りある命」だからこその「人生の意義」}–

「限りある命」だからこその「人生の意義」

本作でもうひとつ重要なのは、主人公のプスが「今まで命知らずで無鉄砲なヒーロー」だったということ。というよりも、「9つの命のうち8つまでを使い切って」「次に死ぬとアウト」なため、一転して臆病になってしまう。あまつさえ、とある「終の住処」へと行きつき「隠居生活」をすることになるのだ!

前述した冒頭のアクションシーンでは、プスは実に大胆不敵……というよりも、相手を舐めきったような振る舞いで大立ち回りをしている。それは裏を返せば「何しようが死のうが生き返るから平気」なためだ。そんな彼が、「命がラス1」になると人(ネコ)が変わってしまうというのは、おかしいと共になんだか切ない。

そして、本作は「限りある命」を描いてこその、大人にこそ響く「人生の意義」を問い直すという構図がある。「死んでも平気だから怖くないしなんでもできる」というのは、それは本当に「生きている」と言えるのか? 「たったひとつの命」を失うことを恐れすぎて望まない生き方をしてしまっていいのか? いや「たったひとつの命」だからこそ人生は輝くのではないのか? などと、子ども向けとは思えないほどの「生と死」についての真理をついた哲学があるのだ。

しかも、そのプスの最後の命を奪おうとする、津田健次郎ボイスの最強の賞金稼ぎのウルフが、シンプルにめちゃくちゃ怖くて強い。その恐怖にプスがどう立ち向かうのか、そして何を得るのか? も見応えのあるドラマにもなっている。

さらに、犯罪組織のボスであるビッグ・ジャック・ホーナーは、部下たちが死ぬことに全く関心を抱いていない。今まで9つもあった「自分の命を大切にしていなかった」プスと、「自分以外の命を粗末する」悪役が、上手い対比になっているというわけだ。ていうか、子ども向け映画と思えないほど人が(しかもコミカルに)たくさん死ぬのも怖い。

余談だが、「ネコには9つの命がある」というのは、正確な起源は不明なものの古くからある伝承であり、イギリスのことわざとして「しぶとい」という意味もあるそうだ。命がいくつもあるネコの物語を描くという意味では、日本の名作絵本『100万回生きたねこ』を思い出す方も多いだろう。

不憫すぎるキャラからもわかる「生き方」の教訓

本作は「生き方」についての寓話(教訓を与える物語)だ。前述した通り、プスが「限りあるたったひとつの命」の大切さを学ぶというのも「人生じゃん……」と思わせるが、その他のキャラもなかなかに「攻めて」いる。

中でも、「ワンコ」というキャラの不憫さったらない。彼はどれだけ悲惨な状況にいても常にポジティブシンキングなため、若干……いや、かなりの「ウザキャラ」ではある。しかし、彼が語る過去は悲惨そのもので、それを笑い話というか明るく解釈しようとする様が切なくなって仕方がない。

このワンコで思い出したのは映画『デッドプール』。こちらもヒロインと共に語り合う子どもの頃の出来事が本当に悲惨だったからだ。そして、「笑いを持って悲劇性を覆い隠そうとする」作品の姿勢が、この『長ぐつをはいたネコと9つの命』と共通していたのだ。

また、劇中で「読む人によって変わる地図」がワンコにはどう見えるのかにも注目してほしい。ここで「これまで不幸であった者には良い道が待っている」「同じ道であってもより幸せを感じられる」と、「これから」のワンコの人生を優しく肯定しているようにも思えたのだから。

さらには、「3びきのくま」のリーダーであるゴルディ・ロックスも象徴的なキャラだ。彼女はくまではなく人間であり、「本当の家族」を探しながら旅をしている。彼女が道中で見る幻と、そして最終的にどのようなことを掴むのかにも注目してほしい。それもまた、人生の酸いも甘いも噛み分けた大人にこそ響くものだろう。

そして、劇中では「プスとその元婚約者のキティとワンコ」「3匹のくまとゴルディ」「部下の命に無頓着なビッグ・ジャック・ホーナー」という、なんとも極端な3チームが、どんな願い事も叶うという「願い星」を巡っての三つ巴の争奪戦を繰り広げる(さらには最強の賞金稼ぎのウルフも加わる)。わかりやすくもあるが、それぞれの思惑が錯綜する物語そのものに工夫が凝らされていることもわかるはずだ。

そして、それぞれがどんな「願い」へと到達するのか?その感動的な結末もまたまた、大人こそが「じ……人生じゃん!」と感動できるのではないだろうか。『シュレック』シリーズと同様に、それが「よくあるおとぎ話」のアンチテーゼであると同時に、「もともとが童話だからこうなる」のだと納得できるのも面白い。

爆笑できる「かわいいウルウル目勝負」

本作はコメディとしても面白い、というか「かわいいウルウル目勝負」に爆笑できることも最後に告げておこう。「かわいいウルウル目」自体は『シュレック』シリーズでも繰り出されていたギャグだが、今回はさらにバリエーション豊かでくだらなさ(褒めてる)がマシマシになっていた。

しかも、そうしたギャグがそれ単体で面白いだけでなく、前述したようにそれが悲劇性と表裏一体で泣けるというのも、『スパイダーマン:スパイダーバース』との共通項だ。シンプルに「笑って泣ける」映画を期待する人にも『長ぐつをはいたネコと9つの命』を観てほしいと願うばかりだ。ていうか観てください。

(文:ヒナタカ)

–{『長ぐつをはいたネコと9つの命』作品情報}–

『長ぐつをはいたネコと9つの命』作品情報

【あらすじ】
長ぐつをはいたお尋ね者の賞金首ネコのプスは、剣を片手に数々の冒険を繰り返し、恋もした。ところが、気付いてみると、9つあった命は残りひとつに。急に怖くなったプスは賞金首のレジェンドの看板を下ろし、家ネコになることを決意したものの、その首を狙う敵の急襲により、平和な生活は壊される。そんな時、どんな願い事も叶う“願い星”の存在を知ったプスは再び奮起。命のストックを求める旅に出るが、その道中、ネコに変装したイヌのワンコと、かつて結婚も考えた気まずい元カノ・キティに出会う。そこに、“願い星”の噂を聞きつけた手強い奴らも現れ、前途多難な予感。あと一度死んだら、一巻の終わり。うっかり死ねないプスの大冒険が今、幕を開ける。

【予告編】

【基本情報】
声の出演:アントニオ・バンデラス/サルマ・ハエック/ハーヴィー・ギレン/フローレンス・ピュー ほか

日本語吹き替え:山本耕史/土屋アンナ/中川翔子/小関裕太/木村昴/津田健次郎 ほか

監督:ジョエル・クロフォード

上映時間:104分

配給:東宝東和/ギャガ

映倫:G

ジャンル:アドベンチャー

製作国:アメリカ