映画『湯道』&「湯道への道」が教えてくれる”人生”の幸せ

映画コラム

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「風呂は命の洗濯よ~」と某有名アニメのキャラクターが言ったのはもう四半世紀前。「お風呂のある国に生まれてよかった」とあらためて思わせてくれる映画が誕生した。

2023年2月23日(木)に公開された映画『湯道』は京都の銭湯を舞台に、お風呂を通じて交差する人々の人間模様を描いた作品だ。小山薫堂が企画・脚本を担当した、唯一無二の“お風呂エンタメ”である。

本記事では映画『湯道』と、そのスピンオフドラマである「湯道への道」の見どころを、それぞれお伝えしたい。

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笑って泣いて、お風呂に入りたくなる。映画『湯道』

まずは映画『湯道』のおもしろポイントとグッときたシーンについてお伝えしたい。

■銭湯を潰したい兄と続けたい弟だったはずが……?

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物語のメインの舞台となるのは、京都にある銭湯「まるきん温泉」。東京で建築家になった兄・史朗(生田斗真)が突然帰ってくる。銭湯を切り盛りする弟の悟朗(濱田岳)は、冷たい態度を取って、半ば無視。

なぜこんなにつれないかというと、史朗は父の葬式にすらこなかったというので、悟朗の怒りももっともだ。大方仕事がうまくいかなくなって戻ってきたのだろうと言うが、まさしく史朗はこの銭湯を畳んでマンションを建てようと目論んでいたのだった。

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こんなお金にもならない銭湯など続けても仕方ないという史朗の態度が、余計に悟朗の怒りを買う。だがある日、ボイラー室でボヤ騒ぎが起き、悟朗が入院してしまう。仕方なく代わりに店主として過ごすことで、悟朗はさまざまなことに気づく……という物語。

はじめは史朗が嫌なやつに見えるなかで、史朗が銭湯を毛嫌いする理由もだんだんとわかってくる。

■銭湯を訪れる人々の「日常」が尊い

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「まるきん温泉」に訪れる人々のささやかな日常が愛おしい。

熱唱したくて一番風呂の時間に来る人(天童よしみ)、のんびりした夫(笹野高史)とせっかちな妻(吉行和子)がケンカしながら入ってくるが、帰りは仲良く帰っていく老夫婦。ビールを飲みたい痛風持ちの夫(寺島進)と絶対許さない妻(戸田恵子)。夫婦が男湯と女湯それぞれから、桶をカンカンと鳴らす回数でサインを送り合う様子。

お風呂好きの父(浅野和之)に外国人の彼(厚切りジェイソン)との結婚を許してほしい娘(森カンナ)と母(堀内敬子)……。

単にお風呂に入れる場所だけではなく、それぞれの悲喜こもごも、日常のささやかな幸せに気づかせてくれるのが“銭湯”という場所なんだ、と痛感する。そして、みんなお風呂に入ったときや、お風呂から出て牛乳(もしくはコーヒー牛乳、フルーツ牛乳)を飲むときの喜びに満ちた顔が印象的だ。

そしてそんな日常を支えているのが、看板娘のいづみ(橋本環奈)。彼女は毎日番台に花を飾り、おつりを出せるよう小銭をそろえ、脱衣所の椅子などをきれいに並べ、繕い物をしている。日々を快適に過ごすための、ちょっとした心遣いが大切なのだと気づかせてもらった。

■シュールだが妙な説得力がある「湯道」の教え

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茶道・華道・香道などとともに「湯道」があるという設定。家元が体調不良のため代理で内弟子・梶斎秋(窪田正孝)が教えを伝える。

四季を感じさせる美しい庭をバックに、湯道の教えを説く様子は厳かなのだが、一方で梶が左右に移動するたびに数十人の教えを乞う人たちも揃って左右に移動するとこおろなどはどこかシュールで、なんだか宗教の集まりを見ているような気持ちになる。

ツッコみたくなる一方で、湯堂に説得力を持たせているのが梶の存在だ。演じる窪田の声がとても通っていて、観ている者の心に語り掛けるような響きがある。その場にいる人たちが感銘を受けてるのも納得できた。

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また、みんなの前で湯道の所作を披露する彼の姿や一つひとつの動作、肉体が美しくて入門者の一人のような気持ちで見惚れてしまう。

そして「湯道」に感銘を受けているのが、定年間近の郵便局員・横山(小日向文世)。ずっと家族のために真面目に働いてきた横山が初めてもった趣味が「湯道」であり、家でも教材をみて涙を流して感動しているほどだ。

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一見シュールにも思えるが、こんなにも人の心の支えになっているならば「湯道」は必要なのかもしれない、と思わせる謎の説得力を感じる。

「湯道」自体は見慣れないため不思議な感覚とはいえ、その教えは人生に通ずるところもあって妙に納得してしまう。例えば「幸せを追い求めてはいけません。幸せは見つけるものです。小さな幸せに気づけるかどうかで、人生は変わってくるのです」という教えは、真理な気がする。

■クセ強キャラが大渋滞

映画『湯道』はキャストがめちゃくちゃ豪華である。そしてまだまだ特筆すべき人物がいる。まず「風呂仙人」と呼ばれる謎の男を柄本明が演じている。怪しい見た目とは裏腹に、薪を持ってきてくれ、お金を取らない代わりにお風呂に入って去っていくいい人だ。彼の正体はいったい何者なのだろうか。

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また吉田鋼太郎演じる、源泉掛け流し至上主義の超辛口温泉評論家・太田与一もアクが強い(字面だけでわけがわからない)。源泉掛け流しか循環かを即座に見定められ、業界が最も敵にしたくない男と恐れられているが、着衣のまま風呂に入り、制止も聞かずワイングラスに風呂の湯を入れてテイスティングして飲むシーンは笑ってしまった。彼にとって銭湯はミステリーらしいが……?

お風呂好きに知られるイケメンラジオDJを演じたのはウエンツ瑛士。普段ノリノリの彼の、とある秘密がまるきん温泉で明かされる。

とりあえず、このクセ強キャラたちを楽しむだけでも元が取れそうである。

■エンドロールまできちんと観てほしい

そして本作は、ぜひエンドロールまできちんと観てほしい。作品の持つ喜びや、出演者たちの素の顔が楽しめる素晴らしい映像だった。

–{もはや1本の映画!スピンオフ「湯道への道」}–

もはや1本の映画!スピンオフ「湯道への道」

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映画のスピンオフドラマ「湯道への道」が、Amazon Prime見放題で配信されている。「映画『湯道』ができるまでにはこんな物語があったかも?」という架空のコメディドラマだ。生田斗真と窪田正孝が主演で、本編とは異なる人物を演じている。1時間39分のため、もはや1本の映画だ。

生田演じるペテン師と、窪田演じる湯道の家元が、湯の映画作り目指して仲間を増やしていく。2人を取り巻く登場人物として中村アン、平泉成、竜雷太など、豪華な面々が出演している。

『湯道』を観た人はもちろん「湯道への道」だけでも楽しめるつくりになっている。特に映画好きな人には特に観てほしい。騙されたと思って、この「湯道への道」だけでも観てみてほしい。

▶︎Amazon Primeビデオで「湯道への道」を観る

■ペテン師・生田斗真とピュアな窪田正孝

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まず注目したいのが、主演2人のキャラクター造形だ。本編でそれぞれ活躍しつつガッツリ絡むことのなかった2人が、ひょんなことから映画作りに奔走することになる。

湯道の家元・梶山(窪田)は自分の代で終わりを迎えようとしている状況に絶望し、自ら命を絶とうとする。そこへ借金取りに追われて逃げ込んできたペテン師・安藤(生田)がやってきて、梶山を助けるのだ。実のところ安藤は泥棒をしようとしていたのだが、素直な梶山は湯道に入門しにきたと思い込んでおり、引くに引けなくなってしまった。

映画本編で演じている役もそれぞれ魅力的であり、スピンオフドラマで演じている役も、別の角度で“ファンが見たかった生田斗真”や“ファンが見たかった窪田正孝”なのではないかと思う。

生田斗真が演じる安藤は柄シャツにオールバックの長めの髪の毛、金のことしか考えておらず、口から出まかせを言うのが大得意。チャラくてうさんくさい服装がめちゃくちゃ似合う(ほめている)。

お調子者でしょうもなくても憎めないところは、本編で演じる史朗とも通じるかもしれない。湯道の話も全く信じていなかったが、金になるかもしれないと思うとやる気に。

窪田正孝が演じる梶山は、本編の梶と同じく湯道に関わる者。だが梶が家元の内弟子を演じていたのに対し、梶山は彼自身が湯道の家元。梶はクールな人物だったが、梶山は世間知らずでピュアな感激屋。安藤が湯道に興味があると聞き、喜んでハグする。

映画を一度も観たことがなかったが(そんなことある!?)、初めて観て号泣。きっちりスーツを着込み、同じオールバックでも安藤とは違いきっちりと撫でつけられた髪型といういで立ちも似合っている。

この正反対の2人が生み出すケミストリーがまた面白いのだ。インチキ占い師に声をかけられて素直に信じてしまう梶山と、こんな話聞くなと遮る安藤。あまりの梶山のまっすぐさに、安藤が気圧されてしまうシーンもしばしば。この2人は映画を作れるのか

■あなたはいくつ見つけられる?名作映画オマージュ

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「湯道への道」の注目ポイントは、邦画洋画問わず、名作映画のオマージュがそこかしこに散りばめられていることだ。

最近だとアニメ「チェンソーマン」OPにたくさんの映画のオマージュが入っていることが話題になったことも記憶に新しい。「湯道への道」もほぼ全編にわたって、名作映画のオマージュだとわかるシーンが入っている。

例えば序盤に『シャイニング』『スタンド・バイ・ミー』『レオン』などを彷彿とさせる部分がある。特別映画好きでなくても、パッケージに使われているシーンが出てくるため、ピンとくる瞬間があるはずだ。

人生で初めて映画に触れた梶山が映画にハマっていく様子も描かれるため、彼が有名すぎるハリウッド映画の名シーンを再現するところもいくつか見られる。

映画愛にあふれていて、制作陣も楽しんで作っていたのだろうなということが伝わってくる。きっと筆者も見つけきれていないと思うので、我こそは映画好きという方はぜひ観てみて見つけてほしい。

当たり前にある幸せに気づき、抱きしめたくなる映画

日常に潜む幸せに気づかせてくれる、映画『湯道』。お風呂っていいな、ささやかな幸せに気づける人になりたいなとあらためて感じた。

そして家のお風呂でも困りはしないが、“行きつけの銭湯”がほしいなと思った。映画を観た後に検索したらかなり少なく、映画で言われていた状況のように、立ち行かなくなっている銭湯は多いのだろうと痛感した。近々、銭湯に足を運んで、風呂上がりに牛乳を飲んで「く~!」と言いたい。

ぜひみなさんも観てほしいし、観たあとに気が向いたらお近くの銭湯に行ってみてほしい。湯 make me happy!

(文:ぐみ)

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–{『湯道』作品情報}–

『湯道』作品情報

ストーリー
亡き父が遺した実家の銭湯「まるきん温泉」に突然戻ってきた建築家の三浦史朗(生田斗真)。帰省の理由は店を切り盛りする弟の悟朗(濱田岳)に、古びた銭湯を畳んでマンションに建て替えることを伝えるためだった。

実家を飛び出し都会で自由気ままに生きる史朗に反発し、冷たい態度をとる悟朗。一方、「入浴、お風呂について深く顧みる」という「湯道」に魅せられた定年間近の郵便局員・横山(小日向文世)は、日々、湯道会館で家元から湯を学び、定年後は退職金で「家のお風呂を檜風呂にする」という夢を抱いているが、家族には言い出せずにいた。

そんなある日、ボイラー室でボヤ騒ぎが起き、巻き込まれた悟朗が入院することに。銭湯で働いているいづみ(橋本環奈)の助言もあり、史朗は弟の代わりに仕方なく「まるきん温泉」の店主として数日間を過ごす。いつもと変わらず暖簾をくぐる常連客、夫婦や親子。分け隔てなく一人一人に訪れる笑いと幸せのドラマ。そこには自宅のお風呂が工事中の横山の姿も。不慣れながらも湯を沸かし、そこで様々な人間模様を目の当たりにした史朗の中で徐々に凝り固まった何かが解されていくのであった……。

予告編

基本情報
出演:生田斗真/濱田岳/橋本環奈/小日向文世/天童よしみ/クリス・ハート/戸田恵子/寺島進/厚切りジェイソン/浅野和之/笹野高史/吉行和子/ウエンツ瑛士/朝日奈央/梶原善/大水洋介/堀内敬子/森カンナ/藤田朋子/生見愛瑠/吉田鋼太郎/窪田正孝/夏木マリ/角野卓造/柄本明/秋山ゆずき/おかやま はじめ/酒井敏也 ほか

監督:鈴木雅之

公開日:2023年2月23日(木・祝)

製作国:日本