『レジェンド&バタフライ』を究極の三角関係から紐解く

映画コラム

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東映70周年記念作品『レジェンド&バタフライ』が、満を持して公開された。

すごいものを観せられた。これは、究極のラブ・ストーリーだ。日本史上でも有数のメジャー夫婦である織田信長と濃姫の33年間を、木村拓哉と綾瀬はるか主演で描くのだ。そりゃあ誰でもラブ・ストーリーだと思うだろう。事実そうなのだが、ラブ・ストーリーと聞いてイメージするような甘さは、一切ない。

“究極の愛”とは、戦いのようなものだ。決して、イチャイチャベタベタしたものではない。いくら美男美女が主演といえども、ただ甘いだけのラブ・ストーリーを168分の長丁場に渡って観続けることは不可能である。少なくとも壮年男子には。もし単なる凡庸なラブ・ストーリーならば、いつでも寝落ちする用意はできていた。

寝落ちする暇、なかった。全編に渡って信長と濃姫の発する緊張感が漂い、ダレる場面などひとつもなかった。ちなみに『レジェンド&バタフライ』は、究極のラブ・ストーリーであると同時に、“究極の三角関係”が織りなす修羅場でもあった。意外な伏兵が、三角形の一辺を成してくるのだ。

※本記事は『レジェンド&バタフライ』のストーリーおよび結末に触れています。未鑑賞の方はご注意ください。

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信長と濃姫

信長と濃姫のそもそもの馴れ初めは、政略結婚である。元々お互いに愛情はない。

初夜の晩。口論から刀を抜いた信長を、濃姫は低い背負いで綺麗に投げ、喉元に刀を押し当てる。これが戦場なら、信長の命はない。この一連の濃姫の動きから、彼女が戦場での戦いを心得ていることがわかる。

まず背負いで投げた後の姿勢。スポーツとしての柔道の試合には、自分も一緒に転がりながら投げるシーンがよく見られる。その方が投げやすいというのもあるし「投げた時点で勝ち」というルールだからでもある。だがこれが戦場であれば、自ら転がることは死を意味する。他の敵兵に串刺しにされるからだ。濃姫の投げた後の姿勢は、見事だった。綺麗に背筋が伸びた状態で立位を保っている。従って、即座に上からとどめを刺せるのだ。

なにしろ父親が北大路欣也(斎藤道三)である。幼少時からさぞかし鍛えられたのであろう。すでに大人としての風格を持ち、文武にも優れた濃姫。一方、精一杯粋がって強がってはいるが、まだまだ子供で腕っぷしも伴わない信長。年齢的にはそう変わらないはずのふたりは、この時点(10代半ば)でのスペックにはこれだけの差があったのだ。

ちなみに『レジェンド&バタフライ』の脚本は、大河ドラマ「どうする家康」の古沢良太である。戦闘力過去最高の信長(演・岡田准一師範)と、もしかしたら(単独の)戦闘力過去最低の信長を同時に創造してしまう、彼のキャパシティよ。

その後、濃姫は信長の優秀なブレーンとなっていく。運命の桶狭間の戦い前のふたりだけのミーティングにおいて、兵たちを鼓舞するための口上を練習するふたり。ただ大声を張り上げればいいと思っている信長を、濃姫は諌める。「じゃあマムシ(斎藤道三)ならどうするのじゃ!」と、唇を尖らせて言い返す信長は、まだまだ甘えたのガキである。

その際の道三を模した濃姫の口上が、実に見事だった。静かなトーンで始まり、徐々に高揚し、最後のみ大声で締める。本当に濃姫が斎藤道三に、いや綾瀬はるかが北大路欣也に見えた。噓ではない。もしくは「ジーク・ジオン!」の時のギレン・ザビに見えた。もし濃姫が男であったなら、天下を取っていたのではないか。それほどのカリスマ性を感じた。

信長は「絶対に負ける」と思われていた桶狭間の戦いに勝ってしまう。濃姫が勝たせたようなものだ。
だが濃姫は、自分でも気づかないうちに“口だけのおぼっちゃん”を“魔王”に仕立てあげていた……。

–{信長と光秀}–

信長と光秀

信長の重臣たちは、代々織田家に仕えてきた家系である。したがって“うつけの悪ガキ”時代から信長のことを知っている。徐々に“魔王”となる過程も、見てきている。

だが、後からやってきた外様の家臣は別だ。彼らから見た信長は最初から“魔王”であり、“魔王”とわかっていながら仕えることを決めたのだ。その代表格が、明智光秀(宮沢氷魚)である。

従来の明智光秀は、信長の非道な行いに対して徐々にストレス・ゲージを上げていき、ついには謀反を起こす……。そのような描かれ方が多かった。だが『レジェンド&バタフライ』の光秀は、“魔王”としての信長に惚れ込んでいる。

従来の光秀がストレスに感じていた信長の非道も、実は光秀主導で行われていたことになっている。自らも非道な行為を行い、“憧れの信長様”に少しでも近づこうと思っているようだ。

例えば、浅井・朝倉のドクロ盃のエピソード。従来なら、信長が仇敵・浅井長政と朝倉義景の頭蓋骨を盃に仕立てあげさせる。その盃で酒を飲むことを強要された光秀が、泣きながら固辞する……。(ストレス・ゲージ上昇)

だが今作では、このドクロ盃を仕立てあげさせたのは、光秀なのである。漆を塗り、金粉をまぶし、頭頂部に織田家の家紋を入れるという手の込みよう。それを得意げに信長に献上するサイコパスぶり。そもそも朝倉義景は、光秀の元の主君(※諸説あり)なのである。

例えば、比叡山延暦寺焼き討ちのエピソード。従来なら、仏敵となるどころかすべてを滅し焼き尽くすなどとはとんでもないことであり、信心深い光秀は最後まで反対をする……。(ストレス・ゲージ再上昇)

だが今作では「その役目、ぜひわたくしめにお任せを!」と、光秀は率先してその虐殺を行うのだ。

–{信長と濃姫と光秀}–

信長と濃姫と光秀

そんな中、濃姫が病に倒れる。濃姫を安土城に引き取った信長は、甲斐甲斐しく看病をする。
10代半ばで愛のない状態で結婚をし、その後も夫婦というよりは“バディ”という緊張感を保った間柄であり、一度は離縁したふたり。そんなふたりが50目前にして、初めて夫婦らしくなっていく。この温かみのあるふれあいにより、“魔王”だった信長は、また“人間”に戻っていく。

だが“魔王”でなくなった信長のことを、光秀は許せなかった。憧れ抜いた信長がただの人間になる姿など、見たくもなかった。弱くなってしまった信長を、誰かに討たせたくはなかった。だから、自分が殺そうと決めた。相当いびつではあるが、これもひとつの“愛の形”なのだ。凋落する前に死んでほしいという、狂信的なファン心理かもしれない。

燃え盛る本能寺の中で、信長は夢を見る。
濃姫と共に船に乗り、南蛮に渡る夢を。
戦の世が終わったらふたりで南蛮に渡り、名も捨てて気楽に生きたい。そんな話を、ふたりはしていた。

信長が自害したとき、病の濃姫も事切れる。ふたりで同じ夢を見て、南蛮に渡ったのだろうか。

ところでその夢だが

いい話でサラッと終わらせる予定だったが、やはり“その夢”について触れないわけにはいかない。

まず、本能寺で自害しようとした信長が、都合よく抜け道を見つける(この時点では、観てる人はまだ夢とは気づかない)。ちょうどいい所に馬がおり、急いで馬で逃げる。その頃安土城では、病のはずの濃姫が、元気に南蛮楽器を弾きまくっている。それがまためちゃくちゃ上手い。(この辺で、あれっ?と思う)

濃姫をピックアップした信長は、馬の後ろに濃姫を乗せ、そのまま南蛮船に乗り込む。甲板から仲良く海を眺めるふたりは、なぜか洋服を着ており、髪型も現代風になっている。まるで『タイタニック』のふたりのよう……って、これ夢やん! 

そう。夢である。本来「死の直前に楽しい夢を見る」という悲しいシーンなのだ。そのテンポとスピード感はスラップスティック・コメディのそれだ。往年のバスター・キートンの喜劇映画を観ているようだった。時代劇を観ているはずなのに。この夢のシーンが笑えれば笑えるほどに、その後の現実のふたりの死が、より悲しいものになるわけだが。

「実は信長は本能寺では死なず、濃姫と共に南蛮に渡り、幸せに暮らしましたとさ」

この結末バージョンも、観てみたかった気はする。それはそれで“伝説の映画”になったと思う。「東映70周年記念作品」をそんな結末にしたとしたら、監督の大友啓史と脚本の古沢良太を、筆者は死ぬまで尊敬する。


ただの悪ガキがひとりの女性と出会い、その女性のサポートで英雄となり、やがて魔王と呼ばれ、かと思えばその同じ女性のためにまた人間に戻り、人間に戻ったがために殺される。

織田信長が濃姫をさんざん振り回したと思われがちだが、実は逆だ。織田信長が濃姫に振り回される人生だったのだ。それは不幸だろうか?いや、最高に幸せな人生だと思う。33年間の長きに渡り、ただひとりの愛する女性に振り回され続ける人生。

男冥利に尽きるというものだ。

(文:ハシマトシヒロ)

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–{『レジェンド&バタフライ』作品情報}–

『レジェンド&バタフライ』作品情報

ストーリー
尾張の織田信長は、格好ばかりで「大うつけ」と呼ばれていた。この男の元に嫁いできたのは、「マムシの娘」と呼ばれる男勝りの美濃の濃姫だった。権威を振りかざし尊大な態度で濃姫を迎える信長と、臆さぬ物言いで信長に対抗する濃姫。敵対する隣国同士の政略結婚という最悪の出会いを果たした二人は、性格も真逆で、お互いを出し抜いて寝首をかこうと一触即発状態、まるで水と油のような関係だった。そんなある時、強敵・今川義元の大軍が攻めて来る。圧倒的戦力差を前に絶望しかけた信長であったが、彼を奮い立たせたのは、濃姫の言葉であった。二人はともに戦術を練り、激論の末に奇跡的勝利を収める。真っ向から対立していた二人はこの日から次第に強い絆で結ばれ、やがて誰も成し遂げたことのない天下統一へと向かっていくのであった──。

予告編

基本情報
出演:木村拓哉/綾瀬はるか/伊藤英明/中谷美紀/宮沢氷魚/市川染五郎/北大路欣也/音尾琢真/斎藤 工 ほか

監督:大友啓史 

脚本:古沢良太 

公開日:2023年1月27日(金)

製作国:日本