映画『月の満ち欠け』の田中圭に超良い意味で感情をぐちゃぐちゃにされた

映画コラム
(C)2022「月の満ち欠け」製作委員会

2022年12月2日より、157回直木賞を受賞した佐藤正午によるベストセラー小説を映画化した、『月の満ち欠け』が公開されている。

あらすじは、事故で妻と娘を亡くしていた男の元に、「かつて愛した女性が娘さんと同じ名前を持っていた」と語る謎の人物が現れる、というもの。全く関係がないように思えるふたつの物語が数十年の時を経てつながっていく、「壮大なミステリー×切なくも愛おしいラブストーリー」として見応え存分の秀作に仕上がっていた。

大泉洋、有村架純、目黒蓮、柴咲コウ、伊藤沙莉ら豪華キャストの共演が目玉となっており、彼ら彼女らももちろん素晴らしい。だが、ここでは何よりも田中圭を推したい。

(C)2022「月の満ち欠け」製作委員会

出番が決して多くはない田中圭が「これだけの豪華キャストの中で彼がいちばん“持っていく”」「映画全体を支配している」ような衝撃があったからだ。

田中圭史上最恐を更新、だが哀れな役でもある

実は、本作における田中圭がどういう役回りかを、具体的に言い過ぎるとネタバレになってしまう。そのため、核心的な展開を避けて記していくが、それでもはっきりと言えるのは「めちゃくちゃ怖い」ということだろう。

田中圭が演じる正木竜之介という男は、有村架純演じる女性・正木瑠璃の夫であり、公式サイトなどでは「瑠璃を愛しているが、時に暴走する」と紹介されている。彼は妻へ常に敬語で話していて、初めこそやや人間性に乏しいようにも見えるが、それは生真面目さの現れで、確かに妻への愛情もあるのかもしれないなどと、複雑な内面が想像できるようになっている。

(C)2022「月の満ち欠け」製作委員会

だが、とある出来事を経て、彼の「危うさ」が見えてきて、ついに暴走するのだ。「穏やかに思えた敬語での話し方が“急変”する」ことをきっかけに……。その様は、下手なホラー映画よりも恐ろしい。いや、後述するようにクズや怖い役も見事に演じてきた田中圭史上最恐を更新していた

さらに恐ろしいのは、その怖いはずの田中圭の役を「哀れ」と思ってしまうことだ。もちろん、暴力的な言動をする時点で、まったく擁護ができない人物のはずだ。だが、ただ理解できない狂人というわけでもなく、田中圭という俳優の演技力があってこそ、彼の苦しみ、いや絶望が伝わってくるため、感情がもうぐちゃぐちゃになった。

何しろ、彼は「計画通り」に人生が進むことを願っており、その計画が狂うことを自身が何よりも恐れている。その後のとある行動が、大泉洋演じる実質的な主人公とはっきり正反対というのも、切なさをさらに際立たせていた。何より、「思い通りにならない」だけであっけなく瓦解してしまう彼の精神を、「あの表情」で演じ切ってしまう田中圭を、改めて賞賛せざるを得ないのだ。

そして、田中圭自身、公開までのカウントダウンの動画にて、「(有村架純演じる妻に)嫌われているのが嫌でした。すごく心が痛かったです……ずっと」「『お前!』となる」「僕からしたらすごくかわいそうというか、なんとも言えない切ない気持ちで演じさせていただいた」と語っている。



この言葉通りだ。田中圭自身が心を痛めながら演じたことも大いに納得できる、怒りを覚えると同時に、切なくも哀れでもあり、そもそも正確には誰にも言語化できない、とてつもない役どころを、ぜひ映画館で目撃してほしい。

そして、次の日にコメントのバトンを渡された柴咲コウの語る「いちばんの見所」が実に「わかっていらっしゃる……!」と赤べこのように激しく頭を振りながら同意できるものだったので、ぜひ聞いてみてほしい。



–{「ドス黒い田中圭」をもっと観よう!}–

「ドス黒い田中圭」が拝めるおすすめ映画2作

田中圭は親しみやすくチャーミングな役も演じられる一方、クズや怖い役にも見事にハマる演技の幅の広さがある。筆者にとっていちばんの推し俳優なので、「田中圭の優しい言葉をもっと聞きたいし、かわいいところももっと見たい!」と思う一方で、クズ&怖いキャラにも突撃して「推しになんてことをさせるんだ〜(だがそういう田中圭こそがすごいしもっと見たい)!」となるケースも多い。

そんなわけで、ここでは田中圭の陽性の部分だけを知っている初心者にもおすすめ(?)の、「ドス黒い田中圭」が拝める2作をお届けしよう。どちらも田中圭が大好きだからこそ、その言動がマジでトラウマになりかけた(ていうかなった)、思い出深い映画である。

1:『みなさん、さようなら』(2013)

久保寺健彦による小説の映画化作品で、団地から出られなくなった男の半生を綴った作品だ。主演の濱田岳がなんと13歳から30歳までを演じ切っており、その演技が「中学生そのもの」に見えたことにも衝撃があった。PG12指定がされていて、性的な描写もあるが、それも思春期を経て大人へと成長してい主人公を描くために必要なものだったろう。

田中圭は映画の後半に、義理の娘となるブラジル人の少女を虐待していると思しき男として登場する。部屋にはゴミが捨てずに置かれており、まともな親ではなさそうな空気を醸し出している。主人公が彼とトランプの「大富豪」をしている最中、田中圭は『月の満ち欠け』と同様にずっと敬語で話しているが、それよりもどこか軽薄な印象も持つ。一見すると穏やかな普通の男だが、どう見ても「輩」な友人が部屋にやってきたりと、ピリついた緊張感が常にある。

そして、「仲良しごっこ」は、主人公のとある言葉で終わりを告げる。その時の田中圭の言葉と、そして笑顔が、泣きそうになるくらいに怖かったのだ。端正な顔つきで善良にも見えるのに、平然と鬼畜な言動をする様が、「魅力的だが理解できないサイコパス」のようでもあるのが恐ろしい。その「最後」の表情も凄まじかったので、ぜひ見届けてほしい。

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2:『哀愁しんでれら』(2021)

坂道を転がり落ちるように不幸のどん底まで落ちた女性が、「王子様」のような男性からプロポーズされる……という、表向きにはまさに『シンデレラ』のようなラブストーリー……に見せかけた、戦慄のホラーサスペンスである。

全ての事態に真面目すぎるほどに真面目に取り組む土屋太鳳がハマり役なのはもちろん、王子様役の「表向きは誠実だが、裏ではドス黒い何かを抱えている田中圭」が見事という他ない。そのちょっとした言動や、彼の母親の価値観から、「何かがおかしい」という印象がじわじわと心に侵食していくかのようだった。そうであるのに、田中圭というその人が魅力的だからこそ、「何かがおかしいけど、この人なら信頼できるかもしれない」になってくることこそが怖いのだ。

そして、トラウマになったのは「焼肉を食べる」シーンである。この時の田中圭の怒号が、冗談抜きで焼肉を食べるたびに思い出す、最悪(超褒めている)の食事シーンだったのだから。その様はほとんどブラックコメディ的で、「あまりにひどすぎて笑ってしまう」からこそ頭にこびりついてしまっているのだと思う。さらに極端にもほどがあるラストも含め、賛否両論まっぷたつも納得の劇薬エンターテインメントだが、個人的には大好き(ある意味で大嫌い)だ。

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また、この2作のドス黒い田中圭は人によってはちょっと刺激的すぎるかもしれないので、仲間に嫉妬するけど、大切なものを知っていく人間味もある、というバランスの、『ヒノマルソウル〜舞台裏の英雄たち〜』を間に挟んで観てみるのもいいかもしれない。

もしくは、『mellow』『総理の夫』『そして、バトンは渡された』『ハウ』などの善性に振り切った役柄の田中圭を「中和」として観るのもいいかもしれない。個人的には、これからも田中圭には感情をぐちゃぐちゃにされたいので、さらなる幅広い活躍を願っている。

さらに余談だが、『月の満ち欠け』の監督を務めた廣木隆一による映画は、『ノイズ』『夕方のおともだち』『あちらにいる鬼』『母性』と合わせて、この2022年に5本も公開されている。人間の良いところも悪いところも丹念に鋭く描く作家であるので、ぜひその作品群も追ってみてほしい。

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(文:ヒナタカ)

–{『月の満ち欠け』作品情報}–

『月の満ち欠け』作品情報

【あらすじ】
小山内堅(大泉洋)は、愛する妻・梢(柴咲コウ)と順風満帆な生活を送っていたが、不慮の事故で梢と娘・瑠璃を同時に失ってしまう。深い悲しみに沈む小山内のもとに、三角哲彦と名乗る男(目黒蓮)が訪ねてくる。事故のあった日、瑠璃が面識のないはずの自分に会いに来ようとしていたという。そして、彼女と同じ名前をもち、自分がかつて愛した“瑠璃”という女性(有村架純)について語りだす。それは数十年の時を超えて明かされる、はかなくも鮮烈な、許されざる恋の物語だったー。

【予告編】

【基本情報】
出演:大泉洋/有村架純/目黒蓮(Snow Man)/伊藤沙莉/田中圭/柴咲コウ/菊池日菜子/小山紗愛/阿部久令亜/尾杉麻友/寛一郎/波岡一喜/安藤玉恵/丘みつ子 ほか

監督:廣木隆一

配給:松竹株式会社

映倫:G

ジャンル:ドラマ/恋愛

製作国:日本