『RRR』の試写を観て血が滾り、柄にもなく筋トレを終えて震える指でキーボードをタイプしている。とにかく、凄まじい映画である。この感動を伝えようとするならば、あれこれと書き連ねるよりも、まずは予告編を観ていただくのが何よりも効果的だろう。
【予告編】
映画の予告編は、一般的にいい感じのシーンを切り取り、いい感じに編集し、いい感じの音楽を挿入し、いい感じのナレーションを入れ、膨大な制作費とか全米が泣いたとかいい感じのテロップを入れて、とにかく「いい感じ」にパッケージングされる。
予告編は宣伝のため「中盤のダルさを除けば傑作!」とか「投げっぱなしの結末!」だとか「ロッテントマトで脅威の16%フレッシュ!」なんてマイナス面は伝えられない。そこまで言ってくれれば逆に信頼できそうにも感じてくるが、それは置いておいて、「予告編はいい感じだったのに、実際に観たら微妙」という、いわゆる予告編詐欺に心当たりがある方も多いのではないだろうか。
アクション映画はとくにその傾向が強く、多くのクライマックスシーンを切り貼りするものだから、本編よりも予告編のほうが疾走感が強い。
しかし、安心して欲しい。『RRR』は予告編と同等のテンションが3時間8分も続く。もう無茶苦茶である。これは『マッド・マックス 怒りのデスロード』の予告編と本編の関係に近い。
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覚えているだろうか。あの『バーフバリ』ブームを
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本作の監督は、予告編でもいの一番に紹介されているとおり、あの『バーフバリ』2作を撮ったS.S.ラージャマウリである。『バーフバリ 伝説誕生』(2015年)、『バーフバリ 王の凱旋』(2017年)はマヒシュマティ王国民を量産し、SNS上では連日「バーフバリ! バーフバリ!」とか「ジェイマヒシュマティ!」とか「バーフバリ!ジャイホー!」など、バーフバリ並びに王国を賛美する言葉がタイムラインに溢れていた。
『バーフバリ』は2作とも、とてつもないテンションで話が展開される。人の数、象の数、放たれる矢の数、全てがトゥーマッチである。さすが0を発明した国の映画。無は無限大でもあるのだ。
その『バーフバリ』でやりすぎたT.M.(トゥーマッチ)ラージャマウリの新作が公開されるのだから、マヒシュマティ王国民は大いに期待していることだろう。その期待は決して裏切られないことは、同じく王国民である筆者が保証する。
なんなら『RRR』は主人公が2人いるので、実質『バーフバリ』の2倍とも考えられるが、それは過小評価というものだろう。2倍どころではない。
1+1は2じゃないぞ。オレたちは1+1で200だ!10倍だぞ10倍
はプロレスラー、小島聡が生んだ名言だが、本作は10倍どころではない。まさしく100倍である。
舞台は1920年代、英国植民地時代のインドで、イギリス総督に連れ去られた村の娘を奪還するべく奮闘するコムラム・ビーム(NTR Jr.)と、イギリス政府の警察官であるラーマ・ラージュ(ラーマ・チャラン)の2人が主人公だ。
この2人は実在の人物で、どちらもインド独立運動の英雄である。しかし史実では2人に接点はない。ラージャマウリは2人にいくつかの共通点を見出し「もし2人が友人として出会っていたらどうなるか」を描いている。
ラージャマウリはインタビューにて『イングロリアス・バスターズ』に影響を受けたと語っている。タランティーノは第2次世界大戦中のナチス占領下のフランスやドイツという史実に即した舞台を用意し、そこに実在の人物や作り上げた人物を投入し、「実際には起きていない」事件を提示してみせた。
史実の舞台を用意し、史実の人物を動かすのは『RRR』も同じである。『イングロリアス・バスターズ』ではヒトラーやゲッペルスがマシンガンの餌食になるが、そんな史実はない。観客は「100%作り話だ」と確信しながらも、歴史の「if」を楽しむことができる。
『RRR』もまた、別々に活動していた独立運動の英雄がバディになる。両者のインドでの知名度や好感度がわからないので推し量るのみだが、インド人の映画鑑賞スタイルを鑑みるに、おそらく映画館が更地になるほどのテンションになるのは想像に難くない。
少女を奪還するべくデリーにやって来たビームは、ひょんなことからラーマと仲良くなり、あっという間に親友になる。しかし、ラーマは総督が連れて来た少女を奪還しに来た人物を生け捕りにする任務を負っている。つまり、親友のビームこそラーマの標的なのである。
話としてはよくある展開なのだが、監督はあのラージャマウリである。話がベタだろうがなんだろうがそんなものは関係ない。スクリーンが暖房器具になってしまったかと錯覚してしまうような熱さと、何を食ったらそんなもん出てくるんだというアイデアで、ベタな話をフレッシュに感じさせてしまう力を持っている。
–{っていうか、マジで何を食ったらあんなアイデア出てくるんですか?}–
っていうか、マジで何を食ったらあんなアイデア出てくるんですか?
『バーフバリ』での弓矢複数射撃や仁王立ち水牛移動、迫りくるチキチキ殺人カーなど、ラージャマウリは文字通り想像を超えるアクションをこれでもかと提示してみせる。ネタバレになるといけないので詳細は省くが、本作も超弩級のアクションシーンが「そんなに出しちゃって、次回作のネタ大丈夫すか?」と心配になるほど盛り込まれている。
アクションシーンを撮る技法は、それこそ地層のように堆積し、アーカイブされている。いくらCGやVFXが発達したとて、基本的には腕が2本、足が2本ある人間を動かすのだから、人間離れしたアクションだとしても限界がある。歴史があるので新しいものを作り出すのは難しいし、既存のアクションをブラッシュアップさせるしかできなかったとしても、称賛されるべきだろう。
しかし、ラージャマウリは「その手があったか」というよりは「バカじゃねぇのwww」と思わず草を生やしてしまうほどのアクションを、当たり前のようにブチ込んでくる。いったい、何を食ったらあんなアイデアが出るのだろうか。
彼はアクションシーンを作るとき、まず頭の中にあるイメージをコンセプトアーティストに伝え、それを描きだしてもらうそうだ。そして最初に「ヒロイック・フレーム」と呼ばれるショットを決める。「これぞ」というキメのショットからシーンを構築していることは、鑑賞済みの方であれば大いに納得できるだろう。確かにラージャマウリのアクションには、ヒロイックな瞬間が必ずある。だが、納得はできても「なぜあんなに頭おかしい(褒め言葉です)アイデアが出てくるのか」に関しては理解ができない。
と書いたが、理解をする必要はないのだろう。ラージャマウリが放ってみせるアクションシーンを笑いながら、時には拳を握りながら楽しめる。それだけで幸福というものだ。
顔で笑って背中で泣いて、粋で鯔背な傑作映画
『バーフバリ』と同じく『RRR』もまた、あまりのトゥーマッチさに大いに笑える、楽しい作品になっている。悲壮感など一切感じさせず、驚くべき疾走感と後味の良さで映画を締めてみせる。おそらく、字幕なしでも楽しめるはずだ。本作は言語の壁を軽々と超えている。
ときに、インドには複数の映画界が存在する。正確には、言語ごとに分かれていて、最大のものはヒンディー語映画で、約4億人の市場を有しており、テルグ語やタミル語映画がそれらに次ぐマーケットとなっている。
ヒンディー語以外の言語で制作された映画は、全国的に流通することはそれほどなかった。ラージャマウリはテルグ語映画界を本拠地としているが、『バーフバリ 王の凱旋』をはじめとして、多言語制作を試み、全国でヒットさせることに成功した。
だが、ラージャマウリのフッドであるテルグ語映画界とて一枚岩ではない。2014年にはテルグ語が話されるアーンドラ・プラデーシュ州からテランガーナ地方が分離している。両地方は言語こそ同じものの、異なる歴史をもっており、長い間再分離運動が行われていた。
映画においては、分離の前後に当該地方にかかる映画の封切りが延期されたり、撮影時に分離派運動派が妨害行動を行ったりといった出来事も起こっていた。
ラージャマウリは分離について、同じ言語を共有する兄弟同士が反目しあったと語っている。そこで、「我々は分割されることはなく、我々はひとつである」といった物語を作りたいと考えていたそうだ。
『RRR』もまた、境遇のまったく異なる2人の主人公が出会い、親友になる。2人のヒーローは分離して啀み合うアーンドラ人、テランガーナ人の英雄だ。ラージャマウリは派手なアクションシーンと豪華な歌やダンスの裏側に、インド映画界や州の分離によって啀み合う人々など、現実に起こっている問題を盛り込み、答えを提示してみせる。
ラージャマウリの作品においては、とかくアクションシーンにフォーカスが当たりがちだが、そのシーンに実質的な重みを与えているのは、表出している明るさの影に隠れた悲しみだったり、抑圧だったり、分かり合うことのできないもどかしさであるような気がしてならない。
映画はとんでもない明るさでラストまで走り切る。だが、明るさの裏には悲しみや辛い出来事が見えない程度にペーストされている。顔で笑って背中で泣いて、筆者はここにラージャマウリの粋を見る。
『RRR』は単なるハイテンションバカ映画ではない。それは『バーフバリ』と同様に、丁寧に紡がれた神話ともいえる物語である。
(文:加藤広大)
–{『RRR』作品情報}–
『RRR』作品情報
【あらすじ】
舞台は1920年、英国植民地時代のインド。
英国軍にさらわれた幼い少女を救うため、立ち上がるビーム(NTR Jr.)。
大義のため英国政府の警察となるラーマ(ラーム・チャラン)。
熱い思いを胸に秘めた男たちが”運命”に導かれて出会い、唯一無二の親友となる。
しかし、ある事件をきっかけに、それぞれの”宿命”に切り裂かれる2人はやがて究極の選択を迫られることに。
【予告編】
【基本情報】
キャスト:N・T・ラーマ・ラオ・Jr./ラーム・チャラン/アジャイ・デーブガン/アーリアー・バットなど
監督:S・S・ラージャマウリ
上映時間:179分
配給:ツイン
製作国:インド