映画『夏へのトンネル、さよならの出口』が青春版『インターステラー』と言える傑作の理由

映画コラム
(C)2022 八目迷・小学館/映画「夏へのトンネル、さよならの出口」製作委員会

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映画『夏へのトンネル、さよならの出口』が2022年9月9日より公開されている。本作は第13回小学館ライトノベル大賞で、ガガガ賞と審査員特別賞をダブル受賞した八目迷(はちもく めい)による同名小説のアニメ映画化作品だ。

予備知識ゼロで楽しめる特徴

「高校生の少年少女による」「SF要素もある」「青春恋愛物語」であることや、パッと見のビジュアルのイメージから『君の名は。』(2016)を連想する方も多いだろう。実際の本編は、『君の名は。』に通ずる面白さも備えていながらも、それとは全く異なる魅力も打ち出していた。

さらに、原作者の八目迷は映画『インターステラー』(2014)に影響を受けていることを明言しており、実際にそちらに似た要素が物語の中心に据えられている。さらには「甘やかさないシビアな作劇がされている」こともとても大きく、メッセージも真摯で、若い人に届いてほしいと心から思うことができた。

そして、アニメーションそのもののクオリティも高い。制作会社は『映画大好きポンポさん』(2021)のCLAP、監督は『デジモンアドベンチャーLAST EVOLUTION 絆』(2020)の田口智久など、実績のあるスタッフが集結している。上映時間が83分と最近のアニメ映画としてはコンパクトであるが、それを感じさせないほどの「密度」のあるアニメ表現は、劇場のスクリーンで見届ける価値がある。

家庭環境に問題を抱えたダウナー気味な少年を演じた鈴鹿央士、変人ではあるが芯には熱いものを持っている少女役の飯豊まりえの声の演技も絶品だ。

ここからはさらに具体的な魅力について記していくが、本作は「何も知らずに観ても老若男女が楽しめる」内容であり「まさかこんな展開になるとは思わなかった」という印象もプラスに働く物語でもある。核心的なネタバレには触れないようにしたつもりではあるが、序盤で判明する設定については記している。予備知識のない状態で観たいという方は、先に劇場へと駆けつけてほしい。

「共同戦線」の面白さ

あらすじそのものはシンプルと言ってもいい。ある葛藤を抱えている高校生の塔野カオルと、浮いた存在の転校生の花城あんずは、「あるものを失う代わりに欲しいものが何でも手に入る」という「ウラシマトンネル」の噂を聞きつけ、それぞれの願いをかなえるため「共同戦線」を張る、というものだ。

(C)2022 八目迷・小学館/映画「夏へのトンネル、さよならの出口」製作委員会

そのウラシマトンネルの中に入ると、「時間があっという間にすぎる」ことがわかる。その事実から、2人の主人公はさまざまな「検証」を行う。「何倍のスピードで時間がすぎるのか」「外との連絡は取れるのか」「連絡が取れたとして時差はどれくらいあるのか」「そもそも本当に欲しいものが手に入るのか」などなど、具体的なルールを見定めていく過程がテンポよく描かれていく。

(C)2022 八目迷・小学館/映画「夏へのトンネル、さよならの出口」製作委員会

「不可思議な現象を論理的に考え検証する」というのは『君の名は。』にも通ずる要素であるし、さらに検証という行為そのものが知的好奇心を刺激するエンターテインメントであることを思い知らされる。そのSF設定そのものの面白さを、まずは知ってほしいのだ。

–{「時間」という「代償」を描く}–

「時間」という「代償」を描く

前述した「欲しいものが何でも手に入る」「だけど入ると時間があっという間にすぎる」ウラシマトンネルの特徴は、言い換えると「時間という代償を支払わないと、欲しいものが手に入らない」ということでもある。その「代償」というシビアな概念を重視した作品であることは、原作者の八目迷がインタビューでもはっきりと語っている。

「奇跡という概念を作中で起こす場合は、私自身何かしらの「代償」が必要だと考えています。そうでなければ、それはただのご都合主義になってしまうと考えていますので。本作における代償は「時間」そのものです。これは本作に係わらず現実でも言えることですが、時間はあらゆるアクションを起こすにあたって絶対的に必要な対価だと思っています。価値あるものを得るためにはそれ相応の時間をかけなければならず、そういったメッセージも作中に込めたつもりです」
引用元:独占インタビュー「ラノベの素」 八目迷先生『夏へのトンネル、さよならの出口』 – ラノベニュースオンラインより
(以下からの八目迷の言葉も同インタビューから引用)

物語の作り手として、これは間違いなく真摯な姿勢だ。ともすれば、本作は現実にはあり得ない現象を描きながらも、実は現実的な「時間をかけてこそ手に入れられるものがある」という普遍的な訴えがされていると言っていい。

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また、ウラシマトンネルは「恐ろしい」場所としても描かれている。中は際限のない暗い道が延々と続く不気味な場所に見えるし、原作小説では望まない形で願いを叶える「猿の手」の物語のような悪意があるかもしれないと語られていたりもする。何より、その中で長い時間を過ごせば、外では数日、いや何週間という単位で時間が進んでしまう。時間は本来は誰にでも平等に与えられているものだが、それを奪われてしまうというのは、何よりの恐怖なのではないか。

(C)2022 八目迷・小学館/映画「夏へのトンネル、さよならの出口」製作委員会

そして、この「時間という代償」こそ、『インターステラー』に通ずる要素だ。八目迷はその物語内での「膨大な時間を浪費してしまった、その取り返しのつかなさ」に心をうたれたと語っており、同様の戸惑いや恐怖は今回の映画『夏へのトンネル、さよならの出口』にもしっかり受け継がれていた。

そして、本作では確かにそのような「代償」が描かれてこその「奇跡」が描かれている。いや、奇跡というのも語弊があるのかもしれない。ネタバレになるので詳細は伏せるが、主人公2人がやがて手に入れたものは、偶発的な奇跡なんかじゃなく、それぞれの努力や想いが結実したからこその、必然的なものとも言えるのだから。『インターステラー』ともまた異なるその結末に、感動を覚える方はきっと多いはずだ。

–{「特別」をめぐる物語}–

「特別」をめぐる物語

主人公の1人である花城あんずは、ある理由から「特別な存在になりたい」という切実で、普遍的な願望を持っている。それは(作中ではガラケーが主流の時代背景だが)SNSで人気や注目度がより可視化される現代では、より共感を得やすい価値観なのではないか。

もちろん、誰もが特別な存在になれるわけではないことは、作中ではシビアなまでに提示されている。だが、同時に特別を求めている人に対し、福音となる、とある形で特別にまつわる尊いメッセージを提示してくれてもいるのだ。

そして、八目迷は、この物語は「前進」をテーマにしており、「焦燥や不安を抱えながら、どれだけ希望を持って人は前に進めるか」を描いているとも語っている。

塔野カオルも花城あんずも、それぞれ事情は異なるが、現状と未来は共に焦燥や不安でいっぱいだ。さらに2人は、本来は誰にでも平等なはずの時間を失うという、恐ろしいウラシマトンネルを進むことに挑んでしまう。価値観が1つの方向に定まりすぎている、共依存的で、危険な関係性でもあるのだ。

(C)2022 八目迷・小学館/映画「夏へのトンネル、さよならの出口」製作委員会

では、そんな風に現状と未来は共に焦燥や不安でいっぱいで、1つの方向の価値観に捉われすぎている2人が、どのように、本当の意味で「前身」できるのか……は、ぜひ映画本編を観て確認してほしい。それもまた、「時間をかけてこそ手に入れられるものがある」という、やはり現実に通ずる尊いテーマにつながっていたのだから。

また、原作小説にあった個人的に好きな一節に、「二兎を追う者は一兎も得ずなんてことわざもある。でも、二兎を得るには、二兎を追うしかないのだ」というものがある。その貪欲な願望の危険性を描きつつも、やはり人間の根源的な行動原理として肯定することにも、この物語の感動がある。

(C)2022 八目迷・小学館/映画「夏へのトンネル、さよならの出口」製作委員会

原作からさらに「2人だけの物語」に

この映画『夏へのトンネル、さよならの出口』は、原作小説から換骨奪胎も行われている。特に高飛車なクラスメイトの少女・川崎小春のエピソードは大幅にカットされており、そこには原作ファンからの賛否両論もあるかもしれない。

だが、この物語が「2人だけ(しかわからない価値観)の物語」になることを踏まえれば、この映画での極めてタイトな物語のまとめ方も、とても良かったと思うのだ。

(C)2022 八目迷・小学館/映画「夏へのトンネル、さよならの出口」製作委員会

何しろ、ウラシマトンネルで時間という代償を払おうと覚悟を決める2人の関係は側からみればとても危ういものだ。だが、代償を払っても得たいものがあるという強い想い、その価値観を共有したからこそ彼らは惹かれあっていく。

それは他者が介入しようもない関係とも言えるので、クラスメイトの関係性が「ほんの少し」であることは、むしろ彼ら「だけ」の物語であることを、良い意味で強調していたのではないか。

また、原作者の八目迷は、「90分や120分の長さに全力を注ぐような映像化に、憧れを感じます。いつか映画館の大スクリーンで、自作小説が原作の映画を観てみたい」という夢をインタビューで語っており、その夢は今回の映画で果たされた。

そして、本作はまさに90分(にも満たないが)の長さに全力を注いだ映画にもなっていた。青春を駆け抜けるかのような物語を一気に映像として味わえる、短い時間で充実した気持ちになれる。時間を重要視した物語とリンクするように、そのことを実感できることも今回の映画化の意義だろう。

(C)2022 八目迷・小学館/映画「夏へのトンネル、さよならの出口」製作委員会

そして、映画を観た方は、ぜひ原作も読んでみることをおすすめする。もちろん大筋の物語は変わらないし、その感動は映画でも存分に示されてるが、愛おしいキャラクターの魅力がさらにわかるだろうし、作品にこめた想いやメッセージはより文章で具体的に理解できるだろうから。

(文:ヒナタカ)

–{『夏へのトンネル、さよならの出口』作品情報}–

『夏へのトンネル、さよならの出口』作品情報

【あらすじ】
とある片田舎の町に、そのトンネルに入ったらあるものを失う代わりに欲しいものがなんでも手に入るという“ウラシマトンネル”が存在するという噂があった。掴みどころがない性格のように見えて、過去の事故を心の傷として抱える高校二年生の塔野カオル(声:鈴鹿央士)と、芯の通った態度の裏で自身の持つ理想像との違いに悩む、東京からの転校生の花城あんず(飯豊まりえ)は、この不思議なトンネルを調査し、欲しいものを手に入れるために協力関係を結ぶ……。 

【予告編】

【基本情報】
声の出演:鈴鹿央士/飯豊まりえ/畠中 祐/小宮有紗/照井春佳/小山力也/小林星蘭 ほか

監督:田口智久

配給:ポニーキャニオン

ジャンル:アニメ

製作国:日本