かつて、これほどまでに愛くるしい主人公がいただろうか。
オープニングからただならぬ可愛さを感じさせる彼女は、「ウ・ヨンウ弁護士は天才肌」の主人公、ウ・ヨンウ(パク・ウンビン)。
ハングルの表記だと「우영우」。左から読んでも右から読んでも、ウ・ヨンウ。その目が離せない可愛さを中心に、Netflixの非英語ドラマ部門で週間トップを5回(8月14日時点)取るほどの大ヒットとなったドラマの魅力ついて語りたい。
5歳で法律を暗唱した天才肌
「傷害罪:人の身体を傷害した者は7年以下の懲役、10年以下の資格停止、または1000万ウォン以下の罰金に処する」
これはヨンウが生まれて初めて話した言葉である。当時5歳、“自閉症”と診断された日の帰り道だった。
5歳まで何も喋らない娘が自閉症だと知り、その帰宅時にあらぬ疑いをかけられて暴行されていた父は、初めて聞く娘の声にすべての不安を一旦忘れて喜びを爆発させる。そして「傷害罪」と口にした娘が父の部屋にある法律辞典の内容をすべて覚えていることを知った。
第1話では、いくつかの自閉症の症状を丁寧な描写でもって知ることができると同時に、サヴァン症候群(なんらかの発達障害・知的障害がありながら、突出した能力を持つ状態)としての特殊能力もユーモアたっぷりに描かれる。
タイトルにある天才肌という言葉が、ヨンウの個性を見事に表していて素晴らしい。
Netflixシリーズ『ウ・ヨンウ弁護士は天才肌』独占配信中
27歳で韓国初の自閉症弁護士として大手法律事務所「ハンバダ」に就職したヨンウは、回文を連ねた一風変わったあいさつの仕方や定まらない視線、言われた言葉をオウム返ししてしまう癖、部屋に入るときに目を閉じて3つ数えるしぐさなどで職場の人たちを戸惑わせる。
しかし法に関する知識は誰よりも豊富で、出勤初日からその能力を発揮する。
初の担当事件の依頼人は、かつてヨンウが初めてしゃべった時に父を暴行していた男性の妻だった。22年前、ヨンウの話す「傷害罪」を聞いて「将来は弁護士ね」と喜んでくれた女性は、夫に対する殺人未遂の容疑で起訴されていた。
「人の気持ちは難しい」と理解に苦しむ様子を見せながらも、「法は気持ちを重視する」と依頼人から丁寧に話を聞くヨンウは、弁護士としてはとても頼もしい。
そして見事に依頼人を救うのだった。
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ヨンウを語る上で欠かせないのがクジラの存在である。
重度のクジラオタクである彼女のクジラに関する知識は尋常じゃない。なんでもかんでもクジラと結び付けて勝手に話し始めるので、父親を始めほとんどの人間はついていけずに聞き流している。そのため、父から「職場ではクジラの話は禁止」と言い渡されてしまうほど。
しかし、ヨンウにとってはもはや好きの対象にとどまらず、彼女の感情や思想をイメージする役割をもつ。
度々空を泳ぎながら登場するクジラのグラフィックや、ヨンウが事件解決の突破口をひらめいた時にクジラが海面から跳ね上がる演出もその1つだ。
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ヨンウの言動は本当に可愛い。
基本的に頭と手をせわしなく動かしているのだけど、動きに合わせて揺れるサラサラの髪の毛からはショートボブの可愛らしさが存分に伝わってくるし、大きな身振り手振りもぎこちない華奢な指先も、一生懸命だから愛おしい。
また、感情表現があまり得意ではないため表情が乏しいにもかかわらず、クジラの話を始めたとたんに笑顔がこぼれる。自覚ゼロの純度100%という破壊力の高い笑顔の持ち主である。
好きな食べ物はキンパ。日本でいうところの巻きずしのようなもので、海苔で巻かれたごはんと具材を輪切りにして食べるため、どんな具材が入っているか一目瞭然だ。ヨンウにとっては予期せぬ食感や味に驚かずに食事ができることが重要なのだ。どうしても別のものを食べなくてはならない状況になったときにだけ、食材をひとつずつ慎重に口に運ぶ更に可愛い姿が見られる。
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前置きや何の合図もなく唐突に本題を話し始めるのもヨンウらしさのひとつだ。相手側はペースを乱されたまま聞き役になり、ヨンウはといえば自分が話し終えたと同時に立ち去ることも。その会話のアンバランスさがおかしくて、まったく悪気のないヨンウの可愛さが倍増する。最強だ。
自閉症の特徴として表現しているしぐさや言動にも、身近な人間がごく自然に受け入れてツッコんでおり、やりとりがとても自然だ。
「自閉症だから」と何かを諦める理由にしているのはヨンウ自身だけで、周りはむしろ「天才なんだから」と彼女を頼っているように見えるし、期待に応えようと奮闘する姿はやっぱり可愛いのだ。
そしてドラマと共に話題となったのが、本国でBTSなども真似をした「ウ to the ヨン to the ウ~ トン to the グ to the ラミ~」である。
ヨンウと親友のトン・グラミ(チュ・ヒョニョン)の間だけで交わされるこの特別なあいさつは、2人の揺るがぬ信頼関係を表しているようでもあり、特に意味もなくノリだけで決められたような軽快さも感じる。でもその両極端な感じがヨンウとグラミのようでよく似合っており、独特な動きで思わず真似したくなる可愛さだ。
こちらの動画ではドラマの初回で2人が交わしたあいさつの様子を観ることができる。そこからほぼ無表情なヨンウと騒がしいグラミがみせるテンションの差が、逆に良いコンビ感を醸し出している素敵なシーンだ。
ちなみに、この動画内でグラミの話に出てきた映画「無垢なる証人」は本作と同じ脚本家が書いた作品である。
映画では重要な証人として自閉症の少女が登場するのだが、その少女の将来の夢が弁護士。そして映画内では「自閉症だから弁護士にはなれない」と話していた少女のような子が、もし弁護士になれたら……という発想から生まれたのが、このウ・ヨンウなのだという。
1話完結型でテンポ良い法廷ドラマ
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ドラマは基本的に1話ごとに1つの案件を解決していく構成で、テンポよく様々な人物と出来事が入れ替わるため観ているものを飽きさせない。
法律用語も多く出てくるが、用語は上司から新人弁護士に解説する形で説明されるため、視聴者にも分かりやすい。
依頼人の中には、ヨンウより重い自閉症で意思の疎通が難しい被疑者や、知的障がいのある女性と愛し合っていると主張する男性などもいる。また、ウソをつく人間を弁護することで弁護士としての正しさに悩む姿も見せる。
直面する数々の難題を解決に導くのは、当たり前だがヨンウの天才的な頭脳だけではない。メンターでもある上司、同僚の弁護士、完璧なサポート陣……。観ていてとても心強かった。
–{ハンバダの仕事仲間が最高だ}–
ハンバダの仕事仲間がステキ
ヨンウが一緒に働いている優秀でユニークなチーム・ハンバダのメンバーを紹介する。
イ・ジュノ(カン・テオ)
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最初にヨンウの味方になったのはジュノだ。
初出勤の日、ビルの入り口の回転扉を通ることができずに困っていたヨンウを助けたのをきっかけに出会う。その後、自己紹介でヨンウの名前が回文になっていることをヨンウよりも先に口にしたり、事件資料の写真に写っていた凶器がクジラに似ていることを言及したりと、ヨンウにとっては無意識に笑顔になるほど嬉しい出来事が続く。
職場ではクジラの話が禁止されていることを告げられたジュノは、「僕と二人だけのときは良いのでは?」と提案し、ヨンウが我慢しなければならないものから解放していくのだ。
初対面の時こそヨンウの独特の間の取り方や発言に一瞬戸惑う素振りを見せるが、誰に対してもそうするように、親切で紳士的な態度で接している。
そして、最初はただヨンウに好感を覚える程度の様子だったが、次第にその視線は愛しさと熱を込めた特別なものになっていく。
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第3話では、部屋に入る際にヨンウが3つ数えてから入る習慣に倣い、その後ろでジュノが密かに指折り3つ数えている姿も見られるし、第11話ではジュノがどれだけヨンウのことを理解しようと努力しているのかがわかる出来事も起こる。努力の過程が描かれることは無いが、演技からハッキリと伝わってくるのだ。
ジュノとヨンウの関係性が少しずつ変わっていくのもこのドラマの大きな見どころだ。
自閉症や障がいのある人々に対する偏見、家族の葛藤なども、ドラマでは丁寧に描かれる。知的障がいのある女性に性的暴行を働いたとして起訴された男性の弁護をする第10話では、被害者と加害者が愛し合っていると主張したにも関わらず、男性は実刑判決を言い渡されてしまう。
もちろんこれはひとつの事例にすぎないが、ゆっくりと関係を深めていくヨンウとジュノから苦しいほどのトキメキを享受している側としては、あまりにも胸の痛む判決だった。
ジュノを演じているカン・テオは、イ・ジュノというキャラクターについて「猫を散歩させる人のような気持ち」と表現したという。誰かに繋がれることなく気ままに歩く猫を、隣で見守りながら一緒に歩いている、そんなイメージだろうか。
そこから作り上げられたジュノだから、最終話のセリフ「猫に片思い」の意味が深くなる。
改めて監督、脚本家がイメージする世界を表現する、役者の凄さを感じずにはいられない。
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今回のジュノ役で爆発的な人気となったカン・テオだが、「ウ・ヨンウ弁護士は天才肌」が兵役前の最後の作品となり、今年入隊することが決まっている。
つい先日発表されたシーズン2制作の可能性については2024年頃を目途に計画を進めているとのことで、兵役後の最初の作品も「ウ・ヨンウ弁護士は天才肌」になるのではと期待しているファンも多いことだろう。
チョン・ミョンソク(カン・ギヨン)
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上司でメンターでもあるミョンソクは、ヨンウの採用に異を唱え「もし依頼人と話すことや法廷に立つことができなければ辞めさせる」とまで宣言するほど偏見をもっていた。
でも彼はすぐにヨンウの能力を認め、自らの非礼を詫び、寛大な心で接するようになる。
思ったことをハッキリと言葉にするヨンウに戸惑うことが多いが、言葉の意味をそのまま捉えて気分を害したり責めたりすることなく、ヨンウの言わんとしていることを理解しようと努める人格者だ。
そんなミョンソクとヨンウは、特にユニークな掛け合いを見せてくれる。ほぼ言われっぱなしに近い状態のミョンソクがボソっと返す一言には、演じているカン・ギヨンのアドリブも多いという。
仕事仲間として信頼し合い、活発に意見交換ができる雰囲気をつくり部下を導く姿は、筆者のような組織で働く者にとっては理想の上司として強く憧れる存在でもある。
SNSを見ても、ミョンソク推しは多い。わかる。
最高だったのは、1話と最終話で語られた「普通の弁護士」についてのセリフだ。1話で語った時には後に謝ることになった批判的な言葉だったのが、最終回ではヨンウを励ますために語ることになったからだ。言葉自体は劇的ではなかったけれど、時を経てまったく違う意味で使われたと気づいたとき、特に胸が熱くなった。
チェ・スヨン(ハ・ユンギョン)
ロースクールの同期だったスヨンは、当時から優秀だったヨンウに劣等感を覚えながらも、困っている姿を見過ごせない優しさに溢れた人物だ。
根本的にヨンウを放っておけず手を差し伸べるし、理不尽な目にあっていると気づけば声を高らかに異を唱える。そこに打算や見返りを求める様子は無く、ただ彼女の性分がそうさせるのだとおもう。
ヨンウはスヨンのことを“春の日差しみたいな人”と表現している。
ジュノに思いを寄せる素振りを見せたこともあるが、ジュノの気持ちに気づいてからはきっぱりと身を引く潔さも持っている。ただし、本人にハッキリと不満を伝える潔さもあるため時々男性たちを惑わせてはいるが、そんな姿も頼もしくてカッコいい。友達になりたい。
クォン・ミヌ(チュ・ジョンヒョク)
ミヌは、ハンバダのチーム内で唯一ヨンウに対して攻撃的な態度をとる要注意人物だ。初対面の段階でヨンウとハンバダの代表には何らかの関係があると気づく目ざとさと、自閉症のヨンウを“弱者”ではなく、天才の“強者”であるという視点を持ち、特別扱いされていることに不満を抱えている。
正直なんでこんな奴がジュノのような温かい人間と仲が良いのか理解できないし、バレバレの悪巧みでヨンウを苦しめた後も平気な顔して出社している図々しい態度に、スヨンのアドバイス通り「後頭部かみぞおちを殴りな」を、ヨンウの代わりに実行したくなったのは筆者だけではないはず。
それなのにドラマの終盤でキャラクター崩壊罪という通報レベルの突然の更生をするため、結局憎めない奴となるのが非常に悔しい……。
パク・ウンビンが見せたヨンウの成長
ヨンウを見ていると、制作チームが「ヨンウ役は是非パク・ウンビンに」と切望し、オファーの段階では難色を示していたにも拘らず1年間もOKの返事を待ったというのは本当に大正解だったし、ここをこだわり抜いたのはさすがだなとおもう。
パク・ウンビンは、そんな制作チームの熱意に応えるために役作りに励んだそう。
この動画で観られるセリフのないシーンでは、視線や潤んだ瞳の輝き、表情だけで驚きと幸福が込み上げてくる心境を真に迫る演技力で表現していて、こちらまで幸せな気分にしてくれる。ドラマを最後まで見届けた方々は、きっとこんな風に幸せな感動に包まれたのではないだろうか。
最終話では、お馴染みの自己紹介から通勤電車、空を泳ぐクジラ、そして回転扉まで1話との対比がいくつも演出されており、そのすべてがヨンウの成長を証明していた。
そして、自身をクジラに例えたセリフで繋がった「ハンバダ(한바다)」という「海(바다)」で生きるヨンウ。
第1話の副題“おかしな弁護士”から始まって、“風変りだけど”へ見事に着地した文句なしに美しいラストだった。
これほどまでに可愛らしいヨンウを届けてくれたこと、心の底から感謝します。
(文・加部)