2022年6月14日、是枝裕和監督や深田晃司監督ら、映画監督有志7人が記者会見を開き、日本映画の持続可能性のための組織「日本版CNC」の設立を求めました。
CNCとは、フランス映画産業を下支えする組織「国立映画映像センター」のこと。この組織は多くの年間予算を持ち、企画開発から製作費予算の助成、配給やプロモーション助成、さらに映画館運営も援助し、多方面で映画産業を支えている組織です。
是枝監督らは、低賃金労働問題やハラスメントなど日本の映画業界が抱える様々な問題を構造から変えていくためにこの組織の立ち上げを映画業界に求めていくことを目指して、権利なき社団「Action4Cinema/日本版CNC設立を求める会」を立ち上げ、すでに日本映画製作者連盟(映連)や、経産省などと話し合いの場を持ち、研究・勉強しながら今後も様々な関係団体に提言を行っていくとのことです。
映画ファンの中には会見のニュースを見たり読んだりした人もいるかと思いますが、そもそもCNCって何かわからないという人もいるでしょう。そして、そうした組織が日本の映画業界のどんな課題を解決できるのか、その実現のためには日本では何が必要なのかを整理します。
CNCとはどんな組織か
まず、フランスのCNCとはどういう組織なのでしょうか。芸術文化振興基金が412ページの詳細なレポートを作っていますので、それを基に紹介します。
フランスCNCは、映画映像法という法律でその地位と権限を定められた組織です。第二次大戦直後の1946年に設立され、フランス国内の映画をはじめとする視聴覚メディアを支援する中心的組織としてすでに75年の歴史を持っています。設立当初は映画の支援からスタートし、時代を経てテレビなど多様化する映像媒体を網羅していく形で発展してきました
その支援は企画の開発段階、脚本執筆、実製作に必要な製作費から、配給や海外プロモーションやアーカイブに必要と幅広く、映像作品製作の上流から下流までをサポートしています。支援分野としては映画・テレビ番組・マルチメディア・ビデオゲーム・アニメーション・ドキュメンタリー・フィクション・ライブパフォーマンス・パイロット版の作成・シリーズもの・長篇映画・短篇映画とほとんど全ての映像ジャンルを網羅しています。さらには、映画館運営に助成金や控除の仕組みを用意し、観客を育てる映画教育のプログラムを作るなど、映画産業を維持・発展させるために多方面で活動しています。
–{2つの支援で好循環を創出}–
2つの支援で好循環を創出
CNCの支援には大きく分けて2タイプあります。
1)自動支援:後述しますが、CNCの財源は、映画の興行収入や放送局の収入、ビデオ販売や配信収入の一部から徴収される特別税から成っています。それらの売上から一定の割合で徴収されるのですが、その貢献度合いに応じて自動的に分配する仕組みが自動支援です。
すごく大ヒットした作品を作った会社は、それだけ多くのお金を徴収されますが、それだけCNCに貢献したことになるので、その分大きな還元が受けられ、次回作や次の事業の投資に充てることができます。つまり、映画をヒットさせれば高い税金を取られるだけじゃなく、それに見合った還元もあるよということです。
2)選択支援:選択支援は、市場の競争原理では淘汰されがちなタイプの作品への支援です。有望な新人監督の企画や、芸術性は高いが商業的には成功しにくいタイプの作品などを支援し、映画産業全体に多彩な作品が生まれ続けるようにバランスを取るためのもので、典型的な文化支援と言えると思います。
CNCは単に芸術的案映画への支援だけでなく、ヒット映画を作るモチベーションも生み出し、産業としても発展させることを考えて自動支援というやり方を持っているのが特徴です。ヒット作が増えれば財源も増えて選択支援も充実させられるという好循環を生み出そうということでしょう。
全体の予算に対して、自動支援の割合は概ね6~7割、残りが選択支援というバランスのようです。芸術性の高い作品を支援する額よりも、自動支援の方が割合としては大きいんですね。
財源は?
気になるのは財源です。すでに言及しましたが、CNCの財源は主に映画館の興行収入やテレビ放送局収入、ビデオ販売や配信の売上の一部を特別税として徴収することで賄っています。設立当初は映画館の収入の一部を徴収する形でスタートし、時代とともにテレビやビデオ、さらにはオンデマンドや配信からも徴収するようになっていきました。映像業界の変化に対応するように財源の徴収先も、支援対象も拡大・変化させてきているわけです。
具体的にCNCの年間予算はどれくらいかというと、日本円にして約913億円(2019年のデータ)だと会見で語られていました。一方、日本は国家の助成金は80億円だそうで、10倍以上の開きがあります。他の欧州各国や韓国と比べてもフランスの予算は突出して潤沢ですが、日本は逆に突出して低い金額と言えます。
ちなみに、CNCの財源で現在最も大きな割合を占めているのはテレビ放送からの徴収で、全体の約7割を占めています。したがって自動支援で割り当てられる額もテレビ向けが一番多いです。映画支援として有名なCNCですが、実はテレビが一番お金を動かしています。
–{労働環境改善のためにCNCは有効}–
労働環境改善のためにCNCは有効
アメリカのように世界市場を席巻して民間予算がものすごい国なら支援はなくともなんとかなるでしょうが、日本の場合は支援も少なければ、(実写に限れば)世界市場も少ない状態ですから、制作現場が苦境に陥るのは当然で、そのしわ寄せがスタッフの「重労働・低賃金」に跳ね返ってきているようです。
会見に出席した30代の内山拓也監督は、「日本映画の製作本数は著しく増加している代わりに低予算化が進んでいて、環境が悪化していて、若い仲間がどんどん業界を離れている」と述べていました。
韓国で『ベイビー・ブローカー』を製作した是枝監督は(この作品は韓国版のCNC、KOFICの支援は特別受けていないそうですが)、スタッフに20代、30代が多かったと言っていました。反対に日本の映画業界は高齢化が進んでいると指摘しており、現場の労働環境悪化によって、新しい人材が確保できなくなっている現実があるようです。
会見では、2019年に日本の年間興行収入が過去最高を記録したことに触れていました。しかし、その恩恵が現場に還元されておらず、それを促す組織として日本にもCNCのような組織が必要だというわけです。
またCNCでは、男女間の均等を尊守しているプログラムに関しては投信金額を増額するという措置も行っているようで、映画産業で働く人々の環境を守り、ジェンダーの均衡も促すことにも貢献しています。
Action4Cinemaでは、日本映画の労働問題の改善のため、映画業界に特化したハラスメント対策ガイドラインの草案を作成、公開しています。仮に日本版CNCができたとして、支援条件にこうしたガイドラインにきちんと則ることを条件にすれば、ハラスメントの抑止につながっていくでしょう。
コロナ禍でのCNCの映画館支援
フランスでの映画製作経験がある諏訪敦彦監督は、日本版CNC設立の必要性を、コロナ禍で映画館が休館に追い込まれても国から充分な支援がなかったことで痛感したようです。この時、映画館を救おうと動いたのは「ミニシアター・エイド基金」などのクラウドファンディングを立ち上げた民間有志であり映画ファンでした。これも一種の共助ですが、こういう危機が起きた時に毎回クラウドファンディングするというわけにもいかず、この共助をシステム化する必要がある、それがCNCなのではないかということのようです。
CNCは実際に、製作、配給、そして映画館へとそれぞれ特別予算を編成して救済に当たっています。映画館支援に3430万ユーロを用意していました。ミニシアター・エイド基金では約3億円集まりましたが、フランスは元々持っていた共助的なシステムでその10倍以上の支援額を用意していたのです。
CNCは海外プロモーション助成も行っているので、日本映画が国内マーケット頼みで海外市場を切り開けていない問題も改善できる可能性があります。労働問題、マーケットの問題、産業規模と現場の人材への還元の問題など、日本の映画業界は様々な問題を抱えていますが、それらの問題に包括的に対処してきたのがCNCだと言えるでしょう。
–{実現のための課題}–
日本版CNC実現のための課題
Action4Cinemaは映画監督たちが立ち上げた団体で、この組織が日本版CNCになるわけではありません。あくまで業界に対して、CNCに相当する組織を立ち上げてもらうよう働きかける団体であり、そのために日本ではどんなやり方がよいのかを研究、提言していくことを目的にしています。
会見でも言及していましたが、重要なのは、フランスにはフランス文化の土壌があり、日本には日本文化の土壌があるので、フランスのやり方をそのまま直輸入しても上手くいきませんから、いかに「日本向けのカスタマイズ」ができるかが大切です。
この日本向けカスタマイズという点を考える上で、アニメ産業をどう巻き込むのかという点は重要だと筆者は考えています。
現在、日本の映画館の興行収入を牽引しているのはアニメです。2019年に過去最高の成績を挙げた日本映画界ですが、同年の邦画のランキング上位5作品中4本がアニメで、洋画も5本中2本がアニメーション作品でした(『ライオン・キング』超実写版をアニメーションと見なせば3本)。この傾向はコロナ禍を経てさらに加速しており、週末興収トップ10でアニメ作品が過半数という状態も珍しくありません。
日本版CNCでも財源の一つとして映画館の興行収入の一部を徴収する構想を会見でも語っていましたが、そうなるとその財源の大半はアニメの売上ということになります。しかし、今のところ音頭をとっているのは実写映画の人たちだけなので、早々にアニメ産業と連携していくべきです。
アニメ産業的にもこういう支援は貴重なはずで、近年アニメの産業規模は拡大し続けていますが、一部の作品の大ヒットに支えられており、大半の作品は赤字だったりします。なので、CNCのような組織によって下支えすることで多彩な作品が作りやすくなり、その中から新しい才能が生まれてくる循環を作れるはずですし、売れるアニメと売れないアニメの差もはっきりしてきている今、売れないけど良いアニメを支えるためにもこういう組織が必要です。
CNCは支援対象を限定せずに手広くやっていることに特徴があります。その平等性がCNCの正当性を担保しているのでしょう。長い歴史の中で少しずつ支援の範囲を増やしてきましたが、日本の場合、今から始めるなら映画のみならずテレビ、配信、ゲーム全ての視聴覚メディアを最初から支援対象にしないと正当性が感じられにくい気がしますので、映画産業以外の色々な団体に働きかけてほしいと思いますし、逆に映画以外の視聴覚メディアに携わる方々にも関心を持っていただきたいです。
しかし、なんといっても財源の確保が最も難しいポイントで、映連や放送業界といった既存の大組織の協力が絶対に不可欠。ここをいかにして動かしてゆくのかが一番の課題になると、是枝監督も会見で述べていました。
映連は朝日新聞の取材に対して「総論としては賛成」だが、興行収入については「(劇場や配給会社など)ステークホルダー(利害関係者)が多く、映連が何かを決められるわけではない」と語ったそうで、賛成と言いつつどこか他人事です。そのステークホルダーは、映連を構成する東宝や東映などの大手映画会社4社なので、まさに映連メンバーがステークホルダーそのものだと思いますが……。
筆者は映画ライターです。この仕事は映画産業が存在するから成り立つ仕事です。その意味でかろうじてステークホルダーかなと思っています。一人のステークホルダーとして日本の映画産業が持続してもらわないと失業してしまいます。cinemas PLUSも映画メディアですが、映画産業が発展して映画への関心が高まらない限り、メディアとして成長が難しいわけです。メディアもライターも、そして映画ファンもステークホルダーですから、積極的にコミットしくべきだと筆者は考えます。
(文:杉本穂高)