後世に影響を与えた映画監督の巨匠というと、誰を思い浮かべるだろうか。スタンリー・キューブリック、アルフレッド・ヒッチコック、スティーヴン・スピルバーグ、黒澤明、宮崎駿……その中の1人に「ジョン・カーペンター」という名前を加えてもいいかもしれない。
例えば、『ハロウィン』(78)は低予算ながら破格の大ヒットをして、その影響を大きく受けたホラー映画が数多く誕生した。『13日の金曜日』(80)もその1つで、Netflixのドキュメンタリー『ボクらを作った映画たち』では「ハロウィンのパクリをやろうとした(?)」衝撃発言も発言も飛び出している。
マニアックなところではストップモーションアニメ映画『KUBO/クボ 二本の弦の秘密』(16)にも『ゴースト・ハンターズ』(86)のオマージュがあるし、『パラサイト』(98)には『遊星からの物体X』(82)にそっくりな寄生生物が登場するし、『IT/イットTHE END“それ”が見えたら、終わり。』(19)やドラマ『ストレンジャー・シングス』などの大ヒット作品にもジョン・カーペンター監督作へのリスペクトが見受けられるのだ。
そして、2022年1月7日(金)から27日(木)の3週間限定で「ジョン・カーペンターレトロスペクティブ2022」が、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、アップリンク吉祥寺、横浜ブルク13で開催される(他劇場でも順次公開)。ジョン・カーペンター監督作『ニューヨーク1997』(81)『ザ・フォッグ』(80)『ゼイリブ』(88)の3作が4Kレストア版でスクリーン上映されるのである。
ジョン・カーペンターは、コンセプトやパッと見の印象でいわゆる「B級」な映画ばかりを撮る監督だと思う方も多いだろう。その認識は間違いなく正しい。いずれもわかりやすいエンタメ性があり、だいたいSFまたはホラーであり、何より低予算な映画が多い。むしろB級映画界の重鎮にして巨匠と呼ぶべきお方だとも言える。
だが、単にB級と呼ぶのが申し訳ないほどに、ジョン・カーペンター監督の映画は今もなお色褪せない魅力を持っている。今回上映されるその3作の魅力を解説すると共に、影響を与えた作品を記しておこう。今までジョン・カーペンター監督を知らなかったという方も、その名前だけでも覚えて帰っていただければ幸いである。
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『ニューヨーク1997』:世界的ゲームの主人公のモデルに!
強盗罪で収監予定だった元特殊部隊員の男が、巨大な刑務所と化したマンハッタン島へ、大統領を救出するために向かうというSFアクション映画だ。
本作が影響を与えた作品として最も有名なのは、ゲーム『メタルギア』シリーズだろう。主人公のソリッド・スネークのモデルは本作の主人公スネーク・プリスキンであり、名前だけでなく片目に眼帯をした渋い男性という見た目もかなり似ている。
さらに、荒廃した街中に潜入し、様々な妨害を受けながらもミッションを遂行する物語の流れや見た目は『ドゥームズデイ』(08)や『スーサイド・スクワッド』(16)や『新感染半島 ファイナル・ステージ』(20)にもそっくりだ。『ロックアウト』(12)に至っては『ニューヨーク1997』から盗用した部分があるとして、45万ユーロ(約5100万円)の支払いを命じられたこともある。
そこまでマネされやすいということは、娯楽映画としての「型」がしっかりしているという証拠。無骨な主人公が現地で仲間を得ながらも、常識が通用しない敵たちとの戦いを余儀なくされ、タイムリミットもある中でミッションをこなし、そして脱出を試みるという流れはやはりエンタメ性に満ちていて面白い。
主人公は決して善人ではないが、それでも譲れない矜持や人としての良心も感じられ、理不尽な状況にもめげずに前に進むのでしっかりと応援したくなる。終盤のちょっとしたどんでん返しも痛快だ。
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–{劇場版ドラえもんを思い出す恐怖も?}–
『ザ・フォッグ』:劇場版ドラえもんを思い出す恐怖も?
海辺の村に奇妙な霧が発生し、そこにいる亡霊が村人たちを次々に襲っていくという内容だ。タイトルはそこまで有名ではないが、観てみればなるほど「隠れた名作ホラー」と呼ばれる理由がよくわかる。
霧の中でたたずむ亡霊は不気味であるし、灯台にいる女性ラジオDJが物語を大きく動かすファクターになっているのもユニークだ。初めこそバラバラに行動しているかのように思えた登場人物たちが、この異常事態のために関わり出していくという群像劇の面白さもあった。冒頭では、船長のおじいさんがキャンプファイアーで集まった子どもたちに亡霊の話をするという、まるで日本の怪談のような導入になっているのも楽しい。
明確にオマージュを捧げたわけではないだろうが、個人的には霧の中に不気味な何かがいるという恐怖は、『ドラえもん のび太とアニマル惑星』(90)を思い出した。ひょっとすると、直近の大傑作ホラー映画『マリグナント 狂暴な悪夢』(21)も、本作を強く意識していたのかもしれない。
ちなみに、本作は2005年にリメイクされたものの、そちらの評判は芳しくない。このオリジナル版は現在配信サービスでは提供されていないようなので、今回の劇場で観るチャンスをぜひ逃さないでほしい。
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–{『ゼイリブ』と『マトリックス』に共通する危うさとは?}–
『ゼイリブ』:サングラスをかけさせるための戦いがアツい!
その日暮らしの労働をしている男が、すでに宇宙人がこの地球に来ているばかりか、人間になりすましていることを知ることから始まるSF映画だ。
とにかく有名なのが、「サングラスをかけると宇宙人の真のメッセージが見える」という設定。見た目にもわかりやすいためか、オマージュよりもパロディにされることが多く、日本のマンガ『ばくおん!!』の14巻や、映画のパロディが多いアニメ『おそ松さん』の3期16話でも盛大にやってくれている。
今観ても笑ってしまうのは、「自分の言うことを信じてくれない友人に、サングラスをかけさせようと戦う」シーンだ。サングラスくらいかけてやればいいじゃないかと思うところだが、この2人のバトルは「絶対にサングラスをかけさせてやる!」「絶対にかけない!」と誓ったかのように、異常なまでに苦労することになる。それをパロった『おそ松さん』でも「長い!」とツッコミが入ったことも笑ってしまった。
だが、そのサングラスをかけさせるシーンの長さは、「この世界にはびこる悪しき真実を知ってもらい納得させるのがいかに難しいか」という寓話だからという見方もできる。本作はわかりやすく特権階級の者らだけが甘い蜜を吸い続け、さらにはメディアを悪用し、人々を洗脳していることへの批判が込められており、その現実を踏まえてこのサングラスをかける・かけないだけの戦いのシーンが長くなったのだとも考えられるのだ。決して尺稼ぎなどではない(と信じている)。
そして、この『ゼイリブ』が影響を与えた作品で最も有名なのは、誰もが知る映画『マトリックス』(99)だ。この両者は「今いる世界が支配されている真実」を知り、その状況を打破するために戦う物語が共通しているのだ。
だが、その支配からの脱却を描いたはずの『ゼイリブ』と『マトリックス』は残念ながら、危険な陰謀論者にとっての都合の良い「経典」のように扱われたこともある。『ゼイリブ』に至っては根拠のない反ユダヤ主義の思想のミームとしても使われ、これにはジョン・カーペンター監督自身がTwitterで「何の関係もない」と強く反発している。
THEY LIVE is about yuppies and unrestrained capitalism. It has nothing to do with Jewish control of the world, which is slander and a lie.
— John Carpenter (@TheHorrorMaster) January 4, 2017
『ゼイリブ』と『マトリックス』の物語は、確かに陰謀論を肯定してしまいかねない危うさはある。特に、『ゼイリブ』の主人公は殺人(宇宙人とわかった者を殺すこと)をもいとわなくなってしまうので、より恐ろしい。
しかし、この2作に込められたメッセージを真っ直ぐに受け止めれば、自分の考えていることをただ愚直に正しいと信じることではなく、知らず知らずの間に勝手な支配をしている者たちへの怒りであり、ただ支配されることを享受してしまうことへの反発だということがわかる。
コロナ禍でより陰謀論がはびこり、また経済格差が世界的な問題となっている現代では、むしろ『ゼイリブ』は、その危うさのある描写込みで、「正しさ」を考えられるきっかけにもなるのではないか。ジョン・カーペンター監督作は『ニューヨーク1997』でもアメリカ社会への痛烈な風刺があり、やはりただのB級娯楽映画の枠に囚われない、現実にある問題への憤りを映画で提示するという、作家としての矜持を感じさせるのだ。
とはいえ、『ゼイリブ』はそうした小難しいことを考えなくても、やはり単純明快なSFアクション映画として存分に楽しめる。クライマックスではちょっとした「自虐ネタ」があるし、特に悪意に満ちたラストシーンは本当にひどい(褒めている)。宇宙人の造形も含めて、悪趣味さも込みの映画を楽しみたい方にこそおすすめだ。
ジョン・カーペンター監督作の魅力は音楽にもあり!
ここまで『ニューヨーク1997』『ザ・フォッグ』『ゼイリブ』の見所を語ったが、ジョン・カーペンター監督作にはさらなる大きな魅力がある。それは監督本人が作曲した音楽だ。特に『ハロウィン』での矢継ぎ早に繰り返される高い音のメロディは、否応もなく不安にさせられる。
その他の映画でも、レトロチックかつ、メロディアスな音楽の数々は、作品の中でいの一番に思い出すほどに印象に残る。それもまた、今回の上映企画が実施された大きな意義であり、迫力の音響でその音楽を堪能していただきたいと願う理由なのだ。ぜひ、3週間限定の上映をお見逃しなきように。
(文:ヒナタカ)
–{『ジョン・カーペンター レトロスペクティブ2022』公開情報}–
『ジョン・カーペンター レトロスペクティブ2022』公開情報
公開期間:2022年1月7日(金)〜 1月27日(木)ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開
■『ニューヨーク1997』
制作年:1981年 日本公開:1981年5月23日 【99分】
出演:カート・ラッセル、リー・ヴァン・クリーフ、アイザック・ヘイズ
■『ザ・フォッグ』
制作年:1980年 日本公開:1980年5月31日 【89分】
出演:エイドリアン・バーボー、ジェイミー・リー・カーティス、ジャネット・リー
■『ゼイリブ』
制作年:1988年 日本公開:1989年1月28日 【94分】
出演:ロディ・パイパー、メグ・フォスター、キース・デヴィッド