<リバイバル>“20世紀の奇跡”カール・テオドア・ドライヤー監督の映画たちを簡明に語ってみたい

ニューシネマ・アナリティクス

■増當竜也連載「ニューシネマ・アナリティクス」SHORT

12月25日から東京シアター・イメージフォーラムを皮切りに、「奇跡の映画 カール・テオドア・ドライヤー セレクション」と称して、20世紀の世界映画史に燦然と輝くデンマーク出身の巨匠カール・テオドア・ドライヤー監督の傑作4本が上映されます。

無声映画の時代から戦前のトーキー、戦後と活動し続けた孤高の映画作家が繰り出し続けた至宝の数々は、実験的であり、野心的であり、それでいて簡明に見る者の心にストレートに訴えかけてくるものばかり。

ただし、最近はこうした過去の名作群などを妙にアカデミックに難しく語っては勝手に悦に入るような、一般が入り込みづらいシネフィル的論評も多く見受けられるのも事実。

そこで今回、出来る限り簡明に、誰もが親しみやすく興味を持てるようにカール・テオドア・ドライヤー監督とその作品群について語ってみたいと思います。

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ヒロインのアップの連鎖で描く出世作『裁かるゝジャンヌ』

(C)1928 Gaumont

まずはカール・テオドア・ドライヤーの経歴から。
(なお、彼の名前の表記はこれまで日本ではカール・テオドール・ドライエル、カール・テオドール・ドレイエルなどさまざまでしたが、デンマーク本国ではカール・テオドア・ドライヤーが一番発音が近いとのことです。カール・Th・ドライヤーといった表記もあり)

1989年2月3日、デンマークのコペンハーゲンで私生児として生まれた彼は、厳格な養父母のもとで育ち、学校卒業後は通信電話会社からジャーナリストへ転身。

そこで書いた映画評の数々が認められて脚本を書くようになり、1919年に『裁判長』で映画監督デビューを果たしたのでした。

2作目『サタンの書の数ページ』(1919)の後、デンマークを離れてスウェーデンやドイツ、ノルウェーなど国外で活動するようになり、7作目『あるじ』がフランスでヒットしたことから、やがて『裁かるゝジャンヌ』(28)の製作へと結びつきます。


(C)1928 Gaumont

今回上映される唯一の無声映画『裁かるゝジャンヌ』(2016年に演奏録音されたオルガン奏者カロル・モサコフスキの演奏付き)は、百年戦争の英雄として讃えられ続けるフランスの女性ジャンヌ・ダルクを主人公にしたものですが、いわゆるヒロイックな武勇伝ではなく、敵国イングランドに捕らえられ異端裁判を受けて火刑に処されるまでを、実際の裁判記録を基に克明に綴ったものです。

ここでは裁判など多くのシーンで、ジャンヌ・ダルク(ルネ・ファルコネッティ)を毛穴まで見えるかのような極度のアップで捉え続けるという、実験的手法を採っています。

これによってジャンヌの怯えや不安、覚悟などが巧みに描出されるとともに、一方ではそんな彼女を巧みに誘導していく裁判官たちの狡猾さも際立っていきます。

一転してクライマックスの火刑シーンは壮絶なスペクタクルとして描かれていて、彼女の処刑に激昂する庶民の暴動が体制に鎮圧されていく非道のさまも印象的なのでした。

(C)1928 Gaumont

カール・テオドア・ドライヤーは『裁かるゝジャンヌ』を最後の無声映画とし、続けて初のトーキー映画『吸血鬼』(32)に取り組みます。

これは吸血鬼伝説をモチーフに、ホラーというよりはダーク・ファンタジーとして仕上げた幻想譚でしたが、配給会社が勝手にナレーションを入れて短縮するなどの憂き目に遭い、以後ドライヤーはおよそ10年の沈黙を強いられることになるのでした。

–{『怒りの日』と ドライヤーの母の悲劇}–

『怒りの日』とドライヤーの母の悲劇

(C)Danish Film Institute

カール・テオドル・ドライヤーの復活は1943年、当時ナチス・ドイツの支配に置かれていたデンマーク本国で撮った『怒りの日』でした(今回の上映作品)。

これは魔女狩りが普通に行われていた中世(1623年)ノルウェーのある村を舞台に、老牧師の再婚相手である若き妻アンネ(リスベト・モーヴィン)が、ほぼ歳の差がない彼の息子と不倫に走っていく模様を描いたもの。

最初、淑女のように登場したヒロインがいつのまにかファムファタルのように艶めかしく変貌していく、そんな驚異の画を目の当たりにすることができます。

撮影は基本長回しで、キャメラのパンや移動をシンプルに行いながら、どこかしら神の目線で彼女たちの行いをじっと見守っているかのような凄みが感じさせられるのが妙味。

(C)Danish Film Institute

また『裁かるゝジャンヌ』同様、ここでも宗教裁判が色濃くドラマに反映されており、どちらも過激な信仰によって捌かれてしまう女性の悲劇が描かれていますが、宗教と女性の悲劇はドライヤー映画を語る上で重要な要素ともいえるでしょう。

ドライヤーは18歳の時、生母が自分を産ませたスウェーデンの裕福な地主に見放され、さらには別の男にも捨てられて貧困と孤独の果てに死んでいったことを知らされたそうです。

ドライヤーの生前の発言でもある「男性や権力者の欺瞞によって生まれる社会の不寛容と抑圧が、母を死へ追いつめた」、これが彼の作劇に大きな影響を及ぼしていることは疑いようはないでしょう。

また、劇中の魔女狩りも当時のナチスを暗喩していることは間違いなく、そのせいもあってか公開時の本国の批評は酷評まみれだったものの、ナチスの支配から解かれた戦後になると一転して絶賛に変わったとのこと。
(現に本作は時を経て1974年のヴェネチア国際映画祭で審査員特別表彰されているのでした)

ドライヤーは続けて1945年『ふたりの人間』を発表し、タイトル通り精神科医同士の確執のドラマをふたりのキャストのみで描くという実験的趣向で挑みましたが、その後再び10年ほどの沈黙を余儀なくされます。

–{ユニークなホームドラマ 『奇跡』の家族と信仰}–

ユニークなホームドラマ『奇跡』の家族と信仰

(C)Danish Film Institute

1954年、カール・テオドア・ドライヤーは久々に長篇新作『奇跡』(今回の上映作品)に取り組みました。

これは1925年のデンマーク、ユトランド半島に住む敬虔なクリスチャン一家の物語。

厳格な父、無信仰の長男、神学を学びすぎて精神不安定になった果てに自らキリストと名乗るようになった次男、そして三男は宗派の異なる家の娘と恋愛関係にあります。

こうした状況下で、妊娠している長男の妻の容態が悪化し、そこから何が起きるかは見てのお楽しみとなるわけですが、邦題からイメージされる宗教的に崇高なものはあるものの、これが結構ユニークなホームドラマになっていて、『怒りの日』同様に長回しやパンなどの撮影技法やシンプルな家屋セットなども功を奏して、どこかしら戦後のアメリカTVのホームドラマを見ているかのような気分にもなるほど。

父と三男の恋人の父が諍い合うシーンなど実に喜劇的で、また次男の存在そのものも滑稽に映えわたってユーモラスですらあります(長男の幼い娘だけが彼の理解者なのも、どことなく微笑ましいものがあります)。

(C)Danish Film Institute

『怒りの日』と本作を続けて見ると、ドライヤーの宗教に関する認識がどことなく想像できます。

彼は過剰な信仰には否定的ながら、宗教そのものの存在を否定しているわけではなく、むしろ必須なものともみなしているのでしょう。

これまで本作を難解に語りがちな批評には「日本人にはキリスト教の本質が理解できていないから」的なものも多いのですが、どこの宗教であろうと似たような悲劇も喜劇も、世界各地で日常的に昔も今も起きているもので、日本も例外ではありません。

それよりも何よりも、シンプルな語り口を徹底させながら家族関係の普遍的な機微を巧みに描いていることにこそ注目し、大いに讃えるべきでしょう。

現に1955年ヴェネチア国際映画祭金獅子賞および1956年ゴールデングローブ賞最優秀外国語映画賞を受賞した本作は、ドライヤー監督の最高傑作と讃える声も多いのです。
(私もこれがベストだと思っています)

–{ドライヤーのヒロイン映画 その集大成『ゲアトルーズ』}–

ドライヤーのヒロイン映画その集大成『ゲアトルーズ』

(C)Danish Film Institute

この後、またまたドライヤーは10年程沈黙したのちに『ゲアトルーズ』(65/今回の上映作品)を発表しますが、これは宗教的な要素を排除し、ひとりの女性と夫、若き愛人、そしてかつての恋人といった不可思議な関係性を描いた「愛」の映画であり、当時としては画期的な内容のヒロイン映画であると確信しています(まるでHシーンのない日活ロマンポルノみたい!)。

技法的に驚かされるのが、ヒロインが劇中ほとんど相手と目を合わせることなく佇み続けていることで、そこから醸し出される女と男の断線とでもいった情念の発露には恐怖すら感じる瞬間もあるのでした!

そしてドライヤー自身はこの後、長年の宿願としていたキリストの生涯や、エウリピデスの戯曲「メディア」の映画化に取り組み始めますが、1968年3月29日に惜しくもこの世を去ってしまいました。

すべてモノクロで撮られたドライヤー映画は(彼は『ゲアトルーズ』の次はカラー映画を撮るべく、映像における色彩などの実験を続けていたそうです)、今では古典とみなされることでしょうし、また作品世界を深く掘り下げれば掘り下げるほどアカデミックな論考が成されていくのも大いに理解できます。

(C)Danish Film Institute

しかし、彼の映画は一方で実にシンプルに、宗教がもたらすさまざまな対立の構図や、女性たちに振りかぶる社会の抑圧などを訴えており、その伝では今の時代こそ普通に見られてしかるべきものがあると断言しておきます。

また各作品におけるさまざまな実験も、キャメラを回せばそこそこの画が撮れてしまう今の時代の映像クリエイター(及びそれを目指す人たち)は見習うべきものがあるのではないでしょうか。

論より証拠で、まずは彼の作品を見てみると良いです。

およそ100年ほど前から映画を作り続けてきた者の気概が、ワンダーランドのように銀幕の中で映えわたること必至でしょう!

(文:増當竜也)

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–{「奇跡の映画 カール・テオドア・ドライヤー セレクション」基本情報}–

「奇跡の映画 カール・テオドア・ドライヤー セレクション」基本情報

2021年12月25日(土)公開

『裁かるゝジャンヌ』

監督・脚本・編集:カール・テオドア・ドライヤー

出演:ルネ・ファルコネッティ、アントナン・アルトー

『怒りの日』

監督・脚本:カール・テオドア・ドライヤー

出演:リスベト・モーヴィン、トーキル・ローセ

『奇跡』

監督・脚本:カール・テオドア・ドライヤー

出演:ヘンリク・マルベア、ビアギッテ・フェザースピル

『ゲアトルーズ』

監督・脚本:カール・テオドア・ドライヤー

出演:ニーナ・ペンス・ローゼ、ベント・ローテ