アニメ映画『アイの歌声を聴かせて』が公開中だ。本作の見所や口コミでの広がりは、以下の記事を参考にしてほしい。
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公開から1ヶ月がすぎた12月現在も、劇場では口コミによる動員を受けて特別な措置をしている。
・川崎チネチッタでは岩波音響監督監修の「LIVEZOUND」上映が継続
・池袋グランドシネマサンシャインでは次世代の映画館フォーマット「BESTIA」上映が実施
・イオンシネマ幕張新都心では「ULTIRA」上映が復活
・イオンシネマ海老名では「THX」上映が延長
・イオンシネマ福岡などで岩浪音響監督が推奨する音量レベルでの「今日も元気でがんばるぞ音」上映が実施
・立川シネマシティでは吉浦康裕監督&岩浪美和音響監督の極上音響上映がスタート
全国のイオンシネマでの上映も継続中であるが、12月9日(木)に上映終了予定となっている劇場も多い。まだ観ていない方(もちろんリピーターも)は< 劇場情報>を確認し、今週末に映画館で観てほしいと、何度でも願うばかりだ。
ここでは、「あのシーンはそういう意味だったのか!」という気づきをきっと得られるであろう、劇中の意味深なシーンや「ホラー」と呼ばれる理由も含めて、吉浦康裕監督へ伺った単独ロングインタビューをお届けしよう。すぐにネタバレを含む内容となるので、先に映画本編を観てから読んでいただきたい。
――口コミでの反響を受けて、今の率直なお気持ちをお聞かせください。
作り手としてはすごく幸運で、ありがたいことです。自分が面白いと信じて作っていたので、信じたものがそのまま届いた、間違っていなかったんだなという気持ちです。映画館側も大きい箱の用意や上映回数を増やすだけでなく、Twitterでも作品を応援してくださって、監督冥利につきますね。
――口コミで特に印象に残っている感想はありますか。
小さなお子さんや、家族で観に来ている方の声が嬉しかったですね。小学校5年生くらいの息子が観て帰ってきて、すごい勢いで面白さを語っていたという声を目にして、僕の映画がその男の子に良い影響、大きく言えば人生への影響を与えられていたらいいなと思います。他にも、「自分はけっこうな歳の爺さんだけど、それでも楽しめました」という声も嬉しかったです。そうして全年齢が楽しめる作品というのは、僕の憧れている方向性だったんですよ。
――リピーターの方も熱い感想を何度も送ってくれていますね。
10回以上も観てくれたお客さんもいて、本当にありがたいです。おかげでと言うべきか、パッケージや配信になってから色々と発見されるかなと思っていた要素が、すでに気づかれていたりして凄いと思いますね。
――様々なディテールについての議論も盛んになっていますものね。
自覚的に情報量を多く詰め込んだ作品ですが、それでも「映画館で観るぶんにはわからないだろう」と高を括っていました。でも、リピーターの方からは「これはこういうことじゃないか?」とすでに見破られているんですよね。
※以下からは本編のネタバレを含みます。鑑賞後にお読みください。
–{なぜシオンは水洗い場の後ろに行ったのか?}–
なぜシオンは水洗い場の後ろに行ったのか?
――では、ぜひディテールについて知りたいことがあります。シオンは嬉しそうに水洗い場の後ろに行きます。これはなぜですか。
いくつかの意味合いが込められています。
まず1つは、シオンはずっと「観察者」あるという視点です。水飲み場の場面は2回出てきますが、その2回目でトウマとシオンが近くで話し合う人間関係があって、その時にシオンがどこの立場にいるかと考えると、やはり衝立(ついたて)の向こう側だと思ったんです。
もう1つは、本作がモチーフにしている劇中劇のロケーションに近いということです。ああいう作品にある中庭や噴水が後ろの背景にある場所を再現するとしたら、あの水飲み場だろうとも考えました。
さらに言えば、あれは少しだけ秘密を語る場所でもあるので、教室が表舞台だとしたら、ちょっと舞台袖に引っ込むような感じの場所に水飲み場はぴったりだと思ったんです。遠くに教室の窓が見えながらも、少し離れた場所と考えると、実際にモデルにした高校でちょうどいい場所に水飲み場がありました。蛇口があって渡り廊下もあるという場所は、密かなアジトというか、隠れている場所というイメージがありますよね。
――ディテールと言えば、田植えロボットもいいですよね。淡々と田植えの仕事をしているだけかと思いきや、最後にシオンが空に送られている光景を見上げています。あれはシオン以外のAIにも「自由意思」があることの示唆だと思いました。
そのことは露骨になりすぎない程度に、色々なところに散りばめようと思っていました。他にも、ピントが合っていなくてボケている背景にも、「二度見」をするロボットがいたりもしますから。AIのそういった描写はじわじわと刷り込んできたいなと思っていましたし、それを最後にわかりやすく、帽子をとって見上げるシーンで入れたんです。
そう言えば、最初のシーンでサトミが看板の前を通るのですが、そこには「労働支援ロボットの農作業実験中」と書いているんです。人型ロボットの農作業は別に非効率的なことをしているわけじゃなくて、あくまで実験なんですよ。
――確かに効率のことを考えたら、普通に田植えのトラクターの方がいいですよね。そういえば佐渡島に「聖地巡礼」をしていた方がいたのですが、その看板の元ネタも映っていました。
行政の意向のために置いている看板のリアリティを出したくて、実際の看板をほぼそのまま使ったんですよね。
うわっ!こ、この注意書きはもしかして!!#アイの歌声を聴かせて#佐渡島 pic.twitter.com/smIT1lmWxH
— けむり㌠ (@kemuri9900) November 16, 2021
――クライマックスで、AIたちがおそらくは自由意志で、シオンを「応援」してくれるのも感動的でした。
シオンが「カメラのみんなに頼んだ」と言っていたことが、そのクライマックスの伏線になっていますね。つまり、シオンはハッキングをしているわけではないんだと、そういう感じのクライマックスにはしたくないと考えていました。シオンが「スタンドアローン」だからこそ、ああなるんだとわかっていただけている感想も目にして、嬉しかったです。
――そう言えば、吉浦監督は『サカサマのパテマ』(2013)の上映時に『アップサイドダウン 重力の恋人』が、今回の『アイの歌声を聴かせて』でも『ロン 僕のポンコツ・ボット』が同時期に公開されていという、モチーフが似ている映画が公開されているという偶然がありましたね。
ええ、すごいシンクロニシティですよね。でも、『アイの歌声を聴かせて』における「ポンコツAI」というのは、実は制作途中では全く想定していないキーワードだったんですよ。
――そうですよね。実際の本編でもシオンはぜんぜんポンコツじゃなくて、むしろ命令を正確に守って行動している、しかも学び成長していく、超優秀なAIですから。
それでも、宣伝の過程でそのポンコツという言葉を使いたいという話があって、自分もわかりやすいしいいんじゃないでしょうかと賛成しましたね。
――劇中では悪役の西城はシオンを「我が社の製品だぞ!」などと言ってはいますが、過度にAIやロボットを貶める言動をしていないのも良いなと思いました。まあ、それでもアヤがシオンに「このポンコツ」と言っていたりはしましたが。
それは理屈による言動じゃなくて、つい出ちゃった悪口みたいなものですね。
–{「ホラー」と呼ばれる理由について}–
「ホラー」と呼ばれる理由について
――Twitterでは一時期、『アイの歌声を聴かせて』で検索すると「ホラー」とサジェストされることもあり、実際に「怖い」ことを記した感想も多くありました。それも含めて面白い作品だと思っているのですが、監督としてはどうお考えでしょうか。
映画に限らず創作物では、客観的にみれば劇中のメインキャラですら不道徳な行動をすることも多いですよね。それは作品を作る上では避けて通らないといけないこと、その壁を越えないとドラマは作れないと思っています。僕がこの『アイの歌声を聴かせて』で最低限に引いた線は、「AIが人間の想定する枠組みから外れるんじゃないかと怖く思う人もいる」上で、「この映画で描こうとしていることはそうじゃない」ことでした。
――その作品の姿勢はとても誠実だと思います。映画を観た人が怖いと感じる理由は、シオンが「ターゲット」という言葉を使ったり意味深な写真を送ってきて暴走するのではないかと思わせたり、はたまた美津子が飲んだくれているという描写がストレートに怖いということにもありますよね。
美津子が丸い表彰楯を投げて鏡が割れるシーンは、「ホラー映画のつもりで」ってコンテに書いてありますからね。
――サトミが家に帰ったら、玄関に美津子の持ち物がバラバラに落ちていて、もう美津子が正常じゃないとわかったのも怖かったです。
自分で観てみても、良い意味でしんどかったですね(笑)。
――それらの怖いシーンで、サトミが潜在的に抱えている不安や恐怖が顕在化した、とも思っています。サトミはいつも誰かのためを思って行動していて、実質的にサトミの幸せを願うシオンと同じようなことをしているのに、結果的に不幸な出来事を呼んでしまっていました。美津子の「誰かを幸せにするための行動が、逆に不幸を招くことだってあるかもしれない」というセリフもそれを象徴しています。でも、だからこそ、そのセリフをシオンが覆し、サトミたちが幸せになる物語は感動的で、幸せをめぐる寓話として素晴らしいと思います。
その美津子のセリフは、僕の書いた脚本の中でそのまま使われました。共同脚本の大河内さんもすごく大事なところだと考えて、そのまま残してくださったんだと思うんですよ。それはサトミ自身のことであるし、もっと言えばAIが「幸せをどう解釈するか」で結果的な不幸までもが「出力」されることもあると技術者の美津子は考えている。それらと同時に、その不幸なことが直後の展開で起こるかもしれないという伏線になっているんです。
――本作を怖いと感じるさらなる理由は、物語の核心部分、シオンが8年間もサトミを幸せにしたいと願い行動していたことが、裏を返せば、言葉は良くないですが「まるでストーカーじゃないか」と思う方もいるようです。
例えば、監視されるのが怖いとか、AIが自主的に8年間も監視し続けるということを、ただハッピーなこととして描いて、美津子の言うような懸念を劇中でいっさい描かないとしたら、それはそれで危ないことだと考えています。でも本作では、そうした大人側の視点も描いた上で、でも子どもたちにとってそれはすごく肯定するべきことなんだって描くのは、僕は大事だと思うんです。
現実の出来事を鑑みて根掘り葉掘りすれば、他にも色々と問題視される要素はあると思います。例えば、自動運転の描写で「運転手がハンドルに手を置いていないこと」を問題視する方もいるでしょうし。でも一側面だけでしか観られないものよりも、「これって裏返すとこうだよね」って考えてもらえる方が、面白い映画だと思うし、面白いSFだと思いますよね。
――おっしゃる通り、「ちょっと怖いよね」と思うこと、そうした違う側面を考えられること込みでの奥深さや面白さがある作品だと、改めて思います。
作り手が言うことではないかもしれないですけど、映画として「ねじれている」ところがある。それでいいんだなと思います。
–{あの青春映画のオマージュも?}–
あの青春映画のオマージュも?
――本作には多数の作品のオマージュを感じました。トウマとゴッちゃんの関係は映画『桐島、部活やめるってよ』(2012)を連想したのですが、いかがでしょうか。
『桐島~』は珍しくブルーレイを買うほどに、実写映画としてめちゃくちゃ大好きな作品です。あのようなスクールカーストを取り入れた作品は、少し前の僕の『アルモニ』(2014)がまさにそうで、アニメ版『桐島~』みたいな内容ですね。『アイの歌声を聴かせて』はそれを引っ張って来ているとも言えます。
他にも『ブレックファスト・クラブ』(1985)も大好きなので、僕の知識がないだけかもしれないですけど、あのような伝統的な青春劇をアニメでやった作品があまりない気がしたので、自分の作品でやりたいと思いましたね。
あとは、トウマのいる部室は友達とわちゃわちゃしていて楽しそうですよね。オタクがこうあってほしいという願望込みの、「いいよなあ、あの空間」と思って演出していました。
――トウマはキャラクターデザインも含めて「本当にいそう」と思える、可愛らしいオタクの男の子ですよね。トウマと電子工作部の部員たちとのやりとりもそうですが、ゴッちゃんとの掛け合いも素敵でした。
ゴッちゃんは僕の高校時代の同級生がモデルなんですよ。彼はクラスで目立っていて、実際にゴッちゃんと呼ばれていました。そのあだ名の響きだけだと三枚目キャラに見えるけど、そうじゃなくてみんなに親しまれているイケメンこそ、こういう呼ばれ方をするんじゃないかなと思いますね。他にも、劇中のキャラクターは大体が知人や友人がモデルだったりもします。
(筆者注:『アルモニ』はオタク少年と少女の交流を主軸とした物語で、ダウナーな作風ながら、「音楽」がきっかけで関係が動き出したり、「過去」のとある出来事など、『アイの歌声を聴かせて』に通じる要素が多くある。こちらもゴッちゃんと呼ばれる男子生徒が登場する)
――ホラーの他にもTwitterサジェストされることに「百合」がありますよね。シオンとサトミもそうですが、サトミとアヤの関係性も大好きでした。特に「素直になったら?まあ、お前が言うなって感じだけど…私だから言うの!」というアヤのセリフは尊い!と思ったので、何度でも聞きたいです。
そこは大河内さんの手腕ですね。短いセリフの中に、すごく深い言葉が2、3個入っています。「私が言うな」「私だから言うの」のどちらもが彼女にとって正しいですから。また、自分も、朗読のような長めの独白セリフよりも、短いセンテンスをポンと喋らせる方が好きです。実際に映画を観て、いらないところを省く、省略の仕方が良いと言ってくれている方がいるのが嬉しかったです。
――そういえばサトミは「告げ口姫」というあだ名をつけられていましたね。ひょっとするとこれもアヤがつけたあだ名で、そのことでも罪悪感を持っていたのでは?と思ったのですが。
アヤではないと思いますよ。誰がつけたかあだ名かは、なんとなくでしか想定はしていないですが、これも大河内さんが、おそらくはムーンプリンセスから連想したのではないかなと思います。
――名前の設定では、植物のシオン(紫苑)の花言葉が「追憶」「君を忘れない」などでエモい!と思いました。
それは、一応考えてました。いろいろ調べた時に「これもいいじゃん!」となったんですよ。
――乙野四方字(おとの よもじ)さんによるノベライズ版も素晴らしい内容でした。トウマの「どうしてサトミの名前、知ってたの?」という質問に対してシオンが「その質問、命令ですか?」と返した時の考察はとても深くて面白かったです。
僕からも一通り説明をした上で執筆して頂きました。もちろん小説を読ませていただいていますが、四方字さんの解釈も合っていると思いますよ。
–{「創作物」の力を信じている作品}–
「創作物」の力を信じている作品
――「創作物」の力をすごく信じている作品だと思いました。
ロマンチストかもしれないですけど、こういった映画を人生のきっかけや目標にするというのはあり得ることですよね。アニメやマンガが好きで研究職に行きましたとか、あるいは最近だと実物のロボットのデザインをフィクション畑のメカデザイナーの方にお願いするとかもあるわけですから。それこそ、物語の中で肯定的な形で未来を描くというのは大事だなと思っています。「フィクションが現実に侵食していく」のはこの映画そのものですから。
――あらゆる要素を鑑みればみるほどに、本当に統制されている、考え抜かれている作品であると思いました。
観客の方々は2時間以内で本作を一気に浴びるわけですが、作り手にしてみれば、本作は2、3年かけて磨き上げていくものです。アニメーションで描かれるあらゆる事象は、「たまたまそうなる」ってことは基本的にない、全部スタッフが考えていることですよね。映画って、とてもロジカルな組み立ての上に成り立っているんです。
――1つ1つの設定がよく練られているからこそ、受け手が考察をしたくなる土壌もあるのだと思います。
本作についても、観た方がたくさんの議論や感想で深堀りをしていただいて嬉しいです。
――その奥深さがありながらも、決してマニア受けするだけの内容ではない、まさに子どもから大人まで楽しめるエンターテインメントになっているのが素晴らしいです。私は4歳と5歳の甥っ子を連れて行ったのですがとても気に入っていて、特に最後にサンダーが「しーあわせーにー♪……なりたい」と歌って落ち込むところで大笑いしていたりしました。今の子どもが、AIが進歩した未来でまた観ると、嬉しいこと、面白いことがきっとあると思います。
嬉しいです。そういった若い人たちが、大人になって『アイの歌声を聴かせて』をもう一度観れば、きっと別の観方ができると思いますので、また二度三度と観てくださるとありがたいです。
これ以外にも、まだまだ『アイの歌声を聴かせて』は深堀りができる内容だ。何度観ても新しい発見があるだろうし、本作を観た方の感想はもちろん、ファンアートも多くリツイートされている吉浦監督のTwitterからも「そうだったのか!」と気づけることはまだまだあるはずだ。
#アイの歌声を聴かせて
劇中において、緊急停止アプリも含め「スマホによる自撮り」カットが何度も出てきます。これらのカットの画作りは、通常カットと明確に差別化しています。並べてみるとその差は一目瞭然なのですが、映画を通して観ていると案外気づきにくいかもしれません。 pic.twitter.com/kBhes1T9ol— 吉浦康裕 (@yoshiura_rikka) November 27, 2021
#アイの歌声を聴かせて
シオンというAI&ハードウェアの能力は、本映画における「大きな嘘」です。その代わり、それ以外のAI関連の描写には自分なりのリアリティラインを設けました。「既存のインフラに後乗せする形でAIが使われている」「人型ロボットは一般家庭ではやんわり拒絶されている」など。 pic.twitter.com/FrbeSBDNye— 吉浦康裕 (@yoshiura_rikka) November 28, 2021
ムーじゃなくてムーンでした。雑誌じゃないんだから。
— 吉浦康裕 (@yoshiura_rikka) November 29, 2021
本作のさらなるロングランを願うためにも、ぜひまた劇場で鑑賞してほしい。
(撮影=渡会春加/取材・文=ヒナタカ)