『映画 すみっコぐらし 青い月夜のまほうのコ』は新入社員育成物語だった?

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あなたは、ほこり、雑草、海老フライの尻尾が共存するアニメをご存知だろうか?

それが日本だけでなく海外でも人気を集めているのをご存知だろうか?

2019年に公開された『映画 すみっコぐらし とびだす絵本とひみつのコ』は公開約1ヶ月で観客動員数100万人を突破。興行収入も13億円を突破しました。その人気から、台湾、香港でも上映されました。現在公開中の映画化第二弾『映画 すみっコぐらし 青い月夜のまほうのコ』は公開3日にして観客動員数20万人を突破し、前作以上の盛り上がりを魅せている。何故、ほこり、雑草、海老フライの尻尾などといった斬新なキャラクターたちの物語がここまで人々の心を掴むのか?その真相を考察していきます。

すみっコぐらしはサンエックスが生み出した集大成

「すみっコぐらし」とは、2012年にサンエックスが生み出したキャラクターコンテンツです。寒がりな「しろくま」、自分がぺんぎんである自信がない「ぺんぎん?」、体の成分が99%脂肪なため食べられなかった「とんかつ」、恥ずかしがり屋の「ねこ」、そして自分が恐竜である事実を隠している「とかげ」の5体を中心に、孤独やコンプレックスを感じる者たちが身体を寄せ合って生きる世界を10年近く紡いでいる。

1932年創業のサンエックスは元々、文具店であった。しかし、1998年に「たれぱんだ」のヒットによりキャラクターライセンスビジネスへ乗り出す。サンエックスが生み出すキャラクターは一風変わったものが多い。例えば、真っ黒焦げになってしまったパンに着目した「こげぱん」、人の家で勝手にくつろぐ着ぐるみのクマの生活を捉えた「リラックマ」、ネコがハンバーガーやパフェのコスプレをする「にゃんにゃんにゃんこ」などが代表例として挙げられる。

この視点の積み重ねの集大成が「すみっコぐらし」と言えよう。吸われずに残ってしまったタピオカにまで光を当て、あじふらいのしっぽには「食べ残されたことはラッキーだ」とポジティブな思想を与えている。普段、我々が何気なく見過ごしてきた存在に生を与え、そしてすみっコで暮らすこと、コンプレックスを抱いて生きることに寄り添う。そのような作風は、息苦しい社会にとって癒しとなり老若男女の人気を集める秘訣となっている。

これは、「こげぱん」でネガティブになってしまう気持ちに寄り添い、「リラックマ」で自由奔放に生きることを肯定し、「にゃんにゃんにゃんこ」で、誰でも好きな存在になり切ることができることを描いてきたサンエックスだからこそ生み出せた存在といえる。

–{『子ども映画における細切れされた時間の扱い}–

子ども映画における細切れされた時間の扱い

さて、新作映画『映画 すみっコぐらし 青い月夜のまほうのコ』の話に移ろう。本作は、キャンプに出かけたすみっコたちが5体の魔法使いと出会い親睦を深める話です。まず本作を観る者は物語の展開の早さに驚くだろう。冒頭で、怒涛のようにキャラクター紹介を行い、スーパーへ買い出しに行く、キャンプでくつろぐといった過程を短く描写している。これは、サンエックスが2000年代から積極的に行ってきた動画手法を踏襲している。

【予告編】

サンエックスは、「にゃんにゃんにゃんこ」など個性的なキャラクターの世界観を表現するために、30秒程の動画を作ってきた。これは子どもの短い集中力の中で興味を引き出すための有効策。実際に、子ども向け映画ではドラマを短く分割して、それを並べることで物語る手法が多く取られている。

例えば、『映画 おかあさんといっしょ ヘンテコ世界からの脱出!』では、幾つかの異世界を用意し、その中に登場人物を置くことで、子どもたちを飽きさせない工夫をしている。さらに「アイアイ」、「さがそっ!」などといった曲を映画を盛り上げる起爆剤として挟み、67分失速することなく物語ることに成功している。

おかあさんといっしょシリーズ第一作目である『映画 おかあさんといっしょ はじめての大冒険』では、子どもの集中力を考慮し、70分ある上映時間の途中でインターミッションがあります。その時間はなんと6分。子どもにとって1分は非常に長い。5分では短すぎる、10分では長すぎる為、6分という黄金比が採用されている。映画もアニメと実写、歌踊りを織り交ぜることで退屈させる暇を与えない作りとなっており、筆者が2018年に劇場観賞した際には、子どもたちが自然とスクリーン中央に集まり応援上映となる程の盛り上がりをみせていました(本作は、上映中、歌ったり踊ったりすることが許可されています)。

つまり、『映画 すみっコぐらし 青い月夜のまほうのコ』は短い時間で世界観を紡いでいく手法によって、子どもたちがすみっコの世界に没入できる仕組みとなっているのです。

「とかげとおかあさん」を踏まえて観るとかげの成長譚

また、『映画 すみっコぐらし 青い月夜のまほうのコ』では、すみっコぐらしのヒストリーに寄り添っている。具体的には、人気エピソードである「とかげとおかあさん」、「とかげの夢」を物語に組み込んでいるのです。「とかげとおかあさん」は、すみっ湖に現れたスミッシーが実はとかげのおかあさんであり感動の再開を果たす話だ。

しかし、とかげは自分の正体が恐竜である事実を隠すため、スミッシーと涙のお別れをする。この涙ぐましい物語はシリーズ化され、とかげがスミッシーのぬいぐるみを抱きながら寝るとおかあさんが夢に現れる「とかげの夢」、とかげがお花畑からおかあさんとの日々を思い出す「とかげの思い出」と物語が紡がれている。

本作では、とかげがおかあさんに愛を求めていた姿を、見習い魔法使い「ふぁいぶ」に投影させる。そして、とかげがふぁいぶの母親的存在になっていく様子が描かれているのだ。とかげを追ってきた者にとっては、とかげが置き去りとなったふぁいぶを家に招き入れ、ふぁいぶがとかげの宝箱を落としてしまっても怒らずその事実を受け入れる成長っぷりに感動するだろう。つまり本作は愛を求める者が愛を与える側に回る話となっているのです。

「ゆめ」という概念なき者に「夢」の概念を与える

子ども向け映画は、意外にも概念や社会システムを鋭く見つめる傾向がある。それこそ前作『映画 すみっコぐらし とびだす絵本とひみつのコ』では、本をめくると世界観が変わるといった読書の特性を掘り下げる内容であった。『映画 おかあさんといっしょ すりかえかめんをつかまえろ!』では、人々に認知されないと存在が消失してしまう「すりかえかめん」に寄り添うことを通じて、いたずらっ子の心理に迫った。

『それいけアンパンマン!かがやけ!クルンといのちの星』は、ばいきんまんが宇宙の彼方に放出した産業廃棄物が、遠くの星を汚染して難民を発生させてしまう話であり、なぜ国際的に環境問題に取り組む必要があるのかを分かりやすく描いていた。このように、子ども向け映画は概念や社会システムを捉えることに長けているのですが、本作はいかがだろうか。

本作では、魔法使いとすみっコの対話に注目していただきたい。

すみっコたちにはコンプレックスから来る「夢」が存在する。しろくまは寒がりであり、ふろしきを身につけたり、暖かい場所を探している。ぺんぎん?は自分探しの場として書物を選び、日々読書に励んでいる。とんかつは誰も食べてくれない現状を変える為に、えびふらいのしっぽと一緒に試行錯誤を繰り返している。ねこは自分の身体に不満を抱きスリムになりたいと考えている。

一方で、魔法使いたちには「夢」の概念がない。何故ならば、魔法を使うことで簡単に夢がかなってしまうから。とかげの家に転がり込むふぁいぶは、夢を消せばコンプレックスはなくなるのではないかと考え、消失の魔法を習得。そしてすみっコに向かって唱えてしまう。だが、夢が消失したしろくま、ぺんぎん?、とんかつ、ねこからはアイデンティティまでもが失われ、えびふらいのしっぽは悲しむのです。

つまり、現状の問題点=コンプレックス、将来の目標=夢という構図の中、その差を埋めるための行動がアイデンティティを形成していることが分かるのです。そのため、夢を消し去ることで、その夢と密接にくっついているコンプレックスも消失するが、それは果たして本人、または周囲にとって幸福なのか。『映画 すみっコぐらし 青い月夜のまほうのコ』は、ふぁいぶが「ゆめ」から「夢」へと概念を習得していく過程を通じて、その哲学的な問いに挑んだ意欲作となっていたのです。

–{実は新入社員育成物語だった?}–

実は新入社員育成物語だった?

また、『映画 すみっコぐらし 青い月夜のまほうのコ』は前作以上に大人の共感を集める内容となっていることにお気づきだろうか?ふぁいぶの行動に着目すると、新入社員の失敗プロセスを踏襲しており、身につまされる思いをしながら行く末を追っている。

ふぁいぶは冒頭で、小さな船に乗ろうとするが仲間に「乗れないよ」と冷たく追い払われてしまう。また周りが自由自在に魔法を唱えすみっコたちを歓待しているのに対し、ふぁいぶはフォークの代わりに熊手を出してしまうなど失敗続き。仲間の哀れみの目が辛くのしかかってくる。ふぁいぶは、誰かに貢献したいと無意識に夢を抱いている。その夢が暴走し、消失の魔法という明らかに取り扱い厳禁な魔法を習得しようとしてしまい、結果として大惨事を招いてしまう。

この話は、部活や会社でもよく起きる話だ。新入部員、新入社員が組織に中々貢献できず、悶々とする中で恐ろしい行動に出て大惨事となる。この映画の中では、ふぁいぶの失敗を問い詰めることなく手を差し伸べ、チームで失われたアイデンティティを取り戻そうとする。まさしく、組織マネジメントの教科書となるべき話となっているのです。

誰しも最初は失敗する。自尊心がドンドン削られ、自分の現在地と夢との間に大きな溝が生まれていく。その溝を埋めようとして大失敗するリスクがあるが、そのリスクを背負うことこそ組織に求められた使命であり、それが成長に繋がっていく。

かつて組織活動で大きな失敗をした者にとってこの映画は救いになるだろう。そして組織を動かす立場としては、良きロールモデルとなるだろう。実際に、ふぁいぶは終盤、とかげの夢を叶えるために、自分一人ではなく周りに相談してアクションを起こすようになった。本作はふぁいぶの見事な成長譚になっていたのです。

脚本・吉田玲子の存在

さて、そんな『映画 すみっコぐらし 青い月夜のまほうのコ』の脚本を手掛けたのは吉田玲子です。彼女は、既存のアニメ、漫画、児童小説の原作を知らない人でも楽しめる作品に昇華させることで有名な脚本家です。

『映画 けいおん!』では、輝ける青春の終わりの感傷的な感情をロンドン旅行を通じて描いている。旅先で突然、ライブをするなど、現実的な範囲で海外旅行における一期一会のハプニングを盛り込み、卒業に向かって駆け抜けていく姿は、彼女たちを知らなくても感動的な物語に感じるだろう。

また、『映画 聲の形』では、いじめの加害者となった者たちの安易に赦されない世界を辛辣に描いた。『リズと青い鳥』では、物静かな女の子と明るい女の子の対話を通じて、自分のアイデンティティを確立していくまるでイングマール・ベルイマン『仮面/ペルソナ』のような話に仕上がっていた。

さらに『劇場版 のんのんびより ばけーしょん』は、フランスのバカンス映画のような作品となっている。例えるならば、ジャック・ロジエ『オルエットの方へ』に近い、美しい地を背に他愛もない会話を紡ぎながら日々が流れ、そして旅の終わりに切なさを感じる繊細な感情を捉えていたと言えよう。

このように、吉田玲子は既存のアニメや漫画であっても人間の本質的な心理を汲み取り、尚且つ往年の名作映画の香りを感じさせる会話劇を紡ぐのに長けていると言えよう。今回の場合、サンエックスが積み上げてきた30秒動画や、すみっコぐらしのエピソードをふんだんに盛り込みつつも、「夢とは何か?」をテーマに新人が大失敗する原因と対策について掘り下げていった。65分でこの密度を描けるところに彼女の手腕が光ります。

一見すると子ども向けのライトな映画に見えるが、じっくり見つめると底無し沼のように深い作品であることが分かります。吉田玲子恐るべし、すみっコぐらし恐るべし。

(文:CHE BUNBUN)

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–{『映画 すみっコぐらし 青い月夜のまほうのコ』}–

『映画 すみっコぐらし 青い月夜のまほうのコ』作品情報

【あらすじ】
とある秋の日、キャンプへ出かけたすみっコたちは、空にいつもより大きく青く輝いている月を発見する。「5年に1度の青い大満月の夜、魔法使いたちがやって来て夢をかなえてくれる」という伝説の通り、すみっコたちの町に魔法使いの5人兄弟が出現。彼らはあちこちに魔法をかけ、町中をパーティ会場のように彩っていく。楽しい夜にも終わりが近づき魔法使いたちは月へと帰っていくが、たぴおかが魔法使いのすえっコ・ふぁいぶと間違えられて連れて行かれてしまう。

【予告編】

【基本情報】
監督:大森貴弘

原作:サンエックス

脚本:吉田玲子

主題歌:BUMP OF CHICKEN

ナレーション:井ノ原快彦/本上まなみ

アニメーション制作:ファンワークス