韓国版『ジョゼと虎と魚たち』が繊細かつ大胆な最高峰のリメイクになった理由

映画コラム

2021年10月29日より韓国版『ジョゼと虎と魚たち』が公開される。

田辺聖子の同名の短編小説を原作とした日本の実写映画版は2003年に、アニメ版は2020年に公開されていた。いずれも「足の不自由な女性と心優しい大学生のラブストーリー」という基本的な設定は同じであり、ともすればそれぞれが「同じ話」だと思っている方も多いのではないだろうか。

結論から申し上げれば、『ジョゼと虎と魚たち』の3つの映画化作品は、それぞれが独自の魅力を持つ、そして異なる「物語」を紡いだ、素晴らしい作品だった。そして、日本の実写映画版が好きだった人は、今回の韓国版を絶対に観てほしいと願う

なぜなら、韓国版の「映画でしかできない演出」に鳥肌が総立ちになり、新たな「物語の可能性」に猛烈に感動したからだ。ただの焼き直しにはしない、繊細かつ大胆で、原作の愛に溢れた、最高峰のリメイクと断言していいだろう。その理由を、日本の実写映画版、アニメ版それぞれの内容を振り返ってから、記していこう。

–{2003年・日本の実写映画版、2020年・日本のアニメ映画版を振り返る}–

2003年・日本の実写映画版

日本の実写映画版『ジョゼと虎と魚たち』は今に至るまで恋愛映画の金字塔として語り継がれている。その魅力は枚挙にいとまがないが、中でもヒロインであるジョゼのキャラクターは大きかったのではないか。

高飛車な性格かつ大阪弁できつい物言いをする一方で、実は本音を打ち明ける時は素直でかわいらしかったりもするジョゼは、当時はまだ認知度は低かったし短絡的な表現かもしれないが(2006年に流行語大賞にノミネートされた)「ツンデレ」のはしりとも言えるだろう。明るく優しいだけでなく情けなさも合わせ持つ青年を演じた妻夫木聡と、気だるさもあるが可憐で愛らしい池脇千鶴も、本作が代表作だと言っていいハマり役だった。

足が不自由という障害を持つ女性との恋愛を描いたことも革新的だった。ジョゼの祖母は彼女を「壊れもん」と言い人前に彼女を出すことを良しとはしない、ひどい視野狭窄に陥っていた。引きこもり同然のジョゼのその生活を救ったのは、貧乏な大学生の恒夫だった。ジョゼに言われるがまま何かと世話を焼く恒夫は、一時的に就職活動のために家から足が遠のいたこともあったが、あることをきっかけにして2人は再会し、そして「新婚旅行」という名目で旅に出る。これは、障害を持っていたがために「他の世界」を知らなかった女性が、一生ものの出会いをする物語でもある。

だが、物語の根底には「切なさ」がある。例えば旅の途中、トイレを覗こうとする恒夫にジョゼはトイレットペーパーを投げながらも「あっち向いといて」と言う。これまでの彼女だったら「出て行け」と言いそうなところなのに、なぜ「あっちを向け」なのか。それは、恒夫が「離れていってしまう」ことを何よりも恐れていたからではないか。そして、ジョゼは水族館が閉館していたために見られなかった魚たちを、ラブホテルの映写装置で見る。そこで至福の時を過ごすジョゼは、「人魚姫」の物語になぞらえて自分の境遇を語る。彼女は間違いなく、「この時は」幸せだった。

ジョゼは、これまで閉じ込められた場所では知り得なかった世界を知った。その結果として苦しさも心の傷も残るが、同時に一生ものの思い出も胸に生きていける。そういう結末であると、個人的には受け取った。通常の幸せな恋愛映画とは異なるそのラストも、本作が唯一無二のラブストーリーとして多くの人の心に残り続ける理由だろう。

2020年・日本のアニメ映画版

2020年の日本のアニメ映画版は、まずアニメとしてのクオリティそのものが高い。表情豊かで可愛いキャラクターたち、美しく繊細な表現をもって、ジョゼが世界を知っていく過程が丁寧に描かれていた。ボイスキャストの清原果耶と中川大志も本業声優と全く遜色のない上手さで、その複雑な感情を込めた声の演技そのものにも感動があった。

原作と日本の実写映画版にはセクシャルな表現があったが、こちらは性的な話題はほぼ皆無であり、子どもが観ても問題はない。日本の実写映画版で女性にだらしないところがあった恒夫はより誠実な性格となり、新たに図書館でのエピソードも重要になっている。それらをもって、原作とも実写映画版とも違う形でジョゼの「夢」を描いたことに感動があった。

終盤のとある展開には賛否両論もあったが、その後のクライマックスとラストにかけては「こういう『ジョゼと虎と魚たち』の物語が観たかったんだよ!」と思った方も多いのではないか。ジョゼの辛い心境が丹念に綴られる一方、作品の雰囲気はいくぶん明るく、毒舌なジョゼとの関わり合いも全体的には微笑ましく楽しいものになっているので、まずは気楽に観てみてほしい。

–{2020年・韓国版では「映画でしかできない演出」に鳥肌が総立ちになった}–

2020年・韓国版

今回の韓国版は、キム・ジョングァン監督のリメイクのアプローチそのものが素晴らしい。以下の言葉からも、そのことがわかるだろう。

「日本映画『ジョゼ』はこの上なくすばらしい。だが、あの映画が作り上げた道をそのまま辿ることは、私たちの映画を観てくださる観客にとっても、またこのリメイク版に挑戦する私や俳優にとっても、最良の選択ではないと確信していた」

「ロミオやジュリエットがさまざまな顔を持っているように、それぞれの俳優に備わっている質感が映画の登場人物と相まみえた時、そこに個性と生命力が生まれる。創作活動を行う者たちが物語の価値を理解し、その中で彼ら自身の個性がにじみ出てきた時にこそ、原作を傷つけることなくすばらしい作品を生み出せるのだと私は信じている」

この信念が、韓国版では見事に結実していた。主演のハン・ジミンは繊細な表情や目の動きをもって新たなジョゼ像を体現してみせた。彼女に不器用ながらも惹かれていく誠実な青年を演じたナム・ジュヒョクとの関係性はより「儚い」ものとしても映る。さらに、ロケーションや美術もこだわり抜かれており、季節の移ろいも表現され、特に「冬」の寒々しさも重要になっていた。

例えば、ジョゼと青年の「距離感」が「ストーブをつけるために離れる」というシーンで示されている。前述したように日本の実写映画版では、トイレのシーンでジョゼの「いつか離れてしまうことを恐れている」気持ちが表れているように感じたが、今回は違った形でそれを示しているのだ。その他にも、現代ならではの「スマートフォンでストリートビューを見る」シーンも物語に生かされていた。

また、日本の実写映画版にいた、ジョゼが「あんたの母親になってあげる」と宣言している、同じ児童福祉施設で暮らしていた男がこの韓国版でも登場する。だが、彼のキャラクターとジョゼとの関係性には、大きな変更が加えられている。彼の暴力性が抑えられただけでなく、その「過去」にあったことも異なっているのだ。その他にも、青年の就職活動における事情も、日本の実写映画版にはなかった要素が付け加えられている。

そして、この韓国版の最大の変更点は、クライマックスからラストにかけての流れだ。具体的な内容はネタバレになるので秘密にしておくが、最初に掲げた通り「映画でしかできない演出」に鳥肌が総立ちになった、ことは告げておこう。

「遊園地の観覧車に乗る2人」がその後にどうなったか、水溜りに映り込む観覧車がどうなったか……それはラストの展開を雄弁に示唆していた。その後に提示されたのは、日本の実写映画版で示されてなかった、新たな「物語の可能性」であり、猛烈なまでの感動があったのだ。

そのキム・ジョングァン監督は、『ジョゼと虎と魚たち』の原作小説と日本の実写映画版の共通点、そして自身が手がける創作物に必ず盛り込もうと努めていたことについて、「人間に対する鋭い視線と深い人間愛」であると語っている。それがあってこそ、キャラクターの関係性や心理を大切にする、誠実な作品が生まれたのだろう。

キム・ジョングァン監督が本作の脚本の執筆にかけた時間は、丸一年だったそうだ。彼がどれほどの熟考を重ねてこの物語を作り上げたのか、想像もつかない。だが、間違いなく言えるのは、やはり本作が大胆な変更を加えながらも、元の作品に対する多大な愛情を捧げた、やはり理想的にして最高峰のリメイクということだ。上映館は決して多くはないが、ぜひ劇場で新たな『ジョゼと虎と魚たち』の物語を堪能してほしい。

(文:ヒナタカ)

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–{『ジョゼと虎と魚たち』作品情報}–

『ジョゼと虎と魚たち』作品情報

【あらすじ】
卒業を控えた大学生・ヨンソク(ナム・ジュヒョク)は、車椅子の女性(ハン・ジミン)が道端に倒れているのを見つける。彼女を家まで送り届けると、お礼に夕食を振る舞われる。足が不自由な彼女はジョゼと名乗り、祖母と二人で暮らしていた。ジョゼは本で知識を得ることが好きで、独特な感性を持っていた。そんな彼女に興味を抱いたヨンソクは、時々ジョゼの家を訪れるようになる。そしてジョゼには親がおらず、養護施設から逃げ出し、おばあさんに拾われてから自分の世界に閉じこもるようになったことを知る。ジョゼへの思いを強くしたヨンソクは、大学の女友達のツテを頼り、市の補助金でジョゼの家の改装にこぎつける。しかし、ヨンソクと女友達の親密そうな雰囲気を察したジョゼは、彼を拒絶する……。 

【予告編】

【基本情報】
出演:ハン・ジミン/ナム・ジュヒョク/ホ・ジン/パク・イェジン/チョ・ボンネ

原作:田辺聖子

監督:キム・ジョングァン

脚本:キム・ジョングァン