「お客さまがお望みなら、どこへでも駆けつけます。
自動手記人形サービス、ヴァイオレット・エヴァーガーデンです」
この挨拶とともにまるで人形のような美しい少女が手紙の代筆にきてくれたら、私はどんな愛の言葉を紡いでもらうだろう……。TVアニメ「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」を観るたびに私は、自分の過去を振り返り、誰宛ての手紙を書いてもらうか想像します。
と同時に、ヴァイオレットが知りたいと願う「愛してる」の答えとなるような生き方をしてきただろうかと、少し背筋が伸びるような気持ちにもなります。なぜなら彼女は、手紙の代筆を通してさまざまな「愛」に触れながら、自身を成長させていくからです。
※テレビアニメのネタバレを含んでいます。10月29日(金)放送の金曜ロードショーをはじめこれから視聴を予定している人は、視聴後にご覧ください。
自分の意志で選択する
ヴァイオレットがはじめて成長を見せたのは、「自動手記人形の仕事がしたい」と名乗り出た瞬間でしょう。
彼女が志した自動手記人形、通称ドールは、手紙の代筆をする仕事です。人に想いを届ける手段である手紙をかわりに書くという仕事の特性上、人の気持ちをくみ取る力が求められます。しかしその頃の彼女は、人の感情を理解できない、まるでロボットのような人間でした。
彼女がこうなったのには、少女兵だった過去が影響しています。彼女は感情を育むなんて価値観が通用しない戦場で、武器として使われていました。その感情のなさは「心を持たない、ただの道具」という揶揄が皮肉にならないほどのもの。
そんな彼女がどう考えても不向きなこの仕事を志したきっかけは、唯一心から慕っていたギルベルト少佐から、離ればなれになる直前に告げられた「愛してる」の一言にあります。
彼女にとってギルベルトの命令は、生きる意味そのもの。にもかかわらず、すぐにでも命令がほしい窮地で彼から告げられたのは、意味のわからないその言葉でした。
命令に依存していたといっても過言ではないヴァイオレット。そんな彼女が、「大切な人が伝えたかったことを知りたい」という一心で人々の「愛してる」を紡ぐ仕事を選んだことは、間違いなく成長への第一歩だったと言えるでしょう。
–{はじめての「手紙」を書く}–
はじめての「手紙」を書く
ヴァイオレットの成長を語る上で欠かせないターニングポイントの2つめには、「手紙」を書いたことがあげられます。
自動手記人形は、手紙を代筆する仕事です。しかし人の感情がわからないヴァイオレットにとって、「手紙を書く」という仕事もまた理解できないことでした。
実際に請け負った代筆では、依頼人の口から出た言葉をそのまま受け取り文章にしてしまったせいで、人の恋路、人生を狂わせたこともあるほど。スキルアップのために通うことになった自動手記人形育成学校でも、まるで報告書のような、とても手紙と呼べる代物ではない文章ばかりをタイプしてしまい、卒業できないという結果に終わってしまいます。
「良きドール」になることがギルベルトの「愛してる」を知るための大きな一歩だと思っていた彼女にとって、これらの経験は大きな挫折となったことでしょう。
しかしヴァイオレットは折れませんでした。学校で親しくなったルクリアが「うまく言葉にできない伝えたい想いを抱えている」と知ったヴァイオレットは、彼女の本心を掬い取った手紙を書き、その相手である兄へと届けたのです。
この1通の手紙は、ヴァイオレットが「良きドール」として一歩前に進めた証だと言えるでしょう。
–{仕事の域を飛び越える}–
仕事の域を飛び越える
良きドールとしてキャリアを歩み始めたヴァイオレット。第5話以降はすでにドールになって数カ月たち、いろんな依頼をこなしてきた前提で話が進んでいきます。視聴者はおそらく、ヴァイオレットが第5話で見せたある判断に驚くでしょう。
なんとヴァイオレットは、代筆の仕事を放棄するのです。
この時彼女が請け負ったのは、隣り合う二国の王女と王子の婚礼を成功へと導く「公開恋文」の代筆。彼女はドロッセル王国の王女・シャルロッテの恋文を担当します。
自動手記人形としての使命は、美しい言葉を用いた恋文の代筆。しかし彼女は途中から、王女に直接手紙を書かせはじめたのです。しかもやりとりをしていた隣国フリューゲルのダミアン王子をも巻き込んで。
実は敵対関係にあった、ドロッセルとフリューゲル。ふたりの婚姻は、いわば和平宣言の意味を持つ国家行事です。そんな国家の一大事に、いちドールが口出しするなんてことは無謀だったに違いありません。
しかしヴァイオレットは、「彼の本心が知りたい」と涙を流す王女の不安を拭ってあげたい一心で「出過ぎた行為」に出たのです。
命令でしか動かなかった彼女を知っている視聴者からすれば、「仕事の域を越えた」行動に見る成長速度は一足飛びどころの話ではなかったでしょう。
そんな急成長の背景を描いているのが、配信サイトやBlu-ray4巻に収録されている「Extra Episode」です。ヴァイオレットはこの時はじめて、手紙を書く以外の仕事を請け負っています。
目をみはるほどの彼女の成長に疑問を感じた人は、このエピソードもチェックしてみてください。
–{相手のなかに自分を見る}–
相手のなかに自分を見る
少しずつ「人の気持ち」を理解し、そこに寄り添う姿を見せはじめたヴァイオレット。そんな彼女の「はじめて依頼人の前で涙した瞬間」にも、成長が感じられるのです。
その成長が見られたのは、人気劇作家オスカーの新作書き起こし依頼でのこと。酒におぼれるまで行き詰ってしまった彼の心が、大切な人と二度と会えないつらさや痛みに占められていることをヴァイオレットは知ります。そして彼に自分を重ねて涙を流すのです。
「心の痛み」についてそれまでのヴァイオレットは、そういう感情があると理解しつつも、辞書で引いた知識みたいな形で認識していたように思います。それをはじめて明確に認識したのは、第6話。
「大切な人が側にいない」という同じ境遇を抱えた少年リオンから、「寂しい」という感情がどのような形で自分に生じているのかを教えてもらいます。ヴァイオレットはこの時にはじめて、自分も「寂しい」と感じていたことを認識したのです。
心の痛みの有無すら理解していなかったヴァイオレットが相手の痛みに共感し泣いた姿は、彼女のコミュニケーション能力の飛躍的向上の結果だと言えるでしょう。
–{自分をすべて受け入れる}–
自分をすべて受け入れる
ヴァイオレットは「心の痛み」を自分のなかに確認すると同時に、「人を殺めてきた」事実に苦しめられていきます。
殺した人、戦火に巻き込んだ人、残された人……。その人たちすべてに大切な人がいたであろうことを、彼女はすでに想像できるようになっています。だからこそ誰かにとって大切な人の未来を奪ってきた事実を目の当たりにして、自分が生きていていいのかという罪悪感に苛まれるのです。そこに追い打ちをかけるように、ギルベルトの死と直面しなければならないタイミングが訪れ、生きる意味を失いかけてしまいます。
しかし彼女は、ギルベルトと別れたあとの時間で起こったこともまた消えないのだと、手紙を通して知るのです。
痛みも希望もすべて背負って生きていく――。過去と今の自分を受け入れることでギルベルトとの別れを乗り越えた彼女の未来には、希望の光が燦然と輝くのです。
人の未来を想い涙する
TVアニメで特に話題にあがることが多い第10話。涙なしに観るのが難しい、神回と言われる10話でも、彼女の成長が見られます。
ヴァイオレットがこの時請け負ったのは、余命いくばくもない母親からこの世に残していく娘に宛てた50年分の手紙を代筆する仕事。彼女はこの仕事の間、娘のアンとも交流を深めていきます。ヴァイオレットは、まだ幼いアンがこれから自分に訪れる「孤独」や「寂しさ」を理解していることを知り、胸を強く痛めます。
そして50通もの手紙を書き終え郵便社に戻ったヴァイオレットは、大切な娘を残してこの世を去る母親と、寂しさを抱えて生きていくアンを想い涙を流したのです。
彼女が代筆の仕事で泣いたのは、この話が初めてではありません。第7話でも、オスカーの前で涙を流しています。しかし相手のなかに自分を重ねて泣いた7話とは異なり、10話はただただマグノリア親子を想った結果の涙でした。
相手に自分を重ねなくても、人の想いに寄り添えるようになったヴァイオレット。涙を流す理由にすら成長が見られることに、いち視聴者として喜びを感じるのです。
–{自分の想いを言葉にする}–
自分の想いを言葉にする
たくさんの「本当に伝えたい心」を手紙を通して届けてきたヴァイオレット。しかし戦争のすべての火種が消えて本当に平和が訪れた世の中になっても、彼女はギルベルトへの手紙だけは綴れずにいました。
手紙を代筆するなかで知った「勇気がいる」「不安をかきたてる」「寂しさを深くする」「生きる意味を見失う」といった「愛してる」に伴う痛みが、自分の想いを言葉にする障壁となっていたのだと思います。
しかし同時に彼女は手紙の代筆を通して、「届かなくていい手紙(想い)はない」ことも知りました。たとえそこに届けたい相手がいなくても、愛してると言葉にすることがどれだけ人の心を救うのかを見てきています。
必ずしも美しい言葉でなくてもいい。長くなくたっていい。自分のありのままの言葉で手紙を書くことこそが、その人が生きた証になる――。
「心を持たない、ただの道具」と呼ばれたヴァイオレットの「愛してる」がつまった手紙は、まぎれもなく彼女の成長の集大成だと言えるでしょう。
ヴァイオレットの一番の成長は……
「愛してるも、少しはわかるのです」
ヴァイオレットは、ギルベルトへ宛てたはじめての手紙をこう締めくくります。
感情を知らないまっさらな状態だった彼女は、出会った人の数だけ存在する「愛してる」をまっすぐ受け止めてきました。そしてこれから先の人生で出会う人たちのなかにも、自分が知らない「愛してる」があることを知っています。
「少しはわかる」という言葉は、これからも自動手記人形としてたくさんの「愛」を知っていきたい彼女の意欲そのものだと言えるでしょう。
かつては武器として生きた少女が、人の想いを紡ぐ仕事とまだまだまっさらな部分がある自分を信じ、愛せるようになった。
彼女の「愛してる」が自分自身にも向けられるようになったことが、なによりもうれしいのです。
(文:クリス)
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–{「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」作品情報}–
「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」作品情報
ストーリー
とある大陸の、とある時代。
大陸を南北に分断した大戦は終結し、世の中は平和へ向かう気運に満ちていた。
戦時中、軍人として戦ったヴァイオレット・エヴァーガーデンは、軍を離れ大きな港町へ来ていた。
戦場で大切な人から別れ際に告げられた「ある言葉」を胸に抱えたまま――。
街は人々の活気にあふれ、ガス灯が並ぶ街路にはトラムが行き交っている。
ヴァイオレットは、この街で「手紙を代筆する仕事」に出会う。
それは、依頼人の想いを汲み取って言葉にする仕事。
彼女は依頼人とまっすぐに向き合い、相手の心の奥底にある素直な気持ちにふれる。
そして、ヴァイオレットは手紙を書くたびに、あの日告げられた言葉の意味に近づいていく。
予告編