【夏の終わりに観たい映画】ひと夏の恋を生々しく映し出す『きみの鳥はうたえる』

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夏から秋にかけての季節の移ろいは美しくもあり、いつだって誰かの心をキュッとさせる。その夏の思い出が濃ければ濃いほどに。

ひと夏の恋、それは夏の終わりと共に終焉を迎える。そんな毎日を映し出したかのような作品が『きみの鳥はうたえる』(18)だ。

とある夏の終わりに、作品情報を知らずにたまたまNetflixで見つけた本作品。TSUTAYAでなにがどこにあるかわからない棚を眺めながらふと目に入ったDVDを手に取るときのような、アナログな感覚で出会った。

観て以来、夏の終わりと言えばこの作品を思い出す。あのタイミングでこの映画を見つけた自分に、拍手を贈りたい。

ドキドキハラハラ、映画に付き物なそんな要素は正直、あまりない。ただただ日常を切り取ったようなシンプルな作品だからこそ、自身の夏の思い出によって見方が変わる、誰もが主役になれる、そんな映画。あなたの心には、どう響くだろうか。

北海道での短い夏、男女3人の恋物語。

【予告編】

「僕にはこの夏がいつまでも続くような気がした。9月になっても10月になっても、次の季節はやってこないように思える。」

『きみの鳥はうたえる』は、函館市民映画館・シネマアイリスの開館20年を記念してオール函館ロケで制作され、2018年9月1日に全国公開された。『そこのみにて光輝く』(14)や『オーバー・フェンス』(16)など映画化が話題の佐藤泰志原作。佐藤泰志氏も同じく、北海道函館市出身だ。映画の舞台ももちろん函館だが、原作では東京の国立が舞台だそうだ。

「男女の友情はアリかナシか」という安定に盛り上がるこの談義。男1人と女1人ならまだしも、男2人と女1人の男女3人でいざこざがない関係は奇跡に近いと思う。しょうがない、そういうもん。

『きみの鳥はうたえる』は、函館郊外の書店で働く「僕」(柄本佑)と、同居人である失業中の静雄(染谷将太)、「僕」と同じ書店で働く佐知子(石橋静河)の、男女3人のひと夏の物語。絶妙な距離感でそれぞれの想いが交錯していく様子が生々しく描かれている。

–{不器用でこじらせすぎている「僕」のひと夏の恋}–

不器用でこじらせすぎている「僕」のひと夏の恋

「大人になればなるほど、恋愛は難しくなる」

学生時代は友達として仲良くなって、どちらかが好きになって、告白されて・して付き合う、という当たり前の順序を当たり前のように踏んでいたのにーーいつからだろう、気持ちよりも先に唇を重ねてしまうようになったのは。

結果、「お互いそこまでだった」となればなんの問題もないが、どちらかは気持ちがないのにどちらかが本気で好きになってしまったり、お互いに好意があるのにどちらからともなく言い出せない状態になってしまうとそれはもうややこしい。今すぐ使いたいイヤホンが修復不可能なほどに絡まっていて、適当にしまっておいた自分にイライラするくらいにはややこしい。

柄本佑演じる「僕」は、”大人になった男の恋愛のこじらせ具合”をまさに体現している。

「僕」は、同じ書店で働く佐知子とふとしたキッカケで、身体の関係を持つようになる。ちなみに佐和子は、書店の店長・島田(萩原聖人)と不倫関係にある(後からわかるのだが、島田は2年前に離婚していたので、実際には不倫関係ではなかったらしい)ことを「僕」も知っている。佐知子、なかなかのやり手。

「僕」は静雄と同居しているので、当然静雄も佐和子に会うことになる。「僕」と佐知子が初めてそういう風になっている最中に静雄が自宅に帰ってくるのだが、その様子に気付いてそっと引き返す。静雄、見かけによらず大人。

夜になってやっと帰宅すると、佐知子は「僕」と晩酌をしているところだった。汗でじんわり湿った肌とトマトを丸かじりする所作がなんとも事後のアレ。静雄、絶対ドキドキしてるだろって思わず突っ込みたくなる。

それから毎日のように3人で酒を飲んだり、クラブで踊り明かしたり、ビリヤードをしたりする。僕と佐知子は引き続き付かず離れずな関係。どちらかが一歩踏み込めば恋人になる可能性は大いにあり、少なくとも「僕」は本気で佐知子のことを好きになっている。そう、本気で好きになってしまったからこそ、その一歩が踏み出せないのだ。

「静雄に映画誘われちゃったー」と言う佐知子(静雄は酔っていた)、「行ってくれば」と言う「僕」。「自分で誘ったんだろ。行ってこいよ」という「僕」に、「なんで?なんでそういうこと言うの」と言う静雄、「佐知子が誰と映画に行こうと自由だよ」と言う「僕」。「私たちは友達?」と聞く佐知子に濁す「僕」。「静雄って…私と店長とのこと知ってる?」と確認されて独占欲が疼く「僕」。静雄が3人でキャンプに行こうと提案するも、「俺はいいよ」と断固拒否する「僕」。「もしかしてお前もさっちゃんのこと好きだったのか」と言う同僚・森口(足立智充)にムキになる「僕」。

見ているこっちがイライラしてくるほどのこのひねくれよう、本当にどうしようもない。最後の最後に佐知子が本当に自分から離れてしまうと気付いたときに、やっと本当の気持ちを伝えるわけだが、時すでに遅し。北海道での短い夏と共に、「僕」のひとつの恋が終わった。

本当はいつだってちゃんと幸せになりたい「佐知子」

ふらふらしてるように見える佐知子だが、本当はいつだってちゃんと幸せになりたいのだ。店長とは不倫関係だし、「僕」ははっきりしないし…

なにかしらのタイミングがあれば、佐知子は「僕」と付き合っていたはず。ただ、そのタイミングがなかっただけ。そしてそのタイミングが遅れれば遅れるほど、「僕」の深い部分を知っていく。「あ、恋人にはしない方がいい人かも」と感じてしまったのではないかと思う。それに、付き合っていたとしても遅かれ早かれ別れていたんじゃないだろうか。

初めて静雄と会った日の夜、静雄から借りたTシャツの匂いをかいでにんまりしていたし、最初から静雄に対してもまんざらではなかったんだと思う。ただただ、静雄だけが佐知子にちゃんと向き合ったまで。

ミステリアスな誠実さが光る「静雄」

良く言えば裏表のない、悪く言えばエゴイズムな「僕」に対して、いつも穏やかで自分よりも他人優先、若干掴みどころのない(だからこそ余計に気になってしまう)、そんな異なる魅力を持つ静雄。人思いだからこそ自身の生き方を見失っているような闇も伺える。

静雄は、最初から佐知子に惹かれていた。でも、「僕」との関係、そして「僕」の気持ちに気付いていたからこそ、その気持ちに蓋をしていた。ビリヤードやクラブでの僕と佐知子、静雄と佐知子の距離感の対比には心をチクリと刺された。

ただ、最終的には「俺が佐知子を守らないと」となったのだろう。そのキッカケになったと思われる佐知子とのふたりきりのキャンプの様子は、一切描かれていない(描かれていなくてもどんなことがあったのかはわかる)。キャンプから帰ってきた後に3人で行ったダーツで、明らかにふたりの距離感が縮まっていることに「僕」は気付いていたのだろうか。

–{映画を彩る音楽の重要性}–

映画を彩る音楽の重要性

本作品を好きな理由のひとつに”音楽”がある。

「僕」と佐知子と静雄の3人で、クラブで踊り明かすシーンが本当に最高だ。MVとして切り取ってlofi hiphop的な感じで、一日中流しておきたいくらい。クラブシーンにはHi’Spec、OMSBが出演者として登場、サントラもHi’Specがプロデュースしている。

そして、クラブにいる人全員が、石橋静河演じる佐知子に釘付けになっていることは間違いない。
石橋静河は、父に俳優の石橋凌、母に女優の原田美枝子、姉にシンガーソングライターの優河と、とんでもなくアーティスティックな家庭の一員。幼少の頃よりバレエやダンスを嗜み、女優になるまではコンテンポラリーダンサーとして活躍していた。

この背景を知っていれば納得なのだが、クラブで踊る佐知子が魅力的すぎるのだ。もう、ノリ方が他の人と別格。セクシーさとかっこよさを兼ね備えていて、後ろで見ている男たちの視線は自然と佐知子を捉えている。DJブースの目の前でひとり踊る佐知子の後ろから抱きしめる「僕」の優越感はこの上ないものだろう。

石橋静河の魅力は踊りだけではとどまらない。佐知子と静雄、ふたりで行ったカラオケで、「俺、ふたりの邪魔してないかなぁ」と言う静雄に「なんでそんなつまんないこと言うの」と笑いながら返し、『オリビアを聴きながら』を歌いはじめる佐知子。耳に残る印象的な歌声、あんなの、隣で歌われて好きにならない男はいない。

クラブやカラオケなど、日常に溶け込む小さなイベントでかかっている音楽は、思い出に強く刻まれるもの。このシーンにHi’SpecやOMSB、1970年代の懐メロを持ってくるあたりのセンスに脱帽だ。

夏の終わり、この映画を観ながら共にひと夏を振り返ってみてほしい

夏の終わりに観たい映画は、人それぞれあると思う。
たとえば『(500)日のサマー』(08)や『HOT SUMMER NIGHTS』(17)、あとは『火花』(17)など。その中でも、わたしは『きみの鳥はうたえる』一択だ。ジメッとした夏が鮮明に蘇ってくるリアルな描写は、他の映画にはない。

窓を開けて、秋を感じさせる少し冷たい風と金木犀の香りがふわっと入ってくる、そんな夜更けに、この夏のことを振り返りながら観てほしい。きっと、同じような経験をしたことがある人にもない人にも、なにかしら深く刺さる部分があるはずだ。また、「こういうひと夏を過ごしてみたい」と羨望する側面もあるだろう。

柄本佑演じる「僕」、石橋静河演じる佐知子、染谷将太演じる静雄の3人の芝居にも拍手喝采だが、萩原聖人演じるどこか女性を引きつける魅力のある店長・島田や、足立智充演じる終始めんどくさい同僚・森口、山本亜依演じる関西弁がかわいすぎる後輩・みずき、渡辺真起子演じるどうしようもない静雄の母親・直子など、個性豊かなキャストも見どころだ。

ラスト、佐知子は「僕」になんて言おうとしているのか。わたしはこう妄想する。

「なんで今さらそんなこと言うの。もう遅いよ…それに、もし付き合ってたとしても私はいずれ静雄のことを好きになってたと思う」。

(文:桐本 絵梨花 )

–{『きみの鳥はうたえる』作品情報}–

『きみの鳥はうたえる』作品情報

【あらすじ】
函館郊外の書店で働く“僕”と、一緒に暮らす失業中の静雄、“僕”の同僚である佐知子の3人は、夜通し酒を飲み、踊り、笑い合う。微妙なバランスの中で成り立つ彼らの幸福な日々は、いつも終わりの予感とともにあった。

【予告編】



【基本情報】

キャスト:柄本佑/石橋静河/染谷将太/足立智充/山本亜依/柴田貴哉/水間ロン/OMSB

監督:三宅唱

原作:佐藤泰志

脚本:菅原和博

公開日:2018年9月1日

製作国:日本