オーダーメイドのスーツなんて正直なかなか手が出せない貧困の身ではあれ、やはり一生で一度くらいは頼んでみたいもの。
また女性からするとウェディングドレスのオーダーメイドなんて、大きな憧れのひとつでもあるのではないでしょうか。
本作の主人公ニコス(ディミトリ・イメロス)はスーツもウェディングドレスのどちらも作れちゃいます。
しかも移動式屋台の仕立屋(=テーラー)として参上する!
ソニア・リザ・ケンターマン監督は、実にユニークなアイデアを基軸に、ギリシャのアテネという陽光の舞台を最大限に活かしながら、明るくもすっとぼけた(バスター・キートンやジャック・タチを深く研究したとのこと)、それでいてシニカルな人間観察眼を怠ることのない秀逸な人間ドラマを形成してくれています。
そもそも主人公のニコスが仕立屋としての腕こそ一流ながらも人付き合いは苦手で奥手な50歳の中年男、しかし崖っぷち負け組人生に転落していく中で彼なりの決死のサバイバルを敢行し、その波に乗っていくことで徐々に世界も変わっていきます。
しかし、その変化はプラス面だけでなくマイナス面まで醸し出すことになっていくのが本作の真の妙味であるともいえるでしょう。
説明的な台詞は少なく、画とそれに並走する音楽によって登場人物らの繊細な想いを露にしていく演出はお見事!としか言いようがないほどで、特に隣人家族(ロシア系移民?)それぞれとの交流が実にスリリング!
ニコスとその巌窟な父親との関係性も、父子であると同時にプロフェッショナル同士という複雑怪奇な想いが絡み合っていくあたり、なかなか見過ごせないものがありました。
さらにはこの作品、ギリシャの金融危機をベースに展開されていて、それは今の日本も他人事とは到底思えないほどの不安と恐怖すら醸し出してしまう一瞬もあったりします。
しかし、まったくもって勝ち組とは言えない主人公がポーカーフェイスのまま行動に移す人生復活戦は、笑いと皮肉の中から見る側に何某かの勇気と希望を与えてくれることでしょう。
(文:増當竜也)
–{『テーラー 人生の仕立て屋』作品情報}–
『テーラー 人生の仕立て屋』作品情報
【あらすじ】
寡黙な男・ニコス(ディミトリス・イメロス)はアテネで36年間、高級スーツの仕立て屋を父と一緒に営んできた。だが大不況がギリシャを襲い、店は銀行に差し押さえられ、父はショックで倒れてしまう。途方に暮れるニコスだったが、ある日、手作り屋台で移動式の仕立て屋を始めようと決意。ところが、店を飛び出してはみたものの、道端で高級スーツは全く売れず、商売は傾く一方であった。そんなある日、ニコスはウェディングドレス作りという思いがけないオファーを受ける。これまで紳士服一筋であったが、彼は思い切って人生初めてのウェディングドレス作りに挑むことに。隣人の母子に手伝ってもらいながら、女性服の仕立てを学び始めるニコス。そして青空の下、オーダーメイドのドレス作りが始めるが……。
【予告編】
【基本情報】
出演:ディミトリス・イメロス/タミラ・クリエヴァ
監督:ソニア・リザ・ケンターマン
脚本:ソニア・リザ・ケンターマン/トレイシー・サンダーランド
上映時間:101分
製作国:ギリシャ・ドイツ・ベルギー