『くじらびと』レビュー:モリ1本で鯨を捕る人々と大自然との畏怖と敬虔な関係性を描いた、生きとし生けるもの皆必見の秀作!

ニューシネマ・アナリティクス

■増當竜也連載「ニューシネマ・アナリティクス」SHORT

最近は日本国内でも鯨の肉を食べたことが一度もないという若者がかなりいると聞き、給食には必ず鯨の竜田揚げが出ていた世代としては何となく遠い彼方を仰ぎたくもなってしまう昨今ではあります。

本作は鯨漁を生業としながら、それこそ村と人の命を支えているといっても過言ではないインドネシアの小さな漁村に生きる人々の姿を通して、どんな優れたドラマでも描出出来得ないであろう自然と人と命の関係性を見事に描いたドキュメンタリー映画です。

この村の人々は、モリ1本で鯨と闘います。

それまで『白鯨』(56)や『鯨神』(62)「白鯨伝説」(97~99)『白鯨との闘い』(15)などの劇映像作品などで見たことはあっても、実際にモリ打ちする姿は実に驚異であり、真のスペクタクルであるとともにものすごく危険な、まさに人と鯨の命を懸けた真剣勝負の中から大自然に対する畏怖の念まで感じられます。

この村は作物が育たず、年間10頭ほどの鯨を捕ることで生活を営んでいますが、それ以上は絶対に捕獲しません。

そして自分たちが命を奪った鯨に対する祈りを捧げることも忘れません。

「生きるものは生きるものを食することでしか生きていくことはできない」ことを彼らは真摯に受け止め続け、本当に自分たちが必要なだけの命を奪い、食し、そのことに感謝しながら生きていきます。

一方で漁そのものがいかに危険なものであるかも、本作のキャメラはさりげなくも鋭く見据え続けていきます。

鯨との格闘中の事故で腕や足を失くしたり、死んでしまった人々を直視していくことで、人生という名の厳しい命のやり取りを改めて痛感させられていくのです。

本作の石川梵監督は何と30年もの長きにわたって村の人々たちとの信頼関係を築いた上で本作の撮影を敢行しているだけあって、単に興味本位の「驚異の世界」とは一線を画した、村の人々および大自然に対する畏怖と敬虔な心こそを美しく描出していきます。

撮影そのものも、よくぞここまで撮ったり!と驚くほどに素晴らしいシーンが山積しており、その撮影技術ひとつとっても真摯な姿勢を体感できることでしょう。

鯨はもとより生き物をめぐるさまざまな環境問題が噴出し続けるばかりの昨今、ここでは人と鯨(その他マンタなども)を通して、生きものが生きものと共に生きていくことへの感謝の念こそを改めて厳かに思い返させてくれる、まさに世界中の人々に見ていただきたいと強く訴えたい秀作であると同時に、映画そのものの可能性みたいなものまで実は巧みに示唆してくれているかのような必見作なのでした。

(文:増當竜也)

–{『くじらびと』作品情報}–

『くじらびと』作品情報

【あらすじ】
インドネシアの人口1500人の小さな村、ラマレラ村。“太陽の土地”を意味するこの村の住民は、互いの和を最も大切なものとし、自然の恵に感謝の祈りをささげ、言い伝えを守りながら生活をしている。中でも、クジラの銛打ち漁師たちはラマファと呼ばれ、最も尊敬されている。1年間に10頭獲れれば、村人全員が暮らしていける。死と隣り合わせのクジラ漁で、彼らは銛1本で巨大なマッコウクジラに挑む。彼らの姿を見た子供たちは、自分もラマファになりたいと夢見る。ラマレラの人々は、こうして400年間暮らしてきた。2018年、ラマファのベンジャミンが漁の最中に命を落とした。家族も村民も深い悲しみに暮れるが、ベンジャミンの父で舟作りの名人・イグナシウスは、バラバラになりそうな家族の結束の象徴として、伝統の鯨舟を作り直すことを決心する。1年後、彼らの新しい舟は、クジラを目指して大海に漕ぎ出す……。 

【予告編】

【基本情報】
監督:石川梵

撮影:石川梵/山本直洋/宮本麗

エグゼクティブプロデューサー:広井王子