『竜とそばかすの姫』レビュー:仮想空間の細田守版『美女と野獣』から導かれる現代少女のリアル

ニューシネマ・アナリティクス

■増當竜也連載「ニューシネマ・アナリティクス」

2021年7月16日より全国一斉公開される細田守監督作品『竜とそばかすの姫』を、いち早く鑑賞することが出来ました。

ほぼ3年に1本のペースでコンスタントに新作を発表し続ける頼もしい限りの細田監督ですが、本作は『サマーウォーズ』(09)以来のインターネットを題材にした作品であり、『時をかける少女』(06)以来の高校生少女を主人公にした作品であり、また彼と齋藤優一郎プロデューサーが立ち上げたスタジオ地図の10周年を迎えての作品として、実にこれまでの細田作品のエッセンスが詰まったものに仕上がっています。

公開前ゆえにネタバレ厳禁は当然として、今回は語れるところまで語ってみることにしましょう。

ネット上の仮想空間で歌姫として人気を博すヒロイン

『竜とそばかすの姫』は細田守監督のオリジナルストーリーを映画化したものですが、彼が『サマーウォーズ』以降全てオリジナル企画の映画作品を発表し続けてきているのは、今の日本映画界の中では驚異的といってもいいでしょう(『時をかける少女』にしても、実は原作の後日譚的なオリジナル内容です)。

本作の舞台は自然の豊かな高知県の田舎町。

主人公の高校生すず(声/中村佳穂)は自分に自信が持てない内気な高校生で、歌が大好きにも関わらず、幼い頃に母を事故で亡くしたことがトラウマになって、今なお人前で歌うことが出来ません。

そんな彼女を、親友のヒロちゃん(声/幾田りら)がインターネット上の仮想空間〈U(ユー)〉に誘います。

〈U〉は全世界で登録アカウント数が50億を超える史上最医大のネット空間で、登録した人はその生体情報から独自の分身キャラクター〈As(アズ)〉が形成されますが、それは自分で自由に選ぶことのできない、その人の潜在能力をある意味強制的に具現化させたものでもあります。

そして〈U〉に登録したすずの〈As〉は、何と歌姫ベルでした。

そう、〈U〉の中であれば、すずはベルとして堂々と自由に歌を歌うことが出来るのです!

最初はおっかなびっくりだったものの、気がつくとフォロワー数はとんでもないほど膨れ上がっていき、瞬く間にベルは〈U〉屈指のカリスマ的存在と化していきます。

ついには数億の〈As〉の前で一大コンサートを開催!

しかしその途中、獣人の姿をした謎の〈As〉=竜(声/佐藤健)が突然現れて(というか、彼をつけ狙う“正義”の自警集団に追われて)、コンサートは滅茶苦茶になってしまいます。

ところがベルは、大勢から忌み嫌われている竜になぜか興味を覚えて接近し、彼もまた少しずつ彼女に心を開いていくようになるのですが……。

–{世界中のクリエイターを結集して形成された作品の世界観}–

世界中のクリエイターを結集して形成された作品の世界観

ここまでの大筋やポスターなどのヴィジュアルからも想像つくように、本作はディズニーの長編アニメーション映画『美女と野獣』(91)をかなり意識して作られている節がうかがえます。

(歌姫“ベル”の名前からして、まさに!ですね)

思うに細田作品は『おおかみ子どもの雨と雪』(12)や『バケモノの子』(15)と、獣人を登場させることが往々にしてありますが、その原点は『美女と野獣』なのかもしれません。

それを裏付けるように、今回はウォルト・ディズニー・アニメーションスタジオで『塔の上のラプンツェル』(10)『アナと雪の女王』(13)などのキャラクター・デザインを手掛けるジン・キムに、歌姫ベルのキャラクターデザインを依頼しています。

最近のディズニー・アニメ映画のほとんどは3DCGスタイルで製作されているだけに、今回の2Dキャラは久々に往年の懐かしいディズニー・セル・アニメ映画のタッチをも彷彿させてくれることでしょう。

また『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』(14)『ウルフウォーカー』(20)などで今や世界的に注目されているアイルランドのアニメーション・スタジオ、カートゥーン・サルーンのスタッフも本作に参加しています。
(同社の作品が好きな方なら、どのシーンを手掛けているかもすぐにわかることでしょう!)

〈U〉のコンセプト・アートはロンドン在住の建築デザイナー、エリック・ウォンが担当。こちらも細田監督たっての希望で実現したものとのこと。

こうした世界中の才能が本作に集結したのは、やはり細田作品の世界的な実績と信頼があるからこそで、特に前作『未来のミライ』(18)は国内の評価こそ賛否割れましたが海外では大絶賛で(こうしたお国柄によって評価が異なるのも、映画と接し続けていて興味深いところです)、米アニー賞ではインディペンデント作品賞を日本人初の受賞、アカデミー賞長編アニメーション部門にもノミネートされました。

本作もまた本年度のカンヌ国際映画祭で2021年7月15日にワールドプレミアが予定されています。
(カンヌでこうした形でアニメ映画が上映されることは非常に稀なのです)

–{ネットと現実の対比から浮かび上がる少女の心理}–

ネットと現実の対比から浮かび上がる少女の心理

さて、こうした世界中のクリエイターが集結しての仮想空間〈U〉と対比するかのように、ヒロインすずが実際に生活している田舎の現実空間は『サマーウォーズ』や『おおかみ子どもの雨と雪』などを彷彿させる非常に素朴で味わい深いもの。

その現実世界の中で、すずは絶えず自分に自信なさげにオドオドし続けています。

しかしながら〈U〉の華やかなベルと現実の地味なすずのギャップは、ひいてはすず自身の青春のリアルな息吹を躍進させていくことにも繋がっていくのでした。

その意味では今回、すず&ベルの声を担当したミュージシャン・中村佳穂を讃えないわけにはいかないでしょう。

とにもかくにも〈U〉の中でベルとして歌う歌曲の圧倒的迫力と感動!
(クライマックス、すごいことになってます!)

また、それによって声優としては初挑戦ゆえの若干のぎこちなさ(でも十分許容範囲)も、特にすずの内気さまで巧まずして表現し得ることになり、ひいては華やかコスチュームのベル以上にそばかす少女すずの魅力を増幅させ得る結果となっています。

細田作品は現実世界と異世界の交錯を描くことが常ではありますが、特に映画デビュー作の短編『劇場版デジモンアドベンチャー』(99)や『サマーウォーズ』などを初見した際、とかく閉塞的な現実と、対するインターネット世界を壮大なスケールのものとして描こうとしている節を個人的には読み取ってしまったりもしたものですが、それは当時まだメディアとして目新しいものであったインターネットへの細田監督の無邪気な興味の素直な顕れでもあったのかもしれません。

(『劇場版デジモンアドベンチャー』の場合、発表時期が世紀末だったこともあり、同時期の『ガメラ3 邪神〈イリス〉覚醒』とも共通したテイストをどこかしら感じてしまいます。また、あたかも現実がデジタル異世界の影響下に置かれ、さらには封じ込まれているかのような錯覚すら受けてしまいました)

しかし今やネットがなければ人々の生活が保たれないほどに普及した現在において、現実とネットの双方をいかにバランスよく立ち回っていくかが今後の人々が生きていく上での大きな鍵になっていくであろうという、そんな予想を確信にまで転じさせて本作の製作にあたっているかのようでもあります。

壮大なるスケールの仮想空間〈U〉の存在によって、現実のちっぽけな高校生少女の思春期が少しずつ変わっていく、その繊細な過程こそを最大のキモとして描いていく『竜とそばかすの姫』、私自身はこれまで見てきた細田守監督作品の中で、一番好きかもしれません。

(文:増當竜也)

–{『竜とそばかすの姫』作品情報}–

『竜とそばかすの姫』作品情報

【あらすじ】
17歳の女子高生・すずは、高知の豊かな自然に囲まれた村で父と二人で暮らしている。母はすずが幼い頃に事故で亡くなり、母と一緒に歌うことが何よりも好きだったすずはそれ以来歌うことができなくなってしまった。父との間にはいつの間にか溝が生まれ、現実の世界に心を閉ざし、曲を作ることだけが生きる糧となっていた。ある日、全世界で50億人以上が集う超巨大インターネット空間の仮想世界<U>に「ベル」というアバターで参加することになる。<U>では自然と歌うことができ、自ら作った歌を披露していくうちにベルは瞬く間に世界中から注目される存在になっていった。そんなベルの前に、<U>の世界で恐れられている竜の姿をした謎の存在が現れ……。 

【予告編】

【基本情報】
出演:中村佳穂/成田凌/染谷将太/玉城ティナ/幾田りら/森山良子/清水ミチコ/坂本冬美/岩崎良美/中尾幸世/森川智之/宮野真守/島本須美/役所広司/石黒賢/ermhoi/HANA/佐藤健

監督:細田守

製作国:日本