2021年4月期土曜ドラマ「コントが始まる」が最終回を迎えた。菅田将暉・神木隆之介・仲野太賀・有村架純など花の98年組をメインキャストに、若者たちの青春群像を捉えた物語。お笑いトリオ・マクベスのコントを軸に展開される物語に、毎回心を動かされた方も多いのではないだろうか。
マクベスの結成から解散に至るまでの過程を見ながら、筆者が感じたのは「夢を追うために支えとなる存在=兄弟(姉妹)」という関係性だった。高岩兄弟、美濃輪姉弟、中浜姉妹それぞれの構図を見ていこう。
春斗にとっての兄・俊春は「投影」
若者たちの青春群像を描くとともに、このドラマで浮かび上がってくるのは「兄弟(姉妹)」の存在だ。春斗にとっての兄、潤平にとっての姉、そして里穂子にとっての妹・つむぎ。それぞれがそれぞれの夢を追うために、兄弟の存在は必要不可欠だったのではないか。
春斗の兄・俊春は、学生時代から勉強もスポーツもできたエリートだった。華々しく大手企業に就職し、妻も子供もいて人生順風満帆だったが、ある日マルチ商法にハマってしまい雲行きが怪しくなる。
水を売り歩くマルチ商法から逃げられなくなっていくにつれ、妻も子供も去っていき、友人も疎遠になり、職も失った。やがて実家に引きこもるようになった時にはもう、手に入れたすべてが霧散している状態だった。
春斗にとって、兄・俊春はどういう存在だったのか。春斗は高校卒業後、就職せずにお笑い芸人として活動を始めた。最初はフリーで、やがて事務所に所属するようになるも、決して活動は順風満帆とは言えない。そんな中で、大手企業でバリバリ仕事をする兄は眩しい存在としていつも春斗の心にあったことだろう。
それなのに、マルチ商法によっていとも簡単に”落ちていく”兄を見るのは、複雑だったのではないか。輝かしい場所から暗く淀んだ場所へと転落していく兄。春斗とは違う世界で、自分には真似できない生活をしていると思っていた俊春が、また異なる次元へ行ってしまった戸惑いと寂しさ。
春斗は、自分の姿を兄に投影していたのではないか。
自分のやりたいことをやり、望む成果を得ていた兄。春斗はといえば、決して理想的な結果とは言えないけれど「やりたいことを思う存分やっている」状況は兄と共通していた。そんな兄が、落ちていく。自分の知らない場所へ、行ってしまう。マクベスを解散し、なんの知識もなく、目立った技術も持たない自分が行く場所も、暗く淀んでいるのではないかと”投影”してしまったのではないだろうか。
その後、兄・俊春は無事に立ち直り、印刷会社へ就職を決める。以前のように華々しい大手企業ではないけれど、あらためて生活を組みなおしながら必要なものを取捨選択していくには、ちょうどいいステージなのではないか。春斗もそんな兄を祝福しながら、心のどこかで「自分がマクベスを解散することを決めたから、兄も急いで就職先を決めたのでは?」と思案する。
春斗にとっての夢は「マクベスとして成功すること」ーーつまり売れることだった。世間に認知されるために日々ネタを考え、地道にライブ活動をしてきた。そのモチベーションの原動力のひとつとなっていたのは、間違いなく兄の存在だ。
兄に自分の活動を見てもらうこと、兄に応援してもらうこと、兄に認めてもらうこと。たとえ以前のような兄の姿ではなくなっていたとしても、自分の「芸人として独り立ちする」夢を叶えるために奔走する姿は、きっと兄のためにもなると信じていた春斗。兄に自分の姿を投影しながらも、心のどこかで「自分を見ることで奮起して欲しい」とも願っていたはずなのだ。
兄に自分の姿を投影することで、夢を最後まで走り切ることができた。こういった夢への向き合い方もあるのだと、高岩兄弟を見ていて思ったのだった。
最終回では、解散ライブ前に差し入れに来た兄・俊春の姿が描かれる。差し入れの内容は、ペットボトルの水。自らの過去を汚点とすることなく、ある意味「ネタ」として昇華することができたのだ。ウィットの富んだ応援の仕方だ。
–{潤平にとっての姉・弓子は「承認」}–
潤平にとっての姉・弓子は「承認」
第6話から登場した潤平の姉・弓子。腰に持病がある父が1週間ほど入院する間、実家である酒屋の店番をするために滞在する様子が描かれる。潤平と弓子の関係性が詳しくわかるのは、第8話だ。
姉・弓子、潤平、父の3人で食卓を囲むシーン。酒屋を潤平に継がせるかどうか迷う父が、弓子に「こいつ(潤平)が店継げると思ってるのか?」と問いかける。潤平が実家の酒屋を継ぐと決心するまでは、弓子の夫が会社を辞めて代わりに継ぐと申し出ていたのだ。
継げると思う、と父にはっきり告げる弓子。「お父さんが思うほど、潤平は楽な生活はしてきていない。チケットを手売りしたり、知らない人に頭を下げたり、ガラガラのステージでライブをしたり、何度も辛酸を舐めてきてるんだから。ちょっとやそっとのことじゃへこたれないって」と、ひたすらに潤平を擁護する。このシーンで、以下に弓子が弟を信頼しているかが伝わってくるのだ。
順平にとっての夢は、春斗と同じくマクベスで売れること。10年間鳴かず飛ばずだったけれど、弓子の言う通り、できることはなんでもしてきたはずだ。苦しい思いも悔しい気持ちも、どれだけ味わってきたかしれないだろう。そんな姿と努力を、弓子はしっかり見てくれていたのだ。
父からの承認がなかなか得られない潤平にとって、姉・弓子から得る承認がどれだけ心の支えになったことだろう。「ファンの数」や「売上」といった具体的な数字には表れなかったけれど、確実に潤平はマクベスとして精一杯やっていた。形にならない結果を、姉が受け取ってくれていただけでも、救いになったはずだ。
弓子の説得もむなしく、頑として潤平を認めようとしない父。それでも潤平はこれまでのように怒りを見せることはなく、「受け継がれてきたやり方を吸収したいと思ってる、間違ったことをしたら正して欲しい」と誠実に頭を下げてみせた。
家族の待つ自宅へ帰る弓子を、車で駅へ送ることを申し出た潤平に対し、弓子は言う。「あそこでよく怒らなかったね。我が弟ながら天晴れだわ」と。手放しに弟の人間性を認め、行いを褒める姉の存在がどれだけ潤平にとって貴重か。姉・弓子がいてくれたからこそ、潤平は最後までマクベスを諦めなかった。そして、最後までやり切った。酒屋の後継となることに、腹を括ることができたのだ。
–{里穂子にとっての妹・つむぎは「接着点」}–
里穂子にとっての妹・つむぎは「接着点」
里穂子・つむぎ姉妹の関係性が詳細に描かれるのは、3話「奇跡の水」回だ。彼氏にふられ、会社も辞めた里穂子は廃人同然となり風呂にも入らず引きこもっていた。レスキューにきたのが妹のつむぎ。部屋を掃除し、姉を風呂に入れ、栄養豊富な食事を食べさせて散歩に連れ出すなど、かいがいしく世話をする。
つむぎがいなかったら、私はどうなってたんだろう……と自身の過去を振り返る里穂子。落ちていきそうになっていた自分の人生が救われたのは、もちろんマクベスと出会ったおかげも大きいけれど、妹・つむぎの支えがあってこそだ。
里穂子にとっての妹・つむぎは「接着点」だ。外界との接着点。もう一度この世界と向き合い精一杯生きてみようと、気持ちを切り替えるきっかけとなったのだ。
表向きには”つむぎが里穂子を助けた形”になってはいるが、つむぎ自身、里穂子の世話をすることで確実に自分のためにもなっていた、と述懐する。自信を失い、スナックで日銭を稼ぐもやりたいことが見つからず、精神的にフラフラと軸のない日々を過ごしていたつむぎ。姉の里穂子を助けることで、自分の存在意義を見出していたのかもしれない。
4話の「捨て猫」回の最後では、母親のことで一悶着あるも落ち着いた瞬太に対し、ミートソーススパを作ってあげるつむぎ。一方、自分が食べるパスタにはバターと醤油の味付けだけだ。見かねた里穂子が「ソースないの?」と気遣う。「私はいいの」と返すつむぎ。
「つむぎには、救いを求めて傷ついた人が集まってくる」ーー自分を助けてくれた妹に対し、少々自己犠牲的な面があるところを心配する里穂子。姉のため、瞬太のため、助けを求める人に対して自分を犠牲にして尽くすところがあるつむぎ。姉としては「もっと自分を大切にしてほしい」のだろうが、つむぎ自身はそんな自分でもいいと受け入れている。
つむぎのおかげで生きることに前向きになり、マクベスのおかげで新しい就職先へのつながりを得られた里穂子。つむぎも、姉経由でマクベスと出会ったことにより、本当に自分がやりたいことを見つけられた。接着点として互いに機能することで、各々の人生に対して前向きになれたのだ。
–{夢を叶えるために必要な兄弟・姉妹の関係性}–
夢を叶えるために必要な兄弟・姉妹の関係性
高岩兄弟・美濃輪姉弟・中浜姉妹それぞれの関係性を見てきた。
マクベスというお笑いトリオが中心の、若者の群像を描いたドラマ「コントが始まる」。夢を持つことは悪いことなのか、せっかく見つけた夢を追い続け、最終的に叶わなければ失敗とみなされてしまうのか? 夢を追った経験のある人たちにとっては、各々の”思い起こされる”青春があったことだろう。
その悲喜こもごもの中で、両親や兄弟などの”家族”はどんな存在だっただろう?
応援してくれたかもしれない、反対されてしまったかもしれない。それらも含め、夢を追いながら笑ったり泣いたりした経験は消えない。たとえ周囲からは”失敗の歴史”だったとしても、自分にとって”面白いコントのようだった!”と胸を張れれば、それは意味がある人生だったことになるんじゃないだろうか。
(文・北村有)