現在公開中の『デニス・ホー ビカミング・ザ・ソング』は、2014年の香港雨傘運動に参加して逮捕され、中国のブラックリストに入ってしまった事から訪れるキャリアの危機と対峙していく香港スター、デニス・ホーの生きざまを描いたドキュメンタリー映画です。
2019年6月にも香港逃亡犯条例改正に反対するデモを支持し、国連やアメリカ議会で香港の危機邸状況を訴えるなど、一貫して自由のために闘い続ける彼女は、かつて自分が同性愛者であることを告白したこともありました(映画でもその部分について触れられています)。
さて、6月はアメリカをはじめ世界各地で「プライド月間」として、LGBTQ+の権利について啓発を促すさまざまなイベントが開催されています。
そして映画も昨今、LGBTQ+を題材、もしくは背景とした作品が多く見受けられるようになってきています。
今回は、6月以降に日本で公開されるそれらの作品群にスポットを当ててみたいと思います。
トランスジェンダーの今を提示する『息子のままで、女子になる』『片袖の魚』
まず、今更ながらではありますが「LGBTQ+」とは、Lesbian(レズビアン/同性を恋愛対象とする女性)、Gay(ゲイ/同性を恋愛対象とする男性)、Bisexual(バイセクシャル/同性も異性も恋愛対象と成り得る人)、Transgender(トランスジェンダー/体の性と心の性が異なる人)、そしてQはQuestioning(クェスチョニング)またはQueer(クイア)、どちらも性的指向や性自認が定まってない人を意味します。
+はこれら以外のIntersex(インターセックス)、Asexual(アセクシュアル)、Ally(アライ)、Pansexual(パンセクシュアル)などさまざまな分類、及びそれらに該当する人々を総称したものと捉えていただければよろしいかと思われます。
杉岡太樹監督のドキュメンタリー映画『息子のままで、女子になる』(6月19日公開)は、就職を目前にして男性性を捨てて女性として生きる決心を固めて行動し続けるサリー楓さんの生きざまを描いたもの。
才色兼備のトランスジェンダーとして注目を集め続ける彼女の活動そのものも、これからの時代を生きる人々に大きな啓蒙を与える意義あるものと思われます。
また、その上で本作が興味深いのは、彼女と父親との関係性についての描出を試みているところでしょう。
自分は父親の期待を裏切ったのではないかと悩むサリーさんと、そんな彼女のインタビューVTRを直視していく父親の姿、それぞれの複雑な心境は、家族や友人知人などにLGBTQ+を告白する人が現れたとき、自分はどこまで自然体として対峙することが出来るのかという、見る側にまで自問自答させるものがあるのでした。
東海林毅監督による34分の短編映画『片袖の魚』(7月10日公開)は劇映画仕立てではありますが、日本初のトランスジェンダー女性当事者をオーディションし、現在ファッションモデルとして活動しているイシヅカユウをヒロインに抜擢していることで、どこかしらドキュメンタルな趣きも感じられる作品です。
ここでは『息子のままで、女子になる』でも描かれていたLGBTQ+の就職問題にもさりげなく言及がなされており、ヒロインのひかり(イシヅカユウ)が会社内では周囲の理解を得られながらも、それでも外回りなどでは時折言いようのない壁を感じていくさまが綴られています。
『片袖の魚』(C)2021 みのむしフィルム
また彼女はかつての友人たちに今の自分の姿を見てほしいと決意し、プチ同窓会に出席しますが(彼女はサッカー部に所属していたようです)、そこでも正直なところ微妙な空気を払拭させることまではできません。
LGBTQ+への理解が徐々に進んでいく昨今ではありますが、現実はまだまだであることを思い知らされると同時に、ふと自分が彼女の立場だったら? もしくは同級生側の立場だったら? と考えさせられるものまであるのでした。
『片袖の魚』(C)2021 みのむしフィルム
なお『片袖の魚』とは、文月悠光の同名詩(詩集「わたしたちの猫」内に収録/ナナロク社刊)から採られたタイトルで、その詩を原案に映画化されたものでもありますが、機会があれば映画とその詩を照らし合わせてみるのもお勧めしたいところです。
–{諸問題の概念を払拭させてくれる『スーパーノヴァ』『Summer of 85』『湖底の空』}–
諸問題の概念を払拭させてくれる『スーパーノヴァ』『Summer of 85』『湖底の空』
現在、日本ではこうしたLGBTQ+を直視した作品が増えてきていますが、世界にまで目を向けると、特に劇映画の世界はさらにその先を見通した作品群が現れ始めています。
たとえばハリー・マックイーン監督の『スーパーノヴァ』(7月1日公開)は、長年愛し合ってきたピアニスト(コリン・ファース)と小説家(スタンリー・トゥッチ)、初老の男性同士の愛の最終章を描いたものですが、ここでは従来の異性間同士の恋愛映画と何ら変わらない、自然体としての雰囲気が当たり前のように保たれたままドラマが進められていきます。
ふたりをめぐる周囲の人々も、特に男性同士だからどうこうといった節は皆無に等しいほど。
ドキュメンタリー映画の場合、現状を直視しながら問題提起を促すことに秀でているように思われますが、劇映画はさらにその先の未来の希望や理想までをも描くことが可能なのかもしれません。
『スーパーノヴァ』(C) 2020 British Broadcasting Corporation, The British Film Institute, Supernova Film Ltd.
『スーパーノヴァ』にしても、初老の男性同士の恋を通して、「異性も同性も関係なく、ただ愛し合っていさえすれば……」とでもいった作り手の想いが滲み出ている感があります。
その意味では今回のLGBTQ+といった概念も、いずれは世界から払拭され、すべての人々に当たり前のものとして認識されてしかるべきなのでしょう。
『Summer of 85』(C) 2020-MANDARIN PRODUCTION-FOZ-France 2 CINEMA–PLAYTIME PRODUCTION-SCOPE PICTURES
フランス映画界の名匠フランソワ・オゾン監督の『Summer of 85』(8月20日公開)も、1985年の少年同士のひと夏の恋を麗しくも当たり前のように(それこそ「LGBTQ+なんて何?」と言わんばかりの自然さで)、むしろかけがえのない素晴らしくも切ない思春期のひとときの時間として描いていきます。
『スーパーノヴァ』に比べて若い美少年同士というあたり、瑞々しいものがあると言ったら前者の名優ふたりに失礼かもしれませんが(いや、でもあのふたりも素晴らしい名演を示してくれています!)、ここでは真夏のまばゆい海の光の中、熱く爽やかに切なくそして繊細にほとばしる青春の1ページが、オゾン監督作品としては珍しいほど淡々と、しかしながら鮮やかな印象は変わらないままに綴られていきます。
これはきっと監督自身が17歳のときに本作の原作小説(エイダン・チェンバースの「おれの墓で踊れ」)に出会って深く影響されたこととも関係しているのでしょう。
1985年当時の流行風俗なども、当時をリアルに知る世代のこちらとしては実に自然に描出されており、それによっての現代との対比性が逆に今の時代として屹立している、そんな印象を受けました。
佐藤智也監督の『湖底の空』(6月12日公開)は、LGBTQ+の要素も組み入れつつ、ヒロインの微妙な心理を繊細に描いた秀作です。
日本人の父と韓国人の母の間に生まれた一卵性双生児の姉・空(そら/イ・テギョン)と弟・海(かい/イ・テギョン)。
そして今、空は中国の上海でイラストレーターとして日本人編集者(阿部力)のもとで活動しつつ、海のほうが画の才能があることにコンプレックスを感じているようです。
そして海は性別適合手術を受けて女性となり、名前も海(うみ)と変えていました……。
『湖底の空』(C)2019MAREHITO PRODUCTION
本作は男女の性別のみならず親子の別、国の別、白と黒の別といったさまざまな区別の要素を劇中に忍ばせながら、その垣根に対してどこまで意識しつつ、どうやって払拭していくべきなのかを見る側に問いかけていきます。
また本作はゆうばり国際ファンタスティック映画祭2020グランプリを受賞していますが、どうしてファンタスティック・ジャンルの映画祭で本作が上映され、多大な評価を受けたのかも、大きなポイントではあるでしょう。
こういった人の心の越境をモチーフにした秀作を目の当たりにしていくことで、LGBTQ+も含めたさまざまな現代社会の問題が解決していく糸口のひとつになってくれればと願わずにはいれらません。
その意味でも、映画を含む真のエンタテインメントとは、娯楽を通して人々の意識を大きく前向きに啓蒙する力を秘めたものと確信している次第です。
(文:増當竜也)
–{作品情報}–
『息子のままで、女子になる』作品情報
ストーリー
1993年京都に生まれた楓は、男性として生きることに違和感を持ち続けてきた。就職を目前に控え、楓はこれから始まる長い社会人生活を女性としてやっていこうと決断する。幼い頃から夢見ていた建築業界への就職も決まり、卒業までに残された数か月のモラトリアム期間。楓は女性としての実力を試そうとするかのように活動を開始する。ビューティーコンテストへの出場や講演活動などを通して、少しずつ注目を集めていく楓。メディアに対しては、自身が活躍することでセクシャルマイノリティの可能性を押し広げたいと語る楓だったが、その胸中には、父親の期待を受け止めきれなかった息子というセルフイメージが根強く残っていた。社会的な評価を手にしたい野心的なトランスジェンダー女性、そして父親との関係に自信を取り戻したいとひそかに願う息子。その間を揺れ惑う楓は、どのような未来をつくり上げていくだろうか……。
予告編
基本情報
出演:サリー楓/Steven Haynes/西村宏堂/JobRainbow/小林博人/西原さつき/はるな愛
監督:杉岡太樹
公開日:2021年6月19日(土)
製作国:日本
『片袖の魚』作品情報
ストーリー
トランスジェンダー女性の新谷ひかり(イシヅカユウ)は、ときに周囲の人々とのあいだに言いようのない壁を感じながらも、友人で同じくトランス女性の千秋(広畑りか)をはじめ上司である中山(原日出子)や同僚の辻(猪狩ともか)ら理解者に恵まれ、会社員として働きながら東京で一人暮らしをしている。ある日、出張で故郷の街へと出向くことが決まる。ふとよぎる過去の記憶。ひかりは、高校時代に同級生だった久田敬(黒住尚生)に、いまの自分の姿を見てほしいと考え、勇気をふり絞って連絡をするのだが……。
予告編
基本情報
出演:イシヅカユウ/広畑りか/黒住尚生/猪狩ともか/田村泰二郎/原日出子 ほか
監督:東海林毅
公開日:2021年7月10日(土)
製作国:日本
『スーパーノヴァ』作品情報
ストーリー
ピアニストのサム(コリン・ファース)と作家のタスカー(スタンリー・トゥッチ)は、ユーモアと文化をこよなく愛する20年来のパートナーだった。ところが、タスカーの抱えた病が、かけがえのない2人の思い出と、添い遂げるはずだった未来を消し去ろうとしていた。大切な愛のため、それぞれが固めた覚悟とは……。
予告編
基本情報
出演:コリン・ファース/スタンリー・トゥッチ
監督:ハリー・マックイーン
公開日:2021年7月1日(木)
製作国:イギリス
『Summer of 85』作品情報
ストーリー
セーリングを楽しもうとヨットで一人沖に出た16歳のアレックスは、突然の嵐に見舞われ転覆してしまう。そんな彼に手を差し伸べたのは、ヨットで近くを通りかかった18歳のダヴィド。運命の出会いを果たした二人だが、その6週間後に、ダヴィドは交通事故で命を落としてしまう。
永遠の別れが訪れることなど知る由もない二人は急速に惹かれ合い、友情を超えやがて恋愛感情で結ばれるようになる。アレックスにとってはこれが初めての恋だった。互いに深く想い合う中、ダヴィドの提案によって「どちらかが先に死んだら、残された方はその墓の上で踊る」という誓いを立てる二人。しかし、一人の女性の出現を機に、恋焦がれた日々は突如終わりを迎える。嫉妬に狂うアレックスとは対照的に、その愛情の重さにうんざりするダヴィド。二人の気持ちはすれ違ったまま、追い打ちをかけるように事故が発生し、ダヴィドは帰らぬ人となってしまう。悲しみと絶望に暮れ、生きる希望を失ったアレックスを突き動かしたのは、ダヴィドとあの夜に交わした誓いだった……。
予告編
基本情報
出演:フェリックス・ルフェーヴル/バンジャマン・ヴォワザン/ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ/メルヴィル・プポー
監督:フランソワ・オゾン
公開日:2021年8月20日(金)
製作国:フランス
『湖底の空』作品情報
ストーリー
日本人の父・高志と韓国人の母・チスクの間に生まれた一卵性双生児の姉弟・空(そら)と海(かい)。そんな2人は、大きな湖がある、民族芸能が盛んな韓国・安東で生まれ育った。現在、28歳となった空は中国・上海に暮らし、イラストレーターとして仕事を得ようとするが、作品の売り込みはなかなかうまくいかない。そんななか、出版社に勤める日本人男性・望月(阿部力)が何かと空の絵を気にかけ、仕事を提供しようとしていた。異郷の地で暮らす2人は、似たような境遇から親密な関係を築きつつあった。ある日、空のもとに弟の海が訪ねてくる。インターセックスだった海は性別適合手術を受けて女性となり、名前を海(うみ)と変えていた。海は、空と望月の恋愛を後押ししようとするが、空は「絵が本当にうまかったのは海だ」と思いながら、恋愛に積極的になろうとしない。だが、絵のこと以上に問題になっているのは、空と海が幼少時代から抱えているある秘密であった。やがて、空は何かに追い詰められ、不安定な精神状態になってゆく……。
予告編
基本情報
出演:イ・テギョン/阿部カ/みょんふぁ/武⽥裕光/アグネス・チャン/ウム・ソヨン/ジョ・ハラ/周亜林/蔡仁堯/早川知⼦/王玫⼦/⾦暁明
監督:佐藤智也
公開日:2021年6月12日(土)
製作国:日本・韓国・中国