『のさりの島』レビュー:「ウソ」から浮かび上がってくる、寂しくも温かい人生の「マコト」

ニューシネマ・アナリティクス

■増當竜也連載「ニューシネマ・アナリティクス」SHORT

『黒い画集 あるサラリーマンの証言』(60)や『その場所に女ありて』(62)などの名作から大映テレビ「赤い」シリーズの強烈なイビリ役でも知られた名優で、実生活では実相寺昭雄監督夫人でもあった原知佐子(1936~2020)の惜しくも遺作となった映画です。

今、シャッター街とも呼ばれて久しい地方の寂れた風情は何ともやりきれないものがありますが、そんな街もかつては賑わいをみせていた躍動的な時代があったこと、そして今もその街の中で人は日々を営んでいるという当たり前の事実を、淡々とした描写の中からほんわり温かく伝えてくれるヒューマン映画でもあります。

熊本県は天草の寂れた商店街に流れ着いた若者(藤原季節)は、オレオレ詐欺であることをわかっているのかいないのかも定かではない老女・艶子(原知佐子)から孫の”将太”として家に招きいれられ、共に生活していくうちに何か心根が変わっていきます。

艶子が営んでいるのが楽器店で、周囲の店はすべてシャッターが閉まっている分、どこか違和感のある空間がユニークに醸し出されています。

また地元FM曲のパーソナリティ(杉原亜実)が集めているかつての天草の風情を記録した写真や8ミリフィルムといったアナログ的情緒がその寂れた街と不思議と呼応し合い、徐々に前向きな息吹が感じさせるようになっていきます。

しかも素晴らしいことに、この町にはまだ映画館(高倉健にも愛されたという本渡第一映劇)があった!

こうした昭和情緒と、無人のシャッター街に響き渡るブルースハープの融合も本作のキモとなり、まさに

「いいこともそうでないことも、自分の今ある全ての境遇は天からの授かりものである」=「のさり」

なる天草地方に伝わる古い言葉さながらの人生模様を艶子が長年実践し続けてきたことを、若者は身をもって知るという、実に映画的な説得力のあるものに仕上がっているのでした。

山本起也監督は自殺の名所で店を構える女性の日々を通して人生の機微を寂しくも温かく捉えた『カミハテ商店』(12)で劇映画デビューを果たしていますが、今回も寂寥感の中から徐々に湧き上がっていく希望をささやかに掬い取った上で、若者の「ウソ」が老女の「のさり」を通して「マコト」のように感じられていく珠玉の作品に仕上がっていたのは嬉しくも頼もしい限り。

そして何よりもベテラン原知佐子と、昨年から今年にかけて『his』『佐々木、イン、マイマイン』(20)『くれなずめ』『明日の食卓』(21)と絶好調の若手・藤原季節との程良い距離を保ったコンビネーションが、本作最大の心地よさであるとも断言できるでしょう。

(文:増當竜也)

–{『のさりの島』作品情報}–

『のさりの島』作品情報

ストーリー
熊本・天草の寂れた商店街に、オレオレ詐欺の旅を続ける若い男(藤原季節)が流れ着く。老女・山西艶子(原知佐子)は、男を孫の“将太”として招き入れる。温かい風呂や孫が好きなおいしい料理、そして優しいばあちゃんの存在に、男は“将太”として艶子と奇妙な共同生活を送るようになる。地元FM局のパーソナリティ、堀川清ら(杉原亜美)は、昔の天草の8ミリ映像や写真を集め、商店街の映画館で上映する上映会を企画する。“将太”もひょんなことから、その企画チームに参加することになる。清らは、賑わいのあったころの天草・銀天街の記憶を取り戻そうと夢中になる。“将太”はかつての銀天街の痕跡を探していて、艶子の持っていた古い家族アルバムに一枚の写真を見つける。街に流れるブルースハープの音色と共に、スクリーンに天草のかつての記憶、本渡の大火、焼け跡を片付ける町の人々、復興後の祭りの様子が映し出される……。

予告編

基本情報
出演:藤原季節/原知佐子/杉原亜実/中田茉奈実/宮本伊織/西野光/小倉綾乃/酒井洋輔 /kento fukaya/水上竜士/野呂圭介/外波山文明/吉澤健/柄本明 ほか

監督:山本起也

公開日:2021年5月29日(土)

製作国:日本