2021年3月に放送され大きな話題となった『プロフェッショナル 仕事の流儀』庵野秀明スペシャル(以下「プロフェッショナル」)」の拡大版、「さようなら全てのエヴァンゲリオン~庵野秀明の1214日~(以下「さようなら」)」が、2021年4月29日に放送されました。
放送時間が前回よりも倍近く長く、構成も新たに作り直しており、同一番組を拡大したというより、新たな別作品を作ったという印象になっています。ご覧になった方々も同じように感じられたのではないでしょうか。
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ドキュメンタリーもフィクション
ドキュメンタリーは、実際にカメラの前で起きたことを記録していく手法です。しばしば、ドキュメンタリーは真実を伝えるものだと思われがちですが、2つの番組は同じ撮影素材から生まれているにもかかわらず異なる印象を与えます。一体どちらが本当なのでしょうか。
「さようなら」で追加されたあるシーンで、庵野秀明監督が端的にドキュメンタリーの本質を突いた言葉を発していました。「ドキュメンタリーは本質的には存在しない、編集して切り取った時点で一種のフィクションだ」と。
ドキュメンタリー番組でこの台詞を使うのは、なかなか勇気のいることだと思います。ほとんど自己否定みたいなものですから。
ドキュメンタリーの一つひとつのカットは、カメラの前で実際に起こった出来事ですが、ドキュメンタリー作品そのものは、客観的な事実ではありません。そこには、作り手の視線というフィルターがあり、編集という取捨選択があって、何らかの仮説や主張に基づいた「ストーリー」があるのです。
これは庵野監督が昔から主張していたことでもあります。岩井俊二監督との対談本『マジックランチャー(デジタルハリウッド出版局)』でもこのように語っています。
ドキュメンタリーっていうのは素材が素に近いだけで、それを編集した時点でもうリアル=本物じゃないんですよ、現実じゃないんですよ。カメラが空間を切り取っているというところで意図がすでにあるわけだし、それを時間軸いじって編集するってことは意図があるわけですから。(『マジックランチャー』デジタルハリウッド出版局、P208)
ということは、「プロフェッショナル」も「さようなら」もそれぞれ作り手の何らかの意図に基づいた作り物ということですね。
作り物という点において、ドキュメンタリーもアニメも同じです。庵野監督に言わせると、ただ「作り込みの度合い」に差があるだけなんですね。番組中、庵野監督がドキュメンタリーのカメラマンに向かって、あっちから撮ったほうがいいとか、スタッフを撮ったほうが面白いとかいろんな指示を出していますが、これらのシーンは、現実を前にして何を切り取るのかで全く違いものになるぞということを強烈に印象づけています。
自分のスタッフじゃないのに指示を出してしまう庵野監督も面白いですが、それを編集で採用したドキュメンタリーチームもユニークです。普通、ああいうのは編集でカットすることが多いと思います。取材対象者にあれこれ指図されてるシーンが多いと情けない感じもしますし、過剰に対象と馴れ合っている印象を与えると「やらせ」っぽく見えてしまうリスクもありますから。
–{再構成によって走り去る庵野監督とシンジのシンクロ率が上昇した}–
再構成によって走り去る庵野監督とシンジのシンクロ率が上昇した
2つの番組の違いが最も端的に現れたのはラストシーンでしょう。
「さようなら」のラストシーンは、「プロフェッショナル」で最初のシーンとして使用された、宇部新川駅で庵野監督がiPhoneを持って走るシーンでした。「プロフェッショナル」放送時に話題となった「プロフェッショナルって言葉が好きじゃない」は今回、使用されていません。あれは「プロフェッショナル」の番組コンセプトとして「プロとは何か」を本人の口から語ってもらう必要があったのでしょう。
それが今回は、スタッフ向けの試写が終わり、庵野監督が「次の仕事があるので」と言うシーンの後に、宇部新川駅で走る庵野監督のシーンを持ってきていました。このシーンのつなぎ方によって、「次の仕事に向かって走り出す庵野秀明」みたいな印象の終わり方になっています。
走り去って終わるのは、『シン・エヴァンゲリオン劇場版』のエンディングを意識しているのだと思いますが、この構成の変化によって、庵野監督と『エヴァンゲリオン』の主人公、碇シンジとのシンクロ率が高まっています。『エヴァンゲリオン』という作品は、庵野監督のパーソナルな部分が色濃く刻まれた作品なので、追加素材で本人の出自とパーソナリティを掘り下げた上で、作り上げた作品とシンクロさせて、『エヴァンゲリオン』はまさしく庵野監督でなければ生み出せないものだったんだという印象をより強固なものにしています。
あと、今回はナレーションを使用していません。「プロフェッショナル」では冒頭、「我々はこの男に手を出すべきではなかった」という衝撃的なナレーションから始まります。これは非常に面白いナレーションですが、強烈すぎて、視聴者はその印象でずっと番組を見てしまいます。それで結末が「プロフェッショナルって言葉、嫌い」ですから、確かに番組制作陣はひどい目に遭ったなという感じの物語ですよね。ある意味、番組制作者の物語になっていた側面がありましたが、今回はそういう印象は薄れて、番組制作者の視点で再構成した庵野秀明の物語になっています。
「プロフェッショナル」と「さようなら」、同じ素材から生まれた2つのドキュメンタリーを見比べると、庵野監督の言う「ドキュメンタリーもフィクション」という意味がよくわかります。虚構と現実をテーマに描き続けてきた庵野監督のドキュメンタリーとしてふさわしい作りになったと言えるのではないでしょうか。
(文:杉本穂高)
–{『シン・エヴァンゲリオン劇場版』作品情報と予告編動画リンク}–
『シン・エヴァンゲリオン劇場版』作品情報
基本情報
総監督:庵野秀明
監督:鶴巻和哉/中山勝一/前田真宏
製作国:日本
公開日:2021年3月8日
上映時間:155分
配給:東宝=東映=カラー
スタッフリスト
企画・原作・脚本:庵野秀明
総作画監督:錦織敦史
作画監督:井関修一/金世俊/浅野直之/田中将賀/新井浩一
副監督:谷田部透湖/小松田大全
デザインワークス:山下いくと/渭原敏明/コヤマシゲト/安野モヨコ/高倉武史/渡部隆
CGIアートディレクター:小林浩康
2DCGIディレクター:座間香代子
CGI監督:鬼塚大輔
CGIアニメーションディレクター:松井祐亮
CGIモデリングディレクター:小林学
CGIテクニカルディレクター:鈴木貴志
CGIルックデヴディレクター:岩里昌則
動画検査:村田康人
色彩設計:菊地和子(Wish)
美術監督:串田達也(でほぎゃらりー)
撮影監督:福士享(T2 studio)
特技監督:山田豊徳
編集:辻田恵美
テーマソング:「One Last Kiss」宇多田ヒカル(ソニー・ミュージックレーベルズ)
音楽:鷺巣詩郎
音響効果:野口透
録音:住谷真
台詞演出:山田陽(サウンドチーム・ドンファン)
総監督助手:轟木一騎
制作統括プロデューサー:岡島隆敏
アニメーションプロデューサー:杉谷勇樹
設定制作:田中隼人
プリヴィズ制作:川島正規
制作:スタジオカラー
配給:東宝、東映、カラー
宣伝:カラー、東映
製作:カラー
エグゼクティブ・プロデューサー:庵野秀明/緒方智幸
コンセプトアートディレクター:前田真宏
監督:鶴巻和哉/中山勝一/前田真宏
総監督:庵野秀明
『シン・エヴァンゲリオン劇場版』主要キャスト
碇シンジ:緒方恵美
綾波レイ:林原めぐみ
アヤナミレイ:林原めぐみ
式波・アスカ・ラングレー:宮村優子
真希波・マリ・イラストリアス:坂本真綾
渚カヲル:石田彰
葛城ミサト:三石琴乃
赤木リツコ:山口由里子
碇ゲンドウ:立木文彦
冬月コウゾウ:清川元夢
加持リョウジ:山寺宏一
加持リョウジ(少年):内山昂輝
伊吹マヤ:長沢美樹
青葉シゲル:子安武人
日向マコト:優希比呂
高雄コウジ:大塚明夫
鈴原サクラ:沢城みゆき
長良スミレ:大原さやか
北上ミドリ:伊瀬茉莉也
多摩ヒデキ:勝杏里
鈴原トウジ:関智一
相田ケンスケ:岩永哲哉
碇ユイ:林原めぐみ
『シン・エヴァンゲリオン劇場版』予告動画集
『シン・エヴァンゲリオン劇場版』『Q :3.333』版予告・改2【公式】
『シン・エヴァンゲリオン劇場版』本予告・改2【公式】
『シン・エヴァンゲリオン劇場版』本予告【公式】
『シン・エヴァンゲリオン劇場版』特報3【公式】
『シン・エヴァンゲリオン劇場版』特報2′
シン・エヴァンゲリオン劇場版 特報2.5
シン・エヴァンゲリオン劇場版 特報2
シン・エヴァンゲリオン劇場版 特報1
宇多田ヒカル『One Last Kiss』