2021年3月5日からアニメーション中編映画『ARIA The CREPUSCOLO』の全国劇場公開が始まりました。
天野こずえの同名漫画を原作とする伝説的な癒し系TVアニメーション・シリーズの後日譚とも、新たな展開ともいえるエピソードを映画化した作品です。
およそ20年の長きにわたって繰り広げられているこの名作シリーズの魅力はどんなところにあるのか、少し振り返ってみることにしましょう。
水の惑星を舞台にした少女たちの日常と成長
『ARIA』シリーズの舞台となるのは、火星をテラフォーミングして作られた水の惑星アクア。
(そう、実はこのシリーズ、未来を描いたSF作品でもあるのです)
この星には、イタリアのヴェネツィアから建築物や風習を移転して形成された観光都市ネオ・ヴェネツィアがあります。
(地球=マン・ホームのヴェネツィアは既に水没してしまったので、こういった措置が取られたという設定のようです)
その観光資源として重要な役割を果たしているのが、ヴェネツィアと同じように、街中に張り巡らされた水路をゴンドラで漕ぎながら、旅行客などを案内する水先案内。
その仕事は女性が担っており、ウンディーネと呼ばれています。
そして『ARIA』シリーズは、その一人前たるプリマ・ウンディーネを目指す少女たちの日常を描いたものとなります。
メイン・キャラクターは、マンホームからウンディーネに憧れてアクアにやってきた水無灯里。
彼女はARIAカンパニーの見習い(ペア)から始まり、半人前(シングル)のウンディーネ、そしてプリマになるべく先輩のアリシアに就いて働いています。
本シリーズの登場人物は多岐にわたっているので、以下簡略化して記してみます。
【ARIAカンパニー】
●アリシア・フローレンス(声/大原さやか)
同社の実質的経営者で“水の三大妖精”のひとり。穏やかな性格。
●水無灯里(声/葉月絵理乃)
見習いウンディーネ。夢見がちで、恥ずかしい台詞をよく口にする少女。
●アリア社長(声/西村ちなみ)
同社の社長で、白く大きなプニプニした火星猫。ヒメ社長のことが好き。
●愛野アイ(声/水橋かおり)
灯里のメール相手で、後に同社に入社。TVシリーズは二人の書簡で構成されていました。
●グランマ(声/松尾佳子)
本名は天地秋乃。同社の創設者で“伝説の大妖精”。現在は田舎に隠居中。
【姫屋】
●晃・E・フェラーリ(声/皆川純子)
“水の三大妖精”のひとり。勝気な性格で口は悪いが、根は優しい。
●藍華・S・グランチェスタ(声/斎藤千和)
灯里の友人で見習いウンディーネ。姫屋の跡取り娘。「〇〇禁止!」が口癖。
●ヒメ社長(声/水橋かおり)
同社の社長で、ロシアンブルーに似たタイプの猫。無口で気高い。
●あずさ・B・マクラーレン(声/中原麻衣)
『ARIA The AVVENIRE』から登場するシングル。アイの友達となる。
【オレンジぷらねっと】
●アテナ・グローリィ(声/川上とも子 :『ARIA CREPUSUCOLO』では佐藤利奈)
“水の三大妖精”のひとり。ドジっ子だが、カンツォーネの名手。
●アリス・キャロル(声/広橋涼)
灯里の友人。操船技術は天才肌だが、無口で不愛想なため接客技術に難あり。
●まぁ社長(声/渡辺明乃)
アリスが拾ってきたノラの子猫で、現在同社の社長。
●アーニャ・ドストエフスカヤ(声/茅野愛衣)
『ARIA The AVVENIRE』から登場するシングル。アイの友達で「シベリア送り」が口癖。
※その他
●出雲暁(声/野島裕史)
気候制御技術者“サラマンダー”で、オレ様ちゃんキャラ。アリシアに片想いしている。
●アルバート・ピット(声/渡辺明乃)
通称アル。重力制御技術者“ノーム”で、後に藍華とつきあうことになっていく。
●綾小路宇土51世(声/うえだゆうじ)
通称ウッディー。空飛ぶバイクの風追い配達人“シルフ”。
こうしたキャラクターたちが多彩に折り合っていきながら『ARIA』ワールドは形成されていきます。
なお、ウンディーネの会社社長として猫を象徴的に据えるのは、昔からのならわしのようです。
–{見る者に癒しをもたらす秀逸なる画と音の融合}–
見る者に癒しをもたらす秀逸なる画と音の融合
このシリーズ、いわゆるドラマティックなエピソードはほとんどなく、本当に日常の些細な出来事を繊細に、そして優しく温かく綴っていくものが大半を占めています。
なくしていたものが、ふと出てきた……。
影踏みしながら帰宅する……。
買ってきたお菓子が美味しい……。
などなど、文字で記すと何てことないものが、秀逸な画と音の融合を得ながら、見る者に至高の癒しをもたらしてくれるのです。
Choro Club fear.Senooが繰り出すささやかで繊細な音楽と、いつまでも心地よく胸に響き渡る主題歌の数々なども特筆しておくべきでしょう。
TV放送時は日曜の深夜枠だったのですが、とかく過激だったりHだったりする深夜アニメのイメージとは一線を画したものとして、むしろこれを観た後で心地よく癒されながら眠り、月曜の朝に備えるといったヒーリング作品として、特に若い女性層に好評だったのでした。
あえてドラマティックになるとしたら、ウンディーネの先輩と後輩といった関係性によるエピソードの数々でしょうか。
特にアテナとアリスはお互い不器用な性格なもので、どこかしらギクシャクした関係性が続いています。(これが今回の映画『ARIA The CREPUSCOLO』のメイン・モチーフにもなっていきます)
もっともそれらにしても決して険悪になったりすることなく最終的には気持ちの良い終わりを迎えてくれるのです。
多世代が交錯していく新しい『ARIA』
シリーズ映像化の流れも下記に挙げておきます。
●「ARIA The ANIMATION」(2005年10月~12月放送)
見習いウンディーネとしてARIAカンパニーに就職した灯里とその仲間たちのエピソードが、淡々と好ましく綴られていきます。
●「ARIA The NATURAL」(2006年4月~9月放送)
TVシリーズ第1期の好評を経て作られた第2期。2クールの放送で、灯里たちの日常が綴られていくのは前作通りですが、同時にネオヴェネツィアの不思議な世界が猫たちを通して、より深く神秘的に描かれてもいきます。
●「ARIA The OVA~ARIETTA~」(2007年9月発売)
灯里がARIAカンパニーに入社する前の心情などを中心に構成された前日譚的OVA。なお、ここからシリーズの画面サイズは4:3から16:9へ変わります。
●「ARIA The ORIGINATION」(2008年1月~3月放送)
ウンディーネとして成長し、プリマを目前とする灯里たちと、アリシアがウンディーネを引退するまでを描いたグランドフィナーレ。
●『ARIA The AVVENIERE』(2015年9月26日よりイベント上映)
TVアニメ10周年を記念して製作。全3話の構成で、プリマになった灯里たちのその後と、アイたち若い世代がシングルになっての日常などを同時に描きながら、これにてひとまずシリーズが一段落していく感を漂わせた作りとなっています。
そして2021年3月5日より劇場公開されたシリーズ最新作『ARIA The CREPUSCOLO』は、更に時を経て、すっかり大人として映える灯里たちの姿が見られます。
また、ここではアテナとアリスの関係性が改めて浮き彫りとなっていき、何と灯里たちは脇に回ってのエピソードが綴られていきます。
つまりここでの主人公はアテナとアリス。
実は、アテナの声は「ARIA The ORIGINATION」まで川上とも子が務めていましたが、その後彼女は惜しくも早逝してしまい、『ARIA The AVVENIERE』では彼女に敬意を表しながらライブラリーを用いた特別出演という形が採られていました。
しかし今回は二代目として佐藤利奈が抜擢され、そのお披露目……、というよりも「ARIAワールドへいらっしゃい」とでもいったスタッフの温かさまで感じられる作りとなっています。
同時にアリシアたちの世代、灯里たちの世代、そしてアイたちの世代と、三代にわたる交流が一層際立つ形となっていることで、今後の新展開を期待させるものにも成り得ています。
今回も『ARIA The AVVENIERE』と同じように上映時間こそおよそ1時間ですが、中身はあくまでも1話としての中編仕様となっているのも新鮮ではありました。
個人的には2時間程の尺による長編映画を見てみたいと思います。
おそらくこれまで『ARIA』に接し、愛し続けてきたファンの方々なら、ほぼ同じ想いを抱いてらっしゃるのではないでしょうか。
–{稀代の才人監督佐藤順一の見事な采配}–
稀代の才人監督佐藤順一の見事な采配
さて、本シリーズをこれまでずっと担ってきた佐藤順一監督は、これまでも「きんぎょ注意報!「美少女戦士セーラームーン」「夢のクレヨン王国」「おジャ魔女どれみ」「ケロロ軍曹」「たまゆら」「Hugっとプリキュア」などなど、特に日本で生まれ育った今の30代以下の女性で彼の作品を見たことがないかたはほとんどいらっしゃらないのではないかと思えるほど、女の子のための作品を作り続けてきている才人です。
昨年も『泣きたい私は猫をかぶる』(柴山智隆と共同監督)『魔女見習いをさがして』(鎌谷悠と共同監督)の劇場用映画をお披露目して、世の女性たちの支持を集めてくれていました。
彼の仕事の姿勢としてユニークなのは、たとえばTVシリーズが波に乗ってくると次期の監督を新進後輩に譲る事が往々にしてあることで、昨年の映画2作も共同監督といった名義で次の世代への道を敷いています。
今回も監督に『ARIA The AVVENIERE』で演出などを担当していた名取孝浩を抜擢し、自身は総監督として全体を総括。
これによって次代スタッフへの未来の道筋を作っていくのと同時に『ARIA』ワールドとしての一貫性もきちんと保たれることになりました。
こうした、いわゆる“佐藤学校”の教え子は幾原邦彦、宇田鋼之介、五十嵐卓哉、千明孝一、山本裕介など数多く、また彼の作品群そのものも庵野秀明らに多大な影響を及ぼしています。あの富野由悠季が一目置くほどの達者な絵コンテ・マンとしても知られています。
もちろん監督としても、1995年の映画『ユンカース・カム・ヒア』ではスタジオジブリの『耳をすませば』を抑えて第50回毎日映画コンクールアニメ―ション映画賞を受賞した実績の持ち主。
昨年の『魔女見習いをさがして』でも第75回の同賞を受賞しています。
その才能は、今なお増すばかり!
こうした稀代の名匠に長年支えられてきた『ARIA』シリーズ、これからもずっと見守り続けていきたいものと切に願っています。
(文:増當竜也)
–{『ARIA The CREPUSCOLO』作品情報}–
『ARIA The CREPUSCOLO』作品情報
< 『ARIA The CREPUSCOLO』 イントロダクション>
未来形ヒーリングストーリー 蒼のカーテンコール 《第2章》開幕
現在、WEBマンガサイト「MAGCOMI(マグコミ)」にて『あまんちゅ!』を絶賛連載中の天野こずえが描いた未来形ヒーリングコミック『ARIA』。単行本累計460万部、関連書籍累計80万部が発行された本作は、2005年に『ARIA The ANIMATION』としてアニメ化。その後も、2006年に『The NATURAL』、2007年に『The OVA ~ARIETTA~』、2008年に『The ORIGINATION』、2015年に完全新作アニメーション『ARIA The AVVENIRE』が制作され、原作コミックの雰囲気そのままの優しい世界が数多くのファンを魅了した。
そして、『ARIA The ANIMATION』放送から15年目を迎える2020年。このメモリアルイヤーに、再び『ARIA』が新作アニメーションとして帰ってきた。
オレンジぷらねっとのメンバーを中心に描かれる、完全新作アニメーション『ARIA The CREPUSCOLO』。制作に当たっては、天野こずえの完全新作描き下ろし原作漫画を元に、総監督・脚本:佐藤順一、監督:名取孝浩、アニメーション制作: J.C. STAFF(「あまんちゅ!」)が制作。キャストもおなじみのメンバーに、アテナ役として佐藤利奈が新たに加わった。新しい、そして変わらない『ARIA』の世界を是非、劇場で堪能したい。
<『ARIA The CREPUSCOLO』 あらすじ>
ネオ・ヴェネツィアの街が、落ち葉の絨毯で彩られる秋。オレンジぷらねっとで修業の日々を送るアーニャには、気がかりなことがありました。お互いに多忙なこともあり、長い間会えていない先輩のアリスとアテナ。そのせいで元気がないアテナに対し、アリスはなぜか会うのを避けている様子なのです。友達のアイとあずさにも協力してもらい、先輩たちが絶対に会える方法を探す中、アーニャは今の自分だからこそ見える“景色”があることに気づかされるのでした……。
予告編
基本情報
出演:広橋涼/佐藤利奈/茅野愛衣/渡辺明乃/葉月絵理乃/大原さやか/水橋かおり/西村ちなみ/斎藤千和/皆川純子/中原麻衣/安野希世乃
監督:総監督・脚本:佐藤順一/監督:名取孝浩
製作国:日本
公開日:2021年3月5日
上映時間:61分
配給:松竹ODS事業室