(C)2020「朝が来る」Film Partners
子どもが欲しいけど出来ない夫婦、子どもが出来たけど育てられない親、世の家族にはそれぞれいろいろな苦悩があるものと思われますが、特別養子縁組という制度はそうした中での解決法のひとつではあるかもしれません。
しかし、その制度によってもたらされるドラマもあるようです……
《キネマニア共和国~レインボー通りの映画街514》
河瀨直美監督の最新作『朝が来る』もまた、特別養子縁組制度をモチーフに、育ての親と実の母双方の確執と哀しみを描いた作品なのでした。
子どもができない夫婦と子どもを育てられない少女
栗原佐都子(永作博美)と夫・清和(井浦新)の間には、来年小学校に上がる息子の朝斗(佐藤玲旺)がいます。
ある日、朝斗が友達をジャングルジムから突き落としたと、幼稚園から連絡が入ります。
自分はやってないと言い張る朝斗に、佐都子は我が子を信じるべきかどうか、一瞬ながらも少し迷います。
実は、朝斗は自分たちの本当の子どもではなく、特別養子縁組制度で迎え入れた子どもでした。
清和は無精子症で、不妊治療を続けてはみたものの、なかなか進展できず、一度はふたりきりで生きていこうと決めた夫婦。
しかし、ふとTVのドキュメンタリー番組に映し出されたNPO法人「ベビーバトン」の代表・浅見静恵が説く「親が子どもを見つけるのではなく、子どもが親を見つけるための制度」という言葉に感銘を受け、要素を迎える決心をしたのでした。
生まれたばかりの赤ん坊を抱きあげて喜ぶ佐都子と清和は、そこで彼を生んだ母親と面会します。
彼女は14歳の少女で、佐都子の手を握って泣きながら「ごめんなさい。お願いします」とか細い声で頼んだのでした……。
6年の月日が経ち、ジャングルジムの一件も友達の嘘ということがわかって安堵する佐都子のもとに、不審な電話がかかってきます。
「子どもを返してほしいんです。それが駄目ならお金をください」
そして数日後、夫婦の前にすさんだ雰囲気の若い女性が現れます。
彼女は6年前に朝斗を生んだ少女・片倉ひかり(蒔田彩珠)でした……。
–{こういった作品こそ学校で見せるべき!}–
こういった作品こそ学校で見せるべき!
本作は辻村深月の同名小説を原作に、『萌の朱雀』(97)『あん』(15)『光』(17)など作る作品がことごとく世界中で絶賛され続ける河瀨直美監督がメガホンをとったものです。
川瀨監督にとっては、初のミステリ小説の映画化ではありましたが、当然ながらにドロドロした昼メロ・サスペンス的な展開のものになるはずはなく、“子ども”をキーワードに据えた女性たちの哀しみこそをエモーショナルに描いていきます。
前半は子どもを産むことのできない夫婦の哀しみが、佐都子の目線で綴られていきます。
そして後半は、どうしてひかりが妊娠し、我が子を手放すことになったのか、そしてその後彼女はどういう人生を送って来たのかが、切々と描かれていきます。
双方の女性を繋ぐのが特別養子縁組制度であり、NPO代表・浅見静恵です。
映画は、この3人の女性の生きざまを通して、現代日本が抱えるさまざまな問題を露にしていきます。
日本は西洋などに比べて特別養子縁組の成立が10分の1ほどでしかなく、そこには「血は水よりも濃い」といった血族主義的な考えや、戦後昭和以降の核家族化の促進などが挙げられるようです。
佐都子もジャングルジムの事件を通して、朝斗と血が繋がってないことを意識している節もあったり、そんな想いを打ち消そうとしたり、なかなか複雑な心境ではあります。
一方で後半のひかりのエピソードは見ているだけで胸が苦しくなる程で、そこには妊娠させた側の無責任かつ横柄な対応の数々から浮かび上がっていく男性上位的な面と(特に男の側からすると「ごめんなさい!」としかいいようのないほどのひどさです)、世間体ばかりを気にしてひかりの想いをないがしろにしていく無理解な家族といった、なかなか改善されることが困難な日本の悪しき側面と、その犠牲になる少女の悲劇が繰り広げられていくのでした。
(中学生の妊娠と聞くと「3年B組金八先生」の杉田かおる&鶴見慎吾のエピソードを即思い浮かべる世代ではありますが、なかなか現実はドラマのようにはいかないものです。ひかりの親だって「金八先生」を見ていたであろう世代なのに…)
唯一、ひかりが頼りにできる静恵もまた理想と現実のギャップの狭間に立たされ、苦悩しています。
とにかく劇中の彼女たちを見ているだけで、観客としては胸が苦しく締めつけられていくのですが、しかしこうした社会の闇を彷徨う女性たちにも、いつかは朝が訪れるのか? 本作は次第に焦点を絞りながらクライマックスへ、そしてラストへとなだれ込んでいきますが、その手腕もお見事です。
永作博美、蒔田彩珠、浅田美代子、3人の女優たちの自然な佇まいから醸し出される濃密な存在感も特筆的ですが、一方で、日本の家族の“闇”の要素を一身に体現するひかりの母親を演じた中島ひろ子にも驚かされました。
また子役の佐藤令旺くんを通しての目線をおろそかにしていないところも、本作の美徳でしょう。
川瀨監督作品といえば流麗な映像美によるドキュメンタリー・タッチが常に印象的ですが、今回は辻村原作というドラマチックな要素も大いに加味され、また一段と深みのある独自の世界観が構築されています。
映画ファン必見の秀作なのはもちろんですが、こういった作品こそ学校で見せるべきではないかと思ったりしてしまうほど、日本の社会が古くから内包し続ける大きな問題を秘めた作品です。
やはり、ぜひ若い世代に見てもらいたい作品ですね(いっそ家族で観に行くというのはいかがでしょう?)。
(文:増當竜也)