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先月『Thunderbolt Fantasy 西幽玹歌』という台湾と日本の合作映画を見てきました。
これは『魔法少女まどか☆マギカ』(11)やアニメ版『GODZILLA』3部作(17~18)などで知られる日本のシナリオライター虚淵玄(うろぶちげん)が、台湾伝統の人形劇=布袋劇(ポーテーシ)に魅せられたことを機に脚本を執筆し、人形の実制作&操演を台湾の霹靂布袋戯(ピリ・ポーテーヒ/手遣いの人形劇)スタッフが担ったTV人形劇シリーズ『Thunderbolt Fantasy 東離劔遊記』(16~/日本でもオンエア&漫画化もされています)の劇場版第2作。
内容は剣と魔法のオリエンタル武侠ファンタジーですが、イケメン人形たちが織り成す群集劇スタイルの中、絢爛豪華かつダイナミックな動きは、従来のアニメーションとも3DCGとも異なる独自の魅力を放っています。
そもそも台湾の布袋劇は台湾の伝統芸能であり、糸繰り人形劇=傀儡戯、影絵の人形劇=皮影戯などがあり、霹靂布袋戯の原点ともいえる布袋戯(ポーテーヒ)もこれに属します。
1980年代から日本でも本格的に紹介されるようになり、素朴ながらも濃密なクオリティが中国や韓国などとは異なる魅力を放ち続ける台湾映画ですが、最近はこうした伝統文化や歴史に着目しながら温故知新をめざす作品が増えてきているような感もあります……
《キネマニア共和国~レインボー通りの映画街420》
あたかも11月末にはまた2本の台湾映画が公開となりましたが、かたや布袋戯を題材にしたドキュメンタリー『台湾、街かどの人形劇』、かたやひとりの女性の半生をノスタルジックに描いたアニメーション『幸福路のチー』。
どちらも台湾独自の伝統や文化、風俗、歴史性の中から、いつしか万国共通の人間の営みや人生に対する想いなどを示唆してくれる必見の秀作なのでした。
伝統の継承から親子の絆を描く『台湾、街かどの人形劇』
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11月30日より公開の『台湾、街かどの人形劇』は、台湾の伝統芸能・布袋戯の人形遣いで齢80を超えた今も現役で活動し続けている人間国宝の陳錫煌(チン・シェーホワン)の10年に及ぶ日々を台湾ドキュメンタリー映画作家の楊力州(ヤン・リージョウ)監督が追い続けるドキュメンタリー映画です。
硬い無表情の人形に血の通った命を吹き込んでいく彼の神業ともいえるテクニックが劇中幾度も披露されていきますが、そのつど感嘆の溜め息をついてしまうほどの素晴らしさ!
時折、人形を支える木を持つ跡が皺とともにくっきり見える腕や手のアップが象徴的に映し出されますが、それはまさに職人の誇りともいえる年輪でしょう。
しかし洋の東西を問わず伝統芸能が廃れていく危機感に見舞われ続けて久しい現代社会の中、陳錫煌もそのことに対する焦りは隠せません。
今の彼には世界中から集まってきた弟子はいますが、その卓抜した技術を受け継がせていくのもなかなか大変なようです。
だからなのか、映画を見る観客にも布袋戯に興味を持っていただき、この伝統を継承してもらいたいといった想いもあってか、彼はキャメラの前で名人芸を披露することを拒むことはありませんし、特に人形を外した指の動きまで披露してくれるところなどは、その繊細さに圧倒されるのみです。
一方で、そんな陳錫煌の実父は同じく布袋戯の大家で人間国宝、そして映画『戯夢人生』(93)など侯孝賢監督作品の名優でもあった李天禄(リー・ティエンルー)です。
陳錫煌は李天禄の長男でしたが母方の姓・陳を継ぎ、次男が李の姓および父の亦宛然(イーワンラン)掌中劇団を継ぎました。
このことは父と子の間に深い葛藤をもたらすことになったようで、陳錫煌は今なおそれを払拭しきれないものもあるようですが、それでも79歳で陳錫煌伝統掌中戯団を結成し、父の芸を継承すべく腐心しているのです。
また布袋戯が廃れていた背景には政治的なものも大きく影響しています。
布袋戯は本来台湾語(福建省南部由来の言語)で繰り広げられるものですが、戦後の国民党政府は台湾国民に北京語を強要したものの、1970年代前半にTV放送された台湾語の布袋戯シリーズが大人気になったことを憂えた政府は布袋戯を禁止。ようやく再び上演が許されるようになった80年代後半までのおよそ10年の月日が伝統も人気も廃れさせてしまったです。
それを現在の位置にまで復権させたのが李天禄であり、その子・陳錫煌であった……。
このように本作は、布袋戯を通して伝統の継承や親子の絆、そして政治に翻弄される芸術の悲劇性などを巧みに訴え得ているのです。
クライマックスは陳錫煌の名人芸がとくと披露されていきますので、存分にご堪能ください。
–{台湾版『おもひでぽろぽろ』の域を越える『幸福路のチー』}–
台湾版『おもひでぽろぽろ』の域を越える『幸福路のチー』
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続いて『幸福路のチー』は、現在着々と成長し続けているアジアのアニメーションの中でも特筆的なまでに優れた台湾映画です。
2011年、アメリカに渡って結婚した36歳のリン・スー・チーのもとに祖母の死が知らされ、彼女は台湾に帰国します。
1975年生まれのチーは、幼いころに台北郊外の幸福路に引っ越してきて、そこで育ちました。
久々の故郷はすっかり様変わりしてしまい、戸惑う中で彼女は幸福路で過ごした日々のことを回想していきます。
空想好きだった少女時代と友達との交流……。
アミ族でビンロウと呼ばれる噛み煙草を愛用していた優しい祖母の不思議な力……(このおばあちゃん、実にナイス・キャラ!)。
医者になることを望んでいた両親の希望に逆らって文系へ進み、幸福路を離れてからの生活……。
こういった回想と現在を交錯させながら、チーというひとりの女性の半生を自分探しの旅として描く手法は、日本の『おもひでぽろぽろ』などを彷彿させるものがありますが、そこに30年以上に及ぶ台湾の現代史がオーバーラップされていくあたりが本作ならではの妙味でしょう。
小学校時代に流行した『科学忍者隊ガッチャマン』などの日本アニメといった文化風俗の流れはもとより、1987年の38年に及んだ戒厳令が1987年に解除されて以降の学生たちの民主運動、1999年の台湾大震災などなど台湾をめぐる時代の激動の転換が現在のシーンと対比しながら巧みに描出されていきます。
その中でチー自身はどのような人生を歩んでいったのか、またそれは悔いあるものだったのかなかったのか、そしてこれから彼女はどう生きていくべきなのか……などを映画は味をの心をもって示唆していきます。
監督は1974年生まれで、幸福路の隣町で育ち、日本やアメリカで映画を学んだソン・インシン。
もともと彼女は実写畑の映画人で、アメリカから帰国した2010年に本作の企画を実写で構想するも、やがてアニメーションで作ったほうがファンタジー性が増すと考えて、まず12分の短編アニメ『幸福路上』を作り、これを基に自らアニメーションスタジオを立ち上げ、4年の月日をかけてこれを完成させました。
チーにはソン監督の実体験が50パーセントほど入っているとのことですが、逆に言えば半分は創作ともいえるわけで、そういった現実と虚構のバランスはそのまま映画そのもののリアルとファンタジー性の巧みなバランスを保つ効用足り得てもいます。
当初は『ちびまる子ちゃん』台湾版ともいえるシリーズを想定しながら企画を進めていたというだけあって、日本人の感性にもフィットしやすい映画になっています。
第55回金馬奨最優秀アニメーション映画賞グランプリ、東京アニメアワード2018長編コンペティション部門グランプリ、第25回シュトゥットガルト国際アニメーション映画祭長編部門グランプリなど国の内外の賞を多数受賞していますが、これこそは文化も思想も歴史も越えて、世界中の人々がチーの人生に自身を投影させつつ共感したことの証でもあるでしょう。
日頃アニメ慣れしてない映画ファンなどが入り込みやすい作品ですが、逆に日頃マニアックなものばかり嗜んでいるアニメ・ファンにも、こういった世界中の優れた作品にも注目していただきたいと願ってやみません。
このようにドキュメンタリーとアニメーション、通常の実写劇映画とは異なる手法の2本の台湾映画は、自国のみならず世界中の人々に訴求し、魅了する力を備えています。
それはまた映画そのものが本来持ち得るエンタテインメントの啓蒙の力でもあると信じて疑いません。
(文:増當竜也)