『バーニング 劇場版』は村上春樹原作を大幅に改変!気になる評価とは?

映画コラム

©2018 PinehouseFilm Co., Ltd. All Rights Reserved

日本を代表する作家・村上春樹の短編小説「納屋を焼く」を原作に、今回韓国で映画化された、この『バーニング 劇場版』。

翻訳版小説が世界中で刊行され、各国に多くの愛読者を持つ村上春樹の小説を、登場人物や舞台を韓国に変更し、どの様に映像化したのか?

個人的にも非常に興味のあった本作を、今回は多少の不安と共に鑑賞してきた。148分という上映時間も非常に気になる要素だが、果たしてその出来と内容はどの様なものだったのか?

ストーリー

小説家を目指す青年ジョンス(ユ・アイン)は、同じ農村で育った幼馴染の女性ヘミ(チョン・ジョンソ)と都会の片隅で再会する。惹かれ合う二人。しかし、ヘミがアフリカで出会った謎の男ベン(スティーブン・ユァン)を紹介したことで、3人の運命は複雑に絡みはじめる。ある日、ヘミと一緒にジョンスの家を訪れたベンは、夕暮れのベンチで秘密を打ち明けた。「僕は時々ビニールハウスを燃やしています」――この時から、ジョンスの周囲で不思議なことが起こり出す…。

予告編

日本から韓国へ、原作小説の設定を見事に移し替えた本作

村上春樹の短編小説「納屋を焼く」を大幅に脚色し、韓国映画界の巨匠イ・チャンドン監督の手により、究極のミステリーとして生まれ変わった、この『バーニング 劇場版』。

ヘミのミカンの皮をむくパントマイムや、作家のウィリアム・フォークナーなど、中盤までは原作小説の世界観が楽しめる本作。しかし、主人公のジョンスが目にした、ある決定的な事実をきっかけに、一気に物語はミステリーへと大きく変貌していくことになる。

その他にも、重要なアイテムである納屋をビニールハウスに変更したり、登場人物の家族関係が描かれるなど、本来短編小説である原作を148分の長編にした関係からか、予想以上に大幅な改変やアレンジが行われている本作。

そのためか、ネットのレビューや感想では原作ファンからの厳しい意見が散見出来たのだが、日本から韓国に舞台を移し替える上で、こうしたローカライズ作業は必要不可欠のものであり、むしろ原作と映画版の違いを楽しめるのも、本作の魅力の一つだと言えるだろう。

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実際、原作では僕と彼女には11歳の年齢差があり、そのためか僕の彼女に対する関係性は一定の距離感と抑制を保っていて、決して盲目的にのめり込んだり執着することはない。だが、映画版の主人公であるジョンスは、ヘミへの想いや幸せだった日々の思い出に執着し、彼女の行方を求めて最後まで食い下がる情熱を見せることになる。

この様に映画独自のアレンジとして、原作には希薄だった“濃密な人間関係”や“恋愛への執着”という部分が深く描かれる点には、日本でなく韓国で映画化した意味がそこにある、そう思わずにはいられなかった。

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一人称で感情を排し、主人公の視点から事実を描くハードボイルドな文体の原作小説か、それともヘミの行方と真相を求めて行動する、ジョンスの想いと情熱が観客の心に訴える映画版か?

原作未読の方は、鑑賞後に是非この両者を比較して頂ければと思う。

実は「ウォーキング・デッド」のあの人も出演!

本作のもう一つの話題は、何といってもあの大ヒット海外ドラマ「ウォーキング・デッド」に出演した、スティーブン・ユァンが謎の男、ベンを演じていることだろう。

一見、好青年にしか見えない彼の風貌だが、その裏側に隠された心の闇を感じさせる演技により、観客が彼に対して次第に疑惑を抱くようになるのは見事!

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もちろん、ベンが最後にその本性を現して壮絶な死闘になったり、ヘミの行方や真実が全て明らかになるなど、そんな簡単に明確なエンタメ方向には進まない本作。

後述する、ユ・アインの次第に熱を帯びていく演技と、最後まで観客を翻弄する、スティーブン・ユァンの静かな演技が絶妙なコンビネーションを見せる終盤の展開は、正に二人の演技対決が堪能出来る見せ場となっているので、お見逃しなく!

凶悪過ぎる悪役から普通の青年に、その演技の振れ幅が凄い!

2015年に日本でも公開された映画『ベテラン』での、近年稀にみる最凶の悪役で日本の映画ファンに強烈な印象を残したユ・アイン。ところが本作では、一転してそのオーラを完全に消して、全く違う普通の青年を見事に演じているのが凄い!

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小説家志望だが、その将来に希望を見いだせないジョンスが、偶然出会って恋愛関係になった幼馴染のヘミ。だが、突然失踪してしまったヘミの行方を追う中で、次第にジョンスは社会に潜む闇と対峙することになる。

今起きていることは現実なのか、それとも自分の妄想か?

ヘミの行方と事件の真相への唯一の手がかりである、ベンの尾行と調査を続ける中で、ついに決定的な証拠をつかんだジョンスが最後に選択したものとは、果たして何だったのか?

中盤までの淡々とした展開から一転して、それまで抑えていたジョンスの想いが爆発する様なラストの衝撃は、是非劇場で!

観客によって様々な解釈が出来る本作、果たして事件の真相とは?

本作で一番観客の想像力を刺激するのは、やはりヘミがどうなったのか? そしてベンとは何者なのか? この2点に尽きる。

だが、原作ではこの重要な2点についての答えは明らかにされておらず、今回の映画版でもヒントや手掛かりは登場するが、やはり明確な答えが描かれることはない。

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そのため、元ネタやオマージュ・引用作品の正解探しや答え合わせが流行している現在では、こうした観客の想像力に全てを委ねる様な“余白”の多い映画は、一種難解なものとして受け取られる可能性が高く、更に148分という上映時間の長さもあって、劇場での鑑賞を躊躇されている方が多いのではないだろうか?

だが、ちょっと待って! 映画の中で明確な答えが提示されないからこそ、観客が自由な発想で独自の解釈が出来るのも事実なのだ。言い換えるなら、映画と原作小説を深く読み込んで理解力を鍛えるには、この『バーニング 劇場版』こそ、正に最適の作品だと言えるだろう。

–{果たしてベンの正体とは…?(※ネタバレあり)}–

※ここからは映画本編のネタバレを含みます。
 映画鑑賞前の方は、鑑賞後に読むことをおすすめします。

散りばめられたヒントから浮かび上がるベンの正体

気になるヘミの行方やベンの正体について、ネットの記事や劇場パンフなどには、連続殺人を示唆する記述が多く見られたが、実はここで注目して頂きたいのが、ジョンスとヘミの実家の近くにあった井戸に対しての証言の食い違い、そして二人の実家が北朝鮮との国境近くにあったという点だ。

更に、ベンのパーティーに集まった友人たちや、突然現れたジョンスの母親の不自然さ。そして、ベンの新しい恋人にも繰り返される、ルーティーンワークの様なベンと友人たちの会話や巧みな心理操作などを踏まえて考えると、そこにはやはり“政治的な拉致”の可能性を思わずにはいられなかった。

そう考えれば、「仕事は何を?」と聞かれて、「遊んでいます」と答えたベンの優雅な暮らしぶりも、納得出来るというものだ。

もちろん、全てがジョンスの単なる嫉妬や羨望による思いこみだったと解釈しても、ラストの悲劇性がより強調されることになる本作。果たしてあなたは、この映画の真相について何を思われただろうか?

最後に

今回のタイトルに『劇場版』とある理由、それは昨年末に先行して95分バージョンが日本でもテレビ放映されているため。ちなみに今回の『劇場版』の上映時間は148分と、テレビ放映版よりも50分以上長い完全版での公開となる。

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今回の映画版が原作小説と決定的に異なるのは、やはりジョンスがヘミに抱く感情や熱量の差だろう。

原作小説での僕は、他人との関係には深入りしないように見え、本当に彼女を好きかも分からないし、消えた彼女の行方を必死に探すこともない。だが、納屋を焼くという行為には心を奪われ、彼女が消えた後も自分の近所にある5つの納屋が燃やされていないか、確認し続けることになる。

つまり僕にとっては、彼女の存在や思い出よりも納屋を焼くという行為の方が大事とも取れるのだ。

螢・納屋を焼く・その他の短編 (新潮文庫)

それに対して映画の主人公ジョンスは、ヘミへの想いと幸せだった日々の思い出に執着し、事件の真相に深く関わりを持とうとする。確かにここは、原作ファンには意見や好みの分かれる部分だが、個人的には日本と韓国の違いを見事に表現した、素晴らしいアレンジだと感じられた。

既に多くの評論で分析されている答えとして、原作に登場する“納屋”が、実は女性のメタファーであり、“焼く”という行為=殺人のメタファーとの解釈を、一般的に目にすることが出来る。

更には、映画や原作に登場する「近すぎて気が付かない」や「君の家の近くにある納屋を焼いた」との記述からも、“納屋を焼く”という行為が、他人の恋人を自分のものにすることの比喩という解釈も出来るようだ。

つまり、原作では自分の彼女で一番近いはずの女性=納屋を、自分の知らないうちに焼かれた=奪われた、との意味に取れるのだが、彼女と新しい恋人が消えてからも、呪いの様に自分の近所にある納屋を見回る主人公は、最後まで女性の心が分からなかった、そんな風にも解釈出来るのだ。

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ところが映画版では、ヘミの失踪後も次の女性と親密な関係になるベンの姿や、ヘミの失踪とベンとの関係を示す決定的なある証拠の登場をきっかけに、第一級のミステリー映画としての展開をみせることになるが、やはりその真相が明らかにされることはない。

そのため、映画の中に巧妙に配置された手掛かりや伏線から、観客が自分なりの結論を導き出す必要があるのだが、確かにこの点が鑑賞へのハードルを若干高くしているのも事実。だが、苦手意識を捨てて挑戦してみる価値は十分過ぎるほどある! そう断言しておこう。

単に人物と舞台を韓国に移しただけでなく、原作小説で描かれなかった3人の物語のその後を描くことで、一つの可能性を観客に提示してみせた、この『バーニング 劇場版』。

村上春樹の原作小説にリスペクトを捧げつつ、独自の解釈と世界観で観客の想像力を刺激する極上のミステリー映画なので、全力でオススメします!

(文:滝口アキラ)