2018年1月5日(金)公開の映画『嘘八百』。本作は千利休ゆかりの幻の茶器をめぐり、大阪・堺で出会った古物商の則夫(中井貴一)と陶芸家の佐輔(佐々木蔵之介)が一発逆転をかけた騙し合いの大勝負に出る痛快開運ストーリーです。
シネマズby松竹では、本作のメガホンをとった武正晴監督を直撃。中井貴一さん、佐々木蔵之介さんをはじめとする豪華キャスティングに至る裏話や、映画作りへの思いなどを語っていただきました。
二人に求めたのは「見せ場に逆算してどう向かっていくか」
──『嘘八百』は、キャストが非常に豪華で、なおかつ、非常に絶妙なキャスティングとなっていますが、ダブル主演の中井貴一さんと佐々木蔵之介さんというコンビはどういうところで決まったのでしょうか?
武正晴監督(以下、武):今回は堺で撮影をするということが決まっていたので、関西出身の佐々木蔵之介さんは、企画の早い段階で名前があがっていました。最初は関西の二人組にしようかという話もあったのですが、脚本を作りあげていく中で、東京かどこかからやってきた風来坊のような人物ができあがった。なので、特に関西人である必要はないだろうということになりました。
二人のうちの一人が地元の堺の人で陶芸をやっている設定になったので、これは蔵之介さんのほうがいいんじゃないかということになり、もう一人の古物商を誰にするかで、蔵之介さんと同世代の人も考えたのですが、蔵之介さんが演じる佐輔も含めて手玉にとるような男なので、もう少し年齢が上でもいいのかなと。
さらに、詐欺師とまではいかないんですが、人を煙に巻くようなキャラクターでもあるので、パッと見た感じで胡散臭くなく、普段は小賢しい役を演じるイメージのない人がいいかなというところで絞っていく中で、中井貴一さんの名前があがり、脚本を読んで気に入っていただき、キャスティングに至りました。
──メインの二人に、現場で何か求めたことなどはありますか?
武:それぞれの見せ場があるので、そこに向かっていってくれたらというところがありました。蔵之介さんは陶工をする役で、そういう場面がありますし、中井さんも長いセリフで攻める場面があります。脚本に書かれている中で一番難しいのはその二ヶ所なので、それに向かって二人がどう逆算していってくれるかなと思っていたのですが、俳優さんたちはその都度よくわかってやってくれました。なので、僕自身が現場で特に何かこうしてくれと求めることはなかったですね。
──今回、佐輔の妻役の友近さんや、坂田利夫さんなど芸人さんを起用されていますよね。木下ほうかさんも吉本新喜劇出身ですが、これらの方々を起用したのは、どのようなところから?
武:ほうかさんは、昔から俳優さんとして知っていて仕事も一緒にやっていましたし、坂田さんは、安藤桃子監督作品の映画『0.5ミリ』を見たときにあの役はすごいなと驚いて、機会があれば仕事を一緒にやりたいと思っていました。坂田さんについては、『0.5ミリ』が本当に大きいです。友近さんも、園子温監督の映画でヤクザの姉御をやったときに、ものすごいインパクトがありました。
いずれも作品に出ているときにすごくいい印象があり、芸人というよりも俳優として非常に優れていると思ったからこそ、一緒に仕事できたらということでお願いしました。みなさんお忙しいのでスケジュールが合えばいいなと思っていたんですが、そこは、うまくはまってよかったです。
──木下ほうかさんは、非常に印象的な仕草を見せるシーンがありますね。
武:ああいうのは、役者が勝手にやるんですよ。
──あれは、何回もテイクを重ねたわけでもなく……?
武:いや、僕はあまりテイクを重ねないんですよ。やっぱり、うまい俳優をキャスティングするのがいちばん楽ですよね。みんなああいうことをやりたがる人たちですから。
バウムクーヘンを「まるまる一個食べるのが夢でした」
──本作のメインは則夫と佐輔の二人の男ですが、彼らにはそれぞれ家族がいて、双方の家族が食事する場面なども興味深かったのですが、それぞれの家族の対比は、どのように作っていかれたのですか?
武:それぞれの子供のキャラクターの在り方は、シナリオライターの足立紳さんや今井雅子さんの思いがすごくよく出ていたと思います。二人とも小さいお子さんがいて、僕もときどき彼らと家族でご飯を食べたりするんですが、その感じがそのまま出ているんですね。
関西だったらすき焼きというのも今井さんの発想で、ああいうのが作家さんたちから出ている特色だと思いますね。食事や食卓の場面については、俳優さんにとっても腕の見せどころですし、見ていて面白くなるところなので、いつも必ず書いてもらっています。
──食べるということでは、バウムクーヘンが出てくるシーンもありますが、こちらもこだわりなどはあったんでしょうか?
武:あれは、とことんバウムクーヘンにこだわって、見ている人が食べたくなってくれたらいいんじゃないかと。映画を見終わったあとに感動とかよりも、「バウムクーヘン食べたいな」とか「餃子食べたいな」「抹茶飲みたくなったな」くらいでいいんじゃないかと思うんですね。
–{本当はメシを食ってウンコをするところまで描きたい}–
──では、監督自身がお好きな食べ物を、映画の中に入れてみるなんていうことも?
武:バウムクーヘンは大好きです。夢の食べ物で、あれをまるまる一個食べるのが僕の一つの夢でした。一人暮らしをしたときに、あれを一個食べていいということになった瞬間は、本当に夢が叶った感じがしましたね。
──ひとりであれを全部食べきるのは大変そうですが…食べられましたか?
武:食べたと思います。家族と分けないで、あれを独り占めで食べるというのがよかったんです。
『嘘八百』でバウムクーヘンを食べるシーンでは、森川葵さんが細かい芝居をしているんですよ。編集をしているときに気がついて、「ああ、いろいろ考えているんだな」と思いました。
人間の在り方ということでもっというと、本当はメシを食ってウンコをするところまで描きたいんですけれど、なかなかその機会がないんです。人間が生きているということは、結局その二つだけなんですよね。
メシを食うときと、その次の日の朝、トイレできれいなものが出るとき、生きているなという感じがするというか。みんながやっていることで、それで一喜一憂しているじゃないですか。それをいつかやりたいんです。
なので、映画を作っていていつも思うのは、メシを食う場面と便所かな。でも、なかなか便所を描けなくて(笑)、僕の今の課題はそこなんですよね。
「映画を作ると、社会とつながれる」
──『嘘八百』は、『百円の恋』に続く監督と足立紳さんによるタッグ作品ですが、『百円の恋』とはかなり作風が違うようにも見えたのですが?
武:『百円の恋』のころは、僕ら人生をかけていましたから。崖っぷちにいて「これがだめならもうだめだろう」というところだった。『百円の恋』のときは、それこそ足立さんの生きるか死ぬかが出たんじゃないかと思います。
『嘘八百』は、『百円の恋』があったおかげでいただいたお仕事で、崖ではなかったので、そこの感じは違っていましたね。もう少し気を楽にして作ることができました。誰からも望まれていない仕事と、求められた仕事というところでの差は大きいと思います。
──本作は、タイトルどおり大人たちが嘘と騙し合いで勝負していく物語ですが、監督自身、この作品を撮ってみて“嘘”ということに対してどうお考えでしょうか?
武:「本当のことなんて、普通人間は話さないんじゃないかな」というのがずっとあったんです。まず、映画作りが全部嘘で、僕らはずっと嘘を作り続けているわけですから。それがリアルだとか、リアルじゃないとか怒られるわけですけれど(笑)。
でも、“嘘”というのは、昔の人が作ってくれたいい言葉だと思いますね。モラルみたいなものを確認してくれる言葉で「いい嘘をつこう」「これだと悪い嘘になるな」と考えさせられる。
人は無意識に嘘をついてしまったり、どこかで本当のことをねじまげてしゃべっていることもあるし、場合によっては、人と人とが出会ったときも「本当にその人なのかな」と調べてみないとわからないこともある。
ただ、嘘だとしてもよい嘘ならばその人たちにとっていい関係になっていくわけで、結局は人間らしさというか、「嘘八百」とか「嘘も方便」とかいろいろな言葉がありますが、そこに人を騙す悪意が込められるとそれはまた違う言葉になるので、いい嘘をつけるのであればいいのかなとは思います。
作っていて面白いなと思ったのは、「映画作りも結局、“嘘八百”じゃん」と思えたこと。本当の詐欺師にならなきゃいいんだ、楽しい嘘をついて人を面白がらせてあげられたらいい仕事なのかなと、すごく楽になれましたね。
──本作は、2018年お正月公開ですが、監督ご自身、2018年をどのような年にしたいと思っていらっしゃいますか?
武:映画が作り続けられたらいいですね。映画一本作るのも厳しい世の中ですが、何か少しでも人が楽しめる、役に立てる作品が作れたらいいなと思っています。ただ、それは来年ということではなく、自分の命が続く限りやりたいと思っていることです。
映画作りって、一年単位とか来年はどうこうということでなく、ずっと継続している感じがしているんですよ。なので、できるなら年が変わらないでほしいなと思っているくらい、時間が足りない。でも、いろいろといただいているお話もありますし、足立さんと一緒に作った脚本も何本かまだあるので、それらをなんとか成就させていきたいという思いもあります。
──2018年の個人的な目標などはありますか?
武:いや、もう映画を作るだけです。それ以外何もないですね。それがないと、きっと僕は生きていけないんですよ。社会では全く通用しないので。映画を作っていると、まだ生存できるので、自分自身がこの社会で生きのびるためにも「映画を作らないと」と追い込められている感じがしています。
──映画作りにおいて、監督がいちばん好きなのは、どんなところでしょうか?
武:社会とつながれるところですね。僕はどこにも所属していないので普段社会とあまりつながっていないんですけれど、映画を作るときだけは、他の人たちや社会や親のことを思ったり、昔の自分の記憶をたどったりしていく。普段はまったくそうしたことから外れているので、映画作りのときに自分自身と社会のつながりができるのがすごくいいのかなと思っていて、だから必死です(笑)。
あと、もうひとつは、ひとりじゃなくなる、他人と関われること。それが映画作りのいいところです。
──ありがとうございました。
映画『嘘八百』は、2018年1月5日(金)より、全国ロードショーです。
(取材・文:田下愛)
(C)2018「嘘八百」製作委員会