(C) 2017映画「彼女がその名を知らない鳥たち」製作委員会
現在、沼田かほるの小説を原作とした映画『彼女がその名を知らない鳥たち』が公開中です。実際に観てみると、本気でイヤな気分になる(※褒め言葉)、だからでこそ、2017年の映画の中でもベスト級の1本だと断言できる傑作でした! 以下に、ネタバレのない範囲でその魅力を紹介します!
※なお、以下から「最悪」「最低」「クズ」「不快」「イヤ」「ヒドい」「キツい」「嫌悪感」「気持ち悪い」「吐き気がする」などといったネガティブな言葉を多用していますが、全て褒め言葉です!
1:キャスティングが完璧すぎる! 全員最低だ!
本作の監督は、『凶悪』と『日本で一番悪い奴ら』で映画ファンから熱狂的な支持を得た白石和彌監督の最新作です。白石監督の作風や演出がどのように素晴らしいのかは後述しますが、この前2作に引き続き「キャスティングが完璧すぎる!」ということを、まずは強く訴えたい!
蒼井優の役は本当に最低です。原作からさらに“タチの悪いクレーマー”っぷりがパワーアップしており(レンタルビデオ屋にも文句を言うのは映画オリジナル)、ファーストシーンから「こんな女はイヤだ!」と嫌悪感でいっぱいになります。蒼井優は近年でも『オーバーフェンス』で精神が少し不安定……いや“メンヘラ”な役を演じてきましたが、今回のインパクトはそれらを遥かに超えていました。ちなみに蒼井優自身は、この最低な女の役作りにおいて「普段の生活とあまり変えなくても、そのまま彼女になっていた」と述べていましたが……いやいや、これが蒼井優の“素”だとは思いたくないよ!
(C) 2017映画「彼女がその名を知らない鳥たち」製作委員会
阿部サダヲの演じる役は無頓着で不潔です。髪がボサボサ、日に焼けて汚れたその顔だけで生理的な嫌悪感でいっぱいになりますし、食事の仕方が汚らしくて最悪。しかも、一方的なまでの愛をぶつけまくるというキャラであり、全編にわたって“うっとおしい”のです。阿部サダヲは『夢売るふたり』でも過剰なまでのお人好しな男を熱演していましたが、今回のハマりっぷりはそれどことではありません。観終わってみると彼以外のキャストは考えられない、「原作小説から阿部サダヲをイメージして書かれていたのではないか?」と邪推してしまうほどだったのです。
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松坂桃李もすさまじかった……! 『侍戦隊シンケンジャー』のヒーローらしさは見る陰もなく、徹頭徹尾クズ男にしか見えない! その演技は、共演者の蒼井優に「いいところがひとつもなかった」「ペッラペラなセリフをペッラペラな状態で言えている」と“褒められる”ほど。ご本人は努力を惜しまずに役作りをする素晴らしい俳優なのに(だからでこそ?)本当に中身が“薄っぺら”の最低男に見えてくるんですよ! 『エイプリルフールズ』でも彼のクズ演技は新鮮かつ最低(最高)でしたが、似合いすぎているのでこれからもクズ男街道を極めてほしい! しかも、蒼井優との濡れ場では、気持ち悪すぎるキスから始まったと思いきや、セクシーな愛撫をたっぷりしてくれるのだからズルい(ヒドい)!
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竹野内豊も、“デキる男”な雰囲気を逆手に取ったかのような、“表面だけは最高だけど中身は最低な男”を完璧に演じきっています。松坂桃李の薄っぺらなクズ男とは違って、その話している内容にある種の説得力があるからこそタチが悪い、思わずコロッとだまされてしまいそうな“人間力”があるからこそ、最低最悪なキャラクターになっているのです。
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『影武者』や『関ヶ原』などに出演していた故・中嶋しゅうの役も、本当にヒドすぎます。本作が氏の遺作になるとのことですが、本当に最期の役がこれでいいのでしょうか……いや、もちろん最高の演技をしているのですが(だからでこそ)、出演している間じゅう、ずっと吐き気がするくらいにおぞましかったんですけど……! 蒼井優は「(尊敬の意を込めて)中嶋しゅうさんの姿を目に焼き付けてください」が舞台挨拶で語っていましたが、本当にその姿が脳にこびりついて離れないよ!(もちろん良い意味で)
この日本が誇る名優たちが、まさに共感度ゼロのクズ人間たちを演じていて、これ以上なく最悪な気分になれる、というだけでも、本作は最高の作品なのです。『凶悪』のピエール瀧やリリー・フランキー、『日本で一番悪い奴ら』の綾野剛やYOUNG DAISもそうですが、白石和彌監督作品は、まずキャスティングが100点満点で100億点、その役者の魅力を最大限に引き出す監督の手腕が500億点です!
余談ですが、蒼井優は現在32歳で阿部サダヲは47歳、原作小説でそれぞれが演じた役の年齢は33歳と48歳という設定で、役者の実年齢と実際の役がそれぞれ1歳しか違わないのです!(2人が15歳違いということも一致)この時期でのキャスティングは、もはや奇跡と呼んでも良いのではないでしょう。
–{映画史上最悪の食事シーンを見逃すな!}–
2:映画史上最悪の食事シーンを見逃すな!
(C) 2017映画「彼女がその名を知らない鳥たち」製作委員会
前述した通り、阿部サダヲが演じている役は、その出で立ちだけで嫌悪感がいっぱい、勝手に愛情を叫び続ける一方で、食事の食べ方が無神経極まりないという最悪な人間です。原作でも彼のイヤすぎる食事シーンや、病的なまでの不器用さがねちっこく書かれていましたが、映画でも(原作からアレンジが加えられていた)阿部サダヲの“食べる時の行動”が本当に汚らしくて、心の底からゲンナリできるでしょう。
特筆すべきは、「映画史上最悪なのではないか」と思ってしまうほどの、凶悪な食事シーンが劇中に登場すること! 映画における食事には、登場人物の人間性や、その時の状況を表していることがよくありますが、本作にいては“食べるもの”も“タイミング”も、これ以上なく最悪なのです。
これまでも、『かしこい狗は、吠えずに笑う』や『二重生活』(2016年)、そして『葛城事件』など、最悪な食事シーンが描かれた、良い意味でイヤな気分になれる日本映画はありましたが、本作では“見た目”のインパクトも相まって本気で吐き気がしました。ここまで来るといっそスガスガしく、むしろその食事を食べたくなるほどですよ!(ちなみに、『葛城事件』の監督である赤堀雅秋は、本作で刑事の役を演じていました)
この食事シーン以外にも、白石和彌監督の細かい演出は行き届いています。たとえば、たびたび登場人物の背景には、“関係のない一般人”が映るのですが、それが登場人物の行動との“対比”になっていたりするのです。これは原作小説にも少し描写されていたことですし、間違いなく意図的なものでしょう。
蒼井優演じる最低女が、嫌悪感でいっぱいのはずの男(阿部サダヲ)から離れらないという状況も、映像だからこその説得力で見事に描かれています。部屋の暗くてイヤな雰囲気、なかなか換気もしないという状況は、そのまま彼女の“嫌いなのに一緒にいてしまう”という心理を表しているかのようでした。
–{原作小説から変わったこととは? 驚天動地のクライマックスが待ち受ける!}–
3:原作小説から変わったこととは? 驚天動地のクライマックスが待ち受ける!
(C) 2017映画「彼女がその名を知らない鳥たち」製作委員会
映画の大筋の物語は原作小説に忠実ですが、決定的な違いもあります。それは、“ある事実が提示されるタイミングが違う”ということ。詳しくはネタバレになるので書けないのですが、“書類の紛失”や“(中嶋しゅう演じる)老人の存在”などは、提示される時期が映画と小説で異なっているのです。
原作も過去と現在の描写が入り交じる構成でしたが、映画ではさらにプロットを見つめ直し、“じわじわ”と真相へのヒントを与え続けている、ミステリーとしての面白さも突き詰めていると言ってもいいでしょう。同時に、それは“最悪な瞬間”のインパクトがさらに強まることにも繋がっていました。
そして……クライマックスにおける、とある演出は、原作にはない映画オリジナルのものです。ここで(原作でも少し書かれていたことを)“最期に初めて提示する”というのが、本作の白眉であり、映画のつくり手が最も重視したことであることは、間違いないでしょう。
白石和彌監督自身、原作の映像化において試行錯誤を繰り返したことを踏まえ、「最終的にはこのラストしかない」「これ以上の衝撃はないです」と語っています。まさに驚天動地、原作から“タイミングと演出を変えた”ことによる、これ以上のないサプライズを期待して欲しいです。
–{まとめ:キャッチコピーを打ち出した人にも拍手を!}–
まとめ:キャッチコピーを打ち出した人にも拍手を!
『凶悪』の猟奇的すぎる殺人者の告白、『日本で一番悪い奴ら』の冗談のような警察の汚職など、白石和彌監督作品は良い意味での極端さ、どこまでも人間の“業”が深くなるかのような、ある種の“エクストリームさ”にこそ魅力があると、筆者は考えます。『彼女がその名を知らない鳥たち』も同じように、そのエクストリームさが、“不快さ”という一点に突き抜けていると言ってよいでしょう。
それでいて、『凶悪』の殺人者たちが喜々として殺人を行う一方で自身の家族を大切にしていたり、『日本で一番悪い奴ら』の主人公が次々に汚職に手を染める一方でマジメかつ勤勉であったりと、白石監督作品には“最低なヤツらの印象が変わってしまう”という描写も少なからずありました。
そこで注目してもらいたいのが、本作『彼女がその名を知らない鳥たち』のキャッチコピーです。
「あなたはこれを愛と呼べるか」
「共感度ゼロの最低な女と男が辿りつく“究極の愛”とは—」
「このラストは、あなたの恋愛観を変える」
これまで語ってきた通り、登場人物のほとんどは“共感度ゼロ”という触れ込み通りの最低最悪の人間です。しかし、“究極の愛に辿りつく”と“ラストであなたの恋愛観が変わる”というのも、また事実なのです。ラストにおいて、筆者はボロボロと涙を流してしまいました。それは、今までに最低最悪だと思っていた、ある登場人物の印象が変わり、まさに究極の愛を目の当たりにしたからなのです。(共感度も、ゼロではなくなるかもしれません)
多くの恋愛映画が、「共感を呼ぶ」や「感情移入できる」などをセールスポイントにしている世の中で、あえてそれらと正反対の言葉を打ち出し、なおかつ映画の内容を完璧に表した、このキャッチコピーを作り上げた方も、最大限の賞賛に値します。
「あなたはこれを愛と呼べるか」という問いかけに対して、筆者は「愛と呼びたい」と考えます。この最悪で不快な人物たちが織りなす物語と、観る人それぞれで捉え方が異なるであろう、衝撃の結末を見逃さないでください。“普通”の甘ったるい恋愛映画では絶対にあり得ない、例えようもないほどの感動が、そこにはあるのですから。
(文:ヒナタカ)
参考図書:彼女がその名を知らない鳥たち (幻冬舎文庫)