(C)2017「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」製作委員会
公開中の『打ち上げ花火、下から見るか 横から見るか』(以下、『打ち上げ花火』)は、ポスターや予告編を見ると、歴史に残る大ヒットを遂げた『君の名は。』を連想するかもしれません。少年少女を主人公にしていたり、田舎の風景であったり、企画・プロデュースを務めたのが川村元気であったり、学校の先生を演じていた声優が花澤香菜だったりと、共通点が多いのも事実です。
しかし、映画の製作経緯を振り返り、本編を観てみると、『君の名は。』とはまったく違う特徴を持つ作品であることがわかりました。その理由と、『打ち上げ花火』がどのような作品であるかを、以下に書き出していきます。大きなネタバレはありません。
1:原作は“2通りの物語”を描いた実写ドラマ。“そのままアニメ化したシーン”もあった!
『打ち上げ花火』には原作となる実写作品が存在しています。もともとは1993年に放送された「if もしも」というオムニバス形式のドラマの1つとして放送されており、その圧倒的な完成度が大評判を呼んだため、1995年には映画作品として劇場公開もされました。『リリィ・シュシュのすべて』や『リップヴァンウィンクルの花嫁』などの岩井俊二監督の出世作としても知られています。
この実写版は「もしも、あの時こうしていたら」というドラマの形式上、“2通りの物語”が展開する、つまりストーリー(時間)がいったん戻るという特徴があります。これはドラマの中での“お約束”であるため、時間が戻る明確な理由は劇中で描かれていませんでした。この実写版が劇場公開された時、観客からは「なぜ戻ったかわからない」という声が実際に多かったのだそうです。
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今回のアニメ版では、その“時間が戻る理由”を合理的に説明するための“もしも玉”というアイテムが新たに登場するほか、後半は実写版にはないオリジナルシーンが満載となっています。その一方で、最初の“ヒロインが母親に連れ戻されそうになる”シーンや、“医者に傷を見てもらう”シーンなどは、カット割り、構図、人物の動きに至るまで、実写版ほぼそのままだったりもするのです。
さらに、実写版では“時間が戻るポイント”が1回だけだったのですが、今回のアニメ版は複数の戻るポイントが付け加えられました。このため、実写版でわずか45分だった上映時間は、アニメ版で90分とちょうど倍になっています。
つまり、今回の『打ち上げ花火』は、20年以上前の実写ドラマを原作としているだけでなく、忠実にアニメに落とし込んだシーンもある。それでいて長編映画としての工夫が凝らされており、新たな展開もたっぷり盛り込まれている、という作品なのです。完全オリジナル作品であった『君の名は。』とは(ラジオドラマがタイトルの元ネタだったり、小説版が同時に書かれていたりもしましたが)、この時点でかなり製作経緯が異なっているのです。
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ちなみに、“もしも玉”のアイデアを出したのは岩井俊二監督だったのだとか。「“玉”は花火の対極としてのシンボルになる」ということで決まり、武内宣之監督は「灯台の電球の中のような、ドームに包まれているイメージ」で“もしも玉”のデザインをしたのだそうです。
2:〈物語〉シリーズのシャフト最新作!クセの強い作風も賛否両論の理由?
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本作『打ち上げ花火』を作り上げた製作会社が“シャフト”ということも重要です。『化物語』から始まる〈物語〉シリーズ、記録的なヒットとなった『魔法少女まどか☆マギカ』のほか、『荒川アンダーザブリッジ』や『ニセコイ』や『3月のライオン』などの人気マンガ原作のアニメも多数手がけている会社であり、その作風は「あ!シャフトのアニメだ!」とすぐにわかるほどに特徴的だったりするのです。“キャラがアゴをあげて見下ろす”や“目や口のアップ”などはその代表ですね。
総監督はシャフトの多くの作品を監督した新房昭之、キャラクターデザインは〈物語〉シリーズの渡辺明夫、 監督は『月詠 -MOON PHASE-』や『輪るピングドラム』の絵コンテや演出を手掛けた武内宣之、音楽は〈物語〉シリーズのオープニング曲のほか多数のアニメのBGMを手掛けた神前暁と……まさにシャフトのアニメを作り上げてきた精鋭たちが集結しています。そのため、本作のヒロインは時々〈物語〉シリーズの“戦場ヶ原ひたぎ”というキャラっぽくも見えますし、キャラの動きや背景も“シャフトらしさ”が大盤振る舞いだったりするのです。
シャフト作品のファンであると、より楽しむことができるでしょう。この良く言えばユニークで、悪く言えばクセの強いシャフトの作風は、好き嫌いが分かれる要素の1つにもなっていそうです。
3:懐かしいけど現代的?“奇妙なノスタルジー”があった。
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『打ち上げ花火』の実写版には、“スラムダンクの最新刊”や“スーパーファミコン”などの、放送された1993年当時に子どもたちの間で流行していたものがセリフとして出てきます。これが、今のアラサー世代が観ると「あのころはこうだったなあ……」と、懐かしい気持ちを喚起させるものだったりするのです。
少年たちの冒険を描いている点では『スタンド・バイ・ミー』を彷彿とさせますし、岩井俊二監督も「(ドラマを作った当時に)すでに自分の子どものころを懐かしみながら作っていました」と語っていました。その“ノスタルジー”こそが、実写版『打ち上げ花火』の大きな魅力になっているのは間違いありません。
そして、今回のアニメ版では、そのノスタルジックだったアイテムに変更が加えられています。「スラムダンク」は今なお連載中の大人気マンガのタイトルに変わっていますし、劇中に登場するゲームは2013年に発売された(!)ファミコン用の同人ゲーム「キラキラスターナイトDX」であったりするのです。
奇妙なのは、主人公がその「キラキラスターナイトDX」を遊んでいるテレビが“薄型”で、テレビの上には“キネクトのセンサー”に似たものがあり、コントローラーも明らかにファミコンではない次世代ゲーム機のものであったこと。古いものと新しいものが混合している、しかも現実では存在しないであろう光景になっているのです。
そのほか、劇中で広瀬すず演じるヒロインが歌っていたのが1986年に発表された松田聖子の「瑠璃色の地球」であったり、学校が“円形校舎”になっていたりもしました。円形校舎は1950年代に多く作られたものの、今では少子化や老朽化の影響も相まって数十棟ほどしか残っていない“過去の遺物”。やはり今回のアニメ版でも、積極的に懐かしさを感じさせるものを登場させているのです。
しかし、シャフト製作の独特な背景はどこか現代的なので、やはり新旧が入り混じりっているような、「これはいつの時代なんだ?」と思わせる印象があります。実写版がストレートにノスタルジーを喚起させてくれる一方で、今回はアニメという演出も相まって“奇妙な世界”に足を踏み入れてかのような感覚を得られるのです。これも、好き嫌いのわかれるポイントでしょう。
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『君の名は。』の二番煎じとは呼ばせない!
–{『君の名は。』の二番煎じとは呼ばせない!}–
4:キャラが小学生から中学生に。子どもっぽさに違和感があるかも?
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実写版と今回のアニメ版の違いはそれだけではありません。もっとも目立つ改変は、原作の主人公たちの小学生(小学6年生)という設定が、中学生(中学1年生)になったことでしょう。この年齢が変更となった理由を、新房昭之総監督は「小学生だと子どもっぽすぎて、アニメの脚本では芝居をさせ辛いという感覚があったから」などと語っていました。
キャラクターデザインを手掛けた渡辺明夫は、「ヒロインはもともと大人っぽいという設定だったので、むしろもう中学生に見えないくらいでも(大人っぽくても)いいんじゃないか」「男の子もそこまで子どもっぽくならないように」と考え、今回のアニメ版の中学生という年齢に合わせたキャラクターを作り上げていったのだそうです。
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本作でちょっと気になってしまったのは、このように設定も見た目の年齢も原作よりも引き上げられたのにも関わらず、劇中のキャラの行動や言動が“小学生のまま”であったことでした。好きな女の子が気になっているのに強がっていたり、女の子の約束よりも男子たちの友情を優先したりするのは、小学生男子ならではの「女子と遊んでいると男子からはハブられたりイジられる」という価値観があってこそなのではないでしょうか。そもそもの「打ち上げ花火を横から見るとどうなるんだろう?」という物語の発端も含めて、「中学生がこんなことをするかな?」という疑問がどうしても湧いてきてしまうのです。
この設定上の年齢と、実際の行動や言動にズレがあるため、登場人物を“あの時の自分”に当てはめることが難しく、前述したようなノスタルジーの魅力もより感じにくくなっているのではないでしょうか。原作を知らない人にとっては、必要以上にキャラクターにエキセントリックな印象を持ってしまうのかもしれません。
しかしながら、原作からある“思春期ならではの女の子に対するドギマギ”や“男の子よりも少し大人びている女の子”、“女の子のそこはかとない性的な魅力”などは今回の映画でも健在ですし、(年齢を少し変えたとしても)原作の精神性をしっかりと受け継ぐという意思も存分に感じられます。原作を知っている人にとっては、むしろこの点は好意的に受け止められるのかもしれません。
5:ストレートに感動を呼び起こす作風ではない。むしろ“モヤモヤが残る”ことが重要?
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『君の名は。』では劇中で(ネタバレになるので具体的な言及は避けますが)、世界を揺るがすほどの大きな出来事が起こり、そして大切な人を救うために全力で行動するという、わかりやすく、共感をしやすい物語がメインになっています。喜怒哀楽の表情が豊かなキャラクターのおかげもあり、設定や演出の意図が少しわからなかったとしても、幅広い人が楽しめる作品に仕上がっていました。
一方で、今回の『打ち上げ花火』はそうではなく、あくまで物語の焦点は“主人公とヒロインの内的な物語”です。ヒロインはミステリアスなところがあり、主人公やライバルとなる男の子は前述した通り中学生という年齢よりも子どもっぽいため、やや感情移入がしにくいところもあるのです。終盤の展開や結末もスッキリハッキリしたものではなく、“モヤモヤ”が残ってしまう人も多いでしょう。
この良く言えば深読みのしがいがある、悪く言えば掴みどころのない内容は、原作である実写版の“語りすぎない”作風に多大なリスペクトを捧げたためでもあるのでしょう。原作からして、思春期のみずみずしさ、夏の空気感、二度とは戻ってこない青春の切なさなどを、言葉やストーリーよりも、映像作品ならではの表現でたっぷりと感じられる作品なのですから。
まとめ:モヤモヤしすぎた方に、実写版を観て欲しい。
以上に挙げた、アニメ版『打ち上げ花火』の特徴、および『君の名は。』との明確な違いをまとめると、以下のようになります。
・20年以上前に製作された実写ドラマを原作としている。
・“シャフト”という製作会社の作風が色濃く表れている。
・ノスタルジーを喚起させる要素が強い。
・思春期の少年の“幼さ”ゆえの行動が多い。
・ストレートに感動を喚起させてくれるのではなく、むしろモヤモヤが残る作風である。
これらの特徴を踏まえておくと、きっと『打ち上げ花火』を楽しむことができるでしょう。
反対に、観終わって『君の名は。』と共通すると思ったのは、(少し方向性は違いますが)美しい風景がたっぷりと登場することと、“運命的な相手”を見つけるという素晴らしさを描いていること。『君の名は。』が好きな人が気に入るポイントは、他にもきっとあるはずです。
また今回のアニメ版だけを観て、キャラの行動や言動に違和感を覚えたり、モヤモヤしすぎてしまった方は、ぜひ実写版を観てみることをおすすめします。アニメに落とし込んだ際の数々の変更点や追加シーンを知ることで、「なるほど、ここがこうだからこうなっているのか」「だからこのセリフをここで言うんだな」などと、きっと納得できるでしょうから。
余談ですが、ヒロインの名前の「なずな」の語源は「撫でたいほど愛らしい花」「夏になるといなくなる花」なのだそうです。このことを知って観ると、良いことがあるかもしれませんよ。
おまけ1:決して『君の名は。』の二番煎じではない!
アニメ版『打ち上げ花火』で、川村元気が実写版の監督の岩井俊二に許可を取ったのは、2013年のことだったそうです。一方で『君の名は。』の打ち合わせが本格的に始まったのは2014年春で、新海誠監督が「夢で見た少年と少女が夢の中で入れ替わる」と言えるだけの企画書を提出したのは同年7月のこと。実は、『君の名は。』よりも『打ち上げ花火』のほうが先に企画がスタートしていたのです。
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脚本を手掛けた大根仁も「決して『君の名は。』の二番煎じ的なものではありませんよ」」とアピールをしていました。宣伝や観る前のイメージでそう思ってしまうのはしょうがないことですが、映画本編を観ないまま「二匹目のドジョウ」と言ってしまうのはあまりに気の毒です。ぜひ、劇場に足を運んで“『君の名は。』とは違うところ”に注目して欲しいです。
なお、プロデューサーの川村元気、総監督の新房昭之、脚本を手がけた大根仁はそれぞれ実写版の大ファンなのだそうです。過去に大根仁が手掛けたテレビドラマ「モテキ」では、なんと実写版『打ち上げ花火』のロケ地巡りに行くというストーリーがあり、カット割りからセリフまでドラマをそのまま再現したのだとか。いやはや、その作品愛、恐れ入ります。
さらに余談ですが、主人公に菅田将暉を配役することは、シナリオの完成前にすでに決まっていたそうなのです。役に決まった当時、菅田将暉はまだ大ブレイクをする前だったのですが、「ちょっとやんちゃでぶっきらぼうな田舎の男の子が、菅田さんのナイーブさや不良感みたいなものにぴったり」ということで川村元気が起用を決めたのだとか。『君の名は。』のかわいらしくてさわやかな主人公とはまったく違う、“菅田将暉らしさ”を感じられるキャラも、『打ち上げ花火』の大きな魅力です。
おまけ2:『打ち上げ花火』が好きな人に観て欲しい3つのアニメ映画はこれだ!
最後に『打ち上げ花火』が気に入った方におすすめしたい、3つのアニメ映画作品を紹介します。
1:『花とアリス殺人事件』
実写の上からなぞり描きしてアニメにする“ロトスコープ”という手法が使われた作品で、転校してきた中学3年生の女の子が、ひきこもりの同級生とともに殺人事件の噂を突き止めるという、ちょっと風変わりな物語が展開します。
その魅力は、主人公の女の子2人の気の強い性格と、彼女たちの小さな冒険を通じて青春の1シーンを切り取る作風です。岩井俊二監督ならではのノスタルジーを喚起させてくるシーンの数々は、『打ち上げ花火』に通ずるところがありました。『花とアリス』の前日譚に当たる物語ですが、そちらを知らなくても楽しめますよ。
2:『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』
『機動警察パトレイバー』や『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』などで有名な押井守監督による作品です。“なぜか学園祭の前日が繰り返されてしまう”という謎の現象から、町がどんどんと荒廃していく様子には、並々ならぬ恐怖と孤独感がありました。
解釈の分かれるシーンの数々、押井守ならではの哲学的な作風は、今なお多くのアニメファン、映画ファンに愛されています。『うる星やつら』を知らなくても、存分に楽しめるでしょう。
3.『On Your Mark』
CHAGE and ASKAが発表した同名の楽曲のプロモーションビデオであり、あの宮崎駿が監督を務めた作品です。地表が放射能で汚染され、人類が地下に住むようになった世界で、2人の警官が翼の生えた少女を救おうとする物語が紡がれています。
その特徴は、劇中で大きくわけて3つの物語が展開すること。1つの物語が終わったら、同じようなシチュエーションで別の物語が展開するという構成は『打ち上げ花火』にも似ており、セリフやナレーションがいっさいないことも手伝って、それぞれの物語に「これはこうだ」「いいやこうも見える」などと、観た人がそれぞれの解釈ができるのです。
上映時間は7分にも満たないほどに短いのですが、そうとはとても思えない奥深さがある名作です。「ジブリがいっぱいSPECIALショートショート」というDVDに収録されているので、宮崎駿作品が好きだという方は、ぜひ一度ならずとも二度、三度と観てほしいです。
(文:ヒナタカ)