「俳優・塚本晋也は、 監督から見て実に良い俳優!」、『野火』Blu-ray&DVD発売記念、塚本晋也監督インタビュー

俳優・映画人コラム

■「キネマニア共和国」

昨年大いに話題を呼んだ塚本晋也監督の『野火』が5月12日にBlu-ray&DVD化されます。

大岡昇平の同名小説を原作に、戦場におけるさまざまな地獄絵図を描きながら戦争の恐ろしさを描き、今も全国各地で上映され続け、老若男女とわず支持され続けているこの作品について……

キネマニア共和国~レインボー通りの映画街~vol.132

塚本監督にお話をうかがってみました!

野火 塚本晋也

自主映画スタイルで臨んだ宿願の映画化

塚本晋也監督は高校時代に大岡昇平の原作を読んで感銘を受け、やがてこれを自分の手で映画化したいと願うようになっていったと聞きます。

「若いときは、それこそ『地獄の黙示録』(79)日本版くらいのスケールのものを作ろうなんて、夢が無尽蔵に広がってましたね(笑)。それを目指して自分もキャリアを積んでいったところもあります」

本来は予算をかけた超大作として製作したかったものの、それが叶わず、今回は久しぶりに初期の自主映画スタイルで本作に取り組んでいます。

「今これを作らなければ、どんどん作りにくくなっていく時期に来てしまった。だから、たとえ小規模でもやらざるをえない。ただ、『だいぶ小さい規模の映画になっちゃったね』という印象には絶対ならないように気をつけましたし、最終的にはプラスマイナスでこれまで僕が手掛けてきたミドル・クラスの作品くらいの経費はかかりました。これでも普通にやれば5倍以上の予算がかかったことでしょう」

スタッフもSNSでボランティアを募集しました。

「これまで一度でも僕の映画にボランティアで参加してくれた人はもうプロとみなして、次からは些少ですがギャランティを払うようにしていますが、今回はまったく予算がないところから始まりましたので、すべてボランティアさんと始めようとSNSで募集をかけたのですが、ひとりだけ『野火』ならばどうしても参加したいという僕の映画でキャリアをスタートした人がいて、彼に助監督と共同撮影をお願いしました。

■「キネマニア共和国」の連載をもっと読みたい方は、こちら

–{南方戦線を舞台としながら ヒンヤリとしたクールな世界観}–

南方戦線を舞台としながらヒンヤリとしたクールな世界観

結果として映画『野火』は、右にも左にもぶれない、極限状況における人間の愚かさや痛みみたいなものを生理的に追求し得た作品になっているように思えます。

「もともと社会的思想がどうこうといったものは自分の中にありませんし、最初からそういうものを入れるつもりもありませんでした。ただし一方で『戦争ってイヤだ!』という想いだけは強く持っていますので、それに関しては誰も文句のいえないところだと思います。あとはご覧になったみなさんそれぞれ自由に感じていただければ幸いですが、僕としてはとにかく大岡昇平さんの素晴らしい原作を読んでインパクトを受けたときの自分と同じ感情を、観客のみなさんにも追体験していただきたかったのです。実際、製作初期には『また日本の兵隊さんを卑下した映画を作ってる』と批判する声もありましたが、見てもいない作品を簡単にカテゴライズして“反日”と叫ぶような行為そのものが、今の社会の一番良くない状況を象徴しているように思いますが、そんな状況に『野火』は一石を投じたかったのだと思います」

昨年は戦後70周年ということで、さまざまな戦争映画が作られましたが、その中で『野火』は戦場での飢餓をはじめとする地獄を描いた点で反戦映画として屹立していますが、一方で人間の肉体が無残に崩壊し、変わっていくさまを隠さず捉えています。これは塚本作品に通底するテーマのようにも思えます。

「そうですね。もともと原作に惹かれたのも、そういったところもあったのかもしれません」

戦闘シーンの残虐さを、また腐乱死体の特殊メイクなども精巧に作られていました。

「戦闘シーンは一度撮り終えて編集していたとき、まだ戦争の恐ろしさが足りないと思って、斃れた兵士の脳みそを踏んづけるなど一連のシーンを追加撮影しました。死体も凝りましたね。ボランティアのスタッフも、結末がどこにあるのかわからないまま、いつまでもこだわり続けてやってくれていました(笑)」

作品の趣向として、南方のフィリピン戦線を舞台にしていながら、登場人物が誰も汗をかいてないのが非常にユニークでした。

「そうですか⁉(笑)実は撮影中、汗とかを気にしている暇もないほど何もしてないんです。今までの僕の映画は汗が非常に大事で、むしろ汗をくっつけてテカテカさせ、さらにその上から霧吹きをかけたりすることも多いのですが、今回はあまり必要を感じなかった。
衣裳も濃い色で濡れているような状態の色合いなので、汗をかいても見えない。あと、実は衣裳の数自体があまりなかったので、撮影が終わったらすぐ乾かすみたいなこともやってたし、とにかくあまり汗をかかれては困るという前提で、現場ではいろいろ加工したんですよ。あまり汗臭くならないようにとか(笑)」

しかし、そういった結果として汗のない世界観によって、南浦戦線を舞台にしながらもどこかヒンヤリした感触の映画になっています。これは塚本映画の特色ともいえるもので、またこれによって灼熱地獄よりも飢餓地獄が際立ち、それがカニバリズムの描出の、より強烈なインパクトに結びついているように思えてなりません。

「不思議なこともあるものですね(笑)。確かに汗とか、灼熱の中で既に蒸発しちゃっているイメージがあったかもしれませんが、とにかく現場ではあまり汗をかかなかったし、無理に軍服に汗じみをつけようという気持ちにもならなかった。むしろスカッとした青い空と明るい日差しの下、美しい緑の大自然の中で全てが赤裸々にさらされ、人がグチャグチャになっていく不快感のほうを重要視していたような気がします」

また原作には何某かの宗教観が描出されていましたが、映画のほうはそういった台詞などを排しつつ、むしろより強く宗教観が醸し出されているように思えます。

「そう思っていただけるとありがたいです。原作に文字で書かれていることを、映画はすべて画に置き換えていますので、ロジカルには宗教的なことは描いてないのですが、大自然の風景とかの中に何か“匂う”ものを普遍的な雰囲気として入れてみたつもりです。また原作の宗教色をそのまま出すと、客層が限定されてしまうような危惧も感じていましたので、それよりは何か苦しいこととかあると『嗚呼、神様!』なんてお祈りとかしながらも基本的には無宗教的な、そんな自分を基準にしてみようと。何よりも主人公の田村が教会の中で人を殺すとき、背景にキリストがいる。それだけで十分ではないかと思いました」

汗が存在しないクールな世界観と宗教色によって、個人的にはスタンリー・キューブリック監督の戦争映画『フルメタル・ジャケット』(87)とも相似する、あたかも神の目線から人間の愚かしさを観察しているような印象も受けます。

「自分としては意識してなかったですけど、キューブリックは大好きな監督ですので、どうしても体にしみているものが出てしまうのかな? 戦争映画という点では、今回はむしろ『地獄の黙示録』や『ディア・ハンター』(78)『プラトーン』(86)などのほうが影響を受けていると思っているのですが、もともとキューブリックのあの冷たい雰囲気は自分としてはたまらないものがありまして、実は『東京フィスト』(95)を作るときも、『フルメタル・ジャケット』の前半は軍隊の訓練、後半は戦場での戦いといった構成に倣って、前半はしょうもない練習風景、後半は試合シーンと、ドキュメント・タッチでやろうと考えたこともありました」

■「キネマニア共和国」の連載をもっと読みたい方は、こちら

–{俳優・塚本晋也は、 監督から見て実に良い俳優!}–

俳優・塚本晋也は、監督から見て実に良い俳優!

今回、この作品に取り組んだことによって、自身のテーマ性もさらに広がっていったようです。

「これまでの僕の映画は、どちらかというと都市のヴァーチャル的テクノロジーの中に埋没し、あがいていく人々が暴力的な表現で覚醒していく様子を描いていたように思うのですが、そこでの暴力は目の前にあるリアルなものではなく、むしろ無菌室みたいな状態のファンタジーとして捉えていました。でも『野火』は入り口からしてまったく違うというか、いかにも見ていて嫌だという、娯楽的ではない生々しい暴力を描かなくては駄目だと。ただ、そうすると都市=全世界の外側にある現実みたいなものに行き着き、そこからまた新たな現実を見始めていくという点で新たな一歩を踏み出せたような気もしています」

ちなみに『野火』は毎日映画コンクールで監督賞と男優主演賞も受賞されていますが、俳優・塚本晋也は塚本監督から見て、いかがなものでしょうか?

「本当に良い俳優ですよ(笑)。聞きわけがいいし、自分が監督としてこういう俳優さんがいいなという、そんな存在になって、よその現場にも行きます(笑)。絶対に監督の目線でモノなんか言いませんし、雑談もしないし、調子よくへらへらと無理にその場を和まそうともしない。ただ静かにそこにいて、やることをやって、気持ちよく帰る(笑)」

一時はアニメーション映画として製作しようと考えていたとも。

「かなり長いこと、計画も立てていました。要は自分が出演するというのが実写として現実的にできる道ではありましたが、あまりにもそれはやらないほうがいいのではないかと。それよりもアニメなら縦横無尽に表現できるし、主役の有名無名も関係ないし、声優さんだけ著名な人に数日お願いすればいいという、そんなリアルなことを半年くらい考えていました。まあ、最終的には実写の道を選択したわけですが、実は中学時代に映画を作りたいというのと同じくらいのモチベーションでアニメを作りたいという欲求がずっとありまして、でも人生の中でいまだに達成できてない4つの中のひとつなんですね。30秒くらいのB鉛筆で描いた短編『ベネチア大学の映画先付』(11)を試しで作ったことはありますが(塚本監督の公式ホームページの中で見られます)、いつかはきちんとした形で挑戦してみたいです」

『野火』が上映されている劇場へ行きますと、老若男女を問わず幅広い層に支持されていることがわかります。

「これまでの僕の作品の客層は、若い方が圧倒的に多かったのですが、今回は年齢の幅があって本当の嬉しいです。公開直後は『野火』という原作の知名度もあって年配の男性の方が多かったのですが、だんだん層が広がっていき、それこそ子どもを持つお母さんとか、また子供がお母さんを連れてこられたり、そうしていくうちに若い人がどんどん見に来てくれるようになりました。今は中高生にもっと見ていただけたらと思っています。先日も上映の際、お父さんが高校生の息子さんを連れて見に来られていて、ありがたかったですね」

■「キネマニア共和国」の連載をもっと読みたい方は、こちら

–{『野火』の旅はまだまだ終わらない}–

旧作もBlu-ray&DVD化!『野火』の旅はまだまだ終わらない

今回発売される『野火』Blu-ray&DVDでは、映像特典として映画化への道のりを克明につづったドキュメンタリーが入るとのことですが。

「10年ほど前に、実際にフィリピン戦線に従軍された寺島さんに取材させていただいたのですが、そのときの映像も納めています。寺島さんは毎年フィリピンを訪れて、戦死者の骨を拾うということをやられていたのですが、昨年の春に95歳で亡くなられました。ぜひこの映画を見ていただきたかったのですが、残念です。でも、寺島さんたちが体験された苛酷な戦場の現実が、今はなかったことにされてしまいそうな世の中になりつつありますので、逆にぜひ記録として残しておきたいと思いました。上映中の全国行脚の様子も納められますが、まずは映画を浴びてもらってから、このドキュメンタリーを見ていただければと思います」

また今回、6月2日『鉄男』(89)『鉄男Ⅱ THE BODY HAMMER』(92)、7月6日『東京フィスト』(95)『バレット・バレエ』(99)、8月3日『HAZEヘイズ/電柱小僧の冒険』(88)『六月の蛇』(03)『ヴィタール』(04)といった塚本監督作品群が松竹からBlu-ray化されます。

「『野火』で全国行脚してみて改めてわかったのですが、今はもうほとんどの劇場がフィルムの映写機を撤去して、デジタル上映になっています。ですから今後テレビ・モニターだけではなく、映画館の大画面に映しても遜色ないマスターを作ろうと思い、1本1本手塩にかけてデジタル化しました。音のチェックも大きな映写室で行っていますので、かなり良いものになっていると思います」

こういった新旧のBlu-ray化により、塚本監督は単に家庭で見られるだけでなく、劇場上映はもとより学校、ホール上映なども積極的に推進していく意向があるようです。

「戦後70年を謳った昨年夏の公開だけで終わらせるのではなく、これからもずっと、それこそ毎年終戦記念日には日本中で『野火』が上映され、見ていただけるような、そんな環境を目指していきたいですね。Blu-rayなら映画館のない町でも見ていただけますし、まだまだ僕と『野火』の旅は終わりそうにないです」

[amazonjs asin=”B01BG6O91W” locale=”JP” title=”野火 Blu-ray”]

■「キネマニア共和国」の連載をもっと読みたい方は、こちら

(取材・文:増當竜也