はじめましての方もそうでない方もこんにちは。
八雲ふみねの What a Fantastics! ~映画にまつわるアレコレ~ vol.57
今回は、「いま、八雲ふみねが会いたい人」と映画にまつわるアレコレをお届けするスペシャル対談。
ゲストは映画監督としてはもちろん、小説家・作曲家としても多才な活躍を見せる岩井俊二さんです。
前回掲載の「スペシャル対談:『リップヴァンウィンクルの花嫁』岩井俊二監督インタビュー<前編>」では、岩井俊二監督の最新作となる『リップヴァンウィンクルの花嫁』の世界観について、じっくりとお話を伺いました。
映画『リップヴァンウィンクルの花嫁』は、岩井俊二監督が長編実写の日本映画としては12年ぶりに手がけた監督作品。
SNSで知り合った男性・鉄也と結婚することになった、派遣教員の皆川七海。
結婚式を挙げるにあたって親族が少ないことを言い出せなかった七海は、「なんでも屋」の安室に結婚式の代理出席を依頼することに。
しかし新婚早々、夫の浮気が発覚。
ところが義母に逆に浮気の罪を被せられた七海は、家を追い出されてしまう。
苦境に立たされた七海に、安室は奇妙なバイトを次々と斡旋するが…。
主人公・七海を演じるのは、『小さいおうち』でベルリン国際映画祭・銀熊賞(女優賞)を受賞、本作でもその才能を遺憾なく発揮している黒木華。
変幻自在な何でも屋・安室を怪演するのは、綾野剛。
謎めいた女性・真白を演じるのは、シンガーソングライターのCocco。
3人が織りなす強烈な個性と圧倒的な存在感が、作品世界を彩っています。
2016年の東京。
不器用ながらも精一杯生きるひとりの女性を通じて、岩井俊二監督が描く“現代社会”の姿とは…。
八雲ふみね(以下、八雲)
冒頭のスマホを手にSNSのメッセージ機能で連絡を取り合いながら、七海と鉄也が待ち合わせをするシーン。
街の中のザワツキや七海の不安がスクリーンから伝わってきましたが、本当に雑踏の中で撮影したんですか?
岩井俊二(以下、岩井)
池袋で本当に雑踏の中で撮影しました。夜の新宿駅前のシーンも、同様に。
人が往来している場所で、俳優がいきなり芝居を始めるという…(笑)。
八雲
カメラはどこから狙ってたんですか?かなり遠いところから?
岩井
新宿での撮影の時は、すぐ近くにいましたね。
八雲
通りすがりの人とか、撮影していても気にしないんですか?
岩井
カメラは姿を隠して撮ってたんで、道を歩いている人たちには気付かれてないと思うんですけど…。
八雲
なんか映像の見え方として、隠し撮りに近い感覚というんでしょうか。
自分も池袋の雑踏の中に身を置いていて、たまたまそういう人を見かけた、みたいな自然さがあって。
同時に、独特のエキサイティングさも伝わってきて…。
岩井
でも撮影自体は、そんなに大変ではなかったんですよ。
八雲
そうなんですか?
岩井
人が通り過ぎて、芝居が見えないテイクも多かったので、何度かやり直しましたけど。
あんまり人が少なすぎても絵にならないし、そのさじ加減が難しかっただけですね。
自然に流れている人混みなので…。
八雲
求めている絵が撮れるのを待つカンジですね。
岩井
そうですね。ただ最近だと、あんまり人の顔がはっきりと映っていると問題になっちゃうんで。
だから、後でデジタルでボヤカして、通行人の顔は消すんですよ。
八雲
あ、だから、二人がその場所から浮き立ったような、自然とクローズアップされているような絵に仕上がっているんだ…。
岩井
そうですね。そのへんはうまく工夫して…。
–{物語を紡ぐ、魅力的なキャストたち}–
八雲
物語の中心になってくる人物は、主人公の七海、なんでも屋の安室、破天荒で自由な真白。
それぞれ黒木華さん、綾野剛さん、Coccoさんが演じています。
私、小説を読ませていただいた時、最初は七海の旦那さんになる鉄也が綾野剛さんだと勘違いしてたんです。
でも読み進めていくと安室という人物が出てきて、「あれ、こっちが綾野さん?」って。
なんだか出だしがつまづいてしまった残念な自分がいました(笑)。
岩井
(笑)そういう人、多いかもしれませんね。
八雲
でも安室の持つ飄々と他人を巻き込んでいくキャラクター性は、綾野剛さんが演じるからこそ感じる魅力がありました。
安室役は当初から綾野さんをイメージしてらっしゃったんですか?
岩井
最初の段階では、誰にしようか特に決めてなかったんです。
なので、ある程度配役が決まってから書き直した部分もあります。
綾野君は…。『新しい靴を買わなくちゃ』の時に北川悦吏子さんに僕からキャスティングの提案をして、一度一緒にやってるんですけど。
初めて会ったときから、いい雰囲気の持ち主だなと思って。
すごくインディペンデントな考え方を持っている人で、逞しいところもあって。
そのへんが安室にうってつけだな、と。
実際に演じてもらうと、安室そのものな感じでしたね。
八雲
ですよね〜。
岩井
だから具体的なキャスティングになった時には、もう彼しかいないなと思ってお願いしました。
八雲
真白役のCoccoさんは?
岩井
Coccoさんは、ちょうどその頃出演されてた舞台を観て「この人、いいな」って思ったんです。
真白役については元々、誰に演らせたらいいだろうというのが、実は自分の中でも見えてなくて。
普通の女優さんを連れてきちゃうと、なんか違うんだろうなという考えは当初からありました。
どこか異色な部分を持ち合わせている人じゃないと難しいんだろうなと、予測はしてたんですけど。
「誰か変わった子、いなかったっけ?」と思案してた時に…。
八雲
(笑)Coccoさん?
岩井
Coccoさんの舞台見て「あ、いた!」って(笑)。Coccoさんに演ってもらえばいいんだって。
八雲
異質な感じがするんだけど、でもどこか憎めない可愛らしさを持ち合わせている方ですよね。
岩井
うん、可愛いトコロがありますよね。
八雲
真白は一見アブノーマルなんだけど、とてもピュアで。一度彼女の魅力に気付いてしまうと離れられないようなミステリアスさを感じました。
岩井
そう、人として何を考えているか分からない、底が見えない感じ。
それが真白を演じる人には重要だと思いましたね。
八雲
七海役の黒木華さんとはご一緒してみていかがでしたか?
岩井
そうですね…。
カメラで言うところのダイナミックレンジの広い子で、“一所懸命演じてる”というステージの子じゃないんですよね。
一見するとごく普通の若い女性ですけど、天才子役か熟練した名女優さんと仕事してるような錯覚を覚えるんです。
彼女の懐の広さは、格が違う。
泣くシーンでも一気に感情を高めることが出来るので、こっちがあまり気を使う必要がなかったり。
なんか、すべてにおいてスゴいんですよね。
–{魂の共鳴…。映画監督と主演女優の信頼関係}–
八雲
以前、日本映画専門チャンネルのCMで起用なさってるんですよね。
岩井
はい、その当時「マイリトル映画祭」という番組をやってて。
いろんな監督に話を聞いたり、僕の好きな映画を紹介したりする番組だったんですけど、そのアシスタントの一人として、オーディションで見つけたんですね。
その時に、番組アシスタントとCM出演がセットになってて、それで初めて一緒に仕事をしました。
今回の役どころはどちらかと言うと受け身の立場で、彼女が持ち合わせている演技力がガーンと前面に出てくる役ではないんですよね。
むしろ真白とか安室とか、周囲の人がどんどん前に出てくるのを受けていく立場なので、撮影していると、七海の見せ場らしいものがなくシーンが終わっていくことも多いんですよ。
「なんにもしない」って言うのも変な話なんですけどね。
主役なんだけど、いちばん芝居をしているのは別の人たち。
結構、(黒木さんにとっては)過酷な撮影だったんじゃないかと思うんですよね。
八雲
受け身のお芝居って、役者さんによってはすごくしんどいと仰る方もいらっしゃいますものね。
岩井
脇で囲んでいるのと違って、主演を背負わされて受け身の芝居を続けるのは、なかなかじれったいところがあると思うんですよね。
計算が立たないというか…。僕も計算が立たないし…。
八雲
監督もそうなんですか?
岩井
うん。主役が演じるポイントがない映画って本当にコントロールしづらい。
でも僕の場合、結構そういう映画が多くて…。
『四月物語』の松たか子さんなんかもそうでしたけど、一日中松さんが自転車乗ってたり歩いたりしてるシーンばっかり撮っているような映画で。
なんか見せ場がないっていうか…(笑)。
八雲
(笑)。
岩井
あと『リリイ・シュシュのすべて』の市原隼人君もそうでしたね。
撮ってると、どういう映画撮ってるのかだんだん分かんなくなってくるんですよ。
八雲
振り返ってみると、確かに多いですね(笑)。主役が俯瞰で物事を見ているというか…。
岩井
うん、どうしても主役ってのはそういうもので。
主役というのは、お客さんが見る対象物じゃないんですよね。
お客さんはその主役越しに映画の世界を見ているので。
だからどうしても、受け身に回らざるを得ないときが多いんです。
しかもこの『リップヴァンウィンクルの花嫁』の場合、特にその傾向が強くて…。
そう考えると、(黒木さんは)メンタルが強かった。
途中で不安になったりすることも、きっとあったと思うんですよ。
でもそこは(自分を)信頼してくれたんだろうなと。
自分でも「大丈夫だから」と言いつつ、なんの確証もなかったんですけどね。
八雲
まぁ、映画が完成しないことには…。
岩井
実感がないんですよ、監督ですら(笑)。
「大丈夫大丈夫…」って思いながらやってるんだけど、本当に何も撮ってないからね。
七海のリアクションだけ撮って終わり、みたいな感じ。
素材が何もなくて、こっちが不安になるっていうか…。
八雲 そうか…。
岩井
でも、それを確実に積み上げていったらこの映画になるわけだから。
本編がつながってみたら、誰がどう見たって黒木華しか見えて来ないっていう…。
八雲
そうなんですよね。その存在感たるや、本当に素晴らしいですよね。
岩井
俺が信じてやってて良かったって思ったぐらい(笑)。
八雲
(笑)
岩井
彼女は本当に僕を信じてやってくれてたんだなって。すごい信頼関係の中でやれたなと、いまでは思っています。
つづく…。
次回は、岩井俊二監督が本作を通じて描きたがった“現代の日本の姿”とは…。
スペシャル対談:『リップヴァンウィンクルの花嫁』岩井俊二監督インタビュー<前編>
リップヴァンウィンクルの花嫁
全国公開中
監督・脚本:岩井俊二
出演:黒木 華、綾野 剛、Cocco、原日出子、地曵 豪、毬谷友子、和田聰宏、佐生有語、夏目ナナ、金田明夫、りりィ ほか
原作:岩井俊二『リップヴァンウィンクルの花嫁』(文藝春秋刊)
©RVWフィルムパートナース
岩井俊二プロフィール
1963年生まれ。1988年よりドラマやミュージックビデオ、CF等多方面の映像世界で活動を続け、その独特な映像は“岩井美学”と称され注目を浴びる。
映画監督・小説家・作曲家など活動は多彩。
監督作品は『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』(93)『Love Letter』(95)『スワロウテイル』(96)『四月物語』(98)『リリイ・シュシュのすべて』(01)『花とアリス』(04)
海外にも活動を広げ、『New York, I Love You(3rd episode)』(09)『ヴァンパイア』(12)を監督。
2012年復興支援ソング「花は咲く」の作詞を手がける。
2015年2月に長編アニメーション『花とアリス殺人事件』が公開し、国内外で高い評価を受ける。
八雲ふみね fumine yakumo
大阪市出身。映画コメンテーター・エッセイスト。
映画に特化した番組を中心に、レギュラーパーソナリティ経験多数。
機転の利いたテンポあるトークが好評で、映画関連イベントを中心に司会者としてもおなじみ。
「シネマズ by 松竹」では、ティーチイン試写会シリーズのナビゲーターも務めている。