2月27日にいよいよ公開となる松山ケンイチ主演の『珍遊記』。今回は監督を務めた山口雄大さんへインタビューを敢行。本作やキャストへの思いを熱く語って頂きました。
インタビュー
──冒頭の部分から準備体操もなく全力疾走の映画ですね。
山口雄大監督(以下 山口):そうですね。あの初速を付けてくれたのは脚本の二人ですね。松原(秀)とおおかわらの二人。
漫画だと、でっかい山田太郎が暴れて一万人の軍勢と戦うところから始まるんです。通常考えるとその始まり方は分かりやすい。しかし一万人の軍勢と戦うところは『ロード・オブ・ザ・リング』の規模で映像化しないとでそんな予算もない。
そこで頭を使って何が出来るか考えた時に、脚本家二人から案があって。
「映画の最初のセリフをちん◯にしたい」って。それを聞いた時に映画の全体像が見えた気がしました。実写版ってそういうことだなと思って。
画太郎さん(原作者)の絵でただ「ちん◯」ってインパクト無いじゃないですか。しかし実写の画で倉科さんと笹野さんと田山さんが荘厳な感じで並んでて急に「ちん◯」って言うのって、実写ならではじゃないですか。そこからはずっと動かなかったですね。
掴みにはこれしかないと。
──オープニングの戦闘シーンで技を繰り出すところがゲーム的な演出に思えましたが、あれは意図したものなのでしょうか。
山口:ゲーム的なのは特に意識してないですね。ベン・スティラー監督の『トロピック・サンダー/史上最低の作戦』のエンドクレジットがあんな感じなんですね。アレみたいにしたいってのがあって、そうやりました。技とかも、基本的には脚本家二人が考えてくれました。原作に比べてだいぶ技の数が多くなってます。
──「他の人に監督をやられるのだけは嫌だった。」という発言を目にしましたが、真意を教えて下さい。
山口:3年ぐらい前に紙谷さんというプロデューサーから「『珍遊記』やりたいんですけど、興味はありますか」と話がありました。興味はありましたが、『珍遊記』は難しいので慎重にやらないとなとなって検討を始めました。
何が難しいかって言うと舞台が舞台ですし、低予算なのは分かってたからですね。そして原作だと主人公の等身が三頭身ぐらいじゃないですか。あれをそのまま実写の映像に移すと、子供の頭身になっちゃうんですよ。子供が主人公のギャグ映画って、僕は成立しないと思っていて。笑えないんですよね。子供がポイントで出て来るのはもちろん良いんですが。
しかし、難しいからと断っても他の人がやってる『珍遊記』を僕は見に行きたくないなって思ったんですね。昔『逆境ナイン』って映画があったんですよ。僕、実は…『逆境ナイン』やりたかったんですよ。悔しくて見に行かなったんです。大した映画じゃありませんでした。っていう気分を味わいたくなかったんですよ。
画太郎作品って今のところ僕しかやってないんですよ。これに挑戦しないで終わりたくないなって思って引き受けました。
──他の画太郎さんの作品もやられていますけど、今までとの違いはありますか。
山口:今までだと「画太郎ファンに向けてこんなふうにやってみたんですけどどうですか?」って姿勢があったんですけど。今回同じことしても仕方がないなと思ったんで、画太郎作品を知らない人に向けて作ったんですね。画太郎ファンの人に喜んでもらいたいは当然なんですけど。
画太郎作品を全く知らない人にも裾野を広げたいなって思って。画太郎さんを知らない人にも、「これいいな、面白いな、見やすいな。」って思えるものを作りたいなって最初からあったんですよ。
画太郎さんも同じ気持ちがあって、画太郎さんから言われたのが、「ヒット作にしてください!」ってオーダーだったんですよ。「原作無視しても構わないので、とにかくヒットするメジャーな作品にしてください。」と。
僕もそれを思ってたんで、画太郎さんも思ってるならその方向で行こうって。
玄奘役が女の子なのも、そういったとこからきてますね。みんなが見やすいもの。今までの『西遊記』の実写化の系譜ってあるじゃないですか。そこに則乗っとった、みんなが見やすい王道の『西遊記』をギャグ版にしてみましたっていう解釈がある。そこは意図的にやってますね。
──『西遊記』のイメージから、玄奘が女性ってことですんなりと入っていくことが出来ました。
山口:見やすさは重要視してますね。やっぱりそうじゃないと広がってかないと思うので。画太郎作品って画があの画だから、読まない人が多いんですよ。読んでみると意外とピュアだったりするんですけどね。下ネタレベルも小学生レベルだったりとか。食わず嫌いで見ない人が多いんですよ、だから、この映画がそこの取っ掛かりにできたらいいなぁと。
–{続き:「倉科カナさんはハゲが似合う」}–
──主役の松山さんのキャスティングの経緯を教えて下さい。
山口:元々この企画って、ブサイク芸人さんたちをいっぱい集めて、ワッてやろうみたいな。悪く言えばバラエティの延長線上みたいな企画から始まっているんですよ。
ただ、それをやってしまうと今までやってた『地獄甲子園』とかミニシアターでやってそこそこヒットしたものと変わらないなぁと思ったので、もうちょっとメジャーで見れるものしたいなと思いました。
そこでちゃんと役者でいこうと。ビジュアル優先で、子供無しでいこうと。子供のビジュアルイメージを一度捨てようと。
じゃあ誰が内面からこの山田太郎をやれるのは誰だろうと、それを考えました。
以前、松山くんとは短編の『ユメ十夜』で一緒にやっていて、画太郎さんが脚色を担当してたんですよ。松山くんはその時から「画太郎さんの漫画大好きなんですよ。」みたいな話もしてたし理解があったんですね。
「いつか長編一緒にやりたいよね」とか言いながらも、7、8年経ってました。そこで、松山くんにどうって聞いてみたんですよ。
正直松山くんがやれるビジュアルとも全然違うし、まだ僕もどうやってやってくかうまく掴めていなかったんだけど、二人で作っていかないかという話をしたら、興味ありますって話だったんで。じゃあやってこうって話になったんですよ。
撮影に入った時もまだ僕らの中で、松山ケンイチが演じる山田太郎像がまだかっちり定まってなかったんですよ。不安を抱えながらこうじゃないか、ああじゃないかとやり取りしながら、進めていったんですよ。最終的に決まったのが、撮影の最後の方だったんですよ。
撮影の最後が韓国の撮影だったんですよね。韓国のオープンセットで、その時にはようやくこれが実写版の山田太郎かなってのがお互いに決まってきたので、韓国のシーンは自信を持って撮れたんですよ。全体を通して、韓国のシーンは編集でちょいちょい入ってるんですよ。なので全体を通して違和感は感じないと思います。
今回の作品でやっと松山ケンイチの山田太郎が完成したなと思っています。これでパート2が作れれば全開の山田太郎が作れるなって思いますね。
──倉科カナさんはいかがでしたか?
山口:脚本ができて、松山くんが主演と決まって。そうすると業界内の注目度も若干上がって、興味ありますみたいな話が色々出てきました。「え?この人もこの人も!?」みたいなのもありました。
でも、玄奘役は慎重にやらなきゃいけなくて。清楚でありながらも、下ネタが泥臭くならず、サラッとやれる人、それがまず一つ。そしてもう一つはハゲ頭が似合う人。
松山くんと一緒に旅するんで、一緒にいるシーンが多い。その二人のシルエットがハマる人。松山くんと並んでうまくいく人ってのを、基本に選んでいきました。
倉科さんの頭にアイコラ的にハゲ頭を合成して、松山くんに並べてみたりとか、色々やって。もうこの人しか居ないなってなりました。倉科さんは当時連ドラの後で一ヶ月近く休みたいという話があったんですけど、脚本を読んで是非やってみたいって言ってくださったんで、倉科さんに決めさせて頂きました。
倉科さんの役は松山くんの役ほど悩んではいなかったです。倉科さんは、非常に役を掴んでいたので、ほぼ現場でも倉科さんには言うことがなくて。下ネタもわざとらしくなくサラッと言ってくれたりとか。すごく掴んでる人だなと思いましたね。だからベストだと思いましたね。あと、超可愛くて!こんな可愛いんだと思いましたね。いつも見てる倉科カナとくらべてすごく可愛く見えましたね。
──下ネタをサラっという事でこちらもサラッと笑えるというのはありました。
山口:あの辺ってね、難しいですよ。ああいうこと言うからちょっといきんでみたりとか、その辺のさじ加減て役者の感覚に任せるとこがあるので。お笑いでもやっぱり、面白いこと言ってもわざとらしく言ったりとか、言い方でだいぶ違うじゃないですか。
その辺で僕らが望んでる、「ちん◯」って言い方のバランスが、すごく倉科さんは良かったんです。
だからベストだと思います。可愛いし。
──笹野高史さんのばばあ役が衝撃的でしたけど、当初は違ったとか。
山口:あの役にはちゃんと女優さんをと思ってたんですけど、なかなか女優さんがやると生々しくなりすぎるかなと。ブラを外すとかですね。そういうのもあって決めかねてたんですよ。
笹野さんにはもともとじじい役でオファーしたんですけど、ばばあをやりたいって笹野さんの方から言ってくださって。そこでピーンときて。笹野さんがやるんだったら、気にしてた生々しさもないし、キャスティングとしては絶妙じゃないかと思って。
笹野さんがそう言っていただけるなら即決で決めさせてもらって。
──ピエール瀧さんの特殊メイクがなかなか衝撃的でした。
山口:「ここまでメイクするなら俺じゃなくていいじゃん」とか言ってましたけど、しっかり瀧さんらしい感じを残していてわざと顔を動かす芝居をしてたりとかして。瀧さんは画太郎作品なら出なきゃいけない人なので。誰よりも先に瀧さんが決まったんですよ。
瀧さんは『ハデー・ヘンドリックス物語』という短編に出てもらってて。温水さんが18歳のロック歌手って言う役をやっているんですけど。その時の瀧さんの刑事役が若干おいしくなかったんですよ。瀧さんが試写を観た時に「俺ももっと変な役やりたかった」って言うんで、変な役あげますっていう僕からの回答が今回のやつですね。
今は瀧さんすごい役者ですけど、本来は変な役好きなんでね。楽しんでやってましたよ。
–{続き:山口監督の温水洋一さん愛が炸裂!?}–
──温水洋一さんの話出ましたけど、今回もおいしいかったですね。
山口:おいしくしなきゃいけない宿命にあるようです、どうやら。温水さんも出さなきゃいいけないなと思っていたキャストの一人だったんです。中村泰造っていうのは画太郎作品では名物キャラなんですよ。初期の画太郎作品には何かしら絡んでるみたいな。
中村泰造はちゃんと扱わなきゃいけないなってのはあったんですよ。中村泰造を疎かにすると画太郎ファンに対しても失礼だし、画太郎さんにも失礼なのはあったんで。ただ物語には絡みようがなくて。だからなんとか絡ませてみたっていう。愛情を持って接したつもりです。
今回は今まで温水さんではやらなかった、酔拳の使い手の役なんで、正直どのくらい温水さんがアクションができるかは、何回も仕事したことあった僕も分からなかったんですよ。「いやいや、僕出来無いですよ!」とか言いながら、意外と出来たりするんですよ。
もうちょっと吹替え使わないといけないのかなって思ったんですけど、意外とそんなに使わず、ほとんど本人やってできてて。以前仕事した時も漫画家の役やってもらったことあったんですよ。温水さん絵が描けないと思ったんで、手元の吹き替えだけ漫画家に頼んでたんですよ。そしたら、ちょっと遊びで温水さん描いてくださいよって描いてもらったりしたら、意外とうまかったりして。
本人は言わないんですけど、意外と多才だなって毎回思わされるんですよ。足りてないのは毛の量だけですよね。
──溝端淳平さんの役柄はオリジナルキャラクターですけど非常に面白かったです。
山口:原作自体、ストーリーを引っ張っていく人が居ないんですよ。山田太郎が主役なんですけど、山田太郎にストーリーを引っ張っていく役を付けてしまうと、もはや山田太郎でも何でもなくなるんで、となると玄奘にストーリーを運ばせるしか無い。
でも玄奘だけじゃ足りないので、玄奘に絡む誰かを用意しなきゃいけない。玄奘は女の子ってのは決まってたんで、女の子に絡むのはやっぱり恋愛が良いんじゃないのかってことで。それで話を持って行こうと。
それで最終的に山田太郎も玄奘も何が起こったのか気づいてないという空回りの恋を思いついて。溝端くんが勝手に空回りして、勝手に終わるっていう。
そういう役なんで、超イケメンが良かったんですよね。誰が見てもカッコいい人じゃないとっていうので。カッコいい人が空回りしてるほうが面白いので。溝端くんいいなぁと思ってて、それで話を持って行ったら「是非やりたいです」って言ってくれて。
あとから聞いたんですけど、本人的にも結構こういう役、コミカルな役みたいな自分のイメージにないものをやってみたいなっていうのもあったらしくて。あまり見たことない溝端くんが見られる作品になったんじゃないかとも思いますね。
それで言うと、松山くんもそうだし、皆さん普段の彼らのイメージと全然違うものを出せてると思いますね。そうじゃないと面白く無いなってのもありますし、あの人はこういう役だよねってのをやっても面白くないし。
溝端くんの役は見たらやっぱりすごい残る役だと思いますし、キャラが立ってます。ライバルが面白い映画ってだいたい面白いんですよね。わかりやすく言えば『ダークナイト』もそうですし。そういうものにしたいなってのがあったんで、溝端くんぐらいの存在感とカッコ良さがあればそこはクリアできるんじゃないかなと。
──鼻が豚になるのってあの、映画『ペネロピ』からの着想でしょうか。
山口:意識してないです。「『ペネロピ』みたいだね」ってあとから言われたんですけど。あれは単にイケメンいじめです。
イケメンをイケメンとしてだけで出さねえぞっていう。それはもう僕の個人的なものです。
──ライトな下ネタで大人も子供も楽しめる作品になってると思うんですけれども、どういった方に一番来てほしい、観てもらいたいってのはありますか。
山口:まさに今おっしゃった、子供に見てもらいたいですよ。画太郎ファンのかたはもちろん、画太郎を知らない普段こういうものを見ない人たちに、是非観てもらいたいですね。子供が見て欲しいのが強くあって。
子供が学校とかで珍遊記のコスプレとかをして先生に怒られるっていう風になってほしいなって思いますね。
インタビュー後記
非常にフレンドリーにこちらも楽しませて頂きながら進んだインタビュー。倉科カナさんが如何に可愛いかも非常によく伝わってきました。こうやって振り返るとなかなか凄まじい内容に仕上がっているなと思いました。しかし、映画を見ると非常にこの雰囲気とマッチしていることがおわかり頂けると思います。
大人も子供も気軽に楽しめるちょっと下品で感動もしない物語。「何も中身が無くて最高に面白かったです」という感想を申し上げさせて頂いたのですが、「それが一番です。」と笑顔で受け止めて下さいました。
画太郎作品を知らない方にも是非楽しく見て頂きたい作品「珍遊記」です。
山口雄大監督、この度は貴重なお時間を頂きまして誠にありがとうございました。
(取材・文:柳下修平)