現在テレビドラマ・シリーズ『釣りバカ日誌~新入社員浜崎伝助~』(テレビ東京系にて金曜夜8時より)が好評放映中ですが、ご存じハマちゃんに濱田岳、そして映画版『釣りバカ日誌』シリーズでハマちゃんを演じ続けてきた西田敏行が今回スーさんを演じていることも今回のヒットの秘訣となっているようですが……・
《キネマニア共和国~レインボー通りの映画街~ vol.51》
では、映画版『釣りバカ日誌』シリーズとは? ちょっとばかしおさらいしてみましょうか。
寅さん映画の併映として始まった『釣りバカ日誌』
そもそも『釣りバカ日誌』は作・やまさき十三、画・北見けんいちによって1979年より『ビッグコミックオリジナル』で連載開始された人気コミックで、その基本ストーリーは大の釣りバカであるハマちゃんと、彼が属する鈴木建設社長のスーさんとの、釣りを通しての友情や確執などを面白おかしく描いたものです。
その映画化は1988年、『男はつらいよ』こと寅さんシリーズ第40作『男はつらいよ 寅次郎サラダ記念日』の同時上映作品として、栗山富夫監督のメガホンで始まりました。
鈴木建設高松支社に務めるハマちゃん(西田敏行)は、コンピュータの入力ミスで東京本社に栄転となり、愛妻ミチコさん(石田えり)とともに上京するも、仕事そっちのけで釣りばかり。
そんなある日、ハマちゃんはひとりの男(三國連太郎)と知り合い、釣りの世界へ誘う。しかし、彼こそは鈴木建設社長・鈴木一之助なのでありました……。
本作は寅さんシリーズの併映という、いわばB面のプログラムピクチュアというスタンスではありましたが、もともと寅さんシリーズの同時上映作は前田陽一監督の『神様のくれた赤ん坊』とか朝間義隆監督の『思えば遠くへ来たもんだ』とか、ウエルメイドな良作が多く、『釣りバカ日誌』も最初はそういった作品群の系譜に入れられる類のものではありました。
ただし、ここでの西田敏行&三國連太郎のコンビネーションの良さは、その枠に収まり切れないほど画期的なものがあり、特に三國連太郎はそれまでおよそ喜劇とは無縁の怪優としてその名を轟かせていた存在だっただけに(重喜劇や社会派喜劇などへの出演こそありますが)、ここでの飄々としたコメディ演技に対して日本映画ファンは目から鱗が落ちるような衝撃すらありました。
好評につきシリーズ化『スペシャル』など番外編まで登場
映画『釣りバカ日誌』はあまりの好評で続編を待望する声が高まり、翌89年12月27日に公開された『釣りバカ日誌2』からシリーズ化されることになり、お正月の寅さん映画の同時上映作品として定着していきます(寅さん映画は、89年8月5日公開された第41作『男はつらいよ 寅次郎心の旅路』を最後に夏休み興行がなくなり、以後は正月映画として一本化)。
もっとも、第1作で一度完結していたストーリー(コンピュータの入力ミスが発覚し、ハマちゃん夫妻は再び高松へ戻る)はリセットされ、いわば『2』から再スタートとしてのストーリーが構築されていきます。ハマちゃんはもともと鈴木建設東京本社勤務で、『釣りバカ日誌4』(91)ではハマちゃん夫妻に子ども鯉太郎が生まれ、以後はファミリー・ドラマとしての色も濃くなっていきます。
もっとも、シリーズ連続出演で同じ役を演じ続けることでイメージが固定化されることを好まない三國連太郎はこの時期、幾度もスーさん役を降りようと悩んでいたとのことで、それを象徴するかのように毎回の髪形やメイクなどが異なります。他作品の髪形のまま出演していたこともありました。しかし、やがて彼もファンの声に応えてシリーズ続投に意欲を示すようになっていきます。
『釣りバカ日誌』シリーズは主人公のハマちゃんが妻のみち子さんとラブラブなので、代わってスーさんが老いらくの恋といったラブストーリーを展開していくことが多いのですが、それが同世代の観客に元気を与え続けていたとは、よく聞く話です。
初期の魅力として、西田&三國を繋ぐ架け橋的存在としてのみち子さん=石田えりの魅力も忘れがたいものがありました。
ハマちゃんとの夜の営み「合体」を文字だけでお見せする趣向も毎度シリーズお楽しみの一つで、その一方でどこかしらスーさんと奇妙な三角関係のように見えてしまうようなところもあるのもシリーズ初期の不思議な味わい。
また、そういった部分を抽出してみせたのが、シリーズ7作目にして初の1本立て作品として、初めて夏に公開された『釣りバカ日誌スペシャル』(94)でした。
これはシリーズ脚本を担当する山田洋次監督の希望で先輩の森崎東監督がメガホンをとったもので、そもそも怒れる喜劇=怒劇の名匠として知られる森崎監督は、ここでシェークスピア劇の要素をハマちゃんとスーさん、そしてミチコさんのキャラにあてはめ、スーさんとみち子さんの関係性を疑い始めたハマちゃんの醜い嫉妬をあからさまに描くことで(もちろんコミカルに)、シリーズがマンネリに陥らないようカツを入れたのでした。
またここで溜飲が下がったかのように石田えりはシリーズを降板。続くシリーズ第8作目『釣りバカ日誌7』(94)からは二代目みち子さんとして浅田美代子が抜擢。彼女のほんわかした個性は当然ながら石田えりの色気とは大きく異なり、どこかしら家族的友愛の面を好もしく醸し出すようになっていきます。
また、彼女がアイドル時代に『あした輝く』(74)などの松竹映画に主演していたキャリアを振りかえると、ここでの起用は松竹映画ファンからすると「おかえりなさい」といった空気も感じられたものでした。
–{松竹の混乱を象徴するかのような90年代後半の流れ}–
寅さんシリーズ終焉後の松竹の混乱を象徴するかのような90年代後半の流れ
なお『釣りバカ日誌7』は、寅さん映画最後の同時上映作品にもなり、このときの『男はつらいよ 拝啓車寅次郎様』(94)に続く第48作『男はつらいよ 寅次郎紅の花』(95)は、朝原雄三監督(やがて彼は『釣りバカ日誌』シリーズの後期を支える重要な存在となっていきます)『サラリーマン専科』(95)を併映とし、その後渥美清の逝去によって寅さんシリーズは終結。
松竹は続く長寿シリーズを模索し始め、当然ながら釣りバカのハマちゃんにそれを委ねるようになっていきます。
かくして前作から1年半ぶりのお目見えとなった『釣りバカ日誌8』(96)は、『スペシャル』以来の夏興行、そしてシリーズ唯一のA面番組として、『さすらいのトラブルバスター』(96)を併映しましたが(一部地域では1本立て興行)、続く『釣りバカ日誌9』(97)からは堂々の1本立て。
そして『釣りバカ日誌10』(98)を経て、シリーズ第11作でもある時代劇番外編『花のお江戸の釣りバカ日誌』(98)をもって、栗山富夫監督はシリーズを降板します。
この時期、寅さんシリーズ終了などに伴う松竹の混乱がそのまま『釣りバカ日誌』シリーズの流れにも反映されているかのようでした。
もっとも、こうした混乱は『釣りバカ日誌イレブン』(00)から本木克英監督が3作品を、そして『釣りバカ日誌14 お遍路パニック』(03)から朝原雄三監督が演出を手掛けるようになって落ち着きを取り戻し、むしろ若手監督ならではの初々しい演出によってシリーズはみずみずしく蘇っていきます。
特に山田洋次監督の愛弟子でもある朝原監督のオーソドックスな演出姿勢は功を奏し、シリーズを大きく牽引していくことになります。そこには主演ふたり(特に三國連太郎)の高齢化さえなければ、いつまでも続けていただきたいとファンが願うほどの勢いがありました。
日本の社会経済の流れも見据えたサラリーマン喜劇としての一面
『釣りバカ日誌』シリーズはサラリーマン喜劇としての側面も大いに持ち合わせており、第1作の頃はまだバブル期だったのがやがてバブルがはじけ、世紀末の閉塞的状況やアメリカの9・11、リーマンショックなど暗い世相に振り回されがちだった時代の流れの中、『釣りバカ日誌』の鈴木建設は、一企業としてど常に理想的な姿勢を誇示しつづけていたようにも思えます。
グータラ社員ハマちゃんが釣り仲間を通じてときたま大物取引をなしとげることもあり、やはり趣味は持つべきであると痛感させられたサラリーマンの観客も多かったことでしょう。
シリーズは惜しくも『釣りバカ日誌20 ファイナル』(09)で終結しますが、ここでも最後にスーさんが社員たちに向かって感動的なスピーチをします。それは企業と社員の理想的関係性の意義でもあり、ある意味彼の遺言のようなものでもありました。
『釣りバカ日誌』シリーズは、このようにドタバタなお笑いの数々の中に、どこか現代を見据えた視線が確実に存在しており、そこが老若男女を問わず、多くの支持を得た秘訣だったのかもしれません。
三國連太郎は2013年4月14日、満90歳で逝去。
もう西田&三國の『釣りバカ日誌』新作映画が見られることは永遠になくなりましたが、代わって2015年の秋、テレビドラマという、まったく新たな装いで『釣りバカ日誌~新入社員 浜崎伝助~』が始まりました。
テレビシリーズとして新たに再生された『釣りバカ日誌』ワールドの面白さ
ここでは従来の映画版とは若干装いを変え、鈴木建設に入社したての新米独身社員ハマちゃんが、スーさんを社長と知らぬまま弟子にし、さらには行きつけの居酒屋で東北から上京してきたみち子さんと恋に落ちるか否か? といったドタバタ騒動が繰り広げられていきます。
ハマちゃんに扮するのは濱田岳、そしてスーさんに扮するのは何と西田敏行という、びっくりながらも絶対に見たくなってしまうキャスティングで、事実第1回と第2回を見た限りでは、どこかしらハマちゃんとスーさんというよりも、新旧ふたりのハマちゃんといった雰囲気が漂い、それが欠点ではなくデジャビュ的情緒と化しているのが妙味。
やがて西田敏行も自分なりの二代目スーさんを定着させてくれることでしょうし、またまた長き年月の果てに濱田岳がスーさんを演じる可能性もあるのかなと、そんな未来への興味までそそらせてくれています。
みち子さんには広瀬アリス。今のところ、まだ釣りバカのハマちゃんに対しては、ただただあきれ返っているだけのようでもあり、この分では合体どころか(⁉)、相思相愛の仲になるのもまだ先かな? といった初々しさを発散させてくれています。
第1話の演出は朝原雄三監督が務めていましたが、これも映画シリーズの味わいを巧みに継承しつつ、一方でハマちゃんが所属する営業三課の同期たち個々の描出もなされるようになっています。
第1回目のゲストが武田鉄矢というのも、かつて伝説的バラエティ番組『見ごろ!食べごろ!笑いごろ!』(76~78)『みごろ!ゴロゴロ大放送!!』(78~79)で若き日の西田&武田のコメディアンぶりを大いに堪能していた世代にとっては実に懐かしく、また第2回では鶴田忍に中本賢と映画シリーズの常連が出演しているというキャスティングのお遊びも楽しいものがあります。
ここ最近のテレビドラマ不振の中、この『釣りバカ日誌~新入社員 浜崎伝助~』は異例なまでに大健闘しているようですが、それは単に人気映画シリーズのテレビ化というだけではなく、映画シリーズ同様にとかく鬱屈気味な日常社会の中、ハマちゃんのような自由さにみんなが憧れているからではないでしょうか。
その意味では映画でもテレビでも(かつてアニメシリーズもありました)、この『釣りバカ日誌』という題材は広く受け入れられるものであることを強く確信している次第です(もちろんキャスティングの妙もありますけどね)。
『釣りバカ』ファンはもとより、映画ファン、ドラマファン、老若男女問わず、幅広く楽しんでいただきたい快作です。今後の展開もこうご期待!
(文:増當竜也)
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