韓国映画を見るたびに痛感させられるのは、お隣の国であるにもかかわらず、こうも日本とは感性が異なるものかということで、一方ではそれがまた韓国映画独自の面白さであるとも思います……。
《キネマニア共和国~レインボー通りの映画街 vol.33》
『無頼漢 乾いた罪』もまた、そんな韓国映画ならではの面白さに満ちたハードボイルド・メロドラマです。
悪夢的迷宮世界の中で魅せるクール&ストイックな演出
本作は、殺人を犯して逃亡中の犯罪者の情婦と、潜入捜査官として彼女に接近していく刑事が、いつしかお互い惹かれあっていくという、そんな許されない愛を描いた作品です。
ストーリーそのものは決して目新しいものではありませんが、オ・スンウク監督のクール&ストイックな演出が独特の世界観を醸し出し、薄汚れた場末の街があたかもダークでエロティックなファンタジーの舞台であるかのような、そんな異色韓流ノワールとして屹立しています。
日本では『八月のクリスマス』(99)や『力道山』(06)などの脚本家として知られるオ・スンウク監督は、一時映画界を離れて教師になっていたとのことですが、ギャングと刑事の確執を描いた監督デビュー作『キリマンジャロ』(00)以来14年ぶりに手掛けたこの監督第2作は、そういったブランクを感じさせることなく、いや、むしろ数年間カタギの世界(?)にいたことで従来の韓国映画にはない新鮮な情緒を作品世界に取り込むことに成功しているかのようです。
どこか迷宮の世界に入り込んでいるかのような悪夢的ともいえる闇の映像美を具現化させているカン・クキョンの撮影や、パク・イルヒョンの美術などのスタッフ・ワークも讃えられてしかるべきでしょう。
音楽に『ラブストーリー』(04)『親切なクムジャさん』(05)『ベルリン・ファイル』(13)『群盗』(15)など韓国映画音楽の名匠ともいえるチョ・ヨンウクを迎えているのも成功の一因で、この人が担当している映画なら見てみたいと素直に思わせてくれる貴重な作曲家でもありますが、今回も短いセンテンスながら効果的にムードを高める楽曲を披露してくれています。
–{名女優チョン・ドヨンと二枚目キム・ナムギル}–
名女優チョン・ドヨンの貫録二枚目キム・ナムギルの新境地
ヒロインを務めるのは『シークレット・サンシャイン』(08)で韓国人初のカンヌ国際映画祭主演女優賞を受賞したチョン・ドヨン。
ここでの彼女は株で大損して多額の借金を抱えて久しく、今では“既に盛りを過ぎた年増女”などと男たちから嘲笑されつつ三流クラブのマダムに身をやつしつつ、その実どこかファムファタル的に男を引き寄せては自滅させてしまうかのような悲劇的かつ魅惑的な女を見事に体現しています。
特に中盤での赤を強調した衣裳をまとっての華やかさと、クライマックスを過ぎての薄汚れた黒の衣裳のギャップを自然に両立させているあたりはこの名女優ならではのもので、残念ながら彼女に匹敵するほどのこうした佇まいを体現できる女優は、今の日本映画界にはいません。
(あえて比較できるとすれば、本作に先駆けてふたりの刑事が犯人の不倫の恋人をずっと張り込みし続ける野村芳太郎監督の名作サスペンス映画『張り込み』の高峰秀子くらいのものでしょうか)
犯罪者を捉えること以外眼中にない冷酷な刑事を演じるのは、ジャニーズ系ともいえるロマンティックな二枚目として人気のキム・ナムギル。
どちらかというと、これまでの彼は『パイレーツ』(15)の陽気な海賊に代表される正統派二枚目としてのヒロイックな役柄が多かった気がしますが、今回はその殻を打ち破るに足る熱演で、ダークな世界の中で終始ダークに立ち回りつつも、ヒロインに対する感情を抑制した演技で見事に醸し出しています。
キム・ナムギルの新境地といってもいい役柄であり、映画であるともいえるでしょう。
はじめに韓国映画から発散される感性は日本人とは近くて遠いものがあると記しましたが、本作は多くの部分で日本人の感性とも共通するものがあり、その点では見やすいともいえるでしょう。
ただし、人生を生きていく上での罪を、自ら望むかのように背負い続けようとする男と女の運命と、それゆえの断線を露にしていく韓国映画独自の色合いは、やはりここでも健在です。
人生とはかくも割り切れず、思うがままにいかないといった嘆きを表す朝鮮半島の伝統的思想「恨(ハン)」は、最近の韓国の若者たちの間で否定する向きが出てきているとも聞きますが、本作などを見ますと、やはりまだまだ健在であるかのような、そんな印象も抱きました。
(文・増當竜也)
『無頼漢 乾いた罪』は2015年10月3日(土)より絶賛公開中!
公式サイト http://www.finefilms.co.jp/buraikan/
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