おおらかなキスをしてみたい―映画『XXX』矢崎仁司監督独占インタビュー

映画コラム
XXX 矢崎仁司監督 独占インタビュー

最新作『XXX(キスキスキス)』が公開中の矢崎仁司監督に、本作に関しての単独インタビューを実施した。若手作家集団と取り組むこととなった経緯や、宣伝も配給もない中で作った本作における苦労話、そして今の日本映画界に対する矢崎監督の気持ちなどを伺った。

矢崎仁司監督が若手脚本家集団・チュープロと挑んだ『XXX』

XXX 矢崎仁司監督 チュープロ 初恋

映画『XXX』より『儀式』のワンシーン

―『XXX』は、宣伝も配給も実質なしで公開という、矢崎監督にとっては異例な作品かと思いますが、どういった経緯でつくられることになったのですか?

“映画24区”のワークショップでそこに集まった俳優さんたちで映画を撮ろうという企画が持ち上がったんです。その時に一般公募したシナリオが、ストーリーしか書かれてないシナリオばかりで、元々映画24区でシナリオを勉強した人たちの中から、今回『儀式』の脚本を書かれた武田知愛さんを紹介してもらいました。

それで『1+1=1 1』という作品が出来たんですが、一緒にやってた時に彼女のすごいめげないタフさに惚れまして。彼女は「自分たちで個々の小さなシナリオのコンクールとかで賞をもらったとしても、なかなかオリジナルの脚本は映画になりにくい。けれど、なんとかみんなでめげずに書こうよ」と、チュープロという若手脚本家集団を結成して、キスをテーマに短編を書いてそれを映画にしようという企画を立てたんです。そして、それを僕のところに持ってきたんです。

―それで、すぐ撮ろうとなったのですか?

いえ、実はその企画を武田さんが持ってきてくれた時、僕よりもこういう映画がうまい人がいっぱいいるからと断ったんです。だけど、めげずに書きなおして持ってくるんですよ。そうしていくうちに「一緒に映画を作るか」となりました。でも、結局1年ぐらい脚本の直しをしましたね。それでも本当によくついてきてくれて、武田さんとは来年公開予定の『無伴奏』でも脚本をお願いすることになりました。

―撮影中もチュープロのみなさんの熱意が溢れていたとお伺いしました。

撮影期間ずっと泊まり込みで付き合って、ご飯をつくってくれたりしたんです。俳優さんたちにも、評判のいいおにぎりやサンドイッチで。けれど、彼女彼らは、車の運転免許のない人ばかりだったので、リアカーで撮影現場まで運んできてくれたんですよ。

―今どきリアカーとはすごいですね!

そうなんです(笑)しかし、普段はシナリオを書いている人たちですから、映画の現場のことをよく知らないのですが、彼女たちも実際自分が書いた脚本が、生身の俳優さんたちが動き、セリフとなって声になる瞬間というのは、かなり感動しただろうなって思います。

衣装はほとんど俳優の自前。全員が一丸となった現場

XXX 矢崎仁司監督 チュープロ さよならのはじめかた

映画『XXX』より『さよならのはじめかた』のワンシーン

―今回の撮影はすべて山梨県で行われたとのことですが、どうして山梨だったのでしょうか?

これで映画にするとなり、脚本を共感してくれた人たちがみんな集まってくれたのですが、いかんせん交通費と食費ぐらいが集まっただけで、このまま撮影に入ったとして制作実行費としてはかなり厳しかったんです。そこで、山梨の僕の実家にみんなで雑魚寝して撮ろうかって話になり、山梨で撮影することに決めました。

―そこまでして撮ろうとしたのは、チュープロのみなさんの熱意が大きかったのでしょうか?

そうですね。それと、自分も最近は商業映画が多かったので、初心に帰ろうかなと思ったのもあります。あの頃の映画作りを、もう一度やってみようかなというタイミングでもありましたね。

―本作のキャスティングはどういう風に決まったのでしょうか?

今回出資してくれた俳優のプロダクション、アンフィニーの斎藤緑さんが、彼女の人脈をフルに使って、この人がいいんじゃないかという人に「本当にお金の無い現場だよ?メイクさんもいないよ」とか「衣装も自前だよ」みたいに説明してもらったうえで、なおかつ、脚本に共感してくれた人を選んできてくれたんです。結局メイクは宮本真奈美さんが駆け付けてくれましたけど、衣装はほとんど俳優さんの自前でしたね。

―だから、すごくリアリティがあったんですね。

斎藤さんには、素晴らしい出会いを作っていただき感謝してますね。

XXX 矢崎仁司監督 チュープロ 背後の虚無

映画『XXX』より『背後の虚無』のワンシーン。劇中で登場するバイクは安居剣一郎さん(写真右)の私物

–{「おはなし」ではなく「人」}–

「信じて疑わない表現」というのがダメ

―実際に観させていただいて、オムニバス作品ではなくて1本のつながった作品なんじゃないかと途中思うほど5作品の順番が絶妙だと感じたのですが、矢崎監督の中では構成といいますか、順番というのはかなり考えられた?

そうですね。編集の目見田健さんとは結構話し合いました。単なる5本の短編のオムニバスにならないように「5本で1本の映画だ」ということをちゃんとやってみようかと、順番に関しては編集室で色々やりましたね。

―2番目のお話『背後の虚無』は同性愛がテーマのひとつである作品ですが、実際作品の中では同性愛である部分を大きく描いてはいませんよね?

そうですね。人が人に思いを寄せたりすることって、性別が関係ないと僕は思っています。あえて同性愛だとか、そういうことは興味がないといいますか、人にしか興味がなくて。たぶん性別がどうこうというのは、監督の仕事じゃなくて俳優さんの仕事だと思ってます。女性だからこうしたいとか、男性だからこうして欲しいとかっていう注文は出したこともないし「あなたはどうする?」ってことしか言わないので。

―そういう意味では、全体的に明確な“これ”という答が無いですよね?

何かの答を持つことは、僕が目指さない映画といいますか「信じて疑わない表現」というのがダメでして。

僕の映画で出来ることっていうのは、大きなクエスチョンマークを最後に残して、普段忘れていたような記憶をふと蘇らせたりみたいなことができればいいなと思っているんです。それが答になってしまうと、ひとつの“おはなし”になってしまうような気がして。

XXX 矢崎仁司監督 独占インタビュー

―“おはなし”ではない?

“人”ですね。今まで自分が作ってきた映画は、僕の大好きな“人”をみんなの前に紹介するみたいな感じなんです。ただ、その人のいいところばかり薦めるのではなく「この人、こんな悪いこともするし、こんな風に人を裏切るけど、僕は大好きです」と、みんなの前に紹介する感じです。もう一度僕の映画を観たいと思う人たちは「あの映画を観たい」というよりは「あの人に会いたいな」ぐらいの感じの気持ちをもってくれるような映画になったらいいなといつも思ってます。

映像と音楽は近親な関係だから喧嘩する

―作品の中で印象的だったのが“音”なのですが、余計な音楽があまり入らなかったなと思いました。

音楽の田中拓人さんは元々音楽が少ない映画が好きなんですよ。僕のためにいっぱい作ってきてくれるたんですけど「田中さん、せっかく作ってもらったんだけど、ここは無くていいかな」というと「いや、僕も賛成です」みたいな風になって。田中さんにとって、音と音楽が一緒なんだと感じます。

―通常ならここでドラマチックな音楽が流れるぞってところでも敢えて自然の音だけだったりしていましたね。

何かで読んだのですが、映像と音楽はすごく近親な関係だから、喧嘩するのじゃないかなと。僕はだいたい、感情に寄り添うような音楽がダメで。

–{宣伝・配給がない状態で}–

―たしかに感情を煽るような音の演出がなかったですね。

エンディングも、いわゆるエンディングテーマ曲じゃないのです。「劇中で使った音楽をいろいろ混ぜて、時々作品を思い出せるようなエンディングなんてどうかな?」って田中さんに話をしたら、楽しんで作ってくれて。本当に色々にやってもらいました。

XXX 矢崎仁司監督 チュープロ 初恋

映画『XXX』より『初恋』のワンシーン

―キスがテーマの作品ですが、キスはかなり細かく指導したましたか?

そんなことないですね。自分もそんなに経験もないんで(笑)本当に俳優さんに自然にやってもらって、あとはその時に僕がいいキスが見られたと思えたらOKでした。「ああ、キスしたいな」って観終わったあと思える映画にしたかったですね。

とにかくいろんな人に助けてもらった撮影だった

―『XXX』を制作するうえで特に苦労した点はどこでしょうか?

苦労という意味では全部でしたが、予算の関係で撮影期間がすごく短かったんです。ただ、途中で中断したりしたくなかったんですよね。ここまで一緒にやってくれるみんなのために、なんとか最後まで映画になるように撮り終えたいというのがあって、時間との戦いでした。

―撮影スタッフも非常に少なかったとお聞きしましたが?

制作・助監督兼ねて1人みたいな感じで、かつて『三月のライオン』を撮った時の人数とほとんど変わらないですね。みなさん助手さんも無しの状態で、各パートのひとたちも大変だったし、録音部が決まらないままに撮影に入ったので、照明部の大坂章夫さんが、竿(マイク)を振っていたりしました。仕事の合間を縫って録音の小川武さんが応援してくれて助かりましたけど。

―まさに手作りという感じですね。

各パートというものが、実質分かれてないような現場でしたね。映画を作る熱が街中に伝染したみたいな感じで、市役所の人がカブトムシ捕ってきてくれたり、近所の人が作った野菜くれたり、カニを捕ってきてくれたり、ロケ場所に家を貸してくれたり、とにかくいろんな人に助けてもらった撮影でしたね。

XXX 矢崎仁司監督 チュープロ いつかの果て果て

映画『XXX』より『いつかの果て果て』のワンシーン

―最初にもお話しましたが、宣伝配給がない状態で公開というのは大変だったんじゃないでしょうか?

そうですね。ただ、今回公開をした新宿・K’s cinemaさんは、昔の中野武蔵野ホールっていう僕らの砦みたいな映画館の意思を継いでくれていて、この話を最初に僕が話した時に、まだ脚本も最終状態じゃなかった時から「作ったら上映します」ということを言ってくれたのですよ。本当に嬉しかったですね。

―それはかなり心強いですね。

公開する映画館が決まっているってことで、協賛を募るときにもすごく助かりましたね。映画を作ったはいいけど、公開する場所がないってことはなく、この映画は完成したら公開する映画館があるっていうのは、ものすごい力になりました。

理解するより感じる映画

―続編といいますか、また同様なオムニバスは撮る予定がありますか?

チュープロのメンバーの中で今回の『XXX』ではシナリオが間に合わなかった出澤暁さんが、ちょうど昨日、2人の少女のキスを書いた『おやすみのけもの』という脚本を送ってきてくれました。それで、これはやっぱり続けていきたいと思いました。

–{理解するより感じる映画}–

―つまり『XXX』のパート2的なものを撮るということでしょうか?

はい、そうですね。1年に1度くらいだったら、みんなああいう苦労を楽しんでくれるんじゃないかなと。こういう現場だからこそ、出会いが深いんですよね。みんなが帰ってくる場所にしたいんです。

XXX 矢崎仁司監督 独占インタビュー

―それは、今の日本映画界に対してのアンチテーゼみたいなものもあるのでしょうか?

そうですね。最近、映画を観にいくと、すごく分かりやすいんですよ。“手取り足取りしてもらって映画を観ている”みたいな映画が多いなと。今年公開された中では、松永大司監督の『トイレのピエタ』は、感情を押し付けない、いい映画でしたけどね。人の悲しみとか説明できるのかなって。分かるってことは映画の愉しみのほんの一部でしかないと。

―分かりやすい映画ですか?

自分が映画を志した頃ってもっとわからない映画が多くて。分からないんだけど、どこか心に引っかかるって感じの。理解するより感じる映画。なんかそれって後々、すごい力になっていて、もうちょっと分からないものっていうのが、時々無いとダメなんじゃないかなというのを思います。あとは、日本映画に本当に最近たりないと思っているのは、自分も反省していますが、“おおらかな映画”が少なくて。

次はおおらかなキスをやってみたい

―おおらかな映画ですか?

昔の『次郎長三国志』とかすごくおおらかで。あのおおらかさを次は挑みたいなと思ってます。日本映画の中で最近僕も観て、山本政志監督の『水の声を聞く』は、おおらかだなって憧れましたね。冨永昌敬監督の『ローリング』とか、大崎章監督の『お盆の弟』とかもおおらかな映画を目指しているなって。これに負けずに次はおおらかなキスをやってみたいなと思っています。

―最後に、監督にとって“キス”はどういったものでしょうか?

なんでしょうね(笑)撮影が終わってラッシュ(編集前の映像)をみんなで見て、それを見終わったときに「キスしたいな」と思ったんです。キスってそういう“いいもの”なんでしょうね。

映画『XXX』は公開中。新宿K’s cinemaでは特集上映も実施

矢崎仁司監督とチュープロのメンバー、そしてスタッフ、キャストが一丸となって取り組んだ、映画『XXX』は東京・新宿K’s cinemaにて現在都内独占公開中。同映画館では本作の公開を記念して『三月のライオン』『ストロベリーショートケイクス』やソフト化されていない『花を摘む少女 虫を殺す少女』など矢崎仁司監督作5作品の特集上映も実施している。

(C)filmbandits

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