常盤貴子はなぜ『野火』を?その真意―『向日葵の丘 1983年・夏』初日舞台挨拶

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向日葵の丘・1983年夏 初日舞台挨拶

映画『向日葵の丘 1983年・夏』の初日となった先日2015年8月22日に、東京・品川プリンスシネマにて、主演の常盤貴子をはじめとする出演キャスト陣と、太田隆文監督が登壇する舞台挨拶が行われた。

日本版『ニュー・シネマ・パラダイス』との呼び声高き感動作

向日葵の丘 1983年・夏

映画『向日葵の丘 1983年・夏』は、高校時代の友人の余命を知った主人公が、映画制作に情熱を燃やした80年代を回想しながら故郷へ戻るという、日本版『ニュー・シネマ・パラダイス』との呼び声もある作品。大林宣彦監督に師事した太田隆文監督が、脚本も兼ねた意欲作となっている。

突然の『野火』の宣伝に戸惑う登壇者…しかし理由が

向日葵の丘・1983年夏 初日舞台挨拶 常盤貴子

太田隆文監督が進行をつとめる中、主人公・多香子を演じた常盤貴子は、冒頭「いきなり進行台本と違う話をしてもいいですか?」と切り出し「この間、朝ドラの『まれ』の撮影も終わりまして、塚本晋也監督の『野火』という映画を観てきたんですけど、本当によくぞ今撮ってくださったという、戦争追体験を出来る素晴らしい映画だったんです。みなさん是非ごらんになってください」と話し、太田隆文監督が「宣伝?!」と驚きのツッコミを入れ、会場からも大きな笑いが巻き起こることに。

向日葵の丘・1983年夏 初日舞台挨拶 太田隆文監督

–{1カット1シーンで}–

向日葵の丘・1983年夏 初日舞台挨拶 常盤貴子

これに対して常盤貴子は「きっとね、映画を好きなみなさんがお集まりだと思ったので、ちょっとこれを伝えておきたいなと思って、自由にもほどがありましたか?」としながらも「続きはまた後で話ますね」と続け、舞台挨拶の終盤でその理由が明かされるが、この段階では他の登壇者も突然の他作品の話で戸惑いの表情を見せる。

向日葵の丘・1983年夏 初日舞台挨拶 田中美里

続けて挨拶をした余命数ヶ月を宣告されるみどり役を演じた田中美里は撮影で苦労した点を聞かれ「入院して病院のベッドにいるシーン。実はそれが私にとっての撮影初日だったんですけど、急に常盤さんと『久しぶり』っていうところからはじまるんです。そして、入院している役なのにすごくよく喋りました」と語ると、太田隆文監督は「台本が6ページもあるシーンなんですよ。それを1カット1シーンで全部撮りきったんです」と撮影秘話を明かした。

向日葵の丘・1983年夏 初日舞台挨拶 藤田朋子

続けて、もう1人のクラスメート・エリカ役の藤田朋子は、太田隆文監督に「金髪にしたのが苦労した?」と聞かれて「脱色した時に痛くなかったので、苦労も無かったです『頭皮つよし』に改名しようかな」と語り、さらに「若いころに髪の毛をピンクにしたかったんで、ここからピンクを経由して元に戻そうかな」と、髪色に関して気に入ってるとコメント。

–{ひとりになりたい…}–

向日葵の丘・1983年夏 初日舞台挨拶 芳根京子

多香子の高校時代役を演じた『表参道高校合唱部!』ではドラマ初主演を果たした今注目の若手女優・芳根京子は、親友・みどりと喧嘩するシーンが印象深いと語り、感情が高まるシーンであったため、太田隆文監督が「ティッシュを持ってついて回った」と語ると「どこに行っても監督がついてくるって思ってました。ひとりになりたいなって思ってたのに…うしろをみたら監督がいるっていうのはすごく覚えています」と笑いながら語り、会場からも大きな笑いが。

向日葵の丘・1983年夏 初日舞台挨拶

向日葵の丘・1983年夏 初日舞台挨拶

みどりの高校時代役を演じた藤井武美も、喧嘩のシーンは印象深いと答え、さらに映画内でとある役を演じるシーンでのメイクが「監督に2,3回みせたんですけど、なかなかOKが出なくて」と、苦労した点を語った。

向日葵の丘・1983年夏 初日舞台挨拶 百川晴香

高校時代のエリカ役・百川晴香は「帰国子女の役だったので、ずっと日本にいた私にとって、英語の発音どうしたらいいんだろっていうのはすごく悩んでいました。身振り手振りを大きくと監督に言われても、最初はわからなくて」と語り、藤田朋子に発音指導してもらったとも明かした。

向日葵の丘・1983年夏 初日舞台挨拶 百川晴香

–{なぜ『野火』か?}–

「多香子が来たと思った」と監督が語ったオーディション

向日葵の丘・1983年夏 初日舞台挨拶 芳根京子

どんな人に観てもらいたいかとの質問の際に、芳根京子は「高校1年生の時に、実際に文化祭で映画を作ったことがありました。その点がものすごく多香子とかぶるところがあって。オーディションの時も、監督に『学校生活で一番思い出に残っていることは何ですか?』と言われて、映画をつくった話をしたらすごく監督がびっくりしていて」と語ると、太田隆文監督も「びっくりするよ!だってあの時シナリオ読んでなかったもんね『多香子が来た!」と思ったもん本当に」と、オーディションでのエピソードが語られ「高校時代一緒に映画作ったみんなに観てもらえたら、また不思議な感覚になるのかなと思います」と答えた。

向日葵の丘・1983年夏 初日舞台挨拶 太田隆文監督

映画にはそこに連れていってくれる力がある

向日葵の丘・1983年夏 初日舞台挨拶 常盤貴子

そして舞台挨拶終盤で、常盤貴子は冒頭で映画『野火』ついて触れたことについて『違うんですよ。さっきからのやつは、ちゃんと理由があるんです」と釈明し「私たちは戦争を知らない世代じゃないですか。で、戦争体験ある方々が、本当に少なくなってきてしまって、そのこを知らないといけないのに、それは体験だから知ることは出来ないんですね『野火』は、さも自分が戦争を体験したかのような気分になって映画館を出ることができる映画だったんです。そして本当にこれが一番びっくりしたんですけど、お客さんが10代、20代の若者ばっかりだったんですよ。それがまたすごくうれしくて。映画っていうのは、そういう私達知らない世代も、そこに連れていってくれる力があるものじゃないですか。だから『向日葵の丘 1983年・夏』も、80年代を知らない人は80年代に連れていってくれて、80年代を知っている世代の人たちは、その時代をまたもう一度懐かしむことが出来るように連れていってくれるものだなと思うんです。その体験を観る人がしてくださる映画だなと思ったっていうことを言いたかったための『野火』なんですよ。それだけ映画ってすごいっていうことを実感したんです」と語り、会場からは拍手が巻き起こりました。

向日葵の丘・1983年夏 初日舞台挨拶

そして舞台挨拶の締めくくりで、常盤貴子は「実際に観てくださったみなさまが、少しずつ少しずつ拡げていくしかないと思います。みんなの力で拡げていけたら幸せなので、多くの人に伝えてもらえればと思います。本日はどうもありがとうございました」と挨拶し、集まった観客たちの鳴り止まない拍手の中、舞台挨拶を終了しました。

向日葵の丘・1983年夏 初日舞台挨拶

監督、キャストともに家族のような現場で作り上げてきた本作。映画『向日葵の丘 1983年・夏』は、東京・品川プリンスシネマにて現在公開中、さらに全国順次上映。

http://himawarinooka.net/img/himawari.mp4

(C)2015 IPSエンタテインメント

(取材・文/黒宮丈治)

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