森を開墾?電気や道路もゼロから引いた『愛を積むひと』朝原監督ロングインタビュー・後編

映画コラム

編集部公式ライターの大場ミミコです。
シネマズでは、2015年6月20日の公開の映画『愛を積むひと』でメガホンを取った朝原雄三監督のロングインタビューを敢行しました。

前編の模様はこちら→(撮影秘話から理想の女性像まで激白!?『愛を積むひと』朝原監督ロングインタビュー・前編)

前半から面白エピソード満載のインタビューとなりましたが、後半はさらに、未だメディアでも語られていないであろうマル秘トークが目白押しです。
美瑛の大地にポツンと建った赤い屋根のおうち、そして石塀に隠された秘密が、当インタビューで明らかになります。ぜひこの機会にお読み下さい。
–{柄本明は『諸刃の剣』}–

奇跡のコミックリリーフ・柄本明の存在感

― 美しく、ゆったりとしたムードの物語の中で、紗英の義父・熊二を演じた柄本明さんの存在はセンセーショナルでした。笑いのシーンは柄本さんが9割がた持ってったようにも感じますが、特別なキャラクター造形や演技指導はあったのでしょうか?

朝原監督「ま〜、柄本さんを使うということは、ある程度“狙った”わけですよ。それに、決して悲しい話を作りたかったわけじゃないんでね。観客としても、喜怒哀楽で気持ちが揺さぶられた方が楽しいですから、柄本さんに『コミックリリーフ』的な役割は期待していました。」

― 柄本さんが登場した瞬間から、試写会場は笑いの渦でした。

朝原監督「先日、お客さんに混じって試写会の席から映画を観てみたんです。そしたら、みんなものすごく笑ってて!一緒に観た助監督から『朝原さん、釣りバカでもあんなに笑わせてなかったですよ』って言われちゃいました。」

aitumu01

― 柄本さんの“顔力”は、本当に凄まじかったです!

朝原監督「あんなにドッカン来るなんて予想外でした。でも、ウケて嬉しかったです。柄本さんというのは“両刃の剣”というか、使い方が非常に難しいんですけど、この映画ではうまい具合にハマったな〜と思っています。」

― 劇中で、熊二が酔っ払って篤史に絡むシーンがありますよね。あのやりとりだけで、熊二の人となりが手に取るように分かる、非常に素晴らしいシーンでした。

朝原監督「そりゃもう、主役2人を食っちゃうくらいのインパクトですからね!作品のバランス的にちょっと問題かな〜と思ったんですが、熊二は熊二でいい役ですから。ただ、あんなに皆さんが笑ってくださるとは考えてもみなかったので、つくづく映画って作ってみなければ解らないと思いましたね。」

― 実際、お客様に混じって試写会の席に座って観る作品は、監督として一通り仕上がった後に観るものと違いますか?

朝原監督「違いますね。やっぱり勉強になります。お客さんが泣いたり笑ったりしていなくても、映画に引き込まれているな〜とか、ここは退屈しているな〜とかって、体感で知ることが出来ますから。柄本さんのこともありますが、予想外のところでウケたりってものあるし、本当に良い経験でした。」

–{黒澤明監督かと思った}–

まさかの開墾?!苦労と職人魂が詰まった圧巻のセット

― 篤史と良子が移住した、赤い屋根の家についでですが、5ヘクタールくらいの土地に撮影用のセットを組まれたというお話を伺いましたが…。

朝原監督「ええ。その話は本当です。最初は既存の別荘を使って撮ろうと思って、色々探し回ったんですよ。でも、別荘というのは富裕層が所有している場合が多く、おおむねデカいんです。東京で工場を閉めて移住してくる主人公たちの住まいとしては、ちょっと悠々自適すぎるんじゃないかと…。」

― それで、(家を)建てようってなったんですか?

朝原監督「そうなんです。でも、ちょうど良い大きさの土地がなくて…。それで、お世話をしてくれた美瑛町役場の人に相談したところ、彼が『だったらもう、あそこに建てますか』って、森を指さすわけですよ。『町有地ですから、タダで貸しますよ』って言うんです。」

― ええ〜っ?!森を切り拓くってことですか?

朝原監督「ええ。『ブルドーザー持ってきますから、ちょっと行きますか?』みたいな感じになって…。いやもう、完全なる密林ですから戸惑いましたけど、結局行ったんですよ。ブルドーザーに乗ってガリガリってやりながら。」

― 行ってみたら何かありましたか?

朝原監督「何もあるわけないですよ、森ですから。でも役場の方が『あっちにはきっと山があって、こっちには空が見えて、そちら側からこう陽が射すから、絶対ここはいい場所だよ』って言うわけ。じゃあどうすんの?って聞いたら『伐採する』って。黒澤明監督かと思っちゃいましたよ(笑)。」

― さすが開拓民の子孫ですね〜。

02 (1024x683)

朝原監督「そんな感じで森を切り拓いてもらったんですけど、これがなかなか素晴らしい光景で…。迷わず、ここに家を建てようと決めました。そこから土地の造成をして、当然道がありせんから、森の外の公道に繋がる道路もひきました。もう全部、町の人がご厚意で手伝ってくれたんです。美瑛町の方々には本当にお世話になりました。」

–{色んな出会いによって広がっていく}–

人との出会いが、作品に深みと広がりを与えていく

― 町の方々が協力してくれたとのことですが、詳しくお聞かせ下さい。

朝原監督「ロケハンで土地を見つけてから、北海道は雪のシーズンに入りました。でも6月から撮影したいので、無理を言って2月から、町の大工さんに家を建ててもらったんです。それこそ吹雪の中、除雪しながらやっていただいてね。だから家が建った時にはすっかり満足しちゃって『もう映画撮んなくてもいいや!』ってなるくらい嬉しかったし、有り難かったです。
家も庭も、本当に地元の小さな会社の方が“心意気” で引き受けて下さって。ほとんどタダ働きで、それこそ他の仕事を放り出さんばかりの勢いで頑張ってくれたんですよ。」

― 美瑛に撮影隊がやって来たので、町の方も燃えたのでしょうか?

朝原監督「いや、そういうことをやるのが“面白い”んでしょう。皆さん、職人魂の持ち主ですから。まぁ、ちょっと行き過ぎたところもあるんですけどね(笑)。」

― と言うと?

朝原監督「普通はオープンセットって、撮影しやすいように作るものなんですけど、職人さん達がガチな家を建ててしまって。セットなのに、細部まできっちり作ってあるんです。いや、もちろんありがたいんですよ。でも、撮影するのに勝手が悪いし、気密性もバッチリなので、ヒーヒー言いながらカメラ回した思い出があります。」

― (一同爆笑)

朝原監督「彼らにしてみれば、いい映画を作って欲しくて、ついつい職人魂が出ちゃったわけです。そういう温かさが心に染みました。映画って、人との出会いや協力で出来ていくんだって改めて思いましたね。こちら側が決めた都合でコントロールするんじゃなくて、色んな出会いによって広がっていくのが面白いんです。」
–{贅沢させてもらった}–

細部に渡る職人の仕事に「贅沢させてもらった」

― 緑の大地と真っ青な空の間に、ポツンと赤い屋根の家がある風景が、何とも可愛くてお気に入りなんです。日本ではないような、それでいて懐かしい不思議な感覚を覚えたのですが、あれは1からセットを作った事が影響しているのでしょうか?

朝原監督「メルヘンチックですよね。リアルにセットは作りましたが、作品自体はファンタジーに寄せて作ろうと最初から考えていました。美瑛の風景も含めてね」

― さすがに、建物の周りには何も障害物がなかったので、すごいロケ地を見つけたな〜と思っていましたが、開拓したと知って全て納得がいきました。

朝原監督「本当に、贅沢させてもらったと感謝しています。森を切り拓いて、土地を造成して、道路や家を作って・・・それとね、電気もガスも当然ながらなかったんですよ。だから撮影中のトイレとか、細かいことが大変でしたけどね」

― 桜が咲いたり、雪が積もったり、美瑛の絶景の中で展開される四季折々の風景が、一年を通した話なんだと解る仕掛けになっていましたね。自然の中にいるような気になってしまうパノラマ感は、1人でも多くの方に体感してほしいと思いました。

朝原監督「家などは、建ててもらった後に(年季の入った感じを出すために)美術部が汚しにかかるんです。でも庭は、開拓したばかりなので草花が生えないんですよ。だから全部植え込みました。『もうすぐハマナスの花が咲くのよ』なんて良子が言っていますが、裏方は本当に大変でね。温室で1ヶ月・2ヶ月・3ヶ月…と差をつけて育てて、シーンごとに植え替えたんですよ」

― もう、職人魂が凄すぎてクラクラします(笑)。

アイキャッチ02

–{人を動かす手紙のチカラ}–

気持ちが残る。読み返せる…人を動かす手紙のチカラ

それでは最後の質問です。監督がもし、自分の死期を知ったとしたら、どんな手紙をご家族に残しますか?もしくは、奥様やご家族からどんな手紙を貰いたいですか?手紙にまつわるエピソードをお聞かせ下さい。

朝原監督「2年前に『武士の献立』の撮影で京都に入っていた時に、娘の誕生日があったんです。父としていい格好したいですから、ちょっとした本に手紙を添えて送ったんですね。ちょうど進級の時期だったんですけど、娘と学校の相性が良くないらしく、本人は辞めたいと思っていたようです。結局、色んな人の説得で辞めなかったんですけど、結構傷ついたみたいでね…。そんなわけで手紙には『君の人生なんだから、生きたいように生きて下さい。僕は間違いなく君を応援するから』って、書きました。」

― お嬢さん、嬉しかったでしょうね〜。

朝原監督「すごく恥ずかしかったんですけどね(笑)。でも先日、その手紙を娘が額装して持ってるという話を家族から聞いたんです。『娘の事だから、決して自分からは言わないだろうけど、パパからの手紙を大切にしてるのよ』って話があったときには、思わず泣くかと思いました。」

― 私も思わず涙腺が緩んでしまいました。

朝原監督「口では伝わらない事も、手紙にするとやっぱり違いますよね。文字に残すこと、読み返せることは大事なんだと思いました。」

― これからも娘さんは、人生で迷ったり壁にぶつかった時に、額に入った手紙を読み返して「よし、私の生きたいように生きよう!」って勇気づけられるのでしょうね。

朝原監督「いや〜、ちょっとキザ過ぎちゃいましたね!」

(インタビュー終了)

…いかがでしたでしょうか?
温かくて楽しくて、サービス精神旺盛な朝原監督。そのお人柄が滲み出たインタビューは、いつまでも続けていたくなるほどハッピーなひとときでした。

試写会で『愛を積むひと』を拝見させていただき、朝原監督のインタビューに臨みました。しかし、あまりにもインタビューで伺ったお話が趣深かったので、再度試写を拝見させていただきました。
「あの家は職人魂の粋を集めて作られた家なのよね」「あの草花達は、時期をずらして植えこまれたんだっけ」などと思いながら鑑賞できたのが、非常に面白かったです。

ぜひ皆さんもこの記事を読んだうえで、劇場に足を運んでくださったら嬉しいです。
映画『愛を積むひと』は、2015年6月20日から全国公開です。

(取材: 大場ミミコ)

(C)映画「愛を積むひと」製作委員会

関連リンク

撮影秘話から理想の女性像まで激白!?『愛を積むひと』朝原監督ロングインタビュー・前編
美瑛町に石塀が再び。映画『愛を積むひと』ロケ地セレモニーに佐藤らが出席
「生かされてあればこそ」佐藤、父との思い出を『愛を積むひと』完成披露舞台挨拶
佐藤浩市:話し合いもなく自然にできた|映画『愛を積むひと』完成報告会見
夢と愛を積むひと…?手紙が紡ぐ、フリー素材モデルと松竹・美人社員の1日